牧師雑感

聖書のことばを中心に毎日の出来事を書いています。

ハンディキャップを乗り越えて

2006-11-19 07:37:40 | Weblog
ハンディキャップを上げれば、数限りなく出てくるだろう。しかし、人生にどのようなハンディキャップがあっても、自信を持って乗り切ることができるのだ。そのような不利とも思えるものを利用して成功することもできる。だれにでもハンディキャップや条件付け、失敗や挫折はある。
 重要なことは、それらとどのように付き合い、どう対処するかで結果は変わってくる。

 三重県鳥羽市には、有名なパールアイランドがある。そこで養殖真珠の実演を見たが、真珠貝の中にアマゾンで取れた、バカ貝の殻を小さくした核を入れる。

 真珠貝は痛いので何とかそれを出そうとする、しかし、絶対に出ないように入れられているので、それを3年~5年と真珠貝は抱き続ける。その間、真珠貝は液を分泌し続ける。  その分泌液が、何の役にも立たないバカ貝の核をゆっくりと包んでゆく。その伊丹の名から、苦しみの中からあのきれいな真珠の輝きが生まれてくる。

 ヘレン・ケラーは、三重苦を背負っていた。しかし、「神様が私にハンディャップを与えられたことを感謝する」と言い、世界中の多くの人々に、生きる勇気と希望を与えた。

 ベートーベンは、耳がほとんど聞こえなくなってから、あの有名なシンフォニーを作曲した。

 ヘンデルがメサイアを作曲したときは、お金に困り果て、身も心もドン底、借金取りに監獄にぶち込んでやると脅されている最中だったそうだ。

 どんな不利な条件も、新しい人生を始めるチャンスに過ぎない。ハンディキャップに勝利にすばらしい人生を歩みだそう!

 1999年11月19日(金)は忘れられない日。東京で元気の出る聖会を終わった夜、ホテルで翌朝の聖会の準備をしているとき、突然の痺れが足や手を襲った。フロントへの電話も思うようにならない。やっとのことで救急車を呼んでもらったが、連れて行かれた病院で点滴をして翌朝まで待機。検査の結果脳内出血と判明し、脳外科のある病院へ再度救急車で運ばれた。

 左脳内出血だからことばと右側に歩行困難などの生涯が残る。医者は酒もタバコも経験がないと知ると、よかった。大丈夫だよと、集中治療室と病室での一ヶ月間が過ぎた。クリスマスには教会で説教するまでに主はいやし回復してくださった。「ほんとうはしんでいたんですよ!」との病院側の説明に、いやされ何の後遺症ないことを感謝して、「ハレルヤと歌いつつ」と題して、そのときの体験を小冊子I(22ページ)にまとめて7000冊出版しました。

 残部が少々あります。読んでいただける方があれば贈呈します。メールへどうぞ。yoshiibc@yahoo.co.jp

ローマ人への手紙(リビングバイブル訳)

5:3 私たちはさらに、さまざまの問題や困難に直面した時も喜ぶことができます。 それは忍耐を学ぶのに役立つからです。
5:4 忍耐によって、私たちの人格は筋金入りにされ、ひいては神様への信頼を深められるのです。 こうしてついに、私たちの希望と信仰は、強く、何ものにも動じなくなるのです。
5:5 そうなった時、どんなことが起ころうと失望落胆せず、また、万事が益であるとわかります。 それは、神様がどんなに深く愛していてくださるか、わかるからです。 私たちは、そのあたたかい愛を全身で感じています。 それは、神様が聖霊様を与えてくださり、その聖霊様が私たちの心に、神様の愛を満たしてくださっているからです。
5:6 私たちが逃れる道もなく、全く窮地に陥っていた、まさにその時、キリスト様はおいでになり、何の役にも立たない、私たち罪人のために死んでくださいました。
5:7 たとい私たちが良い人間であったとしても、だれかが自分のために死んでくれるなどとは、考えてもみなかったでしょう。 もちろん、そういう可能性が全然ないわけではありませんが。
5:8 しかし、私たちがまだ罪人であった時に、神様はキリスト様を遣わしてくださいました。 そのキリスト様が私たちのために死んだことにより、神様は私たちに、大きな愛を示してくださったのです。