クタビレ爺イの山日記

諸先達の記録などを後追いして高崎近辺の低山中心に歩いています。

長野原・王城山も二つの峰 H-17-8-20

2005-08-20 17:58:55 | 倉渕・長野原・草津・嬬恋
二つ峰のある里山の山名の扱いがどうなっているのか?
「あおちゅう」「群馬移動通信」「300選」の記事を読み王城山の二つ峰での地元の扱いを確めに行くことにした。この山は神話の山である。日本武尊が東方遠征の時、この集落に立ち寄り、頂上に祠を建てて「王城山」と名付けたと伝わっている。「御子代みこしろの山」との別名があるが、「こしろ」の尊敬語であり、「こしろ」とは大化の改新前の
皇室に租税を納めていた皇室私有民。(高木正史氏著書より)

黒雲を気にしながら榛名の裾から日陰道35号を通って145号へ。川原湯温泉駅から2K先の「第一小学校入り口」信号を右折、入り混む道も随所にある標識に従い墓地付近。
所が「観光の車は駐車場所無し」の手製看板に気兼ねして早めの路傍駐車。地元民が書いたのか?二合目先で宅地開発を進める建設会社がやったのかは不明だが、歓迎され
ていない事は確か。この辺りダム工事のため道路大変貌。
登山道は車両も通行可能な程、広く一合目から石柱の標識があり心配なし。唐笠松の五合目を過ぎると漸く登山道らしくなり、六合目で高間山との分岐、八合目では直進「崖危険」、左は「崖下危険」とあって一寸困惑するが左折を選択、危険防止のロープがあって無事十合目の鞍部、ここに「左・王城、右・古城」との標識がある。
先ず左に平坦な道数分で北峰へ。ここまで一時間半。広く切り払われた広場に石祠一つと1123mの頂上標識、三角点は無い。実はこの北峰は1100mであり、1123mとは鞍部南の三角点峰・古城の事なので困ったものだ。
広場にはその他に群馬百名山登山記念品を置いてある。小は300円、大500円。展望はやや良程度。
鞍部から南のピークに数分登ると同じ様な広場に石祠三つに三角点、見馴れない鉄剣が地に刺してあるが、日本武尊東征伝説に関係するものだろうか?但し展望悪く、周囲を見ても10年前の「移動通信」氏の記事に書いてある二つの頂上標識も見つからない。樹木の繁茂で見えなかったのか?
どうやら地元は王城山を北峰中心に扱っているようであるが、「古城」と「王城」の二つの峰を総称して「王城山」と言っているらしい。
古城の三角点は文字通り測量基点以上でも無いし以下でもない扱い。帰途は楽々47分。

石祠三つと鉄剣のある古城と称する三角点峰

八合目分岐にある「どちらも危険」の案内図

頂上に置いてある登頂記念品(有料)

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