恥ずかしい歴史教科書を作らせない会

改憲で「戦争する国」、教基法改定で「戦争する人」づくりが進められる今の政治が
将来「恥ずかしい歴史」にならぬように…

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胸を張ろう

2012年12月01日 | 叫び
原発の「げ」の字も言わなかった人たちが
選挙を前に声をあげている
胸を張ろう
私たちが正しかった証拠だと

増税を必要だと言っていた人たちが
選挙を前に反対を唱えている
胸を張ろう
私たちの声が共有されたのだと

競争と市場原理を万能だと言っていた人たちが
選挙を前にTPPに異議を申し立てている
胸を張ろう
彼らもようやく分かったのだと

私たちの声を踏みにじり唾をかけた人たちが
私たちと同じことを言っている
胸を張ろう
ようやく民の声が聞こえるようになったのだと

惜しいのは選挙が終わればその人たちが
私たちと違うことを言い出すこと
それでも胸を張ろう
そのような人たちに騙される民ばかりではないのだと
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悠里ちゃんの心臓移植手術が成功

2010年01月18日 | 叫び
 「拡張型心筋症」で心臓移植手術を必要としていた、小学1年生の池田悠里ちゃんの手術が成功したとのことです。
 今後も、拒絶反応を起こす危険性もあるとのことですが、それを乗り越え、元気になって帰ってきてほしいと願うばかりです。
 あらためて、これまでご協力・ご支援いただいた皆様に感謝申し上げます。本当にありがとうございます。
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つながる「命への祈り」

2009年12月02日 | 叫び
■ 「つながり」の中で

 先日、心臓移植手術を必要としている6歳の女の子、池田悠里ちゃんを支援する「ゆうりちゃんを救う会」について書かせて頂きました。
 多くの方々がこのことを広げて下さいました。また、募金を振り込んで頂いたというご連絡が、今も届いています。
 私のような者のお願いにもかかわらず、多くの皆様に「命への祈り」を受け止めていただき、本当にありがとうございます。
 こうして私や支援者の方々の「命への祈り」が、広くつながっていく中で、私は多くのことを学ばせて頂きました。

■ 「さくちゃん」から「ゆうりちゃん」へ

 さて、その「ゆうりちゃんを救う会」のホームページに、「11月30日、『さくちゃんを救う会』様より800万円のご援助をいただきました。」との掲載がありました。
 さくちゃんは、ゆうりちゃんと同じ「拡張型心筋症」という病気を抱えていました。
 内科的治療はすぐに限界に達し、さくちゃんが生き続けるには、移植手術を受けなければなりませんでした。
 「さくちゃんを救う会」が結成され、目標以上の募金が集まりました。そして今年の春、渡航移植が実現しました。手術は成功でした。
 しかしその直後、容態は急変。さくちゃんは帰らぬ人となりました。生まれてから1年余り。あまりにも短すぎる人生でした。
 さくちゃんの命を祈った皆さんが今、ゆうりちゃんに「命への祈り」をつないで下さったのです。

■ つながる「祈り」

 「さくちゃんを救う会」以外にも、同じように難病に苦しむ方々を救うための「会」が多くありました。
 全ての会をご紹介することはできませんが、その方々の「命への祈り」は、さくちゃんにつながり、ゆうりちゃんに受け継がれたのです。
 さくちゃんのご両親は、さくちゃんが亡くなったことを知ったとき、さくちゃんを「ドナーにしたい」と思ったそうです。
 「愛おしいさくらの一部分が他の誰かのもとで幸せに生き続けてくれたら、と強く感じたからです。」というご両親のメッセージに、私は涙が止まりませんでした。
 この提供は実現しませんでしたが、その「命への祈り」は、しっかりと生き続け、今も強くつながっていると思いました。
 
■ 「理由」

 私は今も、あちこちで募金活動を続けています。
 そんなとき、「なぜ、そんなに一所懸命なのか」と聞かれます。「同情か」とも冷やかされます。「知り合いなのか」「誰かに頼まれたのか」とも聞かれます。
 前回お伝えしたように、「同年代の子を持つ親です」という「理由」をつけますが、本当は、ただその幼い「命への祈り」があるだけです。
 もちろん「同情」と「祈り」は違います。「知り合い」でもありませんし、誰かに頼まれたこともありません。
 内心、それほど「理由」にこだわるという「理由」が分かりませんでした。

 しかし今は違います。私には多くの「理由」があります。
 私の呼び掛けに応えて下さった方々、広げて下さった方々のお気持ちに、お応えしなければなりません。
 「命への祈り」がつながっていくことを教えて頂いた、ゆうりちゃん、さくちゃん、そのご家族や支援者の皆様に「ご恩返し」をしなければなりません。
 ゆうりちゃんが、さくちゃんをはじめ、それ以前の、もっと多くの「命への祈り」を背負っているのですから、なおのことです。
 この「命への祈り」を、多くの皆さんに共有して頂ければ幸いです。
 どうか宜しくお願い致します。


【ゆうりちゃんを救う会HP】


http://saveyuuri.web.fc2.com/
 
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6歳の女の子に、心臓移植手術を受けさせてあげて下さい

2009年11月24日 | 叫び
 悠里ちゃんという女の子がいます。
 悠里ちゃんは、心臓に重い病気を持って生まれました。

 「1歳の誕生日は迎えられないだろう」

 お医者様は悠里ちゃんのご両親にそう告げたそうです。
 それでも悠里ちゃんは頑張りました。

 3歳のとき、その小さな心臓にペースメーカーを付け、今年の春には小学校に入学できました。

 しかし、もう心臓は限界に達していました。

 6月、悠里ちゃんは再び入院。
 10月には危篤状態に陥りました。

 悠里ちゃんが助かる方法はただ一つ。
 心臓移植手術を受けるしかありません。

 まだ、国内ではその手術はできません。
 渡米して手術を受けるしかないのです。
 もちろん保険も使えず、莫大な費用がかかります。

 必要なお金は1億4千万円。
 家族や親戚、友人など限られた人数では、とても集められる金額ではありません。

 悠里ちゃんの「命」のために、もっともっと多くの皆さんのご支援が必要です。

 時間がありません。
 どうか皆さんのお力をお貸しください。
 より多くの皆さんにお知らせして下さい。
  
 悠里ちゃんと同じ年頃の子を持つ親として、心からお願い致します。



【ゆうりちゃんを救う会HP】


http://saveyuuri.web.fc2.com/

【関連ニュース】

○KNB(北日本放送)ニュース:「悠里ちゃんに心臓の移植手術を」(動画あり)
http://www2.knb.ne.jp/news/20091124_22116.htm

○時事通信:「渡米移植の募金呼び掛け=拡張型心筋症の6歳女児-富山」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091124-00000117-jij-soci

○47news:「富山で心臓移植の募金呼び掛け 6歳女児、1億4千万円必要」
http://www.47news.jp/CN/200911/CN2009112401000511.html

【募金振込先】

○みずほ銀行 富山支店  (普通) 1937415 ユウリチヤンオスクウカイ
○富山第一銀行 北の森支店(普通) 203715 ユウリチヤンオスクウカイ
○北陸銀行 東富山出張所(普通) 5058830 ユウリチヤンヲスクウカイ
○北国銀行 富山東部支店(普通) 026397 ユウリチヤンヲスクウカイ
○富山信用金庫 本店営業部(普通)0505160 ユウリチヤンヲスクウカイ
○なのはな農業協同組合 水橋支店   0006899 ユウリチヤンヲスクウカイ
○ゆうちょ銀行 記号 13210 16171301 ユウリチャンヲスクウカイ

※みずほ銀行と富山第一銀行は、口座名が ユウリチヤンオスクウカイ となっております。
 オとヲが違います。

※ゆうちょ銀行は、口座名が ユウリチャンオスクウカイ となっております。
 チャンのヤが小さくなっています。
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民の責任において

2009年01月16日 | 叫び
民は幸せを願い
我も他(ひと)も
皆が幸せになるために
村をつくり
やがて国をつくった

民は古より
主(あるじ)なのだ

ところがどうだ

ある国の民は
自分たちの祖母に降り注いだ
爆弾への怒りを忘れ
自分たちの街を焼き尽くした
猛火の恐怖をも忘れ

誰かが焼き殺されるのを
あるいは指をくわえ
あるいは手を叩き
ただ見守っている

焼き殺されているのは
民ではないのか
焼き殺しているのも
民ではないのか

これが国をつくった民が
本当にさせたかったことなのか

私は民だ

ただ指をくわえ
ただ手を叩くだけの
民ではなく

民が主であるべき国に生きる
主たる民だ

私は民のため
皆の幸せのため
力の限り声をあげよう

この社会の主たる民の
強く、重い
その責任において
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「核も戦争もない未来」への誓い

2008年08月06日 | 叫び
 63回目の「原爆の日」を迎えました。
 今年も、平和記念式典での、こども代表平和への誓いが、私の胸を打ちました。
 これを読み上げてくれたのは、小学校6年生のお二人でした。

 原爆は、一瞬で多くの尊い命を奪っただけでなく、生き残った人々をも苦しめ続けました。
 ある人は突然病に倒れ、ある人は、あの日のことを「思い出したくない」と心を閉ざし、ある人は「わしは、生きとってもええんじゃろうか?」と苦しんできた、その姿を彼らは見聞きし、知っているのです。
 彼らはこう続けました。

「でも、生き抜いてくれた人たちがいてくれたからこそ、私たちまで命が続いています。
 平和な街を築き上げてくれたからこそ、私たちの命があるのです。
 今、私たちは、生き抜いてくれた人たちに『ありがとう』と心の底から言いたいです。」


 この言葉は、痛いほど私の心に響きました。
 私の祖父は、広島の原爆投下から3日後、長崎で被爆、即死しました。まだ28歳でした。
 爆心地から至近だったため、「生き抜く」ことはできませんでしたが、彼は娘を残しました。あの佐々木禎子さんと同じ年の娘でした。
 そしてその娘はやがて大人になり、結婚し、私を生んでくれたのです。
 私まで命が続いてくれたこと、そして私も数年前に父親となり、命を続けることができたことに、「ありがとう」と心の底から言いたいと思います。

 もちろん、私たちの生い立ちが特別だとは思いません。広島・長崎の原爆死没者名簿には約40万人が列せられます。その方々につながる皆さんは、何百万人にもなることでしょう。
 私は、その内のたった一人に過ぎません。

 しかし、同じ感謝の思いを抱く、広島の6年生のお二人は、こう語ってくれました。

「私たちは、原爆や戦争の事実に学びます。
 私たちは、次の世代の人たちに、ヒロシマの心を伝えます。
 そして、世界の人々に、平和のメッセージを伝えることを誓います。」

 
 小学校に通う子どもさんたちが、このように誓いを述べられました。
 大人である私が何もしないわけには参りません。
 彼らの凛とした言葉に、私は勇気付けられた思いがします。

 彼らの前に秋葉市長が読み上げた、平和宣言は、こう結ばれていました。

「被爆63周年の平和記念式典に当たり、私たちは原爆犠牲者の御霊(みたま)に心から哀悼の誠を捧(ささげ、長崎市と共に、また世界の市民と共に、核兵器廃絶のためあらん限りの力を尽し行動することをここに誓います。」

 私も、原爆犠牲者の子孫の一人として、そしてまた「世界の市民」の一人として、核兵器廃絶のためあらん限りの力を尽くし行動していきたいと思います。
 核も戦争もない未来を目ざして。
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勇気

2006年11月19日 | 叫び
【 勇気 】

彼女はたたかった

地位を投げ出し
沖縄の平和への願いを胸に
人々の平和への祈りを背に
沖縄を自分たちの手に取り戻すため
必死に訴えた

彼女は見過ごせなかった
美しい島に爆音が轟き
輝く海が踏みにじられることを

そして何より
悲しい過去が再び甦ろうとしていることを

だが金は強かった
人々は
食べていくため
養っていくため
平和や静寂よりも
爆音や恐怖を選ばされた

つくられた喘ぎの中で
爆音に耐え
恐怖に脅かされながらも
彼らは生きていかねばならなかった
そして振興を選んだ

ほかでは無条件の振興が
ここだけは
爆音や恐怖という
苦悩と引き換えだ

しかし人々は
本心から受け入れはしまい

何かが起きれば
真っ先に狙われることを

その何かを起こそうとするのが
自国の首魁であることを

誰があきらめても
彼女と
31万の人々は
決してあきらめまい

倣わねばならない
彼女たちの思いを

変えねばならない
喘ぎをつくり出す国を

喘ぎも 恐怖も 爆音も
つくられたものだ

壊すことも
つくり替えることも
不可能ではない

私は知っている
彼女の心の美しさ
その願いの強さを

私は讃えよう
彼女の勇気を

私は恐れない
彼女に勇気をもらったのだから

ためらいはしない
その勇気を受け継ぐことを
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「共謀罪」法案を止めなければ

2006年06月02日 | 叫び
 「共謀罪」法案が急展開を見せています。
 1日の夕方、与党が民主党が提出していた対案を「丸呑み」することを決め、民主党に採決を迫っています。
 一時は、「共謀罪」法案について与党が今国会成立を断念したとの報道に、胸を撫で下ろしていた自分を情けなく思います。

 民主党は、2日午後に行なわれる法務委員会で、質疑に対する政府答弁の内容によって、採決の可否を判断する、としていますが、もし自公の両与党に民主党が取り込まれてしまえば、あと2週間の国会日程の中で、成立してしまう危険性が極めて高くなります。

 民主党案の中身については、政府原案よりハードルは高くなっているものの、犯罪行為を取り締まるのではなく、「意思」を取り締まるという危険な核心部分は何も変わりません。

 加えて、一旦「共謀罪」を作ってしまえば、その後どんどん適用範囲を拡大する改定を行ない、結局は政府原案か、それ以上の法律に化けていくという危険性もあります。
 「共謀罪」法案と並び称される、「治安維持法」にしても1925年の公布以後、2度の「改悪」によって最終的な「史上最悪の法律」になったのです。

 さらに、「悪用」「乱用」の危険性についても同じです。
 「弾圧」というものは、「裁判で犯罪を立証すること」よりも、まず「検挙すること」に力点が置かれます。何でも良いから罪状をつくり、逮捕し、報道させ、社会的に抹殺する、という手法です。
 その検挙のきっかけづくりには「持って来い」なのが、犯罪行為がなくても検挙できるという「共謀罪」法案です。

 将来に禍根を残さないためにも、この法案を、何としても止めなければなりません。
 私も、民主党に、絶対に与党への同調をさせないよう、電話・メールなどを駆使して働きかけています。ぜひ多くの方々に声を上げて頂きたいと思います。
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封殺される被爆者の声

2006年03月22日 | 叫び
■ 「政治的発言」に自粛要請

 長崎市の外郭団体である「長崎平和推進協会」が、被爆体験の証言活動を行なう被爆者の皆さんに「政治的発言」の自粛を求めたことの波紋が広がっている、というニュースを目にしました。
 それによれば、騒動の発端は、この協会が作成した「より良い『被爆体験講話』を行なうために」と題した文書でした。そこには「意見が分かれる政治的問題についての発言は慎んでいただきたい」として、次の8項目がその具体例として挙げられていたそうです。

 ①天皇の戦争責任
 ②憲法(9条等)の改正
 ③イラクへの自衛隊派遣
 ④有事法制
 ⑤原子力発電
 ⑥歴史教育・靖国神社
 ⑦環境・人権など他領域の問題
 ⑧一般に不確定な内容の発言(劣化ウラン弾問題など)

 これでは、「被爆体験を語るのは構わないが、その体験をもとに現在や将来のことについては話すな。」と言うのと同じです。

■ なぜ被爆者の口を封じようとするのか

 人は、過去を背負って生きています。
 その過去を教訓として、より良い自分になろうとする中で成長しますし、より良い世の中を作ろうとするからこそ人類社会が発展するのです。
 過去を、ただの「昔ばなし」の中に封印し、何の教訓にもしようとしないなど、成長や発展を拒絶するに等しい愚行です。

 なぜ今、彼らの口を封じようとするのか、それは、「意見が分かれる政治的問題」だからなどではなく、再び「戦争国家」を作ろうとしている現代の権力にとって「都合の悪いこと」だからではないでしょうか。
 被爆や戦争を経験された方々の、平和を願う声は、その経験に裏打ちされた重みがあります。その「重み」を忌み嫌う人々がいるのでしょう。 

■ なぜ体験を語るのか

 被爆者の方々が、自らの体験を語るのは大変つらいことだと思います。
 忘れられるのであれば忘れてしまいたいような記憶を掘り起こし、必死の思いで語っておられることでしょう。
 なぜ、そうするのか、それは「二度と同じ思いをする人々を生み出したくないから」ではないでしょうか。
 このような被爆者の皆さんの口を封じようとする行為は、私は断じて許すことはできません。
 そして、このような言論封殺を繰り返しながら、「戦争国家」へ逆行しようとする動きも、絶対に許すことはできません。

■ 体験をもとに現代の政治に警鐘を

 私の祖父は61年前、長崎市上空に投下された原爆で爆死しています。
 爆心地のすぐ近くにいたため、遺骨も遺髪も残っていません。

 今も被爆体験の証言活動を続けておられる方々には、ぜひ私の祖父のように既に亡くなった人々の分まで、その被爆体験・戦争体験をもとに、いま何が起きようとしているのかをしっかりと見つめ、現代の政治に警鐘を鳴らして頂きたいと思います。
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イラクへ「行きたくない」という思い

2006年02月22日 | 叫び
■ 理由

今月初め、千葉県内で陸上自衛隊の自衛官が万引きをし、昨日21日付けで40日間の停職処分を受けたと報じられていました。
彼は、現在派遣されているイラク派遣部隊に欠員が生じたときのための予備隊員であり、万引きの理由についても「イラクに行きたくなかったから」と答えたそうです。
万引きは犯罪であり許されない行為ですが、犯行に及ぶまでの彼の気持ちを思うと、私は彼を責める気になれないのです。

■ 願い

この自衛官は38歳とのことですから、彼にも奥様・お子様がおられることでしょう。
1日3万円の手当、死んだら1億円の弔慰金と言われても、やはり「行かないでほしい」と願うでしょう。家族は金には換えられないものです。

自衛官の家族でつくる「全国自衛隊父兄会」という社団法人があります。
会の目的に「防衛意識の普及高揚」「防衛基盤の確立」などを掲げるような団体ですが、テロ特措法・イラク特措法の成立以来、この会の人々に変化が見られるようになったといいます。
例えば選挙の際、演説をしていた野党の議員のそばに、その地域の会の幹部だという自衛官のお父さんが歩み寄り、次のように言ったそうです。
「ぜひ頑張って下さい。私は、自衛隊は海外に出さないと言っていたからこそ息子が自衛隊に行くことを認めたのです。それを今、“インド洋に行け”“イラクに行け”というのは政府の約束違反です。何とか止めて下さい。」
自衛官であろうが、普通の市民であろうが、我が子を危険なところへ行かせたくないという親の願いは同じだと思いました。

■ 選択肢

それでも今回の自衛官は、自衛隊内で行なわれた、イラク派遣に関するアンケートで「行きたくない」と書くことはできませんでした。
このアンケートには「熱望する」「希望する」「命令であれば行く」という選択肢だけで、「行きたくない」が無かったのです。

■ 派遣反対の理由

私は、多くの理由から自衛隊のイラク派遣に反対してきましたが、最も緊急性の高い理由の一つに「派遣される(かもしれない)自衛官を守りたい」という思いがありました。
彼らも私たちと同じ国民です。日本国憲法が、主権者として定め、「平和のうちに生存する権利」を認めた人々です。
そうした彼らが、絶対に、殺し、殺されるようなことがあってはならない、と思うのです。
憲法違反のイラク特措法が無ければ、彼らは危険な地に派遣されることはありません。政府が撤退を決めれば、彼らは帰って来ることができるのです。
小泉首相は「自衛隊のいるところが非戦闘地域」などと無責任な言葉遊びに興じていましたが、実際につらく危険な目にあうのは自衛官の方々です。
小泉首相をはじめ、政府・与党の人々は一度でも、そうした自衛官の身になって考えたことがあるでしょうか。絶対に無い、と私は思います。もしあれば、あのようなアンケートで、全員に派遣を強要することなどできないはずです。

■ 守る

私は、よく自衛隊の違憲性を指摘し、批判しますが、個々の自衛官を、自衛官だからといって非難することは絶対にありません。
近年、自衛官の精神疾患、自殺、退職などが急増しています。
政府・与党と野党第一党が一体となって、日本を「戦争する国」にしようとしている今、最も悩んでおられるのは、自衛官の皆さんとそのご家族かもしれないと思います。
逆に、憲法9条を守り、自衛隊のありようを憲法に近づけることは、自衛官の生命と安全の確保につながると思います。

私たちの運動は、私たち自身を守るためだけに行なっているものではありません。
現役の自衛官の方々は難しいでしょうが、もしそのご家族や元自衛官の方々がいらっしゃいましたら、お分かり頂けるはずです。
ご自分のご家族や、かつての同僚、後輩の皆さんを守るためにも、私たちとともに声を上げて下さるようお願いしたいと思います。
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被害者を追い詰めた 政府・メディア・日本社会

2004年04月21日 | 叫び
 解放から数日が経ち、被害者の方々が帰宅されました。しかし、先にイラクで人質となった3名の方々は、打ちひしがれた様子が報じられていました。
 なぜ保護され、帰国したというのに、これほどのダメージを受けてしまったのでしょうか。医師は、事件での精神的ストレスと言っていましたが、事件そのものより、「その後」に原因があるのではないでしょうか。

 解放された時点では「活動を続けたい」と語るなど「気丈さ」がありました。「健康状態は比較的良好」とも伝えられていました。
ところが、ある方は深々と玄関前で頭を下げ、家族が助け起こそうとしても頭を上げようとはしませんでした。ご家族の話では玄関に入った途端に倒れ込み、ご家族ともほとんど話せない状態ということでした。

 保護された後、政府から責められ、警視庁で追及を受け、メディアに叩かれ続けてきた事実を知り、ご家族に向けられた誹謗・中傷・嫌がらせを耳にされたことでしょう。
 地元の空港では、「自業自得」「税金泥棒」と書かれたプラカードが、「日の丸」とともに掲げられていました。中には「日の丸」に直接、罵詈雑言が書かれたものもありました。
 被害者の方々のお気持ちを察すると、辛くて仕方ありません。

 診察した医師は、「このままでは引き篭もりになるかもしれない。いま孤立させてはいけない。」と語りました。
 「子ども達を助けたい。」「劣化ウラン弾の悲惨さを伝えたい。」「戦争の惨状を報道したい。」と国境を越え、危険なイラクへ向かうほどの方々を、そこまで精神的に追い詰めたのは、ほかでもない政府とメディアの「自己責任」論という悪質な個人攻撃と、それに増長した苛烈な「日本社会の陰湿さ」です。

 私はあらためて、彼らと、彼らの活動を擁護する声を挙げていきたいと思います。
 彼らを孤立させないように、そして彼らを励ましていくために。
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良かった。本当に良かった。

2004年04月15日 | 叫び
 イラクで人質となっていた、高遠さん、郡山さん、今井さんが解放されたニュースを聞き、本当に嬉しく思います。私はそれを聞いて涙が止まりませんでした。

 ご家族の皆さん、本当に良かったですね。
 思えば、一週間前に拘束されるまで、私は彼らも、彼らの活動も知りませんでした。
 なぜ、こんな感情が湧いて来るのか説明できませんが、本当に嬉しいです。
 今は、これしか言えません。

 「良かった。本当に良かった。おめでとう。無事でいてくれてありがとう」

 どうやら情報の次は、感情が交錯しています。申し訳ありません。
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