もののはじめblog

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必ずコメントに参ります by iina

ふたたびの桜ショット

2019年06月16日 | 
[注]冒頭に写真3✖3を置きました。パソコン環境は拡大75%が適正です。 新倉山浅間公園(あらくらやませんげんこうえん): 桜、富士山、五重塔のシンボリックな風景。 河口湖 西湖いやしの里      . . . 本文を読む
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富士に風鐸

2019年04月23日 | 
風鐸(ふうたく) ふたたび、新倉山浅間公園。 五重塔は戦没者の「忠霊塔」のこと。 離れ難い「桜と富士山と塔」の絶景に うっとり。 右手の展望台に人だかり 新倉富士浅間神社(あらくらふじせんげんじんじゃ) 創建は705年(慶雲3年)、甲斐国八代郡荒倉郷の氏神として祀られた。 つぎの民家の雪吊りが美しかった。     << もどる <  . . . 本文を読む
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河口湖の富士

2019年04月21日 | 
河口湖大橋ワカサギ釣り 河口湖も満開の桜  芝桜 山梨の郷土料理「ほうとう」をお昼に食べたが、ホントウにおいしかった。 うどんより太めの麺を野菜に味噌仕立てで、グツグツ煮込んだ料理に舌鼓。 なにより、富士山と湖の桜景色がご馳走。 フクロウ         <<もどる<    >つづく>> . . . 本文を読む
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西湖いやしの里

2019年04月20日 | 
青木ヶ原樹海を望む西湖の地に、茅葺きの集落が、"いやしの里"として公開されている。 台風災害に遭った根場(ねんば)地区を移転して復元したもの。 侍の装束にご満悦な外人さん。 山中湖     <<もどる<  >つづく>> . . . 本文を読む
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桜と富士山と塔

2019年04月18日 | 
桜、富士山、五重塔のシンボリックな風景をワンショットで見れるビュースポット新倉山浅間公園(あらくらやませんげんこうえん)に行った。 これを見たさに、早朝ドライブして満喫してきた。 桜まつりが4月14日から19日まで延長されたが、なるほどご覧のとおり満開の絶頂期。 散りはじめてもなく、どこもかしこも桜、さくら、サクラ満開。 ご覧ください。この絶景を 水仙 咲くや姫階段は、398段あり、長さは . . . 本文を読む
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清津峡

2018年11月22日 | 
清津峡渓谷トンネルの最奥部のパノラマステーション(新潟県十日町市) 外観の半円が水面に映って完全な円になる。 人が歩くと、右のように幻想的で不思議な世界を演出する。 雄大な岩礁と清流からなる景勝地「清津峡」。 荘厳なる閃緑ひん岩と柱状節理の美しさから、黒部峡谷、大杉谷とともに日本三大峡谷の一つだという。 ただ、トンネルからの人工美は美しかったが、渓谷を歩けなかったのが残念だった。 崩落に . . . 本文を読む
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火焔土器

2018年11月20日 | 
十日町市博物館 ・・・ 笹山遺跡出土品 火焔型土器群をはじめとする出土品928点が国宝 ・・・ 縄文人の美的感覚にドキっと驚かされた。[国立博物館の土偶] 大井田城は、南北朝時代(約650年前)に越後南朝勢力の中心であった大井田氏の本拠           伊達八幡館復元模型 農家の生活 「越後縮の紡織用具及び関連資料」「十日町の積雪期用具」の重要文化財を収蔵展示 十日町の . . . 本文を読む
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越後一宮 弥彦神社

2018年11月19日 | 
弥彦神社 一の鳥居を過ぎると屋根のある玉の橋が見える。 創建から二千四百年以上の歴史を有する。 「弥彦菊まつり」開催中で、参道は菊だらけだった。^^(11月1日~24日) 華厳の滝      ↓大懸崖 菊の盆栽が素晴らしい 舞殿に銀杏の黄 鳥居に銀杏 十柱神社・・・土・水・山・野・海・川等十柱の神 良寛 鹿苑    << もどる <      > つづく >> . . . 本文を読む
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日本のミケランジェロ

2018年11月17日 | 
室町時代後期、1534年に開かれた赤城山西福寺。(新潟県魚沼市) 本堂の左に開山堂。 日本のミケランジェロ「石川雲蝶」が手掛けた彫刻、絵画、漆喰細工が人を惹きつける。 大廊下の床板には打ち出の小づちや瓢箪や木の葉などの形をした埋め木を施した雲蝶の遊び心が偲ばれる。          右は、石川雲蝶顕彰像。 開山堂の天井に彫られた「道元禅師猛虎調伏の図」 道元が池に投げ込まれた娘の化身を . . . 本文を読む
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目黒邸

2018年11月16日 | 
目黒邸(新潟県魚沼市) 天正18年(1590年)越後魚沼の地で帰農したと伝えられ、中世武士の系譜をひくかやぶき屋根の豪農。 代々割元庄屋となり、苗字帯刀を許され、扶持を受け、糸魚川藩魚沼領23ヶ村の大庄屋職を勤め、明治に至る。(割元庄屋は、庄屋のまとめ家。) 玄関から土間、大火棚が吊るされた炉地、まわりには控の間、不寝番の部屋、馬屋、カチャ、下流場、奉公人部屋などがある。 次の槍やりの間は槍 . . . 本文を読む
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