1969/04/09に生まれて

1969年4月9日に生まれた人間の記録簿。例えば・・・・

負けられない

2010-10-29 10:35:14 | 雑談の記録
今のところ、順調に成長しているような子供たち。
長女ユーちゃんは、明日はマーチングのナントカ部門の九州大会、来月は大阪城ホールで全国大会。次女のホースケは部活のバドミントンはパッとしないけど学業は上々で、愚息は言うに及ばず。

だけど、ボクはどうなのだろうか・・・・。

子供を支えるというのは大変な苦労があるけど、それを理由に自分のなすべきことを疎かにしていはいないか・・・・・・。

仕事やプライベートで、そんなことを言われちゃかなわない。

おかげさまで、ボクもとりあえずの結果を出すことができました。

今夏受験した難関と言われる資格試験の筆記試験に合格しました。
今日がその発表でした。
でも、この資格試験にはまだ続きがあります。
11月中旬ごろまでに筆記試験合格者は技術論文を提出し、そのあと年末か年明けに東京のどこかで3人の試験官から45分の口頭試問。専門とする基礎技術から応用能力、論理的思考と人間性までが問われる。

頑張るゾ!。
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過程6(最終回)

2010-10-27 22:55:09 | リトルリーガーの記録
いよいよ、この「過程」シリーズも最終回。
駄文ダメ文に付き合って頂いた読者のみなさま、ありがとうございます。
あと、もう少しの辛抱ですので最後までお付き合い願います。


さて、「ライオンに追われたウサギが逃げ出す時に肉離れをしますか?」と言ったのは、元サッカー日本代表チーム監督のオシム氏。ボク風に言えば「逃げるウサギは捻挫をしない」になるのだけれど、こんなことも言えるかもしれない。

「逃げるウサギは考えない」

昨日から冬型の気圧配置が強まり北の大地では雪が積もった。おそらく北陸も時間の問題だろう。最近のクマの出没は冬眠前の最後のあがきで、この天候を予想していたかのようだ。
実は、北海道の山中でヒグマから逃げたという経験がある。
もし、そのときテレビリポーターに取材されたら、きっとこんなふうに答えていたと思う。
「どうやって逃げてきたかなんて憶えちゃいませんよ・・・、もう、必死でした・・」

・・・つまり、追い詰められた極限の状態が「全力を出す」秘訣なのかもしれない。
・・・要するに、火事場の馬鹿力?

結局、この「過程」シリーズは身も蓋もない話しに落ち着いたワケだけど、大会会場に向かう車の中で愚息にナニゲに言ったことと似ているように思った。
「・・・オマエ、今日の大会では緊張しないなんて言ってるけど、お父さんは、それなりに緊張すると思うよ・・・・、だから、失敗したりして、もうダメだと思ったら、・・・・・・そのときは、全部、体に任せればいいんじゃないの・・・・」

反復練習によって身につけた動きというのは、すなわち、新しい運動プログラムを上書きしたようなものと考えることができる。
最近のパソコンは高性能になったから複数のプログラム(ソフト)を起動してもフリーズしたり動きが遅くなっちゃうなんてことは少なくなったとけど、以前はそんなことがよくあった。
果たして人間はパソコンのようにスペックを上げることができるのかと言えば、それは無理難題な話し。脳神経の処理能力はかわらない。ということであれば、ソフトをスムーズに動かしたかったら、余計なソフトを止めればいいということになる。ここで言う余計なソフトとは雑念ということになるのかもしれない。

武人が無心を欲する理由というのは、そんなところにあるのかも。

3回目のジャンプの記憶は殆どないと言っていた愚息。
しかし、こんなことを付け加えて言っていたことは興味深い。

「・・・でも、風は、わかっとたとたいね(わかってたんだよね)・・・」


話しはかわるけど、一人の選手を除いて、今回の走幅跳びに出場した選手全員が競技用のスパイクシューズを履いていたとのこと。
スパイクシューズで記録がどのくらい伸びるのかよくわからないけど、高学年であれば100m走で0.5秒は短縮できるらしい。

たった一人、普通のランニングシューズで跳躍していた身長137.5cmの選手が生意気なことを言っていた。

「勝ち甲斐があるよね!」
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ガイコツさん

2010-10-27 18:44:15 | 雑談の記録
ひょっとして、吉田誠一さんていう日経の新聞記者さんが、昨今のビジネスマンの間で流行しているランニングの火付け役ではないかと思う今日このごろ、みなさんいかがお過ごしですか。

今日の日経のスポーツ欄の吉田さんの記事では、Jリーグ審判員の養成のことがあったけど、その養成のプログラムの陸上専門家による「正しい走り」が紹介されてあって、ボクはそれを読んで、そのとおりなんだよなと思った。

ボクが言ってる「関節フリー」という状態は、簡単に言いうとこんなかんじ。
人間の骨格模型(ガイコツさん)が頭のてっぺんからヒモでつり下げられているところを想像して下さい。そして、そのヒモを軽く弾いて下さい。

あなたのガイコツさんはどんな動きをしましたか?
ヒモを弾くことによって生じた振動はどんなふうに伝わっていきましたか?。

もし、その振動が波打つように足や手の指先まで美しく伝わっていったのであれば、そのガイコツさんは、とっても「関節フリー」なヤツです。
今日は、ちょっと寒いわけですが、寒がっているガイコツさんは「関節フリー」ではないですね。


こないだ書いたスピードスターにみられる共通項というのは、実はこの「関節フリー」。
とにかく、すごく「関節フリー」なの!。
走っているときの足ではなく腕に注目すると面白い。
後ろに引いた腕は、肘が伸びて、手首や指先は後ろに巻きつくように振られます。
前に振られた腕は前に巻き付くような動き。
ナント、「関節フリー」なことか!。まるで軟体動物!。
スピードスターは体幹オンリーで走っているが如し!。
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過程5

2010-10-27 08:49:48 | 雑談の記録
5年生の走幅跳びの競技開始時刻は12:30で練習跳躍は12時過ぎから始まった。
愚息の出番は26人中22番目だったけど、助走ピットには3番目くらいに出てきて、練習跳躍を行った。ボクはメインスタンドの中段付近からその跳躍を見ていたけど、その1回目の練習ジャンプを見て、これはひょっとするとひょっとするかもと思った。練習は実を結んでいたようで、跳躍力も空中姿勢もこの一月でずいぶん良くなっていたからだ。

だけど、本番の2回は体が硬くなった失敗のジャンプで、この時点で表彰台は難しかった。残すは1回だった。多くを語らない愚息の話によれば、1回目と2回目は相当緊張したそうで、2回目のジャンプのときは特に緊張したとのことだった。それは見ていたボクにもはっきりわかったから、2回目のジャンプが終わったあとに、スタンドから声を掛けて、肩をブルブル動かしてリラックスのジェスチャーをしてみせた。愚息はそれを見て少し微笑んだのだけれど、多くを語らない愚息の話によれば、ボクが声をかけた後から3回目のジャンプの着地の瞬間まで殆ど記憶がないとのことだった。・・・実は・・・、愚息の3回目のジャンプはボクも殆ど記憶に残っていないのだ。

1回目と2回目のときはハイスピード動画撮影をしていたのだけれど、3回目のジャンプのときは「念」を送らなくちゃいけないと思い、カメラの電源を切ったのだった。ただ、どんな「念」を送ったのかと言えば、今となっては、それもうまく思い出すことができない。気がついたら愚息がピットに立っていて、気がついたら着地をしていたのだ。距離については計測係のハンドマイクの「よんめーとるにじゅう・・・」という声で逆転優勝?と思ったくらいだった。

まぁ、ボクの一時的な記憶喪失は別にいいとして、愚息の記憶喪失については困惑してしまった。なんでかっていうと、「全力を出すことができた」ということについて検証することができなかったからだ。
だけど、ボクはこのことについて考えないわけにはいかなかった。
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過程4

2010-10-27 00:04:05 | リトルリーガーの記録
子供自慢もいいかげんにしてろ!っていう声が聞こえてきそうだけど、続きを記録しておこうと思う。

愚息は、いたって普通の子供というふうに思っているから、いろんなことで活躍するのが不思議に思えることがある。だけど、これだけは普通とちょっと違うなと思うところがある。それは何かっていうと、ハメをはずすこともあるけど、体を動かすことに関しては恐ろしく真面目に取り組むというところ。それはボクが見ているときだけなのか、そうでないのか、本当のところはよくわからないのだけれど、練習はとにかく真面目に真剣に取り組んでいる。

特に印象に残っているのは小学校1年生のころ。入学前に、突然、野球部に入りたいと言い出した息子に、野球部のかわりに地域スポーツクラブのキッズソフトボールに連れていったときのこと。初めて連れて行ったときは運動場の遊具で遊んでばかりでソフトボールには見向きもしなかったのだけれど、2回目からは真面目に年配コーチの指導を受けるようになり、そのときの息子の真剣な眼差しが今でも忘れられない。コーチもその真剣な姿勢に驚いて、熱心に指導をしてくれた。結局そのソフトボールクラブは子どもが集まらず3年で活動は終わったのだけれど、月曜の夜に行われていたその練習は3年間一度も休まなかった。連れて行くこっちが大変だった。ついでに言えば、リトルリーグの練習だって学校行事や法事や陸上大会を除けば、この5年間、1度も休んだことはない(記憶の限りでは次女ホースケとの喧嘩で打撲傷を負って1度見学をしたことくらい)。
さらに、ついでに言えば、陸上スクールだって一度も休んだことがない。
さらに、さらに、ついでに言えば、たとえば来月6日は市の小体連陸上大会が予定されていて、それは小学校別による大会なのだけれど、昨日なんかは、学校の友達を連れて陸上競技場にリレーの練習をしにいく始末。それも2週間前から昨日の練習は計画していて、来週も行く予定。仕事が終わって、競技場にチラリと様子を見に行ったのだけれど、高校生がやっている練習の傍らで、クラウチングスタートのブロックを使って第一走者の友達にスタートの指導をしたり、バトンの受け渡し方を指導したりと、それはもうまさに「コーチ」という有様で、6人の子ども達を競技場に連れて行ってくれた義父と一緒に苦笑したのだった。
そして、愚息は家に帰ってきてからは素振りもキッチリこなすのだった。先週までは陸上の練習をやっていて野球の不足分を取り戻すかのように、両手にはテーピングを巻きながら・・・。週末は連盟の新人戦大会だ。


さて、学童五輪の当日は暖かくて「関節フリー」には好条件だったのだけれど、それでも「関節フリー」をさらにアップさせるため、愚息が前日の夜に作ったものといえば、膝サポーター。野球用のボロになったストッキングを切って簡易的な保温用の膝サポーターを作ったのだった。そのサポーターを大会のどの時点まで使用したのか知らないけど、そういう細かい工夫にボクは感心したのだった。
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過程3

2010-10-26 20:53:54 | 雑談の記録
学童五輪の走幅跳びの強化選手に選ばれたのは1ヶ月ほど前のこと。
各競技種目については各クラブから1名しか出場できないという決まりになっているから、先ずはクラブで代表権を得る必要があるのだけれど、最近、愚息が通っている陸上クラブは選手層が厚くなって出場希望者も増えているから大変。昨年の大会覇者だからといって無条件で出場できるほど甘くないのだ。事実、補欠選手として幅跳びの練習を一緒にやっていた選手はリレー選手として100mを14秒台で走るスピードスターで、平均的な跳躍精度は彼のほうが上だった。これはボクの憶測だけど、愚息が幅跳びの選手に選ばれた理由のひとつには、おそらくリレーの正選手になれなかったことに対する指導陣の温情があったのだと思う。まぁ、とにかく、大会選手になれたことはよかった。練習は週2回になり、幅跳び専門のコーチが指導にあたってくれたようだった。

強化選手に選ばれたとき、ボクは愚息に目標を尋ねてみた。
パッとしない返事に思わずどついてしまった。
いろんな理由があるけど、ボクは愚息に4mの目標を設定した。
それは、昨年同時期の記録にプラス50cmの距離で、また、過去の記録をひもといてみると4mという距離が3位内に入る平均的なものだったからだ。

実は、ボクは走幅跳びについては殆ど何も知らない。
だけど、距離を伸ばすための重要項目はわかっているつもり。
それは何かっていうとジャンプ力と空中バランス。

愚息には、大会の3、4日前まで毎日、膝の角度に注意しながら本気の垂直跳びを25回くらいやってみるように提案した(もちろん、準備体操とかやったうえで)。壁の上のほうに白紙を貼って、何日かに一度は中指に朱肉をつけて跳んでみるよう促したりした。この練習をやってみてわかったことだけど、壁を汚さずにキチンと真上に跳んで所定の場所にタッチするのって案外難しいってこと。
そして最終的に取り組んだのは空中姿勢の練習。今夏、97歳で無くなった祖母さんが使っていたベッドのマットレスを譲ってもらって、それを使って室内でズイブン練習をした。
愚息も自分なりにいろんな工夫をしてやっていたみたいだった。高価なマットレスが壊れなくてよかった。

大会の二日前と前日は休養日として軽い運動にとどめ、前日の夜は約30分のマッサージを施術した。右足太腿の奥の筋肉にほんの少しだけ張りが残っていたけど問題はなさそうだった。それとマッサージを行いながら「関節フリー」の感覚を再確認してもらった。そして、十分な睡眠を心がけた。

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過程2

2010-10-26 08:29:37 | 雑談の記録
そもそも、愚息が陸上競技で、なんで幅跳びをするようになったかというと、低学年時代に出場したある大会での「棒幅跳び」とかいうヘンテコな競技で優勝したのがキッカケだったのではないだろうか。

陸上経験のある野球オヤジがボクにこっそり教えてくれたこがある。
「なんでもいいから、子供にはタイトルをとらせることが一番」
他人の不幸はナントカと言われてるけど、勝利の味は子供にとってはそりゃぁもう蜜どころではない別格な味らしいのだ。とにかく、小さいうちに勝利の味を憶えさせるのが上達への近道というのが、そのオヤジの持論だった。

だから、低学年のころは精神修養も兼ねて競技者の少ない跳躍競技に出場させていたとそういうことなのだ。熊本には熊本市陸上記録会というのが年に4、5回ほどあって成績上位者の名前が新聞に掲載されたりして、そういうのが発奮材料になっていたのも確かなことだけど、結局それが跳躍力を伸ばす結果となり、いつの間にか走幅跳びが得意種目になったとそういうことなのだ。と、ボクは思っている。
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過程1

2010-10-25 13:16:43 | リトルリーガーの記録
どのような過程で愚息が学童五輪に臨んだか綴っておこうと思う。

先ずは野球少年の愚息がなんで陸上をやっているというところから話しを始めようと思う。

実は、今の野球チームに入るときと似たようなイキサツで陸上スクールに入ってしまったのだ。
当時、愚息は2年生ですでに今のチームに入って練習していたのだけれど、近所の知人から新しく陸上スクールが開校するというチラシをもらっていて、冷やかし半分でそのスクールに体験に行ったのだった。
ところが、その体験会に来ていたのは愚息一人だけ。
突然、開校式なるものが始まり、愚息は3人か4人の若いコーチに囲まれ、遊びだかトレーニングだかわかないようなレッスンが始まった。それは愚息にとって、すごく楽しかったようで、ボクは単なる体験のつもりで連れて行ったつもりだったけど、ズルズルとその陸上スクールに通うようになってしまった。そして、ボクと愚息は次のような約束をした。
ひとつ、真面目に陸上スクールに通うこと。
ひとつ、目標に向かって頑張るということ。
そのうちの大きな目標が小学校6年生のときに100mを13秒で走れるようになろうというもの。それともう一つが、大会や記録会では全力を出しきろうというもの。

今まで、いろんなスポーツの試合や記録会をナマで見てきて強く感じたことは、「全力を出す」ということの困難さ。一方、陸上競技の多くは計測競技であるから、全力が出せたかどうかが非常に判りやすいスポーツという見方ができて、だから、「全力を出す」というトレーニングを積むのに陸上競技はもってこいということになる。
もちろん陸上競技のトレーニングは運動の基礎を学べるという点で優れているけど、競技そのものがシンプルであるがゆえに、大会で全力を出すための準備をどうするかとか、競技直前のコンディションや心理状態をどのようにコントロールするかを学べる点で優れていると思う。つまり、いろいろ単純化して考えることができるっていうのが利点だと思う。
陸上競技の面白さはソコにあると思っているし、陸上競技をとおして愚息にはそういうことを自ら学んでもらいたいと思っている。奥は相当深いのだけれど・・・。

「全力が出せるように頑張りなさい」なんていうのは誰だって言えること。
親やコーチとして大事なことは、全力が出せる環境を整えること。と言って、それは手取り足取りなんでも教えてやるとか、なんでも道具を揃えるとかということではない。
まず、大事なことは、実現出来そうな確かで適当な目標を作ることだと思う。
高すぎる目標では無理をして怪我をしてしまうこともあるだろうし、やる気がなくなる可能性だってある。かと言って、低すぎては意味がない。
小学生の学力では、このへんの設定というのがうまく出来ないみたいで、だから親やコーチが一緒に考えてやらなくてはいけない。体力や今までの成績や成長具合を勘案しながらの設定だから難しいのだけれど、これがなによりも重要だと思う。
子供は成長過程にあるから記録が良くなるのは当たり前なのだけれど、次に重要なことは、トレーニングの中に自分が成長していることや記録が良くなっていることを実感する仕掛けを作ることだと思う。そうすれば自信が芽生えるし、次段階へのインセンティブにもなるからね。あと、もうひとつは、コンディションの良し悪しを親やコーチが見極めてやって、それを本人に自覚させることだと思う。

続きはまた、こんど。
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7cm

2010-10-23 22:20:47 | 雑談の記録
「優勝してくるけん!」

車の後部シートに座っていた愚息がウィンドを下げて、見送りに出てきたカミさんに向かってそう言った。

ま、そんなことは考えず、先ずはベストを尽くすことを考えてくれ、ボクはそう思ってたし、そのことは何度も愚息に言っていた。

今日は、学童オリンピックの陸上競技会だった。
去年は、4年生の走幅跳びとリレーで2冠だった。
今年は、先月行われた陸上クラブでの選考会でなんとか幅跳び選手に選ばれていた。

KKウィングスタジアムで行われた学童オリンピック出場選手数は約1000人。
県内の足自慢が大集合。
5年生の走幅跳びには27人が出場。
勝負は3本の跳躍のうちの最高記録で決するというアンバイ。
愚息は2本目まで失敗のジャンプ。
開き直った3本目。
自己ベストを出した。
7cmの僅差で逆転優勝。
4m28cm。

有言実行の二連覇だった。
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共通項

2010-10-18 10:43:07 | 雑談の記録
昨日は、本当に行楽日和でお出掛けした人も多かったのではないでしょうか?。

ボクはシニアの練習を丸一日見学しにいきました。

いろんなゴタゴタがあり、選手数も激減しちゃったけど、残った選手たちのハツラツとした姿を見ることができて安心しました。
彼らこそ「Fenix」であり、彼らがボクの「Esperanza」なのです。
昨日はそういう思いで彼らの画像をすこしばかり撮らせてもらいました。

話かわって、また、高校野球?の話題。
今秋の高校野球の収穫はナニかっていうと、ハイスピード動画でいっぱい画像を撮ったこと。その中でも一番の収穫はナニかっていうと、決勝戦で、ある選手の盗塁シーンを撮影できたこと。

そのある選手というのは、九州学院の山下翼選手。
高校球児、全国トップクラスの俊足。

とうとう、分かりました!。
とうとう、判明しました!。

「スピードスターの共通項」

エッ!?、知りたくない?
エッ!?、興味がない?

じゃ、また、こんど!。
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明暗

2010-10-15 13:50:44 | 雑談の記録
チリのアタカマ州コピアポ近郊のサンホセ鉱山で起こった落盤事故の救出作戦が無事成功に終わって本当に良かった。
鉱山技術者として働いていた身として、この事故は人ごとではないところがあったり、また、この鉱山の近くには以前勤めていた会社の直営の銅鉱山があったりするもんだから、リアル過ぎて触れにくい部分があったり・・・。

ボクもいろんな鉱山に入ったことがあるのだけれど、一番深いやつで600mだったかな。っていうか、深さをあまり気にしたことはなかったかもしれない。むしろ、地表から採掘現場までの時間をいつも気にしていたような・・・。
一番長かったのが1時間というのがある。縦坑で一気に500mくらい降りて、そこからトロッコ列車に揺られて約1時間。

「黒」の世界だったなぁ。
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私立全盛!?

2010-10-14 10:05:46 | 雑談の記録
先週くらいからキンモクセイの香りがあちらこちらで感じられますね!。

週明けからカゼ気味で調子が全然上がってこない今日このごろ、みなさんいかがお過ごしですか。

不調にもかかわらず、高校野球は観戦しています。

11日、県営藤崎台球場では、秋季高校野球の3位決定戦と決勝戦がありました。
結果はみなさんご存じのとおり、秀岳館高校が優勝。
秀岳館が投打で九州学院を圧倒したという感じでしたかね。
それにしても、秀岳館は毎年いい投手が出てくるなぁ。
ブルペンで投げていた2番手、3番手も他校ではエースクラスじゃないのって思ったくらい。

秋季大会の観戦をとおして、城北高校を除く県内強豪校を見てきたわけだけど、投手陣の層の厚さは秀岳館がNo.1という印象。打撃に関しては、今のところ、個々の能力が高いのは九州学院と国府高校だけどどちらも波がある。守備は、九州学院が一番かなと思うのだけれど、決勝戦では失策が思いのほか多かったのが難点。チーム雰囲気はやっぱり八代東と必由館。熊工については3回戦コールド負けの奮起復活に期待したいところ。専大玉名に必要なのは勝利に対する強い執念かもしれない。

23日から行われる九州大会の会場は熊本ということで、県内の出場高校は秀岳館、九州学院、国府、専大玉名の4校、おっ!、全部私立!。
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それぞれのお泊り

2010-10-11 10:23:13 | 雑談の記録
土日はMYKリーグを迎えての練習試合で4試合があった。
結果は4戦4勝でそれなりの成果を挙げたようだけど・・・・
どっかの強豪高校チームみたいで強いのだけれど見ていてなんかオモシクなかった。

ま、そんなことはさておき、ホームステイでやってきた3年生、4年生のMTM兄弟はカワイかった。本当は3人の受け入れ予定だったけど、急遽2名に。
MTM兄弟の弟君はお兄ちゃんじゃなく、もう一人の4年生選手と一緒が良かったみたいで、
我が家に来るなり、お兄ちゃんにむかって
「オレ、ART先輩と一緒がヨカッタ」
訊けば、ART先輩というのはMYK市長のご子息とのことだったけど、MYKリーグでは年上の選手に「先輩」をつけて呼んでいるとのことだった。
礼儀作法は、MYKリーグに軍配が上がった。

一方、長女ユーちゃんは、マーチングコンテストの九州大会出場で別府市に宿泊。
同部屋のチームメイトは彼氏とのメールで忙しく、夜はひとりでテレビのリモコンで遊んでいたとのこと。
日曜の夕刻、メールがあった。
「全国出場決定!!」
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琥珀色のタイミング

2010-10-07 13:16:38 | 雑談の記録
今週はなにをやってもうまくいかなくて、帰宅してから気分転換に同級生が経営している美容室にでも行こうかなと思い玄関を出た矢先に一本の電話があった。

悪い友人Zからだった。
実は、帰宅する前には、赤坂大輔区議会議員からも突然のお誘いの電話があって、そちらは東京港区赤坂だから今すぐというわけにいかなかったけど、友人Zからの誘いには心が揺れてしまった。

美容室に行くのは思いつきだったし、予約もしていなかったし、閉店間際だったし、招かれざる客になるかもしれないと思ったボクは行き先を変更した。

市電に乗り、JRに乗り、約1時間かけて小旅行を楽しんだ。

居酒屋で飲み食いした後、スナックへ移動した。
そのスナックは半年ほど前、一見客として友人Zとフラリと足を踏み入れてしまった場末の店だったんだけど、そのお店を一人できりもりしている50過ぎのママというのが、実は昔、仕事の関係で友人Zと会ったことがあるという人で、友人Zも必死に記憶の糸をたぐり寄せ、15年ぶりのまさかの再会を果たしたのだった。

ボクらは半年ぶりにそのお店の戸を叩いたわけだけど、ママは盛大に歓待してくれた。
他にお客さんは来なかったし・・・・。

そんなこんなで場末のスナックの夜は更けていったのだけれど、突然、ボクは友人Zと数年前に博多で飲んだことを思い出し、そのとき一緒に飲んだ友人Zの学生時代の親友のA君の話になったついでに電話をしてみたのだった。

友人Zと電話を替わり、しばらく談笑したのち、B君の声が真剣味を帯びはじめたのに気が付いた。

「・・・・実は、今日、18年間勤めた会社に辞表を出したところなんだよ、・・・ほんとに今日だったんだよ、・・・・・、」
「エ~~ッ!・・・・、そんな人生の節目の日に、こんなおふざけ電話なんかして、ゴメンなさいッ!・・・」
「・・・いや、いいよ、べつに・・・大きく出てみようかなって、思ってね・・・」
「・・・スゲェ、Zにかわろうか?・・・」
「・・・いや、いいよ・・・、hiratakuwaさんから言っといて・・・」
「・・・ワカッタ・・・言っとくね・・・」

ワイルドターキー8年の濃い琥珀色と味わいがさらに深みを増したようだった。
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嗅ぎ分けが肝心

2010-10-07 13:13:53 | 雑談の記録
仕事のアシストをしてくれてる団塊世代一歩手前のWTBアネゴのPC待ち受け画面は、コテツ。去勢されたアネゴの飼いネコちゃんである。

先週の月曜日のこと、コテツは動物病院に連れて行かれた際、駐車場から逃走。
そのまま行方不明になってしまった。

動物病院からアネゴの自宅までは約3キロ。

アネゴは夜な夜なコテツ探しを続けていた。
ボクも野良猫がたくさん集まることで有名な近所の大学のグランドに出掛けたりした。

1週間後の日曜日の夜、コテツはやつれた姿で帰ってきた!。

「・・・実はね、コテツのトイレの砂を、猫の通りそうなところに少しずつ播いていったとたい、ソレが良かったのかも・・・」
アネゴは嬉しそうに話してくれた。


話しはかわるけど、ボクは通勤にバイクを使っている。
そのバイク通勤がネコ社会を混乱させているかもしれないのだ!。

事務所周辺では頻繁にネコを見かける。
それは自宅周辺でも同じこと。

そして、ボクのバイクはネコのマーキング対象になっている。

ネコちゃんたち!、ボクのバイクで縄張り争いはヤメて下さい!。

猛烈にクサイんです!。
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