恥ずかしい歴史教科書を作らせない会

改憲で「戦争する国」、教基法改定で「戦争する人」づくりが進められる今の政治が
将来「恥ずかしい歴史」にならぬように…

「連立離脱」後の社民党に求めるもの

2010年05月31日 | 国会・政党・選挙
■ 「離脱」

 社民党は30日、正式に「連立離脱」を決めました。
 先の総選挙の際、民主党の鳩山代表が普天間基地の移設先として「国外、最低でも県外」と語ったのは有名です。
 それに合致する「普天間基地閉鎖」「沖縄県内での新基地建設反対」を掲げてきた社民党は、その実現のために米自治領の北マリアナ諸島の人々と連携し、現地の知事、市長は「歓迎」を表明し、上下両院の議会は「誘致」する決議を採択しました。
 一方、鳩山首相や民主党はひどい有様でした。平野官房長官をはじめ多くの関係閣僚が好き勝手を言い、さんざん「迷走」を繰り返し、いつしか「国外、最低でも県外」という言葉を忘れ、地元自治体や住民の合意も得ず、政権内の理解も得ないまま、米国の意向を優先して「日米共同声明」を発表し、国民に押し付けようとしたのです。
 この「裏切り」には、沖縄県の皆さんをはじめ多くの国民が「怒り」「落胆」「失望」など様々な思いを抱いたことでしょう。

■ 「協力」

 「国外、最低でも県外」をあくまで追求してきた社民党の福島氏を、逆に「変節」した鳩山首相が28日に「罷免」したのですから、これほどの「矛盾」はありません。
 「連立離脱」という社民党の毅然とした決断は、私は率直に評価したいと思います。

 さて、こうした社民党に対し、民主党は未練がましく「選挙協力」を求めているようです。
 社民党は毎回、比例代表で約300万票を獲得しています。各都道府県ごとに数万人から数十万人の方々が比例代表に、社民党あるいは社民党の候補者の名前を書くために投票所に足を運びます。それでも選挙区の独自候補がいない選挙区が多く、民主党はその票がほしくてたまらないのです。
 とはいえ、言わば、自分から「別れ話」をした相手に「関係を続けてほしい」と迫るような民主党の厚顔無恥には飽きれるばかりです。

 しかし、今後の「基地問題の真の解決」のため、「国民生活」のため、「護憲」のためには、私はこの「選挙協力」の話は「必ずしも悪い話ではない」と考えています。

■ 「存在」

 こうした課題について、今まで社民党が果たしてきた役割は、その政党の規模とは比べ物にならないほど大きなものがありました。
 例えば、民主党や国民新党を説得して参議院で憲法審査会の始動を止めてきたのは社民党でしたし、野党時代にはこの2党に共産党を加えて労働者派遣法改正案の共同提出をリードしてきたのも社民党でした。
 連立政権に加わるとき、基地問題に関して「沖縄の負担軽減」を主張し、「3党合意」に盛り込んだのも社民党ですし、「消費税率の4年間凍結」を盛り込んだのも社民党です。
 いま、社民党がいなくなった「民・国」連立政権は、まず参議院で過半数を得ることはないと思いますが、衆議院を解散しない限り、以後3年間は衆議院で圧倒的多数を占め続けます。
 そこで参議院でも安定多数を得るべく、他党との連立を模索するでしょうが、社民党や共産党以外の党は全て「改憲」や「消費税増税」を目ざしています。
 もし今のままであれば、基地問題のさらなる見直しの動きは止まり、消費税は増税に傾き、憲法審査会は動き出すと見なければなりません。
 議員数で言えば衆参合わせてわずか12名の社民党の存在が、これだけのことを食い止めてきたのです。

■ 「署名」

 しかし今は、引き続きこうした影響力を社民党に求めることは困難です。
 それであれば、社民党には敢えて「選挙協力」することで、民主党の中に影響力を残すことを考えてほしいのです。

 今回の普天間基地移設問題では、鳩山政権の「日米共同声明」に反対し、今後も「国外」移設を求める内容の署名が提出されました。これには与党内議員約180名が署名しています。これは初めから「政務三役」を除いていますので、与党内の約半数の署名が集まったことになります。
 こうした「与党内良識派」「同志」とも言うべき人々と対立して、自民党など他党の候補を喜ばせる必要はありません。
 逆に、彼らへの支援を通じて民主党内に影響を与え、やがては「基地問題の真の解決」のため、「国民生活」のため、「護憲」のために動くことのできる新たな勢力を結集する「政界再編」を展望してほしいと思います。

■ 「決意」

 もちろん、その道は平坦ではありません。
 「喧嘩別れ」した相手との協力というのは、国民には分かりにくいものがありますし、そうした「分かりにくさ」は支持離れにつながることも考えなければなりません。
 かつて自民党の「自主憲法制定」を封印することに成功しながら、支持を失った「自社さ」政権のときのようなこともあり得るかもしれません。
 大変な苦労を味わうことになるかもしれません。

 しかし、社民党にだけ、その苦労を負わせるつもりはありません。
 もとより私も、「基地問題の真の解決」のため、「国民生活」のため、「護憲」のため、力を尽くす決意です。
 それが、今を生きる歴史的責任として、次代を担う子どもたちに平和と民主主義を受け継いでいくため、絶対に必要だと考えるからです。

憲法記念日に思う

2010年05月03日 | 憲法
 日本国憲法が施行されてから63年、今年も憲法記念日を迎えました。
 半月後に「改憲手続法」(いわゆる「国民投票法」)が完全施行されるということもあってか、今年は何かしら異様な雰囲気を感じます。

■ 「欠陥」

 そもそも、この「改憲手続法」とは何なのでしょうか。
 端的に言えば、それは「任期中の改憲」を掲げた安倍政権が、先の小泉政権による「郵政選挙」で自民党が得た議席を背景に、その目指す「改憲」を「ごり押し」するための手続きを定めた法律と言えるでしょう。法案は欠陥だらけで、まともな審議も行わないまま、当時の与党(自民党・公明党)が強行採決で押し切っていったものです。
 国の「最高法規」を左右するという重要な法律にもかかわらず、あまりにも多くの欠陥や疑問を残したままの強行採決でしたので、前代未聞の18項目にも及ぶ「附帯決議」が付けられました。
 この「附帯決議」は、本来ならば法律で定めるべきことが盛り込まれていない等の様々な問題点を列挙し、その不十分さを補うために、内閣にも国会にも「宿題」を課すものでした。
 しかし、「国民投票の対象」「最低投票率」「有料広告」「公務員や教員の運動の制約」、そして判定のための「分母をどうするか」などについて、施行前に「十分に検討しなさい」「適切な措置を講じなさい」という「宿題」が何一つ出来ていないのです。
 さらに決定的なことで言えば、「改憲手続法」では国民投票を行う「成人年齢」を「18歳以上」と定め、他の法律もこれに合わせて成人年齢の引き下げを行うよう付則で定めていますが、これも全くの「手付かず」です。
 ただでさえ「欠陥法」であり、しかも施行前に課された極めて基本的な「宿題」さえ出来ていない「改憲手続法」など、施行する価値さえありません。「施行延期」を望む声もありますが、私はむしろ、「憲法3原則の尊重」を「連立合意」で決めた現内閣の立場からすれば「廃止法案」を出すべきではないか、とさえ思います。

■ 「自主」

 さて、この「改憲手続法」を強行したのは自民党・公明党ですが、このほかにも「改憲」を唱える人々がいます。特に、自民党を離党・除名されながらも異口同音に「自主憲法制定」を唱える新党がいくつかあります。
 この「自主憲法」という言葉の裏側には、日本国憲法を「GHQによる押し付け憲法」だとする批判が込められているのですが、この「押し付け論」もまた「欺瞞」に満ちています。
 確かに、現憲法の草案はGHQが作りました。しかし、その草案作りに最も影響を与えたのは、高野岩三郎氏や鈴木安蔵氏ら「憲法研究会」の「憲法草案要綱」だと言われています。
 こうして出てきた「草案」について、日本人は、当時の「大日本帝國憲法」の改正手続に則って、初めての「改憲」作業を行います。
 枢密院から帝国議会へ、衆議院で一部修正し可決後に貴族院へ、貴族院で一部修正して可決、その修正部分を議論すべく再び衆議院で審議・可決後に枢密院へ、そして天皇がこれを裁可し、公布するまで約7ヶ月間、正に日本人が侃々諤々の議論を尽くしたのです。
 「主権の存する国民の総意に基づく」という天皇の権威付け、国会の「二院制」や、内閣の「文民」規定などなど、帝国議会での日本人の修正が、この日本国憲法を生んだのです。
 米軍のマッカーサー元帥は、この憲法を「天皇との合作」と呼びましたが、それ以上に日本人の「自主」制が反映されていることは間違いないところでしょう。
 
■ 「押し付け」

 この日本国憲法を「押し付け」だと否定する人々は、一体何をしたいのでしょうか。
 安倍政権が「改憲手続法」を強行してまで押し通したかった憲法とは、前の小泉政権が作った自民党「新憲法草案」です。
 よく「最大の焦点は憲法9条である」と言われる通り、彼らの願いは「再軍備」にあることは言うまでもありません。「自衛軍」という名の「軍隊」を保持し、「国際協調活動」という名の「軍事行動」などを行ない、さらに「軍事裁判所」を設置するなど、随分と勇ましいことが書かれています。
 もちろん、憲法9条での「戦争」「武力威嚇」「武力行使」という禁止事項を維持していますので、このような「自衛軍」になっても、日本がいきなりどこかの国に戦争を挑み始めると考えているわけではありません。
 最大の問題は「国際協調活動」にあります。
 「国際協調」と言いますが、これまで日本に軍事的な要請を行ってきた国がいくつあったでしょうか。
 「警察予備隊(保安隊、自衛隊)を作れ」「海上保安庁を作れ」「掃海艇を出せ」「軍資金を出せ」「無償で給油活動を行え」「地上部隊を出せ」。これらは全て米国からの要求です。
 すなわち、「国際協調活動」とは、世界中で絶え間なく戦争を引き起こしている米国の、強引な要求に応えるための「方便」に他なりません。
 自民党やその流れを汲む人々が声高に叫ぶ「自主憲法制定」の本質は、米国のための「軍」を創設することにあるのです。
 そして、それこそが米国の真の「押し付け」だったのです。

■ 「売国」

 そもそも、ポツダム宣言によって武装解除した日本に、再び「軍」を持たせようと言い出したのは米国です。
 1948年、当時の米国の国防長官や陸軍長官が「日本と西ドイツの再軍備」を唱えたことが発端でした。しかも、彼らがそれを推進しようとした最大の理由は「米国の人的資源の節約のため」、すなわち今後想定する東側諸国との戦争において米兵を「節約」するために、日本や西ドイツの「兵士」たちに死んでもらおうというわけです。
 その後、日本では、例の「自主憲法制定」を唱える自民党が1955年に発足しますが、この自民党は1950年代から60年代後半まで、米国の諜報機関CIAからの工作資金を受け取り続けていたことが、米国側の史料で既に明らかになっています。そして彼らはその資金を背景に、国内で勢力を伸ばしていったのです。
 つまり自民党は元々、米国に金で買われ、米国の国益のために動く組織でした。米国側の史料によれば、その金を最も多く受け取っていたのは、自民党結党の「立役者」とも言うべき岸信介氏でした。岸氏は言うまでもなく、前述の安倍晋三氏の祖父です。 
 岸氏と言えば、強烈な「改憲」論者としてだけでなく、今から半世紀前の「60年安保」を決めた当時の首相としても有名な人物ですが、日米安保条約を締結するか否かを決める最高責任者が、交渉相手である米国から金をもらっていたのですから、これほどの「売国」はないでしょう。
 このような汚らわしい歴史を持つ自民党や米国のために、今も多くの日本国民が在日米軍基地の負担に苦しんでいる現状に、強い憤りを感じます。

■ 「感謝」

 さて、このような米国や自民党の「思惑」をよそに、日本国民は63年間、日本国憲法を堅持してきました。これは国民の良識の表われであり、誇りに思います。
 また、日本国憲法と、その憲法を守り抜いて下さった人々への「感謝」の念が込み上げてきます。

 この63年間は、私たち国民が戦死させられることなく平和に生きられた時代でした。自由に考えることができ、その考えを言うことができました。教育を受けることができました。一人一人の人権が尊重されました。本当に困ったときには生きていくことを支えてくれる世の中でした。
 私たちの人生の様々な場面に、日本国憲法は確かに私たちのすぐ側にいてくれましたし、私たちを優しく守ってくれました。
 日本国憲法には、これからも私たちのすぐ側にいてほしいと思います。もちろん、私たちの子どもや、その子ども、さらにその子ども…と、将来の世代を守り続けてもらわなくてはなりません。

 2010年の憲法記念日にあたり、あらためて日本国憲法に「いつもありがとう。これからもよろしくお願いします。私も頑張りますから」、そう言いたいと思います。