まなびの途中

色々な仕事をしてまいりました。
色々な出会いがありました。
勘違いもありますが、
学んだことを書いてまいります。

ディズニーランド。ハローウイン、仮装パーティーだよ

2005年10月31日 | 雑感(日記)
日曜日ということで。

久しぶりに、ディズニーランドに行って参りました。
本日は、実に、久しぶりの「入場制限」がかかりまして、夕方の5時から、
当日券の販売再開、の混み様。オリエンタルランドさん、おめでとうございます。

ハローウインパーティーと称してのイベントも、あと2日。
特に、仮装をして大騒ぎできるイベントともあって、場内は、ある意味、騒然。
厳しく入場監視をしているために、「敵対?」するキャラクターの入場はできません。
昔は、ねずみはねずみでも、ピカチューの黄色い気ぐるみをかぶった、お子様が
闊歩されておりましたし、どうみても、下半分の衣装は、キティーでしょう、
といった、いい加減な時代は幕を下ろしました。
今では、完全に、仮装は、ディズニーキャラクターで統制されております。

これだけ混むと、駐車場は、恒例の「無料」となります。
携帯で、ホームページ、駐車場の混雑状況を開くと、「混雑が予想されます」。
このキーワードが目当てになります。
運がよければ、門から、やや遠いですが、無料の駐車場がゲットできる場合が。

さてさて、非常に混雑していた、場内ですが、当然、意図をはかりかねる、
仮装をした「ゲスト」も多くいて、さながら、コスプレ大会です。
メインは、「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」のコスプレです。
簡単にいうと、ディズニーのおばけ野郎です。

もちろん、定番の、ミニーだドナルドだ。女性は、かなりがんばります。
男のほうは、寒い格好をしたアラジン系が多い。
秀逸な仮装者は、一般人であろうと、ゲストはカメラを向け、一緒に写真に写ります。
まぁ、本人が楽しければ、場内は活気が出て、まさにパーティーなんでしょう。
かなり動きが重そうなピーターパンが、異次元の黄色い生き物を従えて歩く姿に、
なかなか、ティンカーベルの名前が思い出せませんでした。
原色のつぎはぎの衣装を召された方も、多分、オリジナルな衣装なんでしょう、
白雪姫だと理解するまでに、25歩近くかかりました。

逆に、こういう感じの、失礼だが、ほほえましい仮装は、本意、不本意は別にして、
自分としては、全く、踏み込めない世界なので、むしろ楽しい。
その中で、普段、まったく、名前が思い出せないキャラクターの一人だったんだが、
見た瞬間に、「アースラ」だ。驚くほど完璧な仮装に、出会いました。
紫色のたこの足が、見事に8本、巧みにこしらえてあって、その見事な太り方を
存分に活かされたいでたちは、フラッシュの焚かれ方から、本日一番といっても
よいでしょう。
お隣に、エスコートされる男性は、「ジャファー」。
これまた見事。素晴らしい。  物語は、完全に違いますが。
ええ、子供を走らせて、写真におさめました。
本職のお姫様など、ディズニーランドは用意されておりますが、日によって、
どの本のお姫様なんだ、と、強ツッコミをいれたくなる、人材不足の昨今ですが、
ぜひ、スカウトしてください。かぶりもの より、強烈でした。

さてさて、これから、魔の11月に入ります。
12月の中旬まで、また、ゆっくりとくつろげる、場内に戻ることでしょう。

「左」の人達が使う、言葉のあり方。

2005年10月30日 | 社会的全般
昨日も書きましたが、今回は、簡単にとどめておきます。

いわゆる「左」といわれる勢力が、その立ち位置を自覚しながら、
「右」と言われる勢力に、対しております。
自分的に、関心があるテーマは、最近、ほとんど、どちらからも、
様々な発言、発信を見受けることができます。

特に、教科書問題、靖国問題、憲法改正問題、在日問題。
非常に繊細で、慎重に対する問題だと、思っておりますが、
なぜなんでしょう。
「左」に属する集団から発せられる、言葉が、とても痛い、そして、
何か嫌な雰囲気を感じるのは。

先にあげました、「特攻」に関する本中に、もちろん、戦争時のこと、
いさましい、鼓舞するような、発言を、資料的に読むことができました。

「一人よく十人を倒さずんば已まざる皇軍将兵の前に、不逞にも、朝鮮し来たれる
米英軍の前途たるや、正に暗澹たるものがあり、彼らを待つもの只最後の敗北のみであります。」

「大東亜戦争究極の勝利獲得の確信であります。申すまでもなく、戦争は、畢竟、
意思と意思との戦いであります。最後の勝利は、あくまでも、最後の勝利を固く信じて、
闘志を継続したものに帰するのであります」

「この力は何物をも、焼き尽さんずば止まざる勢いをもって進んでいるのであります」

この呼びかけ、どうでしょうか、今、色々、例の教科書ネット21などの
ホームページなど見ているのですが、とても、雰囲気が似ている。
「完全に阻止し」「自由の鉄槌をもて、圧制の大塊を打ち砕く!」
「今まで以上に団結してがんばるぞ」「諦めずにたたかえば正義は勝つ!」

本当に、究極のやら、断固としてや、総決起し、などとやら、
とにかく、疑いも無い、正義が我にある、そして、勝利を。
このフレーズがなんとも戦中のスローガンとかぶってしまう気がするのは、
私だけの感想でしょうか?

ちなみに、先にあげた資料の発言者は、この「左」の方々が最も問題になさっている、
東条英機の言葉です。
精神的な正義のもとに、勝利を謳いあげる彼の言葉は、末期の日本において、
論理的な思考を停止させ、肉弾戦へと、国民をいざなった、その罪は確かに
重いと考えます。
他人に、有無をいわさない、そのような、アジテーション。
何かを論議する際に、このような、言葉を用いる人達を、決して好きになれないのは、
以上のような理由からです。

連日に渡って、失礼致しました。

参考
「特攻」と日本人 保阪正康著 講談社現代新書

「特攻」について書かれた本を読んでみました。

2005年10月29日 | 本・映画
土曜日です。
少し、自分にとって、ハードな話に絡んでみたいと思います。
皆さん、おてやわらかに。

とある本を読んでいる最中です。
あの戦争、特に特攻隊について、書かれている本です。
正直、それについて、詳しいはずもなく、意見をも今まで、もっていた者でもありません。
それでも、いまさらながらに、そのことを知っておくという作業が
とても必要なんだと、感じながら、読み進めております。

反戦に不戦に、戦争の狂気として、また、そうせざるを得なかった時代の流れとして、
従う者、納得した者、理解した者、命じた者、命ぜられた者、その場にいなかった者。
戦争を一括りで、語れない、本当に難しい問題が、そこに、ありました。
ただ、その問題を通して、決して譲れない結論があります。
戦争は、行うものではなく、巻き込まれたくもなく、痛切に平和を希求したい。
になるのでしょう。

ところが、武器を持った、いわゆる、局地的なものを含めて、この世界で戦争がなかった
時代は、ほとんど、ありません。
いまもなお、アジアで、アフリカで、ヨーロッパで、イスラムで、「戦い」は不断なく行われているのです。

ニュースなどで、映像やら記事で、その凄惨な「現場」は知ることができます。
そして、丁寧な解説を読みながら、その原因も知ることができます。
また、現地に行って、直接、見ることもできます。
ところが、全てに渡って、解決するための方法が、見当たりません。
一方的な為政者による虐殺は、確かに過去、何度もありました。
その為政者の責任として、排除すれば、事が収まる。そう見えた瞬間もありました。
でも、終わりません。

なぜなんでしょう。

日本では、今、憲法9条改正において、いつか来た道と、多くの人間が危機感を募らせております。
ナショナリズムの萌芽として、教科書問題を、ことさらクローズアップする集団もおります。
語られる「愛国心」を、危険なものとして、ボーダレスの社会を、説く人々もおります。

多分、本当に、多分。
それを語る、多くの人が理解していることがあります。
戦争に向かうには、最終的に、主義、主張なんて、どこにもないのだ、という事実を。

普段、災害においても、突然の事故であっても、その映像なり、情報にふれたどんな人間も、
癒されない被害者の、そして、被害者の遺族の心情を知っています。
そんな身近な「不幸」においても、湧き上がる、怨念の情。
仮に、自然災害であっても、管理者たる行政に、その不備を求め、泣き叫び、訴える被害者。

「死」が、何をもたらすか。
実は、全ての人間は、闇底に、ひっそりと、その気持ちを抑えつつ、生きているはずです。
その被害者の、被害者の遺族の気持ちを、自分に置き換えて、ふるえてしまう、自分の気持ちを。

ましてや、戦いが、まさに、おこなわれている、その現場では、
すでに戦いが、戦いである意味をとうに超えてしまって、心の闇の連鎖が、止みません。
お手軽になった「携帯型の武器」が手に入る以上、宗教を超えた、怨念のかたまりが、
「自爆」に走ることを、誰が、否定できるでしょうか。

血縁、地縁。その先に、共同体があって、その先に、郷里(くに)があって、その先に民族なり
国家があります。
いつものことですが、「愛国心」は、上から、宣言されて、出現するものでは、決してありません。
身近に出現した、「危機」に触発されて、始めて発動するものだと、思います。

アメリカでは、毎日のように、社会的な、世界的な、「危機」をあおって、成り立っていると、
かの「ボーリング イン コロンバン」という映像で、マイケルムーアは分析しています。
隣接したカナダは、いまだに、武器も持たず、家の鍵すらかけないで、暮らしていることを
反面状況として、対比させていました。

もし、家族を、「殺られてしまったら」。知人が、恋人が、そして、誰々が...........。
何かが、燎原をはう、炎のように、燃え広がることを、誰が、否定できるのでしょうか。

だから、戦争をおこしては、ならないのです。
だから、戦争に、まきこまれても、いけないのです。

あの戦争で、亡くなった「特攻の兵士」は、どんなに理不尽であっても、どんなに疑問であっても、
どんな総括をしようとも、すでに、闇の連鎖の中に、おりました。
最後は、親、兄弟、妻、そして郷里。そして国を「守る」。その「怨念」の彼方に集約されていったはずです。
もっとも、崇高な、そして、純粋な、「犠牲」を覚悟してまで。
だから、もちろん、当時を生きていない、我々も、涙が止まらないのです。

尊い、本当に尊い「経験」であった、と考えます。
こういう大規模な、まさに国中が戦場になる、こういう体験は、ヨーロッパじゃなく、
日本では、かって、ありませんでした。
まさに、今、様々な戦争へのアプローチがありますが、
国をあげてのパニックであったことは、間違いありません。
戦い方への方法論を、いまさら論議しても、何の解決にもなりません。
回避する。止める。走り出したら、ブレーキがきかない車を、決して作ってはなりません。
この経験から、学ぶべきことは、多分、そこにあると思いました。

そして、今や、危惧されている、「ナショナリズム」。
血縁、地縁すら破壊されている、今日のこの国で、何かが起こったとき、
どういうパニックが訪れるか、
自分は、未だに、それについて、冷静にかかれた本に出会っておりません。
彼らが危惧する、愛国心の発動が、本当に、リアルにおこるのか、
私は、よく、わかりません。
それが、いいことなのか、悪いことなのかは別にして。

そして、求められるのは、殊更に、危機を煽るようなアジテーションは、避けるべきものだと。
見ていると、いわゆる「右」とされている方々よりは、
「左」に属しているグループが、結果的に焚きつけているように見えるのは、
私の錯覚でしょうか?
どうか、我々の心の闇を、開かせないで、いただきたいものです。

タバコ自販。ICカード所有者のみに販売。

2005年10月28日 | ニュースに絡んで
本日、朝日新聞にて配信された記事がある。
たばこ自販機、ICカードで成人識別 全面切り替えへ
といったものだ。

あまり、仰々しく、本日のトピックスを取り上げるほど、社会通でもないので、
今まで遠慮がありました。
ただ今回の、このたばこに関する記事には、ただ事ならぬ反応をさせていただきます。

昨年度、JTは、たばこの広告規制により、予算を大幅に残して決算を終えたと
聞いております。その時聞いた話だと、70億円近くのお金が余ったとのこと。
博報堂、読売広告社、大広の3社が合併いたしましたが、広告代理店として、
JTの予算を握っていたのが、大広さん。大阪に本社があります。
あれしてはいけない、これはだめ。ネガティブな規制の下に、もう、ほとんど
企画が通らない。
まぁ、もともと、国のお役所だったわけですから。

さてさて、今回、たばこの産業に関わる、日本たばこ協会など業界3団体が
自主的に話をすすめております。
その内容は、20歳以上の人だけに発行されるICチップ入りの非接触型カードを
自販機にかざさないと、たばこが買えない仕組みにをつくる、というものです。

これにかかる予算は、新機種への切り替えやデータ管理システムなどの初期投資に
800億~900億円かかる見込みだそうで、
同協会と全国たばこ販売協同組合連合会、日本自動販売機工業会の3団体で分担する。

アメリカでは、たばこの集団訴訟が延々と行われ、確実に勝てるとふんだ弁護士が
原告を集め闘っております。もちろん、判決までにはいたりません。
途中で和解をするのです。判決なんぞ受けようもんなら、企業は、破滅です。
弁護士も、その和解金が目当てですから、たばこ産業を破滅させようなんて、
死んでもおもいません。一人、いくらの賠償金を提示して、「被害者」を集める
そして、提示された和解金の何割かをいただく。
儲かってますね。

たばこの害については、昔からあるように、未成年の喫煙を禁じております。
なぜなら、「医学的に」影響が濃いからです。
いわゆる自販機。販売を野放図にしていることが、もし、いつかの裁判時、
問題になったとき、間違いなく指摘されます。
思うに、まず、このICカードは、その為の布石です。
これをすることによって、未成年が、購入できない仕組みを作った、といえるからです。
それでも買う奴は、「違法」を覚悟で買った、と言えるからです。

でもね、このICカード。
これ、多分、データ。個人情報が一杯ですねん。
保険会社、欲しいだろうな。ましてや、今後増え続ける医療費。
国も欲しいだろうな。
喫煙者が将来、それが原因で、または、それに誘引されて、病に罹った場合、
なんとなく、金銭的に高い負担をかけられそうな気がしません?
コンビニや売店での販売は、ICカードは関係ないそうです。
だったら、今後は、店頭でカートン買いしかないですね。

プロ野球、終了。タイガース、ご苦労様でした。

2005年10月27日 | スポーツ
ゲームは見ることが出来なかったが、とうとう、日本のプロ野球のシーズンが終了した。
ロッテが完勝した。
本当に涙に暮れる阪神ファン。どうみても、納得のいかない日程のハンデもあったが、
誰もが、ここで、何とかする男、と期待を寄せるシーンで、ことごとく討ち取られ、
得点にも現れていたが、なんともストレスが溜まったのではないか、
という日本シリーズであった。

シーズンにおいて、パリーグは、楽天という、おいしい組み合わせがあったことも
幸いして、不調を乗り越える、相手をスイープする、などのイメージを
うまい具合にOJTで(笑い)覚えることが出来た。
さらに、その対戦を見越して、選手の温存、試し、など、後のオーダーの組み合わせにも
有利に働く、戦力分析も行えたことも、大きい。

一方、セリーグは、前半、楽天と対戦が行えたとはいえ、交流戦における楽天の奮闘に
よって、シーズン通して、日々是決戦状態が続き、余裕のある選手の起用がしにくかった。
さらに、連敗はさほどしなかった割には、2勝1敗ペースと、堅実に勝ちを積み重ね、
後半、広島の凋落にあわせて、連勝の味を覚えたたのつかの間、
日程のあきが災いしたかのように、春先のイメージに逆戻りしたかのようであった。

結果的なものの言い方なので、それだからこそ、「妙味」だったり、「醍醐味」
だったりすのだが、今回のシリーズほど、選手起用というかオーダーについて
焦点があたったものは、ないのではなかろうか。
試合をマネージメントをして、結果責任をとるのが、監督の職務であるなら、
新聞やテレビでの解説にもあったが、ボビーのやり方は、今後、どうやら1つの
方法論として記憶されることであろう。
もっとも、日本のベースボールでは、このようなまさに「権限」をもっての起用法は
とても難しいし、特に巨人では、そのことで、勝負どころの話でなくなっていた。
もともと選手自体も、若くから、打順なりに、己のプライドをかけていく、といった
信念が醸成されている以上、建前は、フォアザチーム、なんだろうが、
「野球道」がいまだ定着している今日、プライドとモチベーションの、独特な絡みは、
どこの球団も、今回の阪神の起用法について、あーだこーだ言えるとは思えない。

もちろん、ファンもそうだ。セオリーなるものが、幾重にもある中で、各個人なり
応援団も、そのチーム独特のセオリーに陶酔するがために、監督の采配に
いくつか言いたくなるのも理解は出来る。
とはいえ、今年の阪神は、本当に魅せてくれた。
まあるい土俵があるのにもかかわらず、なんか、いつも土俵際の徳俵に足がかかっても、
土俵を割らない、そんな、ファンにとっては堪らない、試合がいくつもあった。
痛快な勝ち方は、主に、巨人が与えたような気がしていたんで、それは、忘れてください。

さて、来シーズンです。
ああ、巨人の監督は、原さんです。
フロントさえ、黙って、現場に介入しなければ、このチームは勝てるはずなのに。
はい、誰が監督をしてもです。多分。

政治家をちゃんと見てみよう。衆議院TVでGO

2005年10月26日 | 政治
国会審議テレビ中継が、見れます。ご存知の方も多いと思いますが。
衆議院TV
平成16年8月7日以降のもが、ビデオライブラリーで見ることが出来ます。
本日も環境、厚労、総務、法務と、長いもので、4時間。少ないところで1時間近く、
審議が行われている。
それぞれに、質問者がいて、時間が割り振られていて、答弁者も誰かが事前に判明していて、
とにかく各議員の力量を見ることができるので、
本当に時間がある方には、お勧めである。
自分も、何度かトライしてみたんだが、あっという間に、睡魔が襲ってくる。

というのも、これ、お互い、あらかじめ、質問書なりがあって、それに基づいての審議。
本当に、途中、数字やら、法律用語の飛び放題で、ごめんなさい、理解が足りないと、
一気においていかれます。
特に、小泉チルドレンと呼ばれる、例の片山・佐藤の両女性議員。
台本があろうがなかろうが、そんなことはどうでも良いです。
1時間ほどで終了いたしますが、一度見ておかれることをお勧めいたします。

既成メディアやら、民主党などが、結構、揶揄をこめてみたり、ことさら「新人」呼ばわりし、
「技量不足」をピーアールしておりますが、もしくは、今回の総選挙の顛末を、
こうした泡沫候補やら、ラッキー当選集団なりで、貶めていきたい方向性がみえみえですが、
政治家って、こりゃ、勉強しないと、本当に大変だということが、徹底的に理解できます。

今ほどに、政党というより、個人の技量が云々される事態。かってなかったはずです。
今までは、よほどの事件やら、法案の際に、ようやく、注目されるだけで、もちろん、そのときには、
各党、エースを出してくるわけですから、しっかり審議されるわけです。
ところが、このビデオライブラリー。
全員の質問を見ることが出来るわけです。
または、質問者の一覧を見ることができるわけです。
もしくは、何の委員会に所属してんだよなぁ、なんてこともわかるわけです。
ということは、各議員の政治家としての、仕事振りなんぞが、見えても来るわけです。

今まで、そういう風に、選挙のとき以外、陳情のとき以外、不正のとき以外、
採決のとき以外の政治家の姿を、見ることができたかしら?

この時代、テレビがメディアとして、王道を突き進み、選挙結果さえ、未だに、
新聞その他を引き離して、影響力の第一位を誇られているようですが、
このインタラクティブな、ネットは、間違いなく、近い将来、大きな影響力を
確実に持ってくると、いや、そうなると。
それは、様々なジャンルにおいても、万人に開かれ、改ざんし難い、情報の記憶先として
データベースとして、リアルタイムに呼び出せる以上、
それは、決定的だ。

そして、新聞であれ、テレビであれ、その報道が、例え、個人のクレジットがついていて
報道されようが、生のソースに触れることができるのであれば、
その報道も、結局は、その会社の意向に沿ってなされるという、当たり前の事実に
受け手が気づくのも、そろそろ時間の問題だと、いうことになろう。


人事セミナーの予定稿

2005年10月25日 | 自分の仕事に絡めて
物事には、大概、原因と結果がつきまとっている。
もちろん。人間が絡んでいるわけなので、そこには、必ず、意図、が存在している。

普段、人間は、原因、結果を、あれこれ考えることなく、スムーズに日常を送っていける。
それは、以前にも書いたが、人間の脳は、五感で感じられる、全ての情報を、コピーして、
脳内に、全く、世界と同一の構造を、持つ事ができるからで、よく、小説やらマンガの世界で、
目をつぶって、投げられた玉を打ち返す。や、打ち出された拳を、紙一重でかわす、なんて
神業みたいな描写があるが、そこまでいかなくとも、この脳は、それを行わせることができる。
それだけ、優れた器官を、人間は、ありがたくも、持っているわけである。

そんなわけで、人間は全ての現象を、ある意味言葉に置き換えながら、具体的に
脳内構造世界を補強、強化、進歩させていくことができるわけで、
新たな、現象を「認知」した場合、フル回転で、その原因と結果を導き出そうとする。
もちろん、全ての現象には、イコールで原因と結果が結びつくわけでなく、
人間は、そこに「意図」を介在させることによって、原因と結果のあり方を、再推察する。
そこで、合点がいった「現象」は、当然「記憶」され、さらに脳内構造世界が強化されるが、
合点がいかない場合、心理的に恐怖につながったり、不安になったり、ストレスになったり、
体の機能的な部分に、症状として出現することになる。
なんか、うまくできてますね。

そういう繰り返しをすることによって、人間は、「予測」をするという、能力を手に
することができるようになってきます。
もちろん、その「予測」能力とともに、おこった現象を踏まえて、これからの考えを
プランニングすることが、可能になってきます。

もともと人間はずぼらですから、できるだけ少ない力で、大きな果実を得られる方向に
インセンティブが働くようになっておりますので、
原因と結果を導く、「意図」に対して、最大限の対処をはかろうと心がけます。

この繰り返しが、いわゆる、経験を積んだ状態、といって、豊富な事例を対処しまくった
方は、必然的に、長老やらマスターやらなどの呼称をもって、奉られるわけです。

最近は、ここに「お膳立て」という、他の人間からの妨害が良く入るようになりました。
もしくは「親のお節介」という魔術が、あらん限り介在するケースが見られるように
なりました。
これに晒されると、人間は、意図を推察して、あらかじめ予測をたてながら、
現象に対処するという、脳内構造世界の構築が不完全なまま、「独り立ち」を
余儀なくされるという、まことに厄介な状態のままで、野に放たれることになります。

当たり前ですが、こういう、不完全な状態の人間は、身に起こる様々な「現象」に対し、
原因と結果をすりあわせる作業なんて、できないか、面倒くさいか、知らないもんですから、
よく「お膳立て」や「お節介」というコマンドを、あらん限りの力で、「命令」いたします。
それは、傍から見ていると、「切れやすい」やら「困ったチャン」に一見、見えるため
そういう、我々からすると、予測不可能な行動を取る人間を、疎外するようになります。

それは、意図や予測なりの訓練をしてこない人間からすれば、その「疎外」状況は、
理解できません。本人に、自覚が無い以上、社会への敵意性として、言動にそれが
現れてくるのは、避けられません。
もしくは、社会は「不安」と「ストレス」しか生まないものとして、出来うる限り、
遠ざけようとするのも、無理なからぬことであります。

もちろん、それでも、一定の栄養を補給できる、という前提がそこにあれば、無害な
状態で小康を保っておりますが、これが絶たれる危険性を、万が一、察知すると、
突然、行動に一貫性がとれなくなってきます。
もしくは、「コマンド」さえも、なくなってしまった場合も、同じような状態になります。

誰においても、想像を越えた「現象」に遭遇すると、「茫然自失」といった状態に
おかれることが、まま、ございます。
先の、経験の無い人々は、その。喫水線の位置が、限りなく、低く、
えてして、すぐに、崩壊することになり、始終「茫然自失」が連続いたします。
それが長きに渡ることになると、結果、人は、「無気力状態」という、
一見安定した状態に置かれることになりますが、最悪、脳内構造世界の崩壊につながると、
一気に、「人間性」「社会性」の喪失につながってしまいます。

能力は、具体的に言いますと、「脳力」にほかなりません。
原因と結果(仏教では因果)に介在する意図(同じく縁)。
端的に言うと、人の社会は、そのように成り立っております。
そこを踏まえた上で、各、ケーススタディーに移ることにいたします。

以下、略。



相変わらずの間延び日程だよ。日本シリーズ。

2005年10月24日 | スポーツ
いつも、独特の味わいで、拝見させて頂いている、ブログ「メーヂャ」
なかなか、テレビをチェックできず、サッカーやスポーツなど、きめ細かい
中継風の記事に、助けられております。
もともとは、とある本を介して、存じ上げた次第なんですが、お時間が空いたときにでも、
また、本の紹介をしていただきたいものです。

さて、その中で、今回のプロ野球、日本シリーズ。
阪神フアンのyutaさん、取り上げておられます。
千葉ロッテVS阪神
いつものように、きめ細かい、中継リポートなんですが、
もちろん、視点は、阪神からのものです。
そうはいえ、きっちりとロッテ側の記事も、勝者のコメントも余さず書き込まれ、
自分とは違った、度量の大きさに脱帽です。

記事最後に書かれているように、私も、どうしても理解が出来ないことがあります。
なぜ、パリーグの勝者が決定するまでの間、セリーグの勝者は待たされるのか。
しかも2週間。
1つは、選手のモチベーションとして、このラグは、あまりのもハンデではなかろうか、
ということと、2つ目は、野球というコンテツとして、流れを断ち切るようなスケジュールは、
いかがなものか、という点でございます。

大リーグの、つめつめのスケジュール、そして、ディビジョンシリーズから、ワールドシリーズに
至るまでの、駆け上がるような、緊迫感と、クライマックス。
だめでしょう、今のプロ野球。セリーグ側としては、もう、終わってしまった話題になっています。
紙上では、テレビ上では確かに、パリーグの決定戦が紹介されてはおりますが、
今の、スポーツ界は、様々なジャンルが目白押しです。
もう、全然、一面ですら取り上げられない。
これは、どう考えても、プロ野球機構の(それが機能しているかは別にして)完全な
怠慢でしょう。

確実にローカルなコンテンツとしての将来が約束されているかのような感じです。
それとは別に、サッカーは、リーグ戦に始まって、カップ戦、そして海外のクラブ戦と、
大概にしなさいよ的に目白押しです。しかも、真のワールドカップまでございます。
模倣しろとまでは言わないけれど、参考にすべきなんではないでしょうか?
今のままでは、あんまりです。
異論はございましょうが、野球で、引き分けは、今でも慣れません。
こんなことをしていると、yutaさんが「もう見ないからね」宣言がでた以上、
私も、記事がみれなくなるので、さらに、貴重なファンの流出を避けられません。

そして、記事中にもありましたが、「格好良い」の表現。
人それぞれの「つぼ」はおありでしょうが、それが選手を好きになれるポイントです。
万人受けするファインプレー、はともかく、ファンはその各選手の、その格好良さに
しびれにいくわけです。
どうかマスコミも、野球機構も、選手のプレーの質を、リスペクトしてください。
キャラクターやら、その選手の日常やら、数々の演出は、程ほどでよいですから。
シーズン終了後、様々に露出することは、各選手の生活もあるので、余り立ち入れませんが、
我々が抱く、余韻も感動も、すべて無に帰してしまいかねません。

このままでは、8球団編成やら、地上波では永遠に見れない事態になりそうです。
それは、今のオーナーやら、機構の無能さが立証されてしまうことになりかねません。
よろしくご検討くださいませ。

勝手に、記事を貼らせていただきました。すいません。yutaさん。

特定アジア3国の、自虐観。

2005年10月24日 | 隣国問題
朝日新聞に、土曜日入ってくる「be」という特別版があります。
2種類あって、1つには、パズルで御馴染みのニコリが毎週、懸賞付きパズルを提供している、
いわゆる家庭版。
もう1つは、ビジネス関係の特版。
22日に、その一面で取り上げられていたのが、在日で、会社を経営されている方でございます。

年商20億円と、実に立派な社長さんです。
お年は49歳と、いわゆる在日2世、といったところでしょう。
ただ、本人はことさら、朝日流の「在日を超えて」などという、ご発言はされておりません。
見出しこそ、「在日」を超え、日韓・アジアの懸け橋に という仰々しいタイトルになっておりますが、
ご本人は、いたって、泰然自若です。

文中に、彼の父の話がでております。
「第2次世界大戦前、親族を頼り7歳で単身来日した父は、炭鉱労働者から身を起こし、
経営コンサルタントで財をなした。」
そう書いてありました。
今まで、朝日新聞しかご存じない方にとっては、実に不思議な文に見えるはずです。
なぜなら、ここには、7歳の子供が、単身で来日できることの不思議。
ご自身の意思で、来日した不思議。
そして、この日本で、コンサルで身を立てられた、不思議。

それでも朝日新聞はこう書きます。
「何不自由なく育った少年の心にも、差別は重くのしかかる。中学の図書館でこっそり調べた
国籍条項に愕然とした。公務員などで就ける職業に制約がある」
ここにも不思議はあります。
何不自由なく過ごせた、不思議。
そして、日本の公教育を受けれた不思議。

はっきり言って、本当は、不思議でもなんでもないはずです。
ここには、負のイメージの在日など、感じもさせないものがあります。
いや、むしろ、このように、なぜ、立派な方を今まで、前面に出さなかったのか、
こちらが不思議に思うばかりです。
今までは、差別に苦しみ、ロクな職にも就けず、正当な市民としての生活もできず、
住居ですらまともにない。
本当に、そんなイメージばかりを、我々は、この新聞から、叩き込まされてきました。

実は、社会的に成功を収められ、名誉もあり、社会貢献をされ、実に立派な方が
在日の方で、多く、おられます。
自分も、小学校のとき、何人もの在日の方と、席を同じにして、学びました。
ハングルも、彼らから、教えても、もらいました。

新聞を、自分で読めるようになるまでは、むしろ、韓国に対しては、まったく違和感なく、
そこに存在しておりました。
ところが、青年になってからです。
韓国の方が、「不憫で」「被害者で」「こちらのせいで」「こんな目にあっていて」「不当な環境に
おかれていて」「生活に苦しんでいて」「今も尚、あえいでいる」
と言う風に、教え込まれていったのは。

何か、おかしいのではないか。
むしろ、尊敬もできて、頼りになり、教えを請うていける方が、多くいる以上、
なぜ、こういう人達を、在日の方々を取り上げるとき、出さなかったのか。
彼らが、本当に、この社会で、プライドを持って、生きていけるようにするためには、
今の、やり方では、尊厳をもって、生きるかたちにつながるとは、到底思えない。
我々に反省を、毎日のように求め、悲惨さを、激情的に訴える、
これは、まさに、自虐的な姿で、逆効果なのではないか。

本日、新聞に取り上げられた方の、生き方。
このような方ばかりを、毎日、目にしていたら、我々が、どのような感情をもつかどうか、
わかりそうなものである。
あの悲惨な戦争では、結果的に、当方の責任とはいえ、多くの迷惑と被害を与えてしまった。
それでも、彼らは、優秀にも、この日本で、頭角を現し、社会に貢献して、我々の希望にすら
なっている。当時、朝鮮半島が、未開であったとはいえ、短期間で、これほどまでに学び、
さらには、世界に飛び立とうとしている。
我々も「同じ民族」であるが故、立派に生きていこう。
ぐらい、嫉妬をこめて、我々は、言える器量くらいあります。
というか、こっちのほうが、よくないですか?

私は、こういう在日のあり方のほうが、確実に、話を、我々は謙虚に聞けるし、
本当に素直に過去を省みる事ができるし、これからのこのエリアでの行く末を、
共に、生産的に、語っていけそうな気がするのだが。
というより、そういう方が、知り合いに多いので、いかがなものであろうか?

多分、ホラーな はなし。

2005年10月23日 | 本・映画
今は、もう手仕舞いしてしまったんだが、広告関係の仕事をしていて、
環境に関する案件に携わっておりました。
その時に、買いっぱなしになっていた本。
「循環型社会 吉田文和著 中央公論新社」

ご存知でした?
ゴミ。
産業廃棄物、年間4億トン。一般廃棄物(家庭系のゴミ)が5000万トン。
今、処理費用が、1トン2万円ですから、年間、9兆円が、
ゴミのために費やされております。

その処理といっても、運搬、中間処理、そして、最終処理(埋め立て)など、
これに、1兆円の費用がかかっておりまして、全体で、10兆円です。

国民総生産、つまりGDPでしたっけ?
この売上?も当然入っておりますが、ここまで、多額ですと、もう、
金額的に、引いて算出すべきもんではないでしょうか?

しかしながら、この処理費用。
これで、誰が、儲かるようなポジティブなもんではありません。
できれば、ありがたくない費用です。
そのため、当然のように、闇の世界の人達が、群がってきます。
不法投棄です。

さて、昔、星新一というショートショートの名書き手がおりました。
ある所に、大き目の穴が開いており、男は、穴に向かって、まず、
「おーい」と叫びます。返事はありません。
次に石を投げ込みます。底に当たる音は聞こえません。
かなり深い穴に違いありません。

そこからは、ご想像通り、数年も立つと、町が、世界がきれいになっていきます。
やがて、ゴミのことなど、誰も気にかけなくなった、ある日、
その男は、澄んだ空から、まさに自分の声を聞いたのです。
「おーい」
もちろん、間もなく、続いて、石が空から降ってきました。

多分、30年近く前の作品だと思います。
今、まさに、様々な因果を含めて、我々の身に、同じことが起こってきました。



ジェネリック医薬品の行方

2005年10月22日 | 社会的全般
ジェネリック医薬品というものがある。
以前、業界用語で、後発物といわれているものだ。
新薬としての特許がきれ、その成分なり、調合も含めて、研究開発もなく
一応、誰でも、製造できるため、安く患者に提供できる。
その分、薬価が低い。
それは、処方する医者にとっても、ある意味、利益が薄いということである。
また、国にとっては、薬価が低いために、昨今の医療費の天文学的な上昇を抑えるためにも、
ぜひとも推進したいものである。

製薬会社の統廃合が進むのは、医療の進歩と共に、医薬品の研究開発コストの増大が
その理由である。
そのコストを回収し、新たな研究開発費を捻出するためにも、販売なり営業に力が入るのは
当然のことといえよう。
しかしながら、医薬分業といっても、薬剤師、保険調剤店が増大しようとも、薬の指示を出すのは、
必ず、医者だ。医者の処方箋がなければ、薬剤師がなんと言おうとも、その指示に従わなければ
ならない。
その医者に、薬の責任を全て背負って、親切に指導し、あごあし付きで、薬を勧めているのが、
製薬会社だ。

また、仮に、ジェネリック医薬品。医者が処方箋に書いて、患者がそれを調剤薬局に持ち込んだとしよう。
ところが、これ、また問題なのだ。
実は、医者が、継続して使用してくれるなら良いのだが、気まぐれに処方した場合、薬局は悲劇に襲われる。
ジェネリック、これ、小分け梱包されていないのである。
いったん開封してしまったら最後、保障期間が過ぎるまでに使い切らないと、全て買い取りなのだ。
これが、本当に、多い。泣き所だ。
よって、よほどの指導が入らない限り、ジェネリックの使用頻度があがるとは思われない。

そして、あの医療業界。厚労省の指導なんて、聞くはずも無い。
だから、CMで、患者に訴えているのだ。
ジェネリック薬品って知っていますか?って。
そうなんです、患者が、医者を、動かすことを期待しているのです。
国が。すごいでしょ?。

カウンセリングとしての、コーチング

2005年10月21日 | 自分の仕事に絡めて
コーチングという技法が、あります。
簡単にいうと、悩んでいる人の心を、簡単な言葉で、
さらけ出していく、方法です。
一切、指導したり、こうあるべきだ、なんて、ことはいたしません。
カウンセリングの一つの方法と言うことでもあるのでしょうか。

聞くだけです。
そして、問いかけます。なぜ、そう思ったんですか?
あなたは、そうしたかったんですか。じゃあ、なんで、今、そうしないんですか?
何が原因なんですか?どうしたら、いいと思っているんですか?

あくまでも、親身になって、言葉を、引き出します。

人間は、言葉に、とても、囚われる生き物です。
いえ、言葉があるから、人として、そして、この社会が、成り立っているのです。
人との関わりがなくして、今の世の中を暮らしていくのは、ほぼ、不可能です。
複雑になっている分だけ、そして、実は、生きやすい仕組みになっています。

今まで、自己変革を導くシステムとして、管理者養成学校にみられるように、
思い切ったショック療法なり、体育会系の乗りの指導法が、ありましたが、
押し付けられた言葉と、押し付けられた環境だけでは、経験は増えますが、
身につくまでには、至りません。

そして、コーチングです。
良いか悪いか、は、別問題です。
いつも、言葉にせず、避けていた、心の状況を、
いつも、考えないようにしていた、事実関係を、
他人を借りるとはいえ、言葉に置き換える作業をしていくのは、
とても、建設的なことです。
,
だって、よくドラマなんかであるじゃないですか。
子連れの女性と結婚したけど、子供がなつかない。
なぜが、都合よく起こる事件。様にはならなかったけど、身を投げ出して、解決。
ぼろぼろの男。母の影から顔を出す子供。
「おとうさん......」
「えっつ?.............」
「おとうさん、ありがとう」
「む、むすこ!」
ほら、言葉って、人生を変える可能性を秘めて..........、って違いました?

それは、これほど、普及している、ブログ。
今の人達は、自分の言葉をつかいながら、日々、何かを語りかけています。
これも、別な意味で、とても建設的なことだと、思っております。

支えるもの、支えられるもの。世代間のギャップ

2005年10月20日 | 政治
医療費の増加が問題になっている。
医療費最多の31兆4千億円、高齢者4割越す
国の負担分は、約8兆円。約3割弱となっている。
退職した人間は、国民健康保険に継続加入することになり、生きている限り、
支払いの義務は生じる。

70歳以上の高齢者の医療費は、このたび、12兆8000億円で全体の
40.6%に達し、初めて4割を突破した。
こうして考えてみると、年金、保険と、日本国が提供する、福祉のありかたは、
完全に、支える側と、支えられる側に2極化されたと言ってもいいだろう。

これだけ進んだ医療システムは、世界広しと言えども、日本だけである。
最低限の医療、のみならず、保険で認められた高度医療も、少ない「掛け金」で
診てもらえる。このシステムが維持できるのであれば、本当に、世界各国から、
医療を求めて、永住者がはせ参じても、驚かない。
外国人登録者であっても、健康保険は、加入できるからである。

民営の保険は、その国の保険を前提に作られている。
詳しいわけではないが、設計にもよるが、通院費、入院費、限度が決められている保険が
確か、過半だった様な気がする。今、無制限って、あるのかしら?

しかるに、「行きづらくない」以上、医者に掛かる率が、非常に高い現在、医療費の抑制を求める
良案はなく、結果、消費税のアップか、負担金の増額にまかせるしかない。
要するに、保険も、年金も、ある意味、無制限保証になっており、
この道から抜け出す方法は、今、なく、結果、超高齢者の増加を促進することになり、
下品な言い方だが、今後この国は、国の約半分を占めていくであろう、
高齢者を養っていくためにだけに
営まれていくのであろうという、イメージが強い。

実際、こういう内容は、タブーにも近く、倫理観、道徳観からいっても、
さてどうするか、という根源的な政策なり、考えがでてこない、
大きな理由になっている。
すでに有権者の半分が、60歳以上になっている現在、新しいパラダイムを考案し、提案できる
政治家を、期待することは、もはやむつかしい。
選挙に選出されて、始めて、政治家になれるわけで、若年層が、選挙に行かない以上、
一層、高齢者に依存した政治家が選出されるのは自明のことである。

私も、新しい考えを提案できる者ではないが、ただ、国債。
この購入者の大半が50歳以上ということから、生きるということに、無制限の保証ではなく、
担保をとった、新しいシステムはないだろうかと、ただいま、勉強中でございます。

もっと知りたい。知る権利を阻害しているのはマスコミ?

2005年10月20日 | 隣国問題
すでに、齢60を超えてらっしゃる、元銀行の役員の方と日々、ご一緒しているのだが、
いってみれば、団塊の世代。やんちゃな世代。話題も豊富で、切れも良い。
色々と、四方山話をしているのだが、なかなか楽しい。

ただ、毎日、ネットで、様々なエントリーに晒されている自分と、新聞雑誌など、
既成媒体を中心にしている方との意見齟齬、これもまた楽しい。
例えば、今節の選挙。民主党の躍進を祈っていたようだったが、例の靖国参拝も含めて、
とにかく小泉さんが嫌い。なまじ、経済界のご友人もいて、当然のように中国関係が
気になる人達だ。反射神経的に、拒絶反応がでる。

民主党は、それこそ各派、入り乱れてで、ある候補者は韓国の地図を背景に、
国連常任理事国入りは、まず先に韓国を、なんて公約出しちゃうし、もちろん中国が
命なんて候補者もいて、日本の外交戦略の邪魔をしかねない連中がうようよ。
よっぽど「たいぞう議員」のほうが、まし。
そういった意味で、民主党の前原さんを見て、彼は、民主党は自民党よりも右になる、
なんて言っていたが、これから、また候補を集めるにしても、労組、教員組合などを、
支持母体とする、思いっきり左系の人達しか頼めない以上、ど左にもっていくしかない。
小沢さん、本当にどうするつもりかしら。

また、中国にしても、既成メディアは頼りにならない。
エネルギー問題を深刻に抱える中国としては、ここぞとばかりに、投資をおこなっている。
ただ、その投資先が問題で、世界的に非難されている、アフリカの独裁政権国家で、
欧米から経済制裁を受けている国や、ジェノサイトで民族浄化を行い、世界中の非難
を浴びた国に、せっせと武器を与え、石油をいただいている。
そういった最中、中国の宇宙開発の進展。欧米の軍事衛星をブロックする衛星の
打ち上げを発表したり、なんか、すごいことになっています。

こうしてみると、反日とか、靖国参拝とか、そういったことで中国との外交を
考えたり、反応することは、どうなんだろう。
なんか、もっと、もっと、中国は、世界規模の、野望を持ってらっしゃる気がする。
うがった見方かもしれないが、先の大戦が、欧米のアジアを主戦場にした、経済侵略
戦争として、最後的なもので、この先は、民族、宗教、文化の戦いだという論点も
あったが、なんか、中国の動き如何によっては、変な世界再編が起こりそうな気がして、
とても不気味です。

なんか、短絡的に言うのも、控えたいのだが、
やはり、言論統制が未だに行われている、特定アジア3国に関しては、
過去の事実を超えて、冷静に判断していかないと、たちまち飲み込まれてしまう気がする。
あの、NHKの番組改変のもとになった「バウネット」さんも、今回、総連系の家宅捜査
で明らかになったが、住所が一緒。
そりゃ、天皇を被告にして、裁判やりたくなるよね。
こういう情報って、タブーだったり、裏の情報なんでしょうか?
既成マスコミがよく言っている、知る権利。
これを阻害しているのは、言っている、マスコミのほうだったりして。


フリーセル すごい世界だ。難問1941

2005年10月19日 | 雑感(日記)
パソコンに標準装備されている、ゲームがあります。
ええ、ウインドウズに装備されているんですが、
フリーセル。
なんか、新しい会社の、私の横で、いい年した、同年齢くらいの
人間が、ひたすら、やりこんでいます。

努力家の社長の一言で、火がついてしまったようなんです。
「僕は、半年で、フリーセル、全部解いたよ」
突然、彼が、1番から始めてしまったのです。

あれ、固定番号があって、OSの進歩とともに、ゲーム数が
驚くほど、増えています。
その会社では、ウインドーズ2000なんで、確か、
9999まで、ゲームが用意されていたはずですが、XPにも
なると、10万もの数が用意されています。

で、番号1941。
これ、本当に、難しい。
最初の難関です。ええ、全員で3時間ほど、やってみましたが
解けない。できない、頭抱えてしまいました。

で、夕方、別の事務所に戻って、やりました。
とーーーーぜんです。ネットで検索です。
すげー、ヒット。しかも、フリーセル1941で、ヒット。
このゲーム番号、世界的に有名な難関ゲームだってこと。
研究会もあったり、同好会もあったり、実は、密かに
恐ろしい世界だったんです。

ええ、見ました。またしても、とおぜんです。
ヒントも、解き方も、見ました。
プライドなんてありません。根性なんてありません。
でも、途中までしか載ってなくて、解答の途中で、以下容易、
なんて、省略されているんだよ。
ここからは、自力です。
以下容易、なんて書いてありましたが、慣れていないんで、
結構、やり直しました。情け無い。

そんなわけで、ぜひ、お試しあれ。1941番。

ネットでは、その天文学的な数の中で、コンピューターにやらせても、解けない
番号があるらしんです。が、あまり、踏み込んではいけない世界のような.....。