恥ずかしい歴史教科書を作らせない会

改憲で「戦争する国」、教基法改定で「戦争する人」づくりが進められる今の政治が
将来「恥ずかしい歴史」にならぬように…

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秋の「総裁選」

2008年09月13日 | 国会・政党・選挙
 朝夕の風に秋の訪れを感じる季節になりました。
 黄金色に実った稲穂が日ごとに刈り取られ、落ち穂をついばむ小鳥たちの声が、高い青空によく響きます。

■ 新たな「秋の季語」

 さて最近では、この季節の季語に「総裁選」を加えても良いのではないかと思うほど、毎年この時期になると、自民党の「出来レース」が繰り広げられます。
 今回も5名の「演者」たちと、その周囲の人々が盛り上がり、その姿は、さながら「秋祭り」のような賑わいを見せています。

 洋の東西を問わず、この「秋祭り」は「収穫に対する感謝」という意味を持ちますが、彼らは一体どのような「種」を蒔いた上で、「収穫」を行おうとしているのでしょうか。

■ 生活を破壊した「小泉改革」

 いま政治に求められるものは何でしょうか。もちろん様々な問題がありますが、何よりもまず格差の是正、国民生活の安定が挙げられます。

 医療・介護・年金・雇用・障がい者福祉・貧困対策など社会保障政策の充実、それを担う自治体への財政措置、増やし過ぎた非正規雇用の正規化促進などが、柱として挙げられるでしょう。
 こうした現在の問題点、すなわち格差の拡大や社会保障の切捨てを生み出した「元凶」は何だったでしょうか。それは言うまでもなく「小泉改革」です。

 「小泉改革」は、市場原理主義と無差別な規制緩和により、医療を切り捨て、介護を見捨て、年金を切り下げ、雇用を破壊し、障がい者を見捨て、「ワーキングプア」と呼ばれる新たな貧困層を増大させ、地方の財源を取り上げ、まるで中国の「先富論」のような「企業利益優先」に走る余り、そこで働く人々を窮地に追い込みました。

■ 「戦後最大の失政」

 こうした「小泉改革」には、与党内からも反省の声が出ました。

 「いざなぎ超え」と呼ばれた「戦後最長の好景気」の時期でも、国民の平均所得が下がり続けたことへの批判に対し、自民党は昨年の参院選でのスローガンを「成長を実感に」としました。

 それを掲げた安倍氏の後に首相になった福田氏も「生活に安心」「消費者が第一」「安心実現内閣」などを掲げました。

 しかし、「掛け声」ばかりだっただけでなく、一方で「改革路線を堅持」を明言したために、両政権は実に情けない幕切れを演じました。

 これこそが「戦後最大の失政」とも言える「小泉改革」の「政治的評価」と言えるでしょう。

■ 小泉内閣の「一員」たち

 さて、5名の「総裁候補」がいます。
 彼らは全て、この国民生活を破壊してきた小泉内閣の一員たちばかりです。
 麻生氏は総務大臣、石原氏は行革担当大臣・国土交通大臣ほか、石破氏は防衛庁長官、小池氏は環境大臣、与謝野氏は金融担当特命大臣を務めた人物なのです。

 あらゆる内閣の方針は「閣議決定」を経て、法案ならば国会に、政省令ならば各省庁に出されますが、この「閣議決定」は全会一致が原則です。
 しっかりとした政治信念を持ち、この国のあり方を真剣に考えてきた人物ならば、閣僚だったときに「異論」を唱えることもできたはずです。

 それもせず、小泉内閣の中で、小泉氏とともに「戦後最大の失政」という「種」を蒔いてきた5名が、「劇場ごっこ」を必死で盛り上げようと、屁理屈をこねまわしています。

 本来ならば、12日から始まる国会で多くの議論が行われる予定でしたが、自民党という一政党の都合だけで、2週間程度「停滞」が続くのです。実に愚かしい話だと思います。

■ 「適当」

 小泉氏・安倍氏・福田氏、世論調査で彼らを「支持する」と答えた人々も少なからず、いました。
 その理由として、ほとんどの場合トップはこういうものでした。

 「ほかに適当な人がいないから」

 つまり、そのときの首相が辞めれば、もう「該当者なし」です。
 また、このような理由でしか支持されないような自民党の総裁選に一体、どのような興味を持て、とメディアは言うのでしょうか。

 総裁選のニュースをどれだけ熱く語っても所詮は「秋」の季語。
 煽ろうとする「風」も、今年は「秋風」のように冷ややかなことでしょう。

 私たち一般の国民からすれば、首相として「適当ではない人」ばかりなのですから。
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「無責任な首相」の「任命責任」

2008年09月02日 | 国会・政党・選挙
■ 「この秋は」

 「この秋は 雨か嵐か 知らねども 今日のつとめの 田草とるなり」

 以前、福田首相は、この二宮尊徳の歌をメールマガジンで引用しました。先は見えないものの、当面の課題に着実に取り組んでいくという気構えを示した歌です。
 しかしそれから1か月あまり、本格的な秋を待たずに福田首相は「今日のつとめ」どころか、何もかも全てを放り出してしまいました。

■ 「野党の責任」なのか

 辞任の理由について福田首相は、「民主党が国会の駆け引きで、審議引き延ばしや審議拒否を行った」「何を決めるにも、とにかく時間がかかった」と、野党の責任を強調しました。
 しかし、「時間がかかった」のは野党の責任だったでしょうか。
 審議が進まない原因は、野党側ではなく与党側にあることについて、私は昨年秋に、「『ねじれ国会=政治停滞』という嘘」と題して、書きました。
 つい数か月前にも、私は、駿河台大学学長で元首相秘書官の成田憲彦氏の講演を聞きに行きましたが、成田氏も「法案審議が進まないのは『ねじれ』のためではなく、与党が衆議院で再可決できる議席を持っていることが最大の原因だ」と解説しました。
 すなわち与党が漫然と「60日規定」が使えるようになるのを待ち、その間、ただ野党を批判し、野党が提出し、参議院から衆議院に送られてくる法案に対して、与党こそが審議拒否や引き延ばしを行い、そのために停滞が起きているということです。
 確かに「どんな法案でも原案通り、時間がくれば審議を打ち切って強行採決」という強権的な手法は通用しなくなりましたが、そのような手法を当然のことと考えること自体が、そもそも誤りです。

■ 「国民の生活」を考えたのか

 さて、福田首相はさらに、「国民の生活を考えるなら、政治的駆け引きで空白を作るべきではない」と語りました。
 では、福田首相は、「国民の生活を考え」ていたでしょうか。
 この内閣のもとで三度「再議決」が行われましたが、それはどのような法案だったかを思い出してみましょう。
 一つ目は、アフガニスタンへの攻撃を行う米軍の艦船などへの給油活動のための法案でした。二つ目は、ガソリンなどにかかる暫定税率を復活させ、一度下がったガソリンの価格を再び引き上げる法案でした。三つ目は「10年59兆円」の道路中期計画を見直しもせず、そのまま温存する法案でした。
 さて、この3法案の、どれが「国民の生活を考えた」法案なのでしょうか。税金を使って他国の軍隊に無償で燃料を差し出し、ガソリン高騰に喘ぐ人々に再び加重の負担を強い、道路族や国交省官僚の利権を守った、ただそれだけです。
 無責任に政権を放り出し、辞任する段になっても、まだこのような虚言を吐き続ける福田首相にはあきれるばかりです。

■ 与党の「任命責任」

 しかし無責任なのは、福田首相一人ではありません。
 福田首相や、前任の安倍首相など無責任な人物を2代続けて、首相に指名した与党の「任命責任」も問われなければなりません。
 「選挙の顔は誰が良いか」ばかりで、本人の力量も、責任感があるのかどうかも調べずに選んだのは与党、とりわけ自民党です。与党以外の一般国民は誰も、安倍氏が良い、福田氏が良いなどと投票を行ったことはないのです。
 その与党の中に今、自分たちの「任命責任」を自覚し、国民に対して謝罪している人がいるでしょうか。

 福田首相の無責任さは、とりもなおさず自民党や公明党という政党の無責任さです。
 誰が「ポスト福田」を担うとしても、その人物もまた無責任な任命者の一人であることを、私は忘れはしないでしょう。
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