活動派のラブ・エピソードをフラッシュでおとどけ。
*ラブ・エピソード
*可笑しな画像-逃げ足の速そうな車
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27日は、恒例のサンバ。陽気なリズムにのせて、ど派手な衣装と情熱的な踊りで、唖然とした表情をみせる観客をも熱気につつみこんだ。
25周年
ことしは観にでかけなかったので、常連さんの『言いたい放題』のosan3さんのTBを契機に写真もお借りして綴りました。
そういえば、去年だったかおととしだったかフジテレビ連を引き連れたチーターこと水前寺清子が、「きっかけは~ フジテレビ」と歌って騒いでました。あの . . . 本文を読む
江戸時代270年は、サムライはむろん学問をする階級だったが、庶民の子弟も、将来商家の支配人となったり、商船の船長になったりするためには文字や算術を身につけねばならず、自費で寺子屋に通った。
江戸時代末期、識字率は7~80%だったといわれている。また大阪という都市で発行されている初等教育の教科書が1万種ほどもあったといわれている。
この時代、武士の時代のように思われがちだが、じつは圧倒的に商人の時 . . . 本文を読む
平安中期に死んだ漢学者・三善清行の葬列が一条戻橋を通ったとき、急を聞いて帰った熊野修行中の息子・浄蔵が棺桶にすがって祈ると父清行が一時生き返ったので戻橋というようになった。「撰集抄」
三善清行(みよしきよゆき) 847~918(承和14~延喜18)
901年(昌泰4)の年が辛酉革命の期運に当たることを警告して,右大臣菅原道真の追放に一役買う結果となり,また年号が“延喜”と改元される原動力になっ . . . 本文を読む
謎めいた名をはじめて知ったのは、インディジョーンズ・シリーズ2作目「魔宮の伝説」のオープニング・プロローグでだった。
ヌルハチ(1559-1626)は、清朝太祖で中華から夷狄とされた「満洲」または満洲族と名乗った。[宋代は女真(じょしん)といった]
通説では、太祖ヌルハチ以前から文殊菩薩信仰がひろまっていて、かれらはみずからのことをマンジュといっていたことからはじまったという。
その清朝は中国史 . . . 本文を読む
蝉が、いまが盛りと鳴いている。
こんな様子から連想するのが、「奥の細道」の松尾芭蕉が詠んだ次の一句。
閑しずかさや 岩いわにしみ入いる 蝉せみの声こえ
かつて、かみさんと別名を山寺という立石寺(りっしゃくじ)を訪れたとき、駐車場でよく煮込んだコンニャクを食べたが、そこは谷底のようになっていた。岩盤の上に寺が建ち、木々をめぐって登ると、下で囁いている声さえよく聞こえる。此処ではうわさ話などできな . . . 本文を読む
幕末に日本に来たイギリスの外交官アーネスト・サトウがいた。
当時20代のサトウは「将軍は三百ほど大名がある中の一番大きな大名にすぎない。法理学的にいえば、京都に居るみかどが将軍に統治権をゆだねているだけだ。」と分析した。むろん武権の歴史を日本人は知っていたが、しかし法理学的に、つまり海外の物差しでそう分析されてみると、新鮮に感じた。サトウの論文はすぐ翻訳され、倒幕派を元気づかせた気配がある。
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中国や朝鮮が近代化に遅れたのは、中国風の中央集権制をとっていたからだ。日本はヨーロッパとほぼ似た封建制度をとっていたために、よく充電された電池のように異質文明に転換する力があった。
日本は明治維新を起こしてすべてを一新し、制度といい、技術といい、進歩せるものをどんどん採用した。
しかし、考えなければならないのは、おなじ東アジアでも中国や朝鮮人は思想が習俗化し、人間および人間社会の骨髄にまで思想が入 . . . 本文を読む
漢方の時代にオランダの医学書に初めはびっくりしたが、次第にドイツの医学書をオランダ語にしただけと気づく。明治政府は、維新早々にドイツ医学に切り換えた。河川土木は治水で苦労してきたオランダに学ぶ。
明治初年に大学をつくる事情をみても、決して東京大学は二流たることがめざされていない。貧乏国の日本が、世界の一流どころを求め世界一の高給でよんで、生徒たちには一流国に留学させている。
陸軍は最初、フラン . . . 本文を読む
今夕、帰りに隅田公園を歩いたところ、吾妻橋辺りに人が出て混みあっていた。
さては花金でもあり、露天ビアーガーデンの列かと思ったら、灯籠流しの待機なのだとか。
折角なので吾妻橋から眺めたが、お坊さんの読経にあわせて灯籠を流すさまは風情があった。(18:45~)
川が海の方に流れているというので吾妻橋に待機したのに、逆の川上に灯籠は流れていき、もっと真近で見たかった。仕方なく、お隣さんがビデオをアップ . . . 本文を読む
ペリーが来て腰を抜かした。その江戸湾で黒船を見て皆と肝をつぶしながら、しかし、潰しっぱなしでなくて、俺もあんなのを造ってやろうと思ったのが、少なくとも三人いた。
一人は薩摩の島津斉彬、もう一人は肥前の鍋島閑叟、それから伊予の宇和島の伊達宗成。
伊達宗成などは高々10万石でいまの宇和島市程度の予算もない。それでも開発して自前で造ってやろうと思った。こんな民族は少なくともアジアにはいなかった。鍋島閑叟 . . . 本文を読む
ドラえもんが35周年(1970年に連載開始)を迎えたことを記念した貨幣セットが発売された。
平成17年銘の500円から1円まで計6枚[計666円]とドラえもんをかたどったケースを開くと「ドラえもんの唄」が流れる「貨幣セット」で2300円。
もう一種類は、プルーフ貨幣とカラー印刷したメダル(スターリングシルバー製)1個を特製革ケースに組み込み、外装紙ケースに収納されている。13000円。
メダル表 . . . 本文を読む
明治維新時、官軍になった薩長土三藩の兵の鉄砲の撃ち方が伝わっている。
『薩摩の立ち撃ち、長州の寝撃ち、土佐の斬り込み』
薩摩の立ち撃ちは、からだ全体を出して撃つのでよく当たるし、よほどの勇気もいる。土佐の斬り込みというのはやはり土佐の勇敢さをあらわすだけでなく、薩長に比べて土佐は洋式訓練を経ていない証拠になる。だから、斬り込みしかできぬ。
長州の寝撃ちは、長州人の利口さをあらわしている。長州の土地 . . . 本文を読む
いま発行されているお札は、4種類あります。
1万円、5千円、千円の3種類の他に2千円があるのを忘れないでネ。
ご覧の通り、「4種」です。
偽造防止技術が施されていますが、総てをご存知でしたか。
万札では9箇所もあるのですね。
1.ホログラム
2.すき入れバーパターン
3.潜像模様
4.パールインキ
5.マイクロ文字
6.特殊発光インキ
7.深凹版印刷
8.識別マーク(深凹版印刷)
9.すき入れ
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