もののはじめblog

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政宗の墓と日向洞窟

2018年06月24日 | 
九代伊達政宗の墓(儀山)   山形県の置賜地方の高畠に眠る。 伊達家中興の祖といわれ、左隣は妻(紀氏)の墓で足利義満の生母の妹。 「独眼竜」の異名のある仙台藩・初代藩主は、伊達十七代に当たる。 高畑城跡 (現、高畠) 伊達氏の出自は常陸国伊佐郡あるいは下野国中村荘と伝えられる。魚名流藤原山蔭の子孫になる。 鎌倉時代、源頼朝の奥州合戦に従軍し、石那坂の戦いで戦功を挙げた常陸入道念西が、頼朝より伊達 . . . 本文を読む
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烏帽子山八幡宮

2018年06月21日 | 
温泉街赤湯 烏帽子山八幡宮の創建は寛治7年(1093)に源義家の弟である加茂義綱が祠を建立したことにはじまる。 祭神:応神天皇、菅原道真、鳴雷神。 日本一の石の大きさを誇る大鳥居は、八幡宮裏山から切り出された凝灰岩で継ぎ目の無い一本石の鳥居なのだとか。 春は、烏帽子山千本桜として賑わうという。 赤湯町にある巨石七岩の一つで、高さ約3m、重さ10数トンもある大きな岩に、高さ70cmの . . . 本文を読む
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上杉家菩提寺

2018年06月18日 | 
林泉寺 2代上杉景勝のときに、越後から会津を経て米沢移封となり現在地に移った。 景勝の母は、謙信の姉(仙洞院)で上杉家に貢献した中興の人と称えられている。 上杉家の墓所には、奥方・子女26基、支侯16基の墓がある。 また、米沢城下町創設の恩人、直江山城守兼続の御廟所ともなっている。               直江兼続、夫婦の墓 → 上杉家墓所 仙洞院の墓(景勝の母、謙信の姉) 甲 . . . 本文を読む
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山寺

2018年06月17日 | 
山寺山門 立石寺・通称『山寺』本堂 根本中堂                       清和天皇の御宝塔 芭蕉と曽良の像                                 閑さや岩にしみ入る蝉の声       弥陀洞 →  芭蕉せみ塚辺り    仁王門・・・白い花はシャゲ     ↓  ←百丈岩にそびえ建つ、納経堂と開山堂 五大堂        . . . 本文を読む
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山形旧県庁舎

2018年06月15日 | 
中央階段室 旧県庁舎(現・山形県郷土館)愛称・文翔館(ぶんしょうかん)は、大正5年に建てられた英国近世復興様式のレンガ造りの建物で、外壁は花崗岩の石貼り。 国の重要文化財。無料公開していて、駐車場も無料。 左は正庁で、上は漆喰飾天井。 貴賓室 知事室 会計・出納係 最上川を軸とした展示コーナー 手前は街頭テレビを見る群衆 中庭 赤レンガ 県会議事堂と下はその裏手 . . . 本文を読む
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山形城

2018年06月14日 | 
最上義光騎馬像 ―出羽山形藩の初代藩主― 山形城は、1357年に斯波兼頼が築城した輪郭式平城。 最上家の先祖は、清和源氏足利家の一族である斯波氏からの分家で、室町幕府より地名の役職を与えられて最上氏を称し1357年に初期の山形城を築いた。 そして、関ヶ原の戦いの功績で最上義光(よしあき)は57万石の大々名になると、実質100万石の城下町として繁栄した。 別名が霞城(かじょう)、霞ヶ城(かすみが . . . 本文を読む
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平和観音と大谷観音

2018年06月12日 | 
平和観音 : 昭和23年より6年をかけて戦没者の慰霊と世界平和を祈念して彫られた。          高さ27m、胴まわり20m。 大谷観音 大谷寺(おおやじ)本尊の千手観音(高さ4m)は日本最古の石仏といい、平安時代(810年)弘法大師の作とも伝えられる。 脇堂の釈迦三尊・薬師三尊・阿弥陀三尊の合計10躰の石仏が彫られている。 西の臼杵磨崖仏に対し、東の磨崖仏といわれる。 池の . . . 本文を読む
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龍王峡と大谷石採掘場

2018年06月10日 | 
鬼怒川・川治の景勝は、今から2200万年前に海底火山から噴出した火山岩が鬼怒川の流れによって侵食され、現在のような景観になったといわれる。 虹見橋からは「虹見の滝」「五龍王神社」が景色にアクセントの味わいを添える。  大谷石おおやいしの採掘の歴史がわかる資料館。 軽くて軟らかいため加工しやすく、さらに 耐火性に優れている。 展示場には採掘が本格的に始まった江戸中期から昭和34年頃 . . . 本文を読む
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前沢曲家集落

2018年06月09日 | 
ばったり小屋の奥に水車小屋 前沢曲家集落は、文禄年間(1592年~1595年)に、只見川流域を拝領した横田城主の家臣・小勝入道沢西が、主人が滅んだのちに移り住んだ「中世の会津武士が拓いた集落」。 曲家(まがりや)とは、L時に曲がった住まいのこと。 手前の突出部に農耕や運搬に欠かせない牛や馬を、その奥に生活の場とし、牛馬と人とが同じ家の中に暮らした。 ツバメの巣 大杉跡 稲荷神社の神木で「 . . . 本文を読む
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湯野上温泉

2018年06月07日 | 
「塔のへつり」 大川ラインの一番の景勝地 百万年の歳月をかけて、浸食と風化を繰り返し奇岩の景観を造った。 「へつり」とは会津方言で、川に迫った険しい断崖のこと。  ←虚空像菩薩。 会津鉄道     湯野上温泉駅 駅舎は珍しい茅葺き屋根で囲炉裏がある。 会津若松・喜多方方面から浅草に通じている。        << もどる <   > つづく >> . . . 本文を読む
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