午前中、磯子で我が家の競走馬のレースを見たあと、急に思いついて観音崎にあるココへ。おとといからの強風で浦賀水道の波しぶきがよく見えるだろうと思って。
地方都市の公立美術館の義務みたいな感じで子どものお絵かき展かなんかやってたが、ダイエーの子供服売り場のような、ウルサさ+俗っぽさで、せっかくの空間がブチコワシ状態。
とはいえその空間はなかなか見ごたえがあって、分厚い鉄板を曲げて作った外殻にまるい穴がたくさん開けられて、その外側のガラスの薄皮を通して海や空やほかの部屋にいる人が見える。
壁と天井は曲面でつながっていて境目が見えないので、白い壁の存在感は希薄で、そのまるい穴だけが逆に殻の厚みを感じさせている。
こういう殻に包まれたい、みたいな、そういう皮膚感覚というか生理感覚というか、それだけで作られたような空間で、それはそれで美術館というアタマではなくカラダで感じるための場所にはふさわしいような。
設計は山本理顕サン。今のところ設計の意図通りに管理されていて、去年の夏に見た福生市役所のような悲惨な状況はなかった。
地方都市の公立美術館の義務みたいな感じで子どものお絵かき展かなんかやってたが、ダイエーの子供服売り場のような、ウルサさ+俗っぽさで、せっかくの空間がブチコワシ状態。
とはいえその空間はなかなか見ごたえがあって、分厚い鉄板を曲げて作った外殻にまるい穴がたくさん開けられて、その外側のガラスの薄皮を通して海や空やほかの部屋にいる人が見える。
壁と天井は曲面でつながっていて境目が見えないので、白い壁の存在感は希薄で、そのまるい穴だけが逆に殻の厚みを感じさせている。
こういう殻に包まれたい、みたいな、そういう皮膚感覚というか生理感覚というか、それだけで作られたような空間で、それはそれで美術館というアタマではなくカラダで感じるための場所にはふさわしいような。
設計は山本理顕サン。今のところ設計の意図通りに管理されていて、去年の夏に見た福生市役所のような悲惨な状況はなかった。