その夜、1人の高齢女性が命を落とした。兵庫県内で新型コロナウイルス重症患者を受け入れる最大の機関、神戸市立医療センター中央市民病院(同市中央区)。11月9日に運用を始めたプレハブの臨時病棟で、医師や看護師らが昼夜を分かたず、見えないウイルスに立ち向かう。だが救えない人も出ている。当直医は、高齢になるほど救命率が下がることを日々痛感し、「このウイルスは無情だ」と語った。

 病棟内で記者1人の取材が許可され、中央司令室に当たるスタッフルームに入った。取材できたのはクリスマスの25日、午前8時すぎから翌26日午前9時すぎまでの25時間。兵庫の1日当たり新規感染者が232人と、初めて200人を超えた日だった。前日のPCR検査や2週間の行動歴調査が課せられ、立ち入りはグリーン(清潔)ゾーンのみに制限された。

 臨時病棟は2棟に分かれ、人工呼吸器などを前提とした重症者用のA病棟は個室14床を備える。中等症用のB病棟は4人部屋を中心に22床がある。25日は昼にA病棟が満床となり、過去に例がない10人が同時に人工呼吸管理となった。

 午後8時ごろ、人工呼吸器につながれていた高齢女性が、ひっそりと人生の幕を閉じた。しかし、記者は新たな患者の受け入れ準備でざわつく病棟に気をとられて気付けなかった。

 カメラには、午後11時前にその病室に職員が集まり、ビニールのようなものを扱う写真が偶然収められていた。排せつ介助などをしているのかと思っていたが、それは、遺体を透明の納体袋に納める作業だったと後に知った。

 衝撃を受けた。昼間、職員がこの女性の髪の毛を洗い、ドライヤーで丁寧に乾かしていた様子を覚えていたからだ。人工呼吸が長くなり、本人はベッドで眠り続けていたが、治療だけでなく「人として」のケアも受けていた。「気持ち良くなってもらいたい」。そのときの看護師の声も耳に残っていた。

 感染防止のため霊安室に移せず、女性は病室に残された。しかし数時間後、新たな救急搬送などに備え、ベッドを空けるよう方針が変更される。翌日葬儀会社が迎えに来るまでB病棟に安置すると決まった。先ほどまで、そこにあった命。ぽかんと空いた病室を、看護師が消毒する姿が悲しかった。(霍見真一郎)