まなびの途中

色々な仕事をしてまいりました。
色々な出会いがありました。
勘違いもありますが、
学んだことを書いてまいります。

パチンコ店のマニュアル

2005年04月28日 | ギャンブル?
個人的に、パチンコは好きであったし、当然ながら自分の家計を支える
1手段になっていた時期もあった、ので、違和感はなかった。
ただし、働いたことが無い。つまり、その職場において、人を働かせるということは、
その職場のルーティーンなり、作業を具体的に知っておくのが、ベストなんだが、
一切無く、まぁ、はったり状態で突き進んだ。
パチンコ店の店長も役職者も、実は、つぶしのきかない人生を送ってきた連中だ。
つまり、この業種以外、就いたことがないのだ。
もっとも、夫婦で寮に寝泊りしている連中もいた。
住民票、どこにあんの?といった連中が、先方担当者になる場合もあった。
この場合、仕事に関しての責任なり執着が不足していることもあり、楽だった。
が、若いのに、すでに10年、働いています、という奴に限って、笑える人間が多かった。
もっとも、パチンコ店がパーラーなど、名称の変更を含んだ、イメージアップを手がけ始めた
時期とも重なり、他店がやるなら、こっちもだ!
長年の横並びの体質が、思いっきり発揮されていた。
サービスマナーから始まって、店のオリジナリティーなど、いきなり出現した
テーマを必死に解釈しようと、各店、面白いくらい慌てふためいていた。

礼儀は正しく。なんて、頭を下げる角度まで、図解で説明したり。
どうみても、地域密着の常連相手に稼がしてもらっている店なのに、言葉遣いをと、
お前自身、何十年使ったことないだろう、といったフレーズをマニュアル化したり、
どこぞのコンサル会社に委託して、ありがたがって作った、店舗マニュアルが一式600万円
だったり。出してなんぼ、といった、君のうちはギャンブル場なんだよ、といった
根本を、なんとか忘れてしまいたい!といった狂想曲に映った。
派遣先で、とにかく言われたのが、ディズニーランドばりのサービス。
派遣社員は、当然そういったサービスの研修を受け、そのサービスに特化したプロだから、
それにお金をかけるのだ。よろしくディズニー。

バカだろう、お前ら。
ホテルのホールを借り切って、数百万円かけて、年端も行かないアルバイトから、
すでに40を超えたとっちゃんまで、一同に集めて、
いらっしゃいませの発音から始まって、筆記用具持参の研修やら、2日間缶詰にして
なにをやっているのか、、、、。そういう店もあった。
店というのは、店舗プロデュースができる店長1名か2名で、実はまわる。
その他の社員は、主任であろうが、班長であろうが、全て、マンマネージメントが
本来の業務のはずだ。他になにがあるのか?
しかも、夜間、清掃サービスを入れるホールが出てくる時代に、アルバイトを
いかに管理、作業遂行させるかが、というより、そこだろう。
その結果、定着率が上がった、店内雰囲気がよくなった、相互作用で、来客数が
伸びた、というのが、落とし所だろう。
それが、まるっきり欠落していた。
なんでか、定着しないんだよねぇ。だから、お宅に頼むんだけどさぁ。
などという店は、本来、とってもやりたくない店だ。だが、当然こんな店からのほうが
問い合わせが多い。
もう、話した瞬間、知的レベルが、はなはだ、低い。
初対面なのに、来る女の子はどんなだ、あげく、派遣すると、派遣できた女の子は
やって良し、などと、本気で全員に了解する。
動物園のライオンゾーンに入れた、肉みたいな状態だ。
今も、この辺、変わってないとこ、多いです。

人材派遣創世記、所感

2005年04月22日 | 自分の仕事に絡めて
関西で展開を見せていた、パチンコ店への人材派遣は、法的な人材派遣ではない。
業務請負、というシステムである。
関西の各会社は派遣の免許を持っているところが多い。
当時は、確かに求人会社数が多く、アルバイト雑誌は、かなりの厚さを誇っていた。
よって、若いフリーターの争奪戦状態。店側も、新しい雰囲気作りに走っていたために
若い子を欲しがっていた。関西では、リクルートや援護会が幅をきかせておらず、
J1という雑誌が、内容的にありあり状態で人気を誇っていた。
えっつ、こんな業種、載せてOKなの?といった感じである。さすが大阪。
夜系の仕事も、こだわりなく、OK。
そんな中で、レギュラーとして、毎日働けるアルバイター、つまりフリーターだね、
派遣のシステムなんか、あいませんし、そのシステムでやりますと、お金がかかりすぎます。
土日は50%UP。夜間10時以降は25%UP。
店側なんて、死んでもそんな負担、のみません。
結局、請負だ。これは、働いた時間給だけ支払えば良い。
争奪戦はすごかった。何時間、規定の時間働けば、豪華食事つきのクルーザーで
お祝い会。または、国内旅行にご招待。さすが大阪。というより、よくそんな内容を
許可したよね、求人雑誌。
しかしながら、請負は法的に解説すると、そもそも、現場を請け負うというのが字義通り。
請負会社が当然、全部その場を仕切らなければならない。しかも管理者を常駐させて。
人だけ出して、店の店員に一任してはいけないわけだ。本当ならね。
そんなの無い。だから、ホール全請負、というのが必然として狙い目となるわけだ。
店長、主任といった社員をのぞいて、全部、受け切る。これはお金になります。

しかしながら、そんなに、それが上手くいくわけがない。
中には、店の人間と、請負会社の人間を、完全にわけ、ミーティングも別。食事も別。
なんて会社もありました。おまけに制服も、なぜか請負会社の制服。名札も会社のバッジだ。
店内、2種類の会社が共存状態。よくこんなところに頼むもんだ。
結果、店の売上が思ったように行かないと、当然、請負会社の人材とサービスレベルのせいに
されるわけだ。特に、関西から西の方に、こういった野望をもった会社が多かった。
我々は、なんの免許をもたず、全くの無知のまま、S氏号令のもとに始めた。
もう、集めた集めた。東京にはそんな会社ないし、当然、求人誌なんか、認めてくれないし。
そこで、テレマの会社を出しに、募集をかけた。
イベントスタッフ募集、とか、イベントコンパニオン募集とかいって。
店側にもダイレクトメールを出しに出した。


社長としての資質

2005年04月15日 | 自分の仕事に絡めて
やはり、経営者に経理経験なり、経理感覚がないのは、無謀だ。
雇われている社員にしても、儲かっているのか、売上は上がっているのか、
であれば、それはどのように社員に還元されるのか、いや、会社に還元されるとすれば、
どのような展望があるのか、待っているのか。
直接的にモチベーションにからむ、大きな問題である。
レアリティーのある内容は、基本的に数値が表現してくれる。
こうしたい、あれしたい、は会社である以上、担保となる金銭が確約されていないことには、
なにも始まらない。
昔、劇団を主宰する人間と、仲が良く、実はテレクラのスタッフだったんだが、
名古屋のとある賞付の公演があり、最優秀賞を獲得した、演出家であり、脚本家であり、
プロデューサーだった人間であるが、
いわゆる小劇団?は普通、10人以下の役者さんで構成される。
もちろん、箱も小さいところでやるわけだから、多人数は無理だ。
よって本も、その人数に沿ったものが書かれるし、それで妙にまとまってくるわけだ。
しかし、賞をとったり、他の劇団の役者が出演希望を願い出てきたり、
なにかのインタビューで名前が売れてきたりすると、そこに壁ができるというのだ。
10人以上の役者で演ずる劇の壁だ、という。
我々は、劇団四季を目指すのか、それともこのまま、小箱でやっていくのか、腹を
決めなければならない。
そういって、彼は、長い旅に出てしまった。
役者も、金銭的に、小箱でやっていくのには限界があるらしいし、
多人数で構成された本で、やったことが無い以上、自分の能力の水準が見えなくなってくる
という。
当社も、実は社員20名以上、使うアルバイト、100名を持つようになってしまった。
彼が言った、劇団四季を目指すのか、といった表現は、妙に気になる内容であり、
言ってみれば、S氏は、会社という舞台で、どんな本を書けるのであろうか、
といった、ことに通ずるわけで、全員が、多かれ少なかれ、気にもし、かつ、
その内容如何によっては、評価を下す人間もでてくる、といった状況になるわけだ。

幹部会議は、その点で、論議沸騰。
今後どうするのか?この営業品目で、システムもインフラも変わらずに、売上を伸ばせる
その根拠を、S氏はどのように考えているのか、上場を目指すと、言っているが、
それの根拠はなんだ。大手資本の子会社が出現し、1契約で、月に500万くらいを
とってきている昨今、当社に足りないところは、設備投資なのか、人的投資なのか、
商品開発力なのか、社長のビジョンなのか、どうなのか。
その時、S氏は言った、お前ら、ナンかある?
実はさぁ、テレマ、飽きちゃったんだよねぇ。
えっつ、というより、はぁ?
もしもし、あのう、毎月、沖縄だ、ハワイだ、あげく、新婚旅行と称して、
アメリカ1周し、乗ってる車はポルシェで、毎月の保険がなんか10万円近くして、
住んでるマンションの家賃が月35万円で、・・・・・・・!
それは、事業を推進する、その代償として、会社が用意した地位であって、特権であって
あにゃらこりゃやで、    飽きた?
それは、言ってはいけませんよぉ。来月のアメックスのカード代金が、250万円なんですが、
みんな、冷静に、それを対処できるとは、到底思えませんが?

一方、テレクラを任せていた店長も、かみついていた。
売上に対して、ナンも、指示も、展望もない。
増やすのか、どうするのか、一生、テレクラを我々はやるのか、どうするのか。
これも、適当に放っていた。
二の舞だ、その辺を厳格に締めたり、オーラーを発揮し続けていないと、
風俗店は、すぐに、ちゃちゃいれられるぞぉ!この間みたいに。
そうです、決して、テレクラの売上が、ポルシェに化けていたり、旅行代に消えている
ばかりではないのですが、数値的な説得ができないと、そう、考えてくる奴らがでてくるのは
生ものを3日、放置しておくと、はえが、わいてくるのと、同じ論理です。
一挙です、一挙に噴出してきました。
でもなぁ、飽きちゃったんだから、これわぁ、どうなのよ。

昨今の雇用関係

2005年04月12日 | 社会的全般
人材派遣のまがいもの、といっても良いだろう。人を扱う仕事をしているが、
ここ数年、本当に手詰まりだ。
ここ数年、若年層の絶対的な人数不足と相俟って、こりゃすごいわ、といった層が
あぶりだされている。
完結した自己責任が、不思議なくらい、全く欠如している人間が、えらい目立つ。
金銭的な間違いをした場合、システム上の欠陥があるのであれば、会社側に不備が
あろうものだが、昨今、そうそうひどいシステムはない。
こいつらが必ず口にするのは、私を雇った、あなたに非があるのです。だ。
よって、私に非は無い。それでも責任を言うのであれば、1ヶ月の解雇給与を払って
くれれば今日で辞めます。平気だ、当たり前のように言ってくれる。
遅刻をしても、当日欠勤をしても、考え付くあらゆる理由を考え出す。それを理由に
解雇を言い渡すと、速攻労働基準局に駆け込む。
100%、会社は負けますが。
満を持して6ヶ月目に辞めると言い出す。了解すると、途端に、雇用保険の利用を突きつけ、
あげく正当な権利として、6日間の有給休暇を宣告する。アルバイトだぜ。
100%、会社は負けますが。
とにかく、100%労働者は正しい。搾取する会社側に非がある。というのが、
昭和20年あたりに作られ、永遠改正されまくった、基準法が根拠だ。
恐らく、パチンコ屋を生業にしている会社は、その気になれば、ほとんどつぶせる。
労働基準局の執行官をなめたらいけない。
営業中であろうが、なんであろうが、是正勧告を無視すると、強制的に店舗であろうが
事務所であろうが、閉めることができるのである。業務を中止できる権限がある。
もちろん裁判官の令状なんていらない。すごいのである。


ちょっと、思いついたこと 2

2005年04月08日 | 政治
公務員が生息する各施設は、市役所であり、社会保険事務所であり、保健所であり、
警察署であり、多岐に渡っている。
彼らは、法で決められている、細則にしたがって、いわゆる業務を行っているわけだ。
したがって、この規則にかかれている以外の仕事は、絶対にしない、というよりできない。
規則違反をした場合、当然処分の対象となるが、システムを改善したり、
良かれと思って改革をした場合、規定を飛び越えた内容であれば、良し悪しに関係なく、
それも処分の対象となる。
よって、投書なり、意見として、一般人がその対応を迫ったとしても、
いずれもその法規が定められていそうな部署を転々としなければならない。
いわゆるたらい回しだ。
つまり、これが行政なんである。

社会保険庁であっても、道路公団であっても、まったく同じ。
宿舎を建てようが、保養所を建てようが、道路を無駄だとわかっていても作ろうが、
それが決められている以上、彼らには罪は無い。意識も無い。
しかも、できる という法がは、そのまま人員の増加につながり、部署の増設につながる。
リストラなど、できようはずがない。仮に、人員を削減した場合、
一人が2人分の案件を抱えるだけで、手当てがそれにつく以上、絶対的な経費の削減には
つながらない。それが、一般的に見ても、非常に内容の軽微なものでも、
2つの作業であれば、2つ分の手当てがつくのだ。

じゃあ、そんな法律は誰が決めるのだ、といえば、
市議会、区議会、都議会、国会にいらっしゃる方々だ。
政治家なんだよ。
ハイヤー使用も、危険手当も、制服代支給も、食事手当ても、年金上乗せも、
道路も、公民館も、5000万円する噴水も、1億円かかる公衆便所も、
全部、政治家が決めたことなのである。
これが、立法機関だ、三権分立だ。
だから、マスコミが、厚労省は、いったい何をやっているのでしょうか
なんてマヌケな意見を言っている前に、それを、いつどこで誰が法案にして、
提出されたのか、調べ上げて、糾弾すべきであろう。

そしてその行政のトップが大臣だ。
もともとの省庁のトップが事務次官と呼ばれ、さもNo2の意味合いでいるのも、
上に大臣がくるからだ。
なので、大臣は、法で決められたシステムを、粛々と行っているかを、責任もって
管理する側で、同じように、思いついたことを指示し、改革することはできない。
だから見た感じ、謝っているばかりなのは、そういうことなんである。
そして、その大臣の、行政の総責任者が、総理大臣なんである。
行政側なんだぜ。
だから、新しい改革を行おうとした場合、委員会を召集し、意見をまとめ、閣議にかけ、
議会に提案するという、まことに複雑な方法をとるしかないのである。
それを決めるのも、やっぱり、政治家連中だ。
だから、解散総選挙なりで脅して、法案をまとめるしかないわけだ。
今までは、派閥の順送りにした3役で事なきを得ていたが、今回の総理大臣は違った。
選挙で戦えなくなる可能性があるわけだ。
言うことを聞かざるを得ない。
また、マスコミが、首相、また法案が骨抜きになっていますが、
なんて能天気なことを言っているが、それを総理に言ってどうなるんだ。
能無しか!聞く相手が違うだろう。というより、数に入ってばかりいて、
何にもしていない政治家を、その前に洗ってみてから、ちゃんと質問すればよし。

90年代、会社への所感

2005年04月07日 | 社会的全般
転職者向けから、新卒者対応の作業は、売上に大きく貢献した。
最大時、オペレーターの数は100人を超えた。決算上、黒字を見ることができ、
テレクラからの脱却間近、といった感じであった。
R社からの情報なり、営業マンのご紹介もあって、様々なお客様の獲得につながった。

消費者金融の電話に対して、テレマに対しての注目度は高かった。
いくつかの会社の、人事部関係の仕事を先鞭として、A社より、夜間、休日受付の
問い合わせがあった。本社は京都だ。修学旅行以来だ。
もちろん、今のように、むじん君など、優れたハイテクのシステムなんてない。
銀行のディスペンサーの振込みであっても、最初は、ディスペンサーに、
ボールペンがついていた。そこに文字を書き込み、機械が読み取り、文字化して、
という、テクノなのかアナログなのか、笑ってしまうシステムさえあった、過渡期だ。
しかし、あの穴あきのプラスチックの中に、紙が自動で出現し、書き込んだら、
機会に回収され、読み取る、あれは、すごい、システムだったなぁ。
今、話題沸騰中のT富士は、すごかった。
とにかく、超体育会系。教育なんて言葉なんか、一応使っていたが、
研修なんて言葉を使っていたが、そんな生易しいものではなかった。
全員、見事に、げっそりと、外観を変化させていた。
確かに、給与なり、待遇はよかった。しかし、たった、2年も経たないうちに、店長に
なれる。20代前半で。ということは、ものすごく、過酷な目標があるってわけだ。
現に、終礼など、打ち合わせで、たまたまそこにいたが、表現がはばかられる。
確か、住友銀行も、当時はすごかった。
40過ぎたおじさんも、目標に届かない、案件に失敗した、なんてのが重なると、
ロッカーの上に登らされて、その上、天井に挟まって、正座だ。
定規などの文具が空中を飛んでくるのは、日常だ。
T富士は、それ以上なんだ。ああ、怖くて表現できない。

さてA社。平和だ。さすが業界6位。本当は、この仕事をやりたくなかった、社長さん。
良い人です。ただ、儲かりますから。この仕事。
そういうことで、関東地区から、フリーダイアルを使っての夜間、休日の受付予約。
から業務をスタートさせた。
もちろん、業界の中では、初めての試み。
後に、NTTがテレマのセンターを、その資本力と自前の技術力を存分に発揮して、
巻き返されたが、当時は、初であった。
NTTは、本当にとろい、集団であった。インフラなんて、完全装備しているのに、
どうも、恐竜のように遅いし、のろい。
そのくせ、開発力があるので、新しい技術を提案してくるが、そこは元電電公社。
完全な公務員。新しいことなんて、勉強したがらない中高年の巣窟だ。
おまけに、官僚体質が抜けていない。お客に挨拶なんて、したことがない連中だ。
そして、NTTだ、民営化だ。サービス?って何?から始まる。
配置換えの嵐。今まで、「電話を新設したい?はい、これ書いて出して。今日、お金ないなら、
あるときに出して。ないなら、受け付けないよ」がまかり通っていた連中だ。
窓口にあぶりだされてきても、口の聞き方が中途半端。
まともに、いらっしゃいませ、も、お待ち下さいも、言えない。ていうか、少しくらい笑え。
おまけに、技術的な件で問い合わせても、10人10色。
何度か、多数決の感覚で、理解した時もあった。
そこが電話の受付?やはり、最初はできたもんじゃなかった。
ただ、遊んでる人間は山といる。104の作業を集約し、山梨県などで、一括して
処理するようになると、まず女性が余ってきた。これを当てるわけだ。
今でも、104で、番号調べしている一般人が、「お前なぁ、青山通りにある店なんだよ!」
って絶叫することが、ままあるが、東京で、受けていませんから、無駄です。

さて、A社、告知が進むと、本当によく問い合わせがはいります。
要は名前、住所、生年月日、他社借入額、必要金額。これをヒアリングしていました。
夜間の場合は、翌日の管轄店にて回答がコールバックされる、という感じだ。
聞いてくる人間は、結構必死。返済についても、必死の問い合わせもあった。
これが、最終的には、全国の受付となり、言ってみれば、この作業は、
当社のステイタスアップに、つながることにもなった。
同じ時期に、フライドチキン屋さんの、クレームセンターを開設したり、
頭髪専門のOOランスも、資料請求センターとして機能した。

バブル入社組みとは

2005年04月06日 | 社会的全般
今では、バブル入社組み、と言われるほど、当時は完全な売り手市場であった。
ほんの数年の出来事であった。
R社が、中途採用キャンペーンを精力的に行い、転職者のステータスをあげ、
特に女性においても、転職が、肯定的なシステムとして社会に認知されたのもこの頃。
言ってみれば、終身雇用の崩壊への萌芽がこの時期に表出していたわけだ。
やはり、先鞭をつけたのは、技術系の会社。新技術なりを開発し、商業ベースに乗せるためには、
必然、中途採用に頼らざるを得ない。まだ、IT関係は、今で言うITとは認知されていなかった。
そのため、中途採用を専門にした就職情報誌は、いきなり、辞典並みの厚さに成長し、
各社、少ない転職者を求めて、激しい待遇合戦を繰り広げていた。
ということは、R社の営業は、ほとんど、入れ食い状態。
まともなガッツがあれば、ほどなく、安定した給与と、称号を獲得することに問題はなかった。
そこで、彼らが、他の営業マンとの差別化を図るために、当社のテレマを勝手に採用した。
えっつ?
はい、R社の、ある営業部が、他の地域の営業部と差別化を図るために、我々とジョイントした。
社内抗争なんである。
ようやく認知されたフリーダイアルを、でかでかと採用。
土日、夜間12時まで、受け付けと、説明会のインフォメーション、そして、質問点については、
取りまとめて、人事担当者からのコールバックを申し上げる、というパッケージである。
これが、受けた。
広告掲載から、約1ヶ月間を契約期間として、主に港区、千代田区などを管轄としていた営業部が、
このシステムを売り歩いてくれた。
驚くことに、1ヶ月30数社が、こぞって、このシステムを採用した時期もあった。

もちろん、その都度、会社に伺い、ある程度のヒアリングをして、マニュアル化し、
オペレーターマニュアルとして、製本化するわけだ。
当時は、笑えるが、画期的だったらしい。ようやく、ハードディスク搭載なるPCが出現した
ご時世である。容量なんて、40MB。確か、MSDOS時代だ。コピーもフォーマットも、
すべてコマンドを打ち込んでいた時代だ。
それで作成したマニュアル。手書きではない、というレベルから、高年者に驚きをもって迎えられた。
そして、今では本当に当たり前なマニュアル、でさえも、とにかく重宝された。
後日、NTTのテレマの会社を訪れたとき、自分が作ったマニュアルが、丁寧に改訂されて
オペレーターに配布されていたのには笑えた。
中には、R社を飛ばして、人事部の交流関係で、知りましたと、年契で採用を申し込まれた
企業もいたが、手にはしっかり、コピーのコピーで劣化した、あのマニュアルがあった。
今では、もちろん、ありえないが、そんな時代だったんで。ある

一方、新卒者では、一応就職協定などで、各企業のフライングを抑制していた。が。
そんなこと、当たり前のように、手を変え品を変え思いっきりフライングしまくっていた。
セミナーだ。
説明会ではない。セミナーである。何の?何でも良いのです。テーマは。
だから、皆さん、色々と考案されていました。もちろん、受けては会社説明会と知っています。
世間に言い訳がたてばよいのです。
この作業は、アウトバウンドが前面にたった。
膨大な、どこで集めたのか、リストに向けて、セミナーの告知を、対象者めがけてかけまくる。
当然ながら、一部上場企業クラスでも、鼻から一流大学の新卒者をあきらめにかかっていた。
ごくたまに、早稲田だ慶応だのリストが混在することもあったが、
こんなお宝リストは、直接人事部長が電話をし、なんと、訪問セミナーといった直談判もどき
の作業に活用されていたわけで、我々にはまわってこない。
新4年生の何月から、解禁。がまだ3年生の冬に、なり。大学によっては、新3年生から、
囲い込みが始まっていた。まじである。
ほとんど、飲めや歌えや。名古屋の某会社なんぞは、入社した人間に、社用車として、フェラーリ。
そのために、セミナーと称して、どこぞのサーキットを借り上げ、参加者にその車を運転させた。
ライバルの企業が説明会をこの日程で行う。その情報をもとに、内定者を招集。
3泊4日のリゾート研修!冬なんかでは、あのビクトリアさん、研修参加者に、
もれなくスキーセット、最新モデルをお持ち帰り。
まぁ、現金など、交通費として、当たり前のようにでていました。
研修長者みたいな、なまいきな学生も当然いました。
だから、それを知る人間たち。今のご時世で、当時の怨念を吐き出すのは当たり前。
その頃、散々振り回された人事担当者が、今では立派な役員クラス。
バブル入社組みを冷遇するのは、わからないでもないが、
結構、会社の仕組みなり、営業品目を全く無視して、ただ集める作業に恍惚となっていたのは、
あなたたちだったような、気がしないでもありませんが。

R社の疑獄事件について思う

2005年04月01日 | 政治
電話が、マーケティングのツールとして利用されたのは、ほんの十数年の出来事である。
ようやく個人の情報に規制がかかるようになったが、これも、情報を扱うハードの進歩が
強力に支えたと言ってよいだろう。
本家アメリカでは、ものすごく細かい個人情報に基づいたマーケティングが盛んだ。
まさしくダイレクトマーケティングの言葉通り、新規の顧客を発掘するよりは、
いかにリピーターを囲い込むか、に照準をあてていた。
航空会社のサービスが、当時代表的な例として取り上げられていたが、
日本でも、乗った乗客に対しての過剰な、プレゼント合戦が、それぞれの首を絞めていた。
いやいや、利用客の80%は、再利用者だ、という、当たり前のデータに驚愕し、
運輸省(当時)の是正勧告もありはしたが、新規獲得サービスを、突然打ち切った。
日本の企業は、今でもそうだが、市場の占有率にものすごく、過敏だ。
常連客に対しての扱いが、ものすごく下手。
そのアメリカであるが、本当に、秘書みたいにきめ細かいデータをストックする。
良し悪しは置いておくが、たて横、時系列に添ったクロスデータを用意し、
消費者にアクションをおこす。こういったサービスが本当に当たり前になっている。
日本の車が、海外で売れ行きを伸ばした理由として、
新車納品時、ガソリンを満タンにして納車した、という事があげられていた一方、
外車、高級ブランド車を利用する客への、日常のサービスのスケールの大きさは、
日本は、とても及びもつかなかった。
ただし、当時の日本では、マスメディアによる、反響営業だけでなく、直接消費者に
個別にアクションをかけていく方法が、リピーターへの誘導ではなく、
あくまでも新規獲得に向けた、作業としてあったのは、いかんともしがたい事であった。
電話アポ、といわれる、嫌なイメージは、今でも、旧態以前のやりようがあるからだ。
ここで、電話受け付け代行業から、テレマーケティングという
業態用語が普遍化した。

一方、R社だが、激震に見舞われた。
新規株の譲渡にからむ、政財界の疑獄事件だ。
結論から言うと、何が問題であったの?
賄賂というからには、利益誘導が根底にあったはずだが、何をそれで成し遂げようとしたのか。
今もって、自分はわからない。今も判決文を読んだりしているが、何を言っているか
本当にわからない。
確かに、Rコスモスの株が、上場の際に爆発し、社員に億万長者を排出した件では、
羨望というより、怨情に近いものが噴出していた。
問題になっていた事項は、今では、どこの出版社でも普通にやっていることじゃん。
就職情報誌、新卒者へのRブック、確かに、あれは雑誌ではありません。
広告です。ページの50%を超える広告が入った雑誌、本は雑誌コードがとれず、
流通に乗らない、といったルールがありました。これ?
また、いまだに改正されていない労働の各法規では、人買いへの条項があり、
仲介に見なされるものは、押しなべて違法でした。
つまり、巻末にあった、資料請求はがき、返送されてきたはがきを、データ化して、
各企業に仕分けし、というサービス。どこでもやっていますよね。このこと?
これも違法です。要するに、企業と求職者は1対1でなければ、あとは人買いに該当するのです。
だから、人材派遣なんて、時限立法でつくられた法律だったんです。
立派な人買いですから。車両製造、精密機械のために期間工として、寝泊りする請負業務。
あれ、完璧に今でも違法です。でも、既得権なんですね。
あとNTTの回線への便宜を図ってもらった?そんなこと、どの企業にも、あいつら、
金を積んでくれたら、回線まわすよ、って公式に言ってました。このことなんですか?

結局、不作為の行為によって罰する、というのが、裁判の結果だそうです。
だから、何が問題だったの?
公務員の青田買い、その問題もテーマになり、R社に便宜を図った。えっつ?
何?
まぁ、スケープゴートになったんだろう。
というのは、このR社の問題以降、青田買い、就職協定、リストの収集、回線のリセールなど。
すべての案件が、オールフリーになっていくのであり、情報誌も、雑誌コードが取得できるようになり、
彼らを踏み台にして、世の中は、もっと先を行っていたという事実だけが証明された。
あれだけ騒がれた事件だが、今では、事件にすらならんだろうと、思う。