平尾バプテスト教会の礼拝説教

福岡市南区平和にあるキリスト教の平尾バプテスト教会での、日曜日の礼拝説教を載せています。

2003年10月19日 安息の年、ヨベルの年、解放のとき

2006-05-29 17:30:19 | 2003年
レビ記25章1~12節
  安息の年、ヨベルの年、解放のとき

 レビ記の25章は、安息の年の規定とヨベルの年の規定が述べられています。安息の年の規定については、これから神様が与えようとされている土地に入ってからの話です。また、ヨベルの年の規定もそうなります。安息の年の規定は、土地に作物を育てるとき7年目は、土地に安息を与えなさい、つまり、土地を休ませなさいという命令であり、また、ヨベルの年は、50年ごとに土地や財産の返還、債務奴隷(借金を返せなくなって奴隷になった者)の解放などについて述べています。このとき彼らは、まだ、荒野をさ迷っているのでして、カナンの土地に入っているわけではないのです。
 しかし、農耕する土地や財産に対する考え方をしっかりと神様は、カナンの土地に入る前に、イスラエルの人々に伝えておかねばなりませんでした。イスラエルは、牧畜の民でした。しかし、これから入っていこうとしている土地には、カナン人がおり、バアルの神を拝んでおりました。イスラエルの人々は、これから牧畜もするけれども、定着をして、土地を耕し、育て、収穫することもしていかねばならなくなるのです。
 そうすれば、当然、先に農耕をやっているカナン人からいろいろなことを教わらねばならなくなります。影響も受けることになるでしょう。そして、そのうち、農耕と密接に関係のあったバアルの神(豊穣の神、豊かに実りをもたらす神)への信仰をも、自然と受け入れるというようなことが起こらないとも限りません。
 実際、その後のイスラエルの歴史において、バアルの神を拝んで神様の怒りをかったことは幾度となくありました。ですから、いよいよカナンの土地に入る前に、神様は、主権を(ご自身が真の神であることを)明らかにしておく必要がおありでした。
 4節の「7年目には、全き安息を土地に与えねばならない。これは主のための安息である」。また、23節に「土地はわたしのものであり、あなたたちはわたしの土地に寄留し、滞在する者にすぎない」。あくまでも、すべての所有は、神様にあるのであって、すべての恵みはその神様から来ることを示さねばならなかったのです。
 また、収穫の恵みを感謝して、初物を献げるという諸規定も、すべては神様のものであるという捉えかたからきております。土地も財産もすべては、主のものなのです。イスラエルの人々は、そこでの寄留者、滞在者に過ぎないのです。そういった意味では、ヘブライ人への手紙11章の13節からのところにありますように、私たちキリスト者もまたこの世では、「よそ者であり、仮住まいの者」であります。そして、ほんとうの故郷は、「天の故郷」にあるといえるでしょう。
 さて、安息の年の規定についてですが、これは、6年間は、土地を耕し、収穫できるが、7年目は、その土地に安息を与えるようにというものです。神様が与える土地に入ってからだというのですが、その年がいつで、何月何日ということが明記されておりません。それで、この安息の年の数え方は、国中でも異なっていて、それゆえ国全体がいっぺんに耕作を止めてしまうことはなかったようです。
 この安息の年は、「主のための安息である」と言います。主をおぼえるのです。主が6年もの間、恵みを与えられて穀物を実らせてくださった、そして、7年目には、休まれる、そのとき、土地も休ませるのです。神様が6日間で世界を創造なさり、7日目に安息された、その7日目を安息日として聖別し、あなたたちも同じように安息するようにという安息日の規定を思い起こします。
 同じように、7年目は、主をおぼえ、特別な年として、守るのです。ぶどう園の木の枝を剪定してはいけないし、畑を耕作し、種を蒔いてはいけないのです。そこに育ったものも取って食べてはいけません。しかし、自然と生えてきた植物については、それを食していいことになっていました。また、神様は、6年目には、いつもの年の3倍もの収穫物を与えられて、7年目の安息の年の食料も、8年目の種蒔き用の植物も9年目の収穫物が得られるまでの間の食物もすべて、用意してくださると言われたのでした。この安息の年の規定がどれほど実施されたかは不明です。
 しかし、イスラエルの人々は、この規定によって、すべては神様のものであり、すべては主が与えたもう恵みであることを知りましたし、主に信頼することを教えられたのでした。
 ヨベルの年というのは、この安息の年が7回めぐり、次の年の50年目に定めたものです。ヨベルというのは、雄羊の角という意味です。ヨベルの年には、この角笛を国中に吹き鳴らして、知らせたところから、この年をヨベルの年と呼ぶようになったのでした。 
 「この50年目の年を聖別し、全住民に解放を宣言する」とあります。「あなたたちはおのおの先祖伝来の所有地に帰り、家族のもとに帰る」と続いてあります。土地の返還と奴隷の解放が規定に従って、行わなければなりませんでした。また、土地の売買とか、奴隷の売買については、それらを取り戻す場合、ヨベルの年から何年、次のヨベルの年まで何年というような形で、価格が決められておりました。
 つまり、ヨベルの年が、一つの価格を決めるときの基準になっていたのでした。例えば、25章の25節からのところに「もし同胞の一人が貧しくなったため、自分の所有地の一部を売ったならば、それを買い戻す義務を負う親戚が来て、売った土地を買い戻さねばならない。もしその人のために買い戻す人がいなかった場合、その人自身が後になって豊かになって、自分で買い戻すことができるようになったならば、その人は売ってからの年数を数え、次のヨベルの年までに残る年数に従って計算して、買った人に支払えば、自分の所有地の返却を受けることができる」とあります。
 しかし、いずれにしろ、ヨベルの年になれば、すべてはもとの所有者にもどり、奴隷は自分の意志で奴隷に留まりたい場合は別として解放されるのでした。それは国王であろうと、この決まりに従わなければならなかったのです。エゼキエル書の46章の16~18節に、そのことが書かれてあります。「君主が家臣のだれかに嗣業の一部を贈与すれば、それは解放の年(ヨベルの年)まで彼のものとなる。
 しかし、その後、君主に返さねばならない。君主の嗣業を所有できるのは、その子らだけである。君主は民の嗣業を取り上げてはならない。彼らの所有地を奪ってはらない。自分の所有地は自分の子供らに相続させねばならない。それは、わが民の一人でも、その所有地から追い立てられることがないためである」。
 この「ヨベルの年」と「安息の年」に共通していることがいくつかあります。どちらも、主のための聖なる特別の年として、定められたということです。そして、そこには、神様の秩序、神様がこの世界を創造されているということ、神様の主権、すべてのものは神様のものであるということ、失ったもの、奪われたものを取り戻される神様の正義と復活される命、すべてを与えられる神様の恵み、などといった共通の事柄が語られています。
 6年間、耕作し続けてやせ細った土地が、1年の休閑によって土地の豊かさを回復する、人は、改めて、6年の実りに感謝する、主の創造の業をおぼえ、すべては主から来ることを知るのでした。また、先祖伝来の土地を手放さなければならないほどに生活が困窮してしまった人々や、奴隷として身を売らなければならないほどに貧しくなった人々のことを、神様はいつまでも放置されませんでした。50年したら、すべては戻さなければならならかったのです。奴隷である者は、解放されねばならなかったのです。
 そこには、富める者が更に富をまし、貧しい者がさらに貧しくなっていく社会のありようは、否定されていました。
 ところで、私たちに休みがないとすれば、それはどんなにか、耐えがたいことでしょう。もし、睡眠をとらないでそのまま続けて働くことになればどうでしょうか。すぐに病気になってしまいます。私たちは、一日の3分の1から4分の1くらいは、睡眠をとっているわけです。睡眠を含め、休みをとれないということは、疲労が続いていくことで、健康な状態が回復されることがないということですから、これはつらいことです。休みを得るということは、神様の創造の秩序にかなっているのです。
 そして、また、こうして、主の日の朝にその創造主なる神様の恵みの業を思い、礼拝に来ることもまた創造の秩序にかなっています。それから、土地を失い、奴隷の状態に身をおくことは、これもまた、希望がない話です。私たちは、バブル崩壊以後、そういった点においては、希望が失われた時を長く過ごしている人々がいかに多いことでしょう。しかし、50年たてば、それらはもう一度、回復される、という希望が残されていますと、私たちはその希望に向かって生きていけます。
 確かに、50年と言う年月は長いです。ですから、50年待たなくても、その人にお金ができたり、事情が許されるようになって、その途中に土地を取り戻すことはできましたし、奴隷から解放されることはできたのでした。そのときには、ヨベルの年まで何年たっているかとか、次のヨベルの年まで何年かで、そのときの価格が決められていたというのは、先ほど述べたとおりです。希望は私たちが生きていくためには、なくてはならないものなのです。そして、それは神様から与えられるものです。
 イスラエルの人々には、このヨベルの年は神様が与えられた希望のときとなりました。
 ところで、ルカによる福音書に、このヨベルの年についてイエス様が触れておられるところがあります。イエス様は、宣教のはじめに、ナザレの町で会堂に入られ、人々の前で聖書を朗読されたことがありました。ルカの4章の16節からのところです。そのとき、イザヤ書の巻物が渡されたのです。イエス様は、ある箇所が目に留まりました。それはイザヤ書の61章2節でした。ルカに記されてあるものを読みますと「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主がわたしに油を注がれたからである。
 主がわたしを遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである」というものでした。最後の「主の恵みの年」というのが、ヨベルの年のことでしょうが、つまり、すべてが解放される、貧しさからも、病からも、障害を負っていることからも、解放されるのです。
 そうしたときが訪れるという希望の宣言です。それは、ヨベルの年に代わるイエス・キリストによってであります。雄羊の角笛に代わり、イエス・キリストが解放を宣言され、イエス・キリストがその業を行ってくださるということを意味していました。
 現代に生きる私たちにとって、安息の年とは何か、ヨベルの年とは何か、ということを改めて考えます。このような日本社会の中にあっては、とても重要な問題提起をしていると思われます。がむしゃらに働けばいいということでもない、休むことは必要である。立ち止まって、創造主なる主を見上げ、礼拝し、感謝せよ、すべての恵みはこの方から来ることを知って喜び、平安を得よということです。土地や人、財産は、主のもの、ある程度の期間がきたらそれぞれに返却するべきもの。決して、それら土地や財産に固執してはならない。
 私たちは、この世では寄留の民に過ぎないのだから。そう考えていきますと実に自由になるではありませんか。私たちには、すべてのものからの解放の約束がなされています。そして、イエス・キリストの十字架と復活により、罪からの解放までもが、約束されました。

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