恥ずかしい歴史教科書を作らせない会

改憲で「戦争する国」、教基法改定で「戦争する人」づくりが進められる今の政治が
将来「恥ずかしい歴史」にならぬように…

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日本の教育の歴史に見る「教育基本法」の意義

2006年05月24日 | 教育基本法・教科書
 24日、衆議院の教育基本法に関する特別委員会が開かれ、既に提出されている与党の教育基本法改定案が実質的に審議に入りました。
 なぜ今、教育基本法を変えなければならないのか、という議論がないまま、審議入りまで進んでしまったことを非常に残念に思います。
 私は今回、日本の教育の歴史を振り返りながら、現行の教育基本法の意義を考えてみたいと思います。

■ 「被仰出書」の時代

 教育行政の始まりは、明治初期にさかのぼります。
 1871年、文部省が作られました。翌72年には「学制」の公布によって大・中・小学校が作られ、義務教育が始まります。
 このとき、教育・学問の目的は、理念を記した「被仰出書(おおせいだされしょ)」に「国民各自が身を立て、智をひらき、産をつくるためのもの」とされました。
 教育を受ける「国民各自」、すなわち子どもたち一人ひとりのための教育が、近代日本の教育の原点だったのです。このとき特に、識字率を高めるなど基礎的教養のための小学校教育に力を入れる「国民皆学」のほか「男女共学」などが定められました。

 「学制」自体は、学校の設立を自治体に丸投げしたり、決して少額とは言えない授業料を徴収があったり、と問題点が多くあり、見直されていくのですが、「被仰出書」の教育理念は評価できるものだと思います。

■ 「教育勅語」の時代

 しかし、その教育理念は次第に歪められていきました。
 1872年の「徴兵告諭」に始まり、翌73年の「徴兵令」、非公式ながら74年の「征台の役」、近代初の公式海外軍事行動である75年の「江華島事件」など、軍事面での動きが急激に加速します。
 その後、軍が強化・整備されていく中、82年には「軍人勅諭」が作られました。徴兵でかき集めた人々に対して「軍人としての心得」を説き、「天皇への絶対的な忠誠心」「天皇の統帥権(軍隊指揮権)の歴史的正当性」を叩き込むためのものです。

 しかし、これを大人になってから、軍隊に入れてからだけでなく、基礎的部分を幼い頃から全ての国民に叩き込んでおこうと、8年後の1890年「教育勅語」が作られます。
 「何かあれば国に義勇をささげ、天皇陛下をお助けせよ」という教えが、教育の中心に置かれ、子どもたち一人ひとりのための教育ではなく、「愛国心」「忠誠心」を教え、そして将来、「義勇をささげる」つまり軍務につくための基礎を作ることに力が注がれました。
 その後、1903年に教科書が国定化されたことで、ますます政府が子どもたちの「心」に踏み込むこととなり、以後その軍国主義的な内容に強化しながら、1945年の敗戦まで、こうした教育が続けられました。

■ 「教育基本法」の時代

 敗戦後、日本は「教育の民主化」を行なうべく、教育基本法を定めました。
 この教育基本法が定める教育理念は、「人格の完成」「平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成」となっています。
 また、第10条の教育行政のあり方について、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきもの」と定めましたが、これは敗戦までの国家の教育の不当な支配を反省し、政府や権力者のためではなく、子も親も含めた国民全体のためのものであると規定したのです。
 子どもたちは、教育の「権利主体」すなわち主人公となり、政府はその環境整備を行なうという役割を担うこととなり、「教育勅語」の下で行なわれたような「不当な支配」から、子どもたちは解放されたのです。
 現行の教育基本法が戦後の占領下で制定されたことを、教育基本法の批判材料とする人々が多くいますが、こうして見てみると、「被仰出書」の理念であった、子どもたち一人ひとりのための教育を取り戻したに過ぎないと言えるのではないでしょうか。

■ 「教育基本法」改定案

 いま、この教育基本法が危機に瀕しています。
 与党・民主党とも、子どもたちに再び「愛国的態度」あるいは「愛国心」を求めています。
 子どもたちの、自由で自発的な愛着ではなく、政府が定義した人為的な「心」を、公教育の現場で子どもたちに叩き込もうとしているのです。
 「教育勅語」の時代と似ているのは、それだけではありません。
 自衛隊の海外派遣、米軍再編による日米軍事一体化が進められ、防衛「省」昇格法案も間もなく提出されるという、軍事面の強化という背景を見逃すことはできません。
 さらには、改憲の策動と相前後して行なわれている点、また教科書検定に際しての政府見解の偏重など、共通点が多くあります。

 「戦争に駆り立てるための改正」との批判に対し、小泉首相は特別委員会で「誤解というより曲解」と断じたそうですが、私は小泉首相の言葉を鵜呑みにすることはできません。

 国家のための教育への逆行を許さず、子どもたち一人ひとりのための教育を守り、実現していくために、絶対に教育基本法を、与党案や民主党案のように変えさせてはならない、それが歴史的見地からの私の強い思いです。

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1 コメント

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教員 (橋本由紀子)
2007-03-15 16:08:14
途上国のノンフォーマル教育NGOを運営する友人から、日本が戦後配線の復興から立ち直り、義務教育を完全に普及出来たのは、子どもに教育を受けさせないと親が罰せられるとか罰則があったのか?と聞かれますが、どこを四でもそのような事実は見つかりません。罰則なしに義務教育を普及できたのでしょうか?またその背景はどこにあるのでしょうか教えてください。

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