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まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

もやとなり 山肌をゆく 梅雨のあと

2010年07月03日 | 歴史
 今日も一日、雨になって、さすが・・・梅雨だなぁと思える昨今である。例年だと、香川県は雨不足、水不足に悩まされるのだけれど、今年のこの梅雨というか雨だと心配はないと思える・・・。まだまだ・・先は遠いんだけれど。

 

 だで・・・、私のHPにも、「早明浦ダム貯水量情報」をリンクさせた。お暇ならば見てちょうだいませませ・・m(_ _)m。

 さて、今日は奥方のけいこばぁの運転手でお買い物についていった。ま、ふれあい市場だとか、ホームセンターだとか、生協さんだとか・・魚屋さんだとか・・。そのご褒美みたいなもんだろうか・・、今日のお昼は・・珍しく・・・おうどん屋さんではなくて。

 

 読めるかなぁ・・。「うさぎ・三日月・と」と書いてある。どう読むんだろうかと思案をしたのだけれど、「「茶寮・三日月とうさぎ」と書いてあるらしい・・。

 ここで、日替わりランチなるものを食べた・・。800円強で、コーヒーとかを追加すれば100円ほどが加算されたみたい・・。

 

 ま、落ち着いた、おとなの隠れ家・・・みたいなところ。探してもなかなかにたどりつけないし、おそらく・・、その前を素通りしてしまうみたいなところにある。で、建物自体も目立たないし、わからない・・。

 室内は・・茶寮三日月とうさぎ・・・は、こんな感じ・・・。

 

 ゆったりとして、落ち着いておとなの会話が楽しめそうな場所。一方、「日本料理・菊水」というのは・・・これまた・・・似たような宴会場というか、集会場というか・・。ご法事のあととか、慰労会とかいはいいかも・・。

 

 そんなんで、ごちそうになってしまったですよ・・。

 さて、今日は「通天閣の日」なんだそうだ。大阪区大阪市浪速区の盛り場「新世界」にある大阪の象徴とも言える鉄塔の「通天閣」だ。この通天閣は1912年.7月3日に建てられたそうだ。

 

  現在、大阪のシンボルとして建っている通天閣は2代目で、初代の通天閣は1912(明治45)年7月3日、4万坪を超える第5回内国勧業博覧会の跡地に出来た大型娯楽遊園地「ルナパーク」のシンボルタワーとして建設された。当初は高さ64mで、大阪市初のエレベーターも設置され、隣接している遊園地「ルナパーク」には、豊臣秀吉の動く人形などがあった不思議館などもあったそうだ。その後、高さ75mになり、新世界の名所となった。

 

 そんな通天閣も1943(昭和18)年に火災にあってしまい、ちょうど戦中だったこともあり鉄材提供という名目で完全に解体されて姿を消してしまった。後に東京に出来た東京タワーが朝鮮戦争で使用された戦車の廃材を利用して造られたのと対照的な出来事だった。その跡地は現在駐車場になっているそうだ。

 

 戦後4年ほど経ち、人々の生活が安定しはじめた頃「やっぱ大阪のシンボル通天閣が無いのは寂しい」と地元住民の声が盛り上がり、2代目通天閣が誕生した。1954(昭和29)年.9月4日に通天閣観光株式会社が出来、2代目建設計画が始まり、1956(昭和31)年.10月28日に2代目通天閣が完成した。再建にあたり通天閣もパワーアップを図り、高さは倍近い103mになった。そして91mの所に展望台があり、さらに通天閣のてっぺんにあるネオンは天気予報を知らせている。

 

 今夜は・・我が家の・・おじいさんの祥月命日らしいので、これから、おつとめをしてきますね・・。

 
じゃぁ、また、明日、会えるといいね。 

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