平成20年4月靖国神社社頭に掲示された遺書
「遺書」 陸軍伍長 茶谷 武様 (23歳)
昭和20年4月23日 フィリピン群島ルソン島タクボにて戦死
「武もたうたうお役に立つ時が参りました。
(中 略)
日本に生まれた者のみ許される永遠の生に生きると言うことがいえるのです。
之等の事を思へば私達は涙を流す前に故國の勝利を天壌無窮を祈らねばなりません。
どうぞ私のことを笑ってほめて下さい、武も笑って散ります、では父上母上お身体を大切にして下さい。 さやうなら」 武より
原文はカタカナですが、上記の遺書の一部を転記致しました。
戦争を知らない世代の多くの皆様はどんな感想をお持ちになりますでしょうか。
喜んで散った人などいません。時代がそのようにさせたのだと私は思います。
悲しみが癒える事はありません。永遠に・・・
今号にも全国から鎮魂の歌が寄せられました。
ご一読いただければ幸いに存じます。
父逝きし山の麓に埋めたり故里の砂ふるさとの酒 高松市 女性
母暫し小春日和の縁に出て父の御墓所の山と対座す 大阪市 女性
写し絵の軍服に三つの星あれば父とし仰ぐ冬のオリオン 青森県 女性
硫黄島の映画を見れば戦争のその凄さをば身は震へたり 長野県 男性
遺品より衣の端切れ替へ釦貧しく生きたる母の心得 青森市 男性
収骨を終へし宿舎の夜の更けをみな二人は千羽鶴折る 出雲市 女性
靖国の空にそびゆる大鳥居くぐる遺族の泪尽きざり 諫早市 女性
戦争の声をきくたび無為に死せし父の無念を未だに思ふ うきは市 男性
お遍路の宿に雨音激しけり父思ひ母を思ひて夜の更けゆく 名古屋市 女性
父逝く地同じと知りて語り合ひ時を忘れる遺児の集ひで 尾道市 男性
旧きこと守りてつらき年月を耐へて癒しの季は巡りぬ 常滑市 女性
兄偲ぶ友と並びて「房総の塔」に今し深々額づきてをり 千葉市 私
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okoさまはじめ皆様の歌はいつも真にせまっていいと思います。
私も目を覆いたくなるような日々の報道に、もっとしっかり歩んで
欲しいと思います。
未熟な歌ですが、毎月投稿して3年が過ぎました。
最近は会議の折々に遺族新聞を見た方から声を掛けられ、とても有り難く思っております。
拝読いたしました。時代がどんなに
変わっても心の癒える事はないでしょう。
一句一句に胸がつまります。
昨今の心ない人たちの報道に命の尊さを理解して欲しい!
一度失った命は還らないのですから。
靖国の妻と言われた方の平均年齢は90歳を超えましたが、戦後の重荷を背負って今尚懸命に生きていらっしゃいます。