恥ずかしい歴史教科書を作らせない会

改憲で「戦争する国」、教基法改定で「戦争する人」づくりが進められる今の政治が
将来「恥ずかしい歴史」にならぬように…

「海賊対処法」による「逆戻り」を許さない

2009年06月19日 | 国会・政党・選挙
■ 「海賊対処法」が変える戦後史

 19日、「海賊対処法」が衆議院での再可決により、成立しました。
 この日は、日本国民として決して忘れてはならない日だと思います。
 終戦からおよそ64年、また自衛隊発足からおよそ55年、これまで日本は、他国の人々を武力で攻撃するということはありませんでした。
 しかしこの日本の戦後史や自衛隊の歴史は、今回成立した「海賊対処法」によって、大きく変わるかもしれないのです。

■ いつでも、どこでも可能な「人殺し」

 この法律に基づいて派遣される部隊が、どういう場合に武器を使用するかについては、「当該船舶の進行を停止させるために他に手段がないと信ずるに足りる相当な理由のあるときには、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において」という、非常に曖昧で抽象的な基準しか設けていません。
 しかも、これだけ「武器使用基準」を緩めておきながら、誤って漁船などを殺傷した場合における特別な罰則もありません。
 また、「海賊対処法」には、自衛隊派遣にあたって、期間の定めも、地域の定めもありません。「国権の最高機関」であるはずの国会の同意も必要ありません。
 総理大臣と防衛大臣が言えば、いつでも、どこでも自衛隊を海外に派遣し、人々を殺させることができる、というわけです。

■ 「武力で他国の人々を殺す国家」への逆戻り

 もちろん、政府は初めから「殺す気」にあふれています。
 既に派遣されている「護衛艦(駆逐艦)」には、しっかりと死体を安置する場所が設けられているのです。
 この法律を放置しておけば、日本は「戦争放棄」の国から、再び「武力で他国の人々を殺す国家」に逆戻りすることでしょう。これが冒頭に申し上げた「大きく変わる」ということです。
 2009年6月19日という日を、戦後がまた「新たな戦前」に近づいた日として、私は絶対に忘れることはないでしょう。
 
■ 「新たな戦前」「新たな戦中」を食い止めるために

 しかし、落ち込んでばかりはいられません。この流れを変える方法は確かにあります。
 その方法とは、第一に、総選挙で今の与党を、政権の座から引きずり下ろすことです。元々、この「海賊対処法」を強行した与党の議員は、「自衛隊海外派遣」に自分たちの関与や判断を放棄するような人々ですから、国会にいてもらう必要は全くありません。
 第二に、「海賊対処法」に反対してきた今の野党にその反対姿勢を貫かせることです。そして総選挙後の新政権で、この「海賊対処法」の「廃止法」を成立させるのです。
 逆に、そうしなければ日本は、「新たな戦前」どころか、「新たな戦中」にさえ突き進みかねません。
 将来の世代のためにも今、このような逆戻りを絶対に許さないという決意を、多くの皆さんと共有していきたいと思います。

2009年06月18日 | 国会・政党・選挙
■ 「悲しいニュース」を止められなかった「対策」

 悲しいニュースが後を絶ちません。
 広島市で生活保護を受けていた41歳の男性が、自宅のマンションで3人の子どもたちと心中したという記事が、先日の新聞にありました。一緒に亡くなった子どもたちは、まだ保育園児でした。
 同じ年代の子どもたちを持つ一人の親として、胸が痛んでなりません。

 この家族は、既に「定額給付金」は受給できたはずです。
 また「子育て応援特別手当」も受給できたはずです。
 恐らく、合計で14万4千円の「臨時収入」を受け取ったことでしょう。
 しかし、「定額給付金」や「子育て応援特別手当」のような、たった一度だけの「対策」では、この家族は明日に命をつなぐだけの希望を見出すことができなかったのです。

■ 「生活対策」を先送り、「景気対策」から「無駄遣い」へ

 思えば、麻生首相は昨年秋の「世界同時不況」を受けて一度は、「生活対策」を掲げようとしましたが、すぐに「生活対策より景気対策」と言い換えました。さらに、直ちに手を打つべきだった「対策」を、昨年の臨時国会から今国会に「先送り」しました。
 以後、本予算・補正予算とも、「生活対策」は一度限り、あるいは1~3年程度の時限措置という「その場しのぎ」で、大企業や特定産業にばかり奉仕する中身となっています。
 いま関連法案が審議されている今年度の補正予算案も、悪名高い「アニメの殿堂」は言うに及ばす、突然予算を付けられた省庁が使い道に困って、保有する車を買い換えたり、高額のテレビを買い換えたり、省庁の施設の修繕を行うことにしたりと、「無駄遣い」に走る有様です。
 そのようなお金があるのならば…

■ 「社会保障」のさらなる「切り下げ」

 「失われた命」を元に戻すことはできません。あの家族もそうです。
 だからこそ、そこから何かを学び取り、その教訓を次に活かす努力を行うことは、残された者の使命だと思います。
 いま必要なのは「生活対策」です。
 もっと言えば、これまで政府が、人為的・構造的に作り出してきた「貧困」をなくすための、生活の「底上げ」です。
 「所得再分配」の機能強化を図り、その財源を元に、生活保護だけでなく医療・介護・年金などの社会保障制度を拡充して格差是正を図ることこそ、政治の使命です。
 しかし、あの家族の亡骸が発見された日、政府は来年度予算編成の指針となる「骨太の方針2009」の原案を決定しました。
 そこには、社会保障費の増加を毎年2200億円抑制する方針の継続が、盛り込まれていました。
 自然増の抑制ですから、さらに制度を切り下げなければ、このような抑制を続けることはできません。
 あの家族も、こうした社会保障制度の改悪という「政治災害」の被害者だったのかもしれません。

■ 「総選挙」最大の争点は「命」

 さて、翌17日、国会では党首討論が開かれ、民主党の鳩山代表が「人の命を大事にする」と訴えました。
 さらに18日には、以前から「命を大切にする政治」を掲げてきた社民党が、その民主党と総選挙後の連立協議に入る方針を決めました。
 自民党との違いが見出せず、ふらついてきた民主党が「命」を語るだけでは、心もとない「抽象論」かもしれません。
 しかし、もし社民党との協議が実れば、そこに平和・暮らし・命を重視する「社会民主主義」という「背骨」が通ります。
 次の総選挙は、あまりにも人命を軽んじてきた自民党政治を終わらせ、本当に国民一人一人の命を大切にする政治へと転換する好機なのかもしれません。
 この選挙の最大の争点は、「命」なのではないかと思います。
 それこそ、野党の皆さんには「命がけ」で臨んで頂きたいと思います。

「天安門事件」20年 ~「恥ずかしい歴史」こそ「検証」を

2009年06月04日 | その他
■ 「天安門事件」から20年

 20年前の6月4日、中国では「天安門事件」がありました。
 民主主義や人権の尊重、政治腐敗の打倒などを求めて、北京の天安門広場に集まった人々が、20年前のこの日、武力弾圧により大変な虐殺を受けました。
 「人民解放軍」という名の軍隊が、「解放」を求める「人民」を虐殺したのですから、これほど悲しい「皮肉」はありません。
 この「天安門事件」から20年、いまだに何の総括も反省も行おうとしない、中国共産党政権と、名ばかりの「人民解放軍」に対し、あらためて怒りをおぼえます。

■ 「過ち」を認めない中国共産党

 この日、米国政府は中国に対し、「天安門事件」での死者・拘束者・行方不明者らの名簿の公表や、有罪となり服役中の人々を釈放するよう求める「声明」を発表しました。
 しかし、中国の答えはこうでした。「中国共産党と政府はすでに明確な結論に達している。」やはり、自らの過ち・誤りを認めようとはしないのです。
 デモに参加しただけで殺され、あるいは、辛うじて生き延びても拘束され、罪に問われ、20年間も服役させられている人々の存在に愕然としますが、中国政府の姿勢がこの有様では、犠牲になった皆さんも、そのご遺族の方々も、救われないでしょう。

■ 「過去」を踏まえ、より良い「未来」を

 米国の「声明」は、「過去の暗い出来事を公に検証」すべきだと唱えています。
 私はこれを支持します。
 「過去の暗い出来事」をしっかりと「検証」しなければ、再び同じ過ちが繰り返されるかもしれません。
 国家の権力者が、自らの保身のために軍隊を使い、民衆を弾圧し、その命を奪うなど、絶対にあってはならないことです。
 こうした例を挙げれば「きりがない」というのは日本も同じですが、国を問わず、イデオロギーを問わず、権力者や軍隊による「恥ずかしい歴史」をこれ以上、作らせないために「過去」を「検証」し、より良い「未来」を築くことこそ、今を生きる私たちの使命だと思います。

国会会期の大幅延長は「無能」の証し

2009年06月02日 | 国会・政党・選挙
■ 「だらだら国会」

 麻生内閣は今国会の会期の55日間延長することを決め、2日の衆議院本会議で正式に決まりました。
 さて、今国会が召集されたのは1月5日でした。「早急な経済危機への対応が必要」ということで年明け早々の開会となりました。
 しかしそれから約5ヶ月間、彼らは一体何をしていたのだろうか、と思いたくなる数字があります。
 麻生内閣は、今国会に67本の法案を提出しました。現時点で成立したのはこの約57%にあたる38本に過ぎず、残る29本が「審議中」です。
 これでは会期を延長しなければならないのも分かりますが、150日間という会期の中で通すことができたのが38本とは極めてお粗末な国会運営であり、これでは「だらだら国会」と言わざるを得ません。

■ 与党による「審議引き延ばし」

 政府・与党の中には、「ねじれ国会だから国会が動かない」「野党が審議を引き延ばす」などと言い繕う人々もいるかもしれませんが、今回はそのような「言い訳」も通りません。
 現在「審議中」の29法案の中で、与党優位の衆議院での「審議中」が21本、野党優位の参議院での「審議中」はわずか8本しかないのです。
 これでは、逆に「審議を引き延ばしているのは与党だ」と言われても仕方のないところでしょう。
 今回の会期延長は、通常国会の会期150日間を、まともに計画もなく「だらだら」と過ごしてきた、麻生内閣と与党の「無能」の証しと言えるでしょう。

■ 「船長室でワイン」

 さて、麻生内閣・与党の連携による「引き延ばし」策は、「衆議院の解散・総選挙」の時機を見計らっている、ということは言うまでもありません。つまり、自民党と公明党が有利になる時機まで解散を「先送り」するため、55日間も「だらだら国会」を延長しようというわけです。
 こうした麻生内閣の姿には与党内からも冷ややかな声が出ています。ある「自民党の三役経験者」による言葉が、2日付の朝刊(共同通信配信記事)に掲載されていました。

 「タイタニック号が沈没寸前なのに、何も手を施さずに最後まで船長室でワインを飲んでいたいということだろう」

 実に麻生首相に相応しい、的確な例えだと思います。しかし感心してばかりもいられません。何もせず「船長室でワイン」を飲んでいるような「無能」な「船長」など、誰にとっても「迷惑」以外の何者でもないのですから。 

■ 「沈没」の危機

 先日発表された総務省の統計によれば、4月時点の就業者数は一年前と比べて107万人の減少、完全失業率は5年5ヶ月ぶりに5%台に達しています。
 また、生活保護に頼らざるを得ない人々が急増し、自殺者数も過去最悪ペースで増え続けています。
 正に国民の暮らしは「沈没」の危機に瀕していると言わざるを得ません。

 このような状況下でもなお、何もしないばかりか、「船長室でワイン」を手放そうとしない「無能」な「船長」がいれば、直ちに「船」から引きずり降ろした方が「世のため人のため」というものでしょう。

 もっとも「タイタニック号」という言葉が自民党を指すのであれば、「船長」もろとも沈んで頂いた方が良いのかもしれません。麻生首相を「船長」に選んだ「任命責任」は自民党にあるのですから。