現代日本語百科   けふも  お元気ですか

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漱石の文字遣い2

2016-04-05 | 日本語表記
吾輩は猫である 漱石の漢字表記を読み仮名でつける。新聞の連載をもとに採録する。 夏目漱石 吾輩は猫である 2 家(うち) 下女(げじょ) 撚(ひね)り 眺(なが)めて 口惜(くや)しそうに 住家(すみか) 極(き)める 殆(ほと)んど 覗(のぞ)いて 昼寐(ひるね) 涎(よだれ) 淡黄色(たんこうしょく) 不活潑(ふかっぱつ)な 大飯(おおめし) 来る度(たび)に 甚(はなは)だ . . . 本文を読む

日本語教育は外国語として

2016-04-05 | 日本語教育
日本語教育は外国語として日本語を教育、学習することである。日本語教師、日本語学習者があって、そこで日本語を教え、学ぶことである。すると、外国語としてというのはどういうことか。日本語を外国語にする、日本語が外国語である、ということを考えれば、外国語のいくつかる中の、一つの日本語ということである。なぜこのようなとらえ方が、説明として必要なのか、それは同じ言語、同一の言語ながら、その日本語を国語と呼ぶわたしたちの言語意識があるからである。国語教育、国語科目の扱いによる教育のことがらに、日本語が国語であるということを身に着けるからであり、日本語を母語また母国語というように、それをいわば当然のことであったので、このことについては深く議論されることではなかった。しかしこのことを探求してみれば、なぜ国語であったのかをとらえようとすると、近代以降の日本語の扱いに、それを国語と呼ぶことによって母国語の国語というとらえ方のほかに、国家語の国語という重要な言語政策にもかかわる一面を見出すことになる。日本語教育の日本語をとらえるのに、国語をどう見てきたかについては、新たに別のテーマとして議論されなければならないが、すでにその論考は問題を指摘されてから久しいので、いずれ取り上げるとして、国語に対する日本語ということが、日本語教育の方法、内容で闡明にされることがある。 . . . 本文を読む