いまの韓国の誰にも醜聞があります。たとえそれが、事実であろうが、なかろうが(笑)。ここでは最近の「韓国の醜聞」を集めてみました。必要な方のために出典も明示し、あればリンクさえ提示しています。
韓国の大学教授、マスク着用の香港学生に「ギスギスした雰囲気を教室や韓国に持ち込むな!」 教室から追い出す―台湾紙:FOCUS-ASIA.COM 2015年6月10日
どうでもいいと思う人がいるかもしれませんが
私は、中国以上に序列的・権威主義的な「韓国の実体を示している」と受け止めました。
これは香港から韓国へ来ている女子学生のことで、MERS汚染が話題になっていた頃だったのでマスクをしていたようですが、それをソウル成均館大学教授が「失礼」と受け止めたようです。
しかしMERS汚染拡大を止められずに死者数を増やした韓国社会のほうが、ほっともっと「失礼」だったのではあ~りませんか。
韓国で無数にみられるこうした視野狭窄症(しやきょうさくしょう)の人たちも、やがて淘汰され消えてゆく運命にあるのでしょう。
邪推をすれば
弾圧国家中国であることは既に知られていますが、中国の南東部の人たちが北京人と仲が悪いとはいえ、韓国は北京よりはマシだろうと期待していたのかも知れません。
しかし、すっかり当てがはずれてしまい、香港出身の女子学生にとって中国も韓国も
「いずこも同じ秋の夕暮れ」
だったのでしょうか(笑)。
それにしても
「女は男に従属するものだ」という儒教観は、すくなくとも表面的には、中国よりも直情径行的な韓国のほうに蔓延しているようにみえ、これを取り除くには少なくともあと100年以上(ひょっとしたら500年も)必要でしょうか。
そういえば今の韓国には
かつて厳然とした身分差別があり「民衆にとって悲惨」だった李氏朝鮮(李朝)時代が「楽園」だったとでっちあげる旧両班がいるようです。
- あくまでも「両班」にとって楽園だったに過ぎず、支配階級「旧両班」が過去を美化し、「懐かしい過去」を思い出し、「今もそうあるべきだ」と懐かしんでいるのでしょう。
- こういう歴史を知らないまま、あるいは都合の悪い過去をしらないまま、「自分たちの汚点をむしろ美化」する人たちが、「日本人が過去を美化している」、とでっちあげるのでしょう。これほど「自分の汚点を相手に投影したがる」典型的な姿も、そう簡単には見られませんが、なぜか儒教国中国・韓国では普通にみられます(笑)。
- 李氏朝鮮末期には、官位の売買が日常化していたようで、汗をかき手を汚すことを嫌った旧両班が、いまでも韓国の支配者であることにご注目を。韓国の留学生が日本へやってきてするアルバイトの業種にもご注目を!←支配階級の身分を日本によって剥奪され「平等社会にほうり込まれた」た恨みは、そうとう深そうです!
そして恐ろしいことに
そういう人たちが今、韓国を牛耳り「反日」を恣意的に盛り上げているようです。
いくら経済的に低迷しても、いやそういう苛酷な時代だからこそ、唯一のよるべとして「反日」でもって自己の「反論を許さない独善的な正当性」をでっちあげなければならないのでしょう。
悲しい人たちですね。
歴史を直視せず歪曲する韓国の国定歴史教科書
燕山君に代わって、異母弟の晋城が中宗王として王位を継いだ。この、臣下たちが結集して暴君を追放し、新王を推戴した事件を「中宗反正」というが、一種の武力革命であった。・・・・・・
李朝を通じて、政争に敗れた反対派は処刑されるのが、通例となっていた。こうした場合には、一族もともに処刑され、女はに落とされた。燕山君の生母の尹姫の「陵」は「墓」へ格下げされた。・・・・・・
しかし、世襲による専制体制が法の上に君臨したために、実際には歯止めがきかない無法な体制となっていた。
KSB(日本のNHKに当たるテレビ局)が4年前、李成桂が高麗朝を滅ぼして、李氏王朝を開いた歴史を連続ドラマ化した『龍の涙』を2年にわたって放映した。・・・・・・
といっても、視聴者の大方の反応は、自国の歴史を反省するということではなく、この歴史劇の登場人物を、敵か味方か、白か黒かに分けて楽しむというものだった。忌まわしい歴史から、教訓を得ようなどとは、夢にも思わないようだった。
ただ今日でも、韓国民は理を乱すよりも、事態や物事を敵か味方か、白か黒かに割り切って考える悪しき気質から脱け出すことができない。
国会において野党議員が国政調査権を用いて、検察総長を審問すると、与党議員が直ちに反撃するといったように、相手の主張を十分に聞いて解明しようという態度が、まったくない。事の次第を順序立てて組み立ててゆこうとせずに、敵か味方かということだけで対立する。いまだに、李朝時代の党派抗争の悪弊が続いている。
『李朝実録』は李朝の歴史が惨憺たるものであったにもかかわらず、美辞麗句で飾られている。今日の韓国の学校の国定教科書は、李成桂の謀反や、王子の乱や、その後に数多く繰り返された士禍については、ほとんどと言ってよいほど触れられていない。歴史を直視することなく、化粧が施されているのだ。これは歴史の歪曲である。李朝を通じて歴史を歪めることが、習性となってしまった。
:P.147-150 崔基鎬(チェ・ケイホ)「韓国堕落の2000年史」祥伝社黄金文庫
少し長くなりましたが
旧両班の今の韓国メディア連中たちが、美辞麗句を並べ立てて「理想的な李氏朝鮮(李朝)時代だった」とでっちあげるのに我慢できず、ついつい長く引用してしまいました。うそもほどほどにしなさい、というところです。
とにかく「自分の利益になることなら平気でウソ八百を並べる韓国人が多い」というのが、もう世界中で衆知のことになっています。中国同様に、儒教の最悪の一面をあらわしているようです。
世界中で韓国人・中国人が巻き起こすあらゆるトラブルを聞いたとき、この視点から考えてみるようお願いします。
こういった韓国人・中国人たちが
なぜ「歴史を直視できない」かですが、自分に不都合なことには決して触れない、という大前提があります。
自分(歴史)を直視できない≒顔の整形が大繁盛
韓国をあらわすこの二つ、似てますね。鏡で自分を映す習慣がないか、あっても見かけだけを変えたらそれで周囲をごまかせると判断するか、どちらかなんでしょう。
「現実を強引に見誤ろう」とする悪質な意図が見えませんか。
余談ですが韓国では
娘が結婚するときには、母親も、かつて娘が手術した整形病院へいくようです。なぜかといえば、母娘であまりにも顔が違いすぎると「娘の整形がバレてしまう」からですね。
そして子どもが生まれたときには・・・・・・「すでに時遅し」。
そしてその子どもが、また同じ整形病院へ出かける・・・・・・はい、お疲れさん!
韓国を代表する女流作家が三島を盗作か
韓国を代表する女性小説家・申京淑氏(52)が1996年に発表した短編小説「伝記」の一部が、故・三島由紀夫の短編小説「憂国」の盗作であるとの疑惑が浮上し、朝鮮日報などの韓国主要メディアが報じている。
作家のイ・ウンジュン氏(45)が16日のハフィントンポスト韓国語版で盗作疑惑を提起。イ氏は
「もし盗作がニューヨークやパリ、英国に伝わったらどうなるか。日本の文筆家や大衆がこの事実を知ったらどうなるか。これは隠そうとしても隠せるものではなく、隠せば隠すほど悪臭を放つ韓国文学の恥だ」
としている。:スポーツ報知 2015年6月21日
こちらもどうぞ。
寡聞(かぶん)にしてその後どうなったか把握していませんが、韓国文壇を代表する小説家、申京淑(シン・ギョンスク)の盗作疑惑を指摘したイ・ウンジュンとのことで、女性作家であったがゆえのより大きな問題提起だったのかも知れません。
しかしそれもそうですが、そんなことが米国・仏国・英国・日本にバレたら「韓国文学の恥」としたのには、驚いています(笑)。
信じられないことですが韓国に「恥」の文化があったのですか。
あ、これまた朝鮮半島発祥でしたか(笑)。
1000年以上も瀬戸際外交をやって、あっちこっちから寄せ集めただけで、なんでもかんでも「朝鮮半島発祥とする」という情熱でしたか、それはそれは、知りませんでした(笑)。
1991年になって韓国では、やっと、女にも財産継承権が認められ、また女が単独で戸籍を持つことも出来るように民法が改正された。:P.170 呉善花「続・スカートの風」角川文庫 2007年2月25日初版発行
韓国でみられるという
ホステス業の娘に無制限なほど金をせがんで遊ぶ金を得る父親と、それをよしとし父に尽くす娘の姿を見ていると、まるで日本政府にゆすりたかる韓国と重なって見えてしまい、「なぜそんな社会になってしまったのか」と深刻に考えてしまいます。
この場合、たかる父親が韓国であり、父親に貢ぐ娘が日本という意味ですね(笑)。
ところが韓国では、自分の事ではなく、父親や母親、あるいは兄弟のためにつくすことが大切だと考えるのみならず、その必要がなくなると娘が突然「生きる意欲を失う」と聞くに及び、儒教がもたらした最悪の一例だとは言え、これは人ごとならぬ問題だと感じるようになりました。
今の例で言えば、「たかられるのが生き甲斐になっていた」日本が、何かの間違いで「韓国が日本にたかるのをやめたら、日本がもう生きる意欲を失う」という意味でしょうか(大笑)。
これは自虐の行き着く先、なんでしょうね(笑)。
何のための人生なのでしょうね。
中国や韓国などとは、「そこそこの付き合いにしておきましょう、深く付き合ってはいけません」という趣旨がこれで分かるはずだと思うのです。
あんな連中に好かれることを望んではいては、それこそ「身の破滅」でしょう・・・・・・間違いなく!
そんな韓国の女性たち
特に離婚して「儒教がうるさい」韓国では住めなくなった人のうち美形とされる人たちが大挙して日本へやってきてホステス業を営み、中には母国とは違った新しい生き甲斐を見つける人が生じるとも聞きます。
- 自分たちの社会が「韓国で生きていけない女性」を生み出しておきながら、まるで日本人が韓国女性をカモにしていると錯覚するのも、韓国人らしい独善性ですね。
- 自分の社会のことをまるで知らない・見ぬふりをして、相手だけに責任があるかのように振る舞うところなんざぁ、未熟そのもの。自分の身なりの不潔さを棚に上げて、他人の服装についてガタガタ言うのに似てますか?
- これはちょうど、かつて朝鮮半島の国(新羅など)が唐(中国)と手を組んで百済を滅ぼして、百済の王族の多くが日本へ亡命せざるを得ないようにしておきながら、まるで朝鮮半島が日本へ文化を伝えてやったと錯覚するのに似て、二重の誤りと言えます。
1000年以上にもわたって何も変わらない、かわいそうな朝鮮半島人なのでしょうか。
人にとって「何が生き甲斐」なのかを、考えさせますね。
もしそれをもたらした儒教に原因があるとするならば、儒教の教えのもとで「誰か親戚縁者に尽くすことが生き甲斐」なのか、それとも「家族など以外の別の何かに尽くすのが生き甲斐」なのか、あるいはまた「自分のために生き甲斐を見出すべき」なのか、どれなんでしょうね。
人によって異なるはずの「多様性」さえない朝鮮半島。
何かの社会風潮があり「みんながそれに従って同じような生き甲斐をもたねばらないし、それが当然」というのは、ひょっとしたらこわ~いことなのかも知れません。
それが儒教でないことを、ひたすらお祈りするばかりです(笑)。
どんなに不可解で理不尽な経済制裁をする中国に対して一言も文句を言えない韓国の現状が儒教に起因するとするなら、無法さを売り物にする中国共産党に、今まで以上の危険な臭いを感じ取るしだいです。
もしも世界中の国々が制裁し始め、中国が海洋進出できなくなった暁には、きっと韓国はこういっているでしょう。
「韓国は中国から、脅しを受けていた」
こんなことさえ、言えるのは遠い先のことでしょうね。
言論の自由を否定する韓国、はい、お疲れさん!次のかた、どうぞ(笑)。
さてさて、皆様はどう思われますか。