大企業健保「解散危機ギリギリ」疲弊する働き盛り世代
大企業に勤める会社員と家族が加入する健康保険組合の財政が悪化している。2021年度は8割の組合が赤字の見込みで、保険料率の引き上げも限界にある。高齢者医療を支える負担が重いところに、コロナ禍で賃金が減って保険料収入が下がり、急速に財政危機に陥った。【毎日新聞経済プレミア・渡辺精一】 ◇赤字組合が約8割 健康保険組合連合会が1387組合の財政状況を推計し4月22日公表した。21年度は経常収入8兆1181億円(前年度比2.7%減)に対し、経常支出8兆6279億円(同0.6%増)で5098億円の大幅赤字の見込み。赤字組合は前年度より169組合増え1080組合と8割を占めた。 健保組合は収入のほとんどを保険料でまかなう。収入減の主因は、コロナ禍で企業収益が悪化して、給与・賞与の額が下がり、それに連動する保険料収入が減ったことだ。平均給与額は前年度比1.3%減、平均賞与額は同7.2%減と大きく下がった。 一方、支出は大きく保険給付費と拠出金からなる。二つを合わせて義務的経費という。 保険給付費は、会社員と家族が病気やけがをしたときの医療費や、出産・死亡・休職などの手当金を支給するもので、健保組合の「本業」にあたる。これに対し、拠出金は高齢者の医療費を負担するもので、現役世代からシニア世代への「仕送り」にあたる。 拠出金には、後期高齢者支援金と前期高齢者納付金がある。後期高齢者支援金は、75歳以上が加入する後期高齢者保険制度を、前期高齢者納付金は65~74歳の多くが加入する国民健康保険を支えるための負担だ。 21年度の支出をみると、コロナ禍で、コロナ以外の病気の入院・手術が延期になったり、軽症者は受診を控えたりしたため、保険給付費は前年度比1.5%減った。一方、高齢化が進み、拠出金は同3.6%増と逆に大きく増えた。特に前期高齢者納付金は同6.5%増と伸びが大きい。 ◇「2022年危機」が1年前倒し 義務的経費に占める拠出金の割合は46.6%と前年度比1.3ポイント増。拠出金が50%以上の組合は4分の1以上にのぼる。自分たちのために使う医療費や手当金より、高齢者への「仕送り」が多いことになる。 近年、健保組合の拠出金負担は重くなっている。後期高齢者支援金の割り当ては、以前は健保組合など各公的保険の加入者数に応じて決まったが、15年度から所得水準に応じて負担する仕組みが導入され、17年度に全面実施となった。このため、加入者の所得水準が比較的高い健保組合の割り当ての比重が高まった。 22年は、戦後のベビーブームで生まれた「団塊の世代」が後期高齢者に入り始める。健保連は19年、拠出金負担が22年度に急増する「2022年危機」が到来すると警鐘を鳴らしたが、コロナ禍で21年度に1年前倒しになった。 健保連は、22年度は全体で2770億円の赤字となり赤字幅は縮小するが、これは過去に納めすぎた拠出金が返還されるのに伴う一時的なもので、23年度からは急激な財政悪化が進むと予想する。 ◇解散の「分水嶺10%」を超える 健保組合は、給与・賞与額に対する保険料の割合である保険料率を独自に決める。21年度の平均保険料率は9.23%と過去最高となった。赤字の組合は積立金を取り崩して対応しており、すべて保険料で補うための実質保険料率を計算すると平均10.06%で、初めて10%を超えた。 「10%」は「組合解散」の分水嶺(ぶんすいれい)となる重要指標だ。 中小企業など勤務先に健保組合がない人は協会けんぽに加入する。協会けんぽの保険料率は平均10%だ。健保組合の保険料率が10%を超えるなら、組合を解散して協会けんぽに移行するほうが、労使とも保険料負担は少なくなる。健保組合に財政支援はほぼないが、協会けんぽには年1兆1850億円(18年度実績)の国庫補助がある。 実際、健保組合の数はピークの92年の1827組合から、解散・合併によって、約4分の3に減っている。 21年度の保険料率を業種別にみると、コロナ禍で打撃の大きい宿泊業・飲食サービス業は平均9.93%だが、実質では同11.5%と一段高い。保険料率引き上げはすでに限界だ。 日本では、国民すべてが公的医療保険に加入する「国民皆保険」制度が1961年に実現し、病気やけがをしても、所得に関わらず必要な医療を受けることができる。 これは、負担能力のある比較的健康な現役世代が、負担能力が小さくて病気になりやすい高齢者を支える「応能負担」で成り立っている。だが、高齢化によって、現役世代の負担が過大になっており、制度が揺らぎつつある。「取りやすいところから取る」応能負担が行き過ぎれば、働きざかりの現役世代は疲弊する。全世代が納得感を得られるような見直しは急務だ。
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