嘘の吐き方(うそのつきかた)

人はみんな嘘をついていると思います。僕もそうです。このページが嘘を吐き突き続ける人達のヒントになれば幸いです。

神はしつこく訪問する

2005年06月19日 00時43分12秒 | 駄文(詩とは呼べない)
僕は疲れていた。
もちろん仕事に疲れていたのだけど
何よりも人生に疲れていた。
僕の中にある何かが、常に僕を駆り立て、休ませてはくれないから。

そして僕は、浅い眠りの中で
映画のような、物語のような、テレビのような、
まるで造られたような、奇妙な夢を見ていた。

眠りは唐突に、訪問者によって妨げられた。
インターホンの音が大きく鳴って、
僕の心に、来客を告げていた。

エホバの証人が来た。
無駄な話をたくさん聞かされた。
「ものみの塔」という小冊子を見せられ、
世界中で読まれているベストセラーだと言う。

白髪交じりのお爺さんだった
あるいはおじさんだったのか。

「それ、売りものなんですか?」
「いえ、これは無料でお配りしています。」
「売り物じゃないのにベストセラーって言うんですか?」
「いえ、言葉が悪かったですね、非常に多く読まれている、という意味です。」

そんなようなしょうもないやりとりのうちに、
次第に次第に、僕の心は、神に断罪されていった。
あるいはまた、それがただのセールスマンだったとしても、
僕の心は同じように汚されただろう。

人は生まれながらにして罪を背負うと聖書には書いてあるらしい。
そんな事は聖書なんか読まなくたってわかってる。
生きる欲望への罪悪感はいつだって僕を困らせる。

僕の主張と、彼の主張は、どこかで対立していた。
僕の言う、言語によって思考が洗脳されているという主張、
聖書を読むことで僕は聖書に書かれている言語に洗脳されるのだという主張、
そして彼のいう、言語を超える言語としての神の言葉、
そして僕は聖書を読まずに聖書を批判する食わず嫌いだということ。

僕は言った。
「僕はたぶん、おそらくは人間です。いちおうは、人間だと思う。
人間だから、人としてあなたの話は聞こうと思う。
だけど、あなたは聖書を読んだ事で現に思考の基準が聖書になってるじゃないですか。
僕がさっきから言ってる事、あなたには全然通じてない。
僕の言葉は、伝わらないんです。いままで一度だって伝わった事がない。
誰一人として、僕の事は言葉で伝わった事が無いんです。」

僕は泣き崩れて、
彼は少し得意そうに、あるいは少し困ったような顔で
「私の目的は聖書を少しでも多くの人に読んでもらう事です。
だから伝道師としてここへ来ました。
もし私が自分の考えで自分の事を語るとしたら、
こんなところへは来ずに金儲けに行きます」
と言った。

そして静かに去っていった。

だけど僕の中では、いつまでも彼の言葉がこだましていた。
様々な角度から、少しずつ、言葉を変えながら、
劣化しながら、曖昧な音で、反射を繰り返していった。

僕には神の声は聞こえない。
僕には彼の言ってる事も、彼の言う幸せも理解できない。
ただ、彼の声らしきものが、僕の中でこだましていた。

それは僕を苦しめ、僕を困らせ、いつも通りに僕を追いつめる、
他人の声だった。

僕は人の話を聞くことが出来ない
僕は人と向き合う事が出来ない
そして神は人を救わない

それが事実として、僕の心に刻まれたような気がした。

印象的だったのは
彼の後ろにいた、入信したばかりのような若い女性が、
僕を見ながら、もじもじしたりそわそわしたりしていた事だった。

彼らは、僕の心が、神の暴力によって汚されていく様子を見ても
まだきっと布教活動を続けるのだろう。
僕にはそれが、その事が、すごく絶望的に感じられた。

彼らが良かれと思って他人のためにする事は、
決して他人の役にたちはしないだろうと、
僕にはわかってしまっている事、
それが絶望的だった。

たぶん、絶望的なのは彼らじゃない。
彼らを見て、景色を汚されたと感じている僕の心だ。
僕は美しい風景が見たい。
汚れているのは人の心ではなくて
人が住んでいる風景なのだと思う。

僕に美意識がある限り、
僕はいつも絶望しながらこの世界を生きねばならない。
そしてまた、次第にそれは僕の存在を許さなくなっていく。

今日も何一つ伝える事が出来なかった。
たぶんきっと、これを読んでる君にも、
僕の心は伝わらない。

どうしようもない。
彼らには言わなかったけど、
僕は死ぬしかない。

神がしつこく訪問し、やがて僕は殺される。