1969/04/09に生まれて

1969年4月9日に生まれた人間の記録簿。例えば・・・・

効果は発揮できるか!?

2015-06-18 11:57:53 | 高校野球の記録
6月も中旬。今日は、熊本県の予選抽選会だ。今季、濟々黌の野球部は目立った戦績を残せずノーシード。野球部関連で目立ったと言えば、OBの大竹投手の東京六大学春季リーグ戦、続く大学選手権での優勝だろう。実は、昨日、彼の最終便による帰熊に合わせ空港で娘と「出待ち」を敢行し、お祝いと共に野球部への気合い入れをお願いしたのだった。
そんなワケで、大竹投手としても母黌の野球部については杞憂のはずで、夏大会を控えたチームに発破を掛けることも今回帰熊の大きな目玉であることを私は切に期待しているのである。
折しも、本日は抽選会の当日だ。今日、大竹投手が母黌のグラウンドに行くかどうかはわからないが、発破掛けにはもってこいの日である。天気が良ければなお良し。

さて、愚息の状況はどうかというと、部活、学校にもだいぶ慣れてきた様子。
ただ、いろんな決まり事が多方面からの圧力によりズイブン緩くなったとかで、拍子抜けの感もチラホラ。新入部員は総勢42人で、県内公立高校ではNo.1ではないだろうか。巷ではこれを「大竹効果」と呼んでいる。今のところ落伍者ゼロ。

ただ、戦績としてのこの効果判断は今のところ未知数。
しかし、1軍の練習試合(A戦というらしい)に一年生の3選手が出場しているところを見ると、選手層に厚みがでたのは確かだと言える。

ちなみに、一年生の3選手に愚息は含まれておりません。受験が終わりようやく体力が戻ってきたところで、2軍戦(B戦というらしい)で内野手として先発出場しておりソコソコの活躍だとか。

そんなワケで、いろんな意味で「大竹効果」に期待したい夏の大会なのである。

頑張れ頑張れ濟々黌!
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座談会報告

2015-04-23 21:13:43 | 高校野球の記録

過日の堀内恒夫議員を囲んでの座談会は約1時間という短い時間であったが、木原が進行役となり野球について多岐に渡って話し合われたのだった。

そして、翌日の夕刻、ヤーテツを介して木原事務所から座談会で話し合われた内容について一つ二つまとめてもらえないかという旨の連絡があった。以下、ソレを記録するが、この文章が自民党本部に報告書として提出されたらしい。昼休みにチャッチャと書いたのだけれど、もっとオフレコ的なことを書いときゃよかった。


子供を取り巻く環境について
参加者
近年、子供の野球や外遊びを取り巻く環境は悪い。公園等は整備されているが、キャッチボールなど「危険」なこととして禁止されている状況にある。また、放課後や休日の学校においては非常用等の小門は施錠されていないが、正門扉は閉鎖されている状況など子供たちから「遊び場」を遠ざけている。
これは我々社会が安全安心(危険回避や責任逃がれ)を強く指向している結果であるが、野球の普及、発展や子供の健全な発達について考えると、これは由々しき状態と言えるのではないか。
堀内氏
確かに、現在の社会要請と本来子供に与えるべき環境は相反している部分があるのは事実である。解決策の一つとしてキャッチボール等の遊びをやっても周囲に危険が及ばないような施設を整備するなども考えられるが、財源や維持管理等の問題をクリアしなければならない。その時にはやはり地域の協力が必要になってくるのではないだろうか。

野球界について
堀内氏
中学生の硬式野球について、それを実施している連盟が多数あるのをご存知だろうか。ボーイズ、リトルシニア、フレッシュ、ヤング、ポニーなどがあるが、それぞれのルールには微妙な違いがあり、数年前までは連盟をまたいでの練習試合や交流戦も禁止されていた現状がある。
参加者
確かに。軟式野球と硬式野球についても同様で、両者間には深い溝がある。また、各連盟間におけるコミュニケーション不足が互いの敵愾心をあおる場面すらあり、このような構図がチーム間やチーム内における常態化した各種問題発生の悪しき手本や遠因となっているような気がしてならない。
堀内氏
それは、野球界における昔ながらの「オラが主義」あるいは「オラが1番」の結果かもしれないが、根本は野球界には本当の意味での統一組織が存在しないということと考える。1960年代の柳川事件をきっかけとしたアマチュア野球界とプロ野球界の交流断絶が、50年を経た近年、ようやく雪解けを迎えようとしているが、未だ多くの問題をはらんでいるのが現状である。
2020年の東京オリンピックを控え、日本としては野球の復活を目指さなければならないところであるが、そのためには日本の野球界が一丸となって取り組む必要がある。
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NHK旗市内予選 濟々黌VS国府 雑感

2015-04-13 08:00:53 | 高校野球の記録
同級生の満枝君のリクエストにより本日の観戦記を酔った勢いで記録しておこうと思う、と、その前に午前中のジムカーナイベント参戦記。
結論から言うと、前回大会より2秒以上の短縮で午前中の順位は50台中、12位と善戦できた。イベントは午後も続きましたが、野球観戦のため一路、国府グラウンドへ。

到着すると、国府が試合前ノック中。ナントカ間に合った。

実は、昨日の九学戦の後、息子と国府グラウンドに赴き練習を視察したのであった。

なので、本日の本当の見所は、終止リラックスムードの春大王者に対し失うものは何も無い済済黌の捨て身の攻撃が期待されたのであった。

さてさて、野球の楽しむ醍醐味の一つが、試合時の気象及びグラウンド条件がゲームの流れに対してどのような影響を及ぼすかを想像することだったりする。昨日の文徳グラウンドは谷筋を上った台地の中腹にあり上空には吹上の風が吹きやすく打球は見た目以上に伸びる。文徳グラウンドで本塁打が出やすいのはこの理由による。そして、外野手の守備がカギだったりする。

ひるがえって今日の国府グラウンド。三塁線からライト後方への強風だった。従って、右打者の逆打ちが有利となる状況下なのであった。ディフェンスの立場からすると右翼手がカギ握るカタチ。

そして、試合開始。国府の投手は春大防御率No.1の左腕。実は、自分、春大の準々決勝の国府vs秀岳館を観戦していた。その好投ぶりから、済済打力は取れても2点、運が良ければ3点といったところだった。

一方、済済黌の先発投手は昨日、主戦だった緒方投手。昨日は6回に九学打線につかまっていた。疲労もあるはず、期待は精神力。春大の背番号10からエースナンバーをゲット。エースとしての意地発揮が最大の見所だった。
試合経過については今日の実況を参照されたい。国府の地の利を生かした右打ちに対する緒方投手の粘投は本当に素晴らしかった。

潮目は7回裏。同点に追いつかれた一死二塁の場面。九番打者の強い打球はファースト正面!最後のバウンドがイレギュラーし、一塁手の肩をかすめて右中間方向へ。ボールは右翼手の一塁カバーとは逆方向へ転がったのだった。
この間、打者は一塁を回ったところで転倒するも二塁走者が帰塁して逆転。終盤におけるグラウンドの荒れ具合が勝負のアヤとなったのであった。

野球ってオモロイ!
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NHK旗市内予選 濟々黌VS九学 雑感

2015-04-11 11:58:12 | 高校野球の記録
酔った勢いで、高校野球フリークの立場から今日の済済黌vs九学の試合について思うところを記録しておこうと思う。

先ず、今日の見所整理。

済済黌は春季大会2回戦で有明高校に対し主戦3投手が打ち込まれ、反撃の糸口もつかめないままコールド負け。なので、センバツ帰りの九学相手にどのような立て直しで試合に望むかが大きな焦点なのであった。また、夏までの試合経験を積むためにはこのゲームには是が非でも勝利しなければならなかった。

一方、九学はというとセンバツで大敗、済済黌と同様チーム立て直しが急務。特に、精神面での成長が必要な場面。夏に向けて一皮向けるためには控え選手達にも経験、自信をつけてもらいたいところ。それと、高校野球ファンとしては新人1年生のスタメン起用があるのかないのかというところであった。

蓋をあけると、済済黌は春季大会1回戦及び練習試合で好投していた投手が先発し、捕手の2年生を含め2年生が5人という布陣。一方、九学はセンバツでは2番手投手だった選手がエース背番号で、ライン沿いの選手もどちらかというと控えメンバー。そして、1塁手には1年生。

結果は序盤の九学の守備乱と制球難に乗じた大量得点で済済黌が逃げ切った形。しかし、両軍とも夏に向けてチーム成長を期したガチンコ勝負であることに間違いなく3投手を投入。打撃に関しては九学が圧倒するも守備の正面をつくことが多かった。しかし、これは済済黌投手陣の気持ちが優っていたからではないだろうか。
ただ、観戦していた者の率直な感想は、済済黌は勝ちこそすれ勝った気分にはなれないない薄氷を踏む試合展開なのであった。

明日は、春季大会優勝校の国府高校との対戦。
両陣営とも、どの投手陣で望むのかというのが見所になる。
自分としては有明に完敗した投手陣に奮起してもらいたい。そして、国府は主戦2投手が果たして登板するのかどうかだろう。
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いよいよ高校野球

2015-03-31 16:43:46 | 高校野球の記録
本年度も今日で終わり。
一年前、息子は病院から退院し、ようやく日常生活ができる程度に回復した頃ではなかったか。
あれから一年、早いものだ。

いよいよ、息子も高校生だ。もちろん野球は続ける予定だ。
進学先は熊本では一応進学校ということになっている濟々黌高等学校だ。
私の母黌であり、手前味噌だが野球部も含め「名門」である。
最近では平成24年の夏と25年の春に甲子園に出場している。

志望校についてブレはなかったかと言えばウソになるが、志望校を強く決定づけたのは、やはり、甲子園出場を果たした大竹投手(現早大野球部)と直接会って話をしたことだろう。中2の晩秋だったと思う。

ただ、その頃の本人の学業成績はどうだったかというと、それほどかんばしいものではなく、相応の努力が必要な状況であった。

そして、中3になった春、彼は全てにおいて自信を無くしていた。
無理もない。野球に復帰できるかもわからない、そんな状況だったからだ。

親として、ここで野球を諦めさせ、受験のために勉強をさせるという選択肢もなくはなかった。
復帰できるかどうかもわからないたかが少年野球のために、リハビリやトレーニングに時間や金を割くことは、バカバカしいことだと見られるムキがあったことも事実だ。

だが、我が家の選択は、結果がどうなろうと、とにかくシーズンが終わるその日まで野球をちゃんと続ける、そして、その後、受験勉強に邁進する、というものだった。
実のところ、親としての本当の心配は、野球を中途半端で終われば、その後の受験も中途半端で終わるかもしれないということだった。

ただ、受験勉強が本腰になったのは晩秋~暮頃だったように思う。
成績も一進一退で、志望校がどうにか射程圏内に入ったのは年明けだった。

息子は近所の私塾に通っていて、同じ志望校で野球をやっていた友人が少なからずおり、彼らと切磋琢磨することは彼の楽しみでもあったようだった。
しかし、願書提出日が近づくと、それまで同じ目標で頑張っていた友人たちの多くが志望校を下げはじめ、結局、中学から濟々黌に願書を提出した男子は息子一人だけになってしまった。

そういう友人の選択に対して息子は何一つ語らなかったが、その無口な様子が彼の心情を雄弁に物語っていた。一緒に頑張る仲間がいなくなったことを心配したが、それは杞憂だった。
例え一人になっても最後の最後まで諦めない。それが一匹オオカミの宿命だった。

合格のお祝い(次女は県立大学に合格)として、家族旅行で週末USJに行ってきた。
そして、甲子園で選抜高校野球ベスト8戦(準々決勝)4試合を観戦した。

いよいよ、息子の高校野球が始まる。
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