『はつかいち』 ぶらり

安芸の宮島の地・・・廿日市を見たまま紹介―独自の好奇心アンテナを張り巡らせて、ビビッと反応したものを紹介します。

所山小水力発電所

2010年05月16日 | 「佐伯地区」ぶらり


所山地区にあるJA佐伯中央農協の小水力発電所については依然紹介したが、現在水圧鉄管の塗装繕工事が行われている。水圧を得るために急傾斜の山斜面に設けられており、2人の作業員が命綱を付けて作業をしていた。
この発電所は電気が十分に供給されていなかった農村部に大虫川の水資源を活かして電気の供給を目的に設置されたものである。これにより農村部の生産力の増大と生活文化の向上が図られたのである。

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奇木

2010年05月15日 | その他


極楽寺参道の途中に変形した珍しい木があった。何の木であろうか周辺の画像から大きな木ではなさそうである。
握りこぶしのようでもあり、ポパイの顔を連想させるようでもある形状の奇木である。

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5代目桜島大根の今

2010年05月14日 | その他


廿日市5代目桜島大根の花も終わって種が実っており、来年は6代目を栽培する予定である。花の色が白色の株とピンクがかった株のものがありそれぞれどのような性質を受け継いだ種であろうか来年が楽しみである。
昨年は種の採り時期が悪く発芽しないのではと思ったが何とか成長したので今回は失敗しないようにしなければ・・・

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正蓮寺梵鐘-虚子の句

2010年05月13日 | 「廿日市地区」ぶらり


正蓮寺の鐘楼に架けられている梵鐘で昭和24年(1949)に鋳造されたもので、この梵鐘の池の間には俳人高浜虚子の句「結縁は 疑も無き 花盛」と鋳出されている。
当寺15世宗像良文住職は高浜虚子の弟子であり、梵鐘の鋳造に際して虚子に依頼してこの句を詠んでもらったもののようである。

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弥山の皇太子殿下御展望跡・御参詣碑

2010年05月12日 | 「宮島地区」ぶらり


皇太子殿下裕仁親王(後の昭和天皇)は、大正15年(1926)5月岡山、広島、山口三県を行啓、27日午後2時14分に呉軍港から御召艦の軍艦長門で宮島沖に着き厳島神社を参詣された。
参詣後に帰艦して軽装にて弥山に登山し御山神社に参詣され、山頂から展望後午後6時48分に帰艦された。御山神社前には「皇太子殿下御参拝」碑があり、弥山頂上岩の前には「皇太子殿下御展望跡」碑が建立されている。分単位の行啓日程表には弥山登山は記されていないがどのような経緯で変更されたものであろうか。
当日は御召艦長門に宿泊され翌日宮島駅から御召列車で岩国駅に向かわれた。

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正蓮寺の摂政殿下御播種之松

2010年05月11日 | 「廿日市地区」ぶらり


天神地区の明治天皇御用品奉置殿前にある「皇太子殿下御播種松」とある石碑について以前紹介したが、同地区の正蓮寺の境内にも「摂政殿下御播種之松」とある石碑と松が現存している。
皇太子殿下裕仁親王(後の昭和天皇)は、大正15年(1926)5月25日午前11時55分、広島県会議事堂の玄関前に図のように設けられた御播種場所で黒松の種1升4合を播かれた。
これを育成した苗木が県下各市町村や学校などに配布されているが、なぜこの寺に配布されたのかは不明であるが松くい虫被害にも遭わず現在も育っている(同寺談)ようである。

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洞雲寺の後庭

2010年05月10日 | 「廿日市地区」ぶらり


洞雲寺の庫裡裏の後庭は左側建物の本堂と右側建物の開山堂に囲まれ山の斜面を利用した日本庭園で、山からの湧水を利用した池が設けられている。
山斜面にはモミジが多くみられ、池の周囲にはサツキやオオムラサキ、ホンシャクナゲなどが植えられているようで新緑の今時期もきれいであるが、秋の紅葉時期はよりきれいな景色がみられる。

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とおーんじ-洞雲寺花祭り

2010年05月09日 | 「廿日市地区」ぶらり


昨日は洞雲寺の花まつり「とおーんじ」で、本堂前につくられた花御堂に安置された誕生仏に甘茶を注ぎお釈迦さんの誕生を祝う行事で、以前は旧暦4月8日であったが現在は5月8日に行われている。
かつて参道には植木露店や一般露店がずらりと並んで終日賑わっていたが、今は周辺地域の開発中で露店もなくかつての賑わいは夢のようである。

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妹背第2歩道橋の装飾文様

2010年05月08日 | 「大野地区」ぶらり


妹背川に架かる妹背第2歩道橋で通常よく見る味気ないコンクリート橋梁とは違った装飾文様が施してある。
この橋梁には下を流れる川面のさざ波を思わすような文様が施してあり、一抹の潤いをもたらせてくれる歩道橋である。

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地御前神社-釈迦堂

2010年05月07日 | 「廿日市地区」ぶらり


地御前小学校の斜め前にある釈迦堂で堂内には丈六像といわれる堂内いっぱいの大きな釈迦如来座像が安置されている。
江戸期の絵図をみると釈迦堂はかつて地御前神社境内であった地御前小学校の地にあったもので、明治期に釈迦堂の建物は正覚院の本堂に転用され、その後に現在の堂が造られたようである。

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厳島神社の金燈籠

2010年05月06日 | 「宮島地区」ぶらり


厳島神社本殿への東回廊入口の石段右脇にある金燈籠で天明8年(1788)に寄進建立されたものである。
長州萩の上野長兵衛が願主で、萩で鋳造活動をしていた郡司信向が鋳造している。この燈籠の竿には文様が見られないシンプルな燈籠である。

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岩戸山-岩戸尾城跡

2010年05月05日 | 「廿日市地区」ぶらり


佐方本町の山陽女学園がある岩戸山の遠望で、この地には中世のころ岩戸尾城があったところであり、桜尾新開の埋め立て用土砂を採取してその跡に山陽女学園が開園した。
岩戸山は当時海に面しており要害の地で、陶晴賢の親である興房が約1年間在陣しており、「又一重山あたらしき霞哉」の発句の連歌を興行している。

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博多にわか

2010年05月04日 | その他


昨日は拠無い用事で博多に行きわずかな余り時間で櫛田神社に参詣した。昨日から博多では「博多どんたく港まつり」が開催されており、当神社境内では「博多にわか」が演じられていた。
愉快な面をかぶって世相を茶化したり、からかったりしてユーモアで後に面白いオチをつけて話が終わっていたもので初めてこのようなものを見た。

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西駒ケ林から遠望

2010年05月02日 | 「宮島地区」ぶらり


標高約490mの西駒ケ林の山頂からの遠望で宮島の西松原から東の町並み、聖崎の範囲、遠くは広島工大、五日市港などがみられる。
弥山展望台や駒ケ林からは樹木が遮ってこのような風景は見ることができない素晴らしい景色で両手を広げて飛び立ちたいようだ。

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西駒ケ林の焼木

2010年05月01日 | 「宮島地区」ぶらり


標高約490mの西駒ケ林の山頂付近は平成4年(1992)5月の山火事にあっており多くの焼けた木が残っている。
この山を登山者のサイトのほとんどは焼けた山なので焼山と記している。弥山や駒ケ林は登山道が整備されているが、この山は自然の険しい山道を登らなければならず一般観光客向きの山ではない。

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