「『学体力』指導が成立しない環境」を憂える②
前回は学習の必要性が見えなくなったことによる「学体力」の欠如について考えました。学習の「必要性が見えにくくなったことによるモチベーションの低さ」を原因のひとつにあげました。
そして、それらを解決し、学習に対するモチベーションを高めるには、「学ぶおもしろさ」を獲得できるタイミングやシチュエーションを増やす方法がいちばん有効ではないか。そのためには、自らの周囲の学習対象(学習として取りあげられている対象・事象)に対する「環覚の養成」が「鍵」になることを、改めて提案しました。今回は『学体力養成』に関わる、もうひとつの大きな問題です。
「父性不在」
もうずいぶん前(2013年3月アップ)になりますが、「考えることができない3年生」というタイトルで、「子どもたちの『学体力』が養成されない(!)大きな原因」として、過保護の問題、特に「軟弱(!)な父性」について取りあげました。
「対社会的判断や行動力をともなう(?)成長」という意味では指導の中心にあるべき(と思います)「父性そのもの」が、近年の子育てを見ていると、さらに減退してきたようです。そもそも存在しているのか、そのたいせつさが家庭レベルできちんと確認されているのか、と思われる例があまりに多く見られるようになりました。
「その『軟弱さ』こそ、子どもをダメにする大きな原因ではないか」と思われます。「結果としての学力」もそうですが、「学力を養成(獲得)しなければならない子どもたちにとってのモチベーション」さえすり減らしてしまいかねない現状を考察します。
まず8年前の、「『軟弱パパ』による過保護」がもたらした「学体力不足」の例です。
塾開設当時、現在の立体授業のアイデア構築の前、団では「腕白大学」という課外授業を開催していました。「友人や恩師、保護者のお父さんらに、仕事内容の紹介やそれぞれの専門分野の興味深いテーマの指導をしてもらおう」という意図でした。それによって、父親たちのふだんとちがう一面を見ることができるし、子どもたちの自らの社会的義務や責任、さらに社会を見る目も少し変わってくれるだろう、という思いでした。
少し紹介すると、小料理店の板前さんにトラフグや伊勢エビのさばき方を指導してもらったり、ジャズミュージシャンに楽器演奏とリズムの指導をしてもらったり、ぼく自身がアナログカメラで写真撮影やカメラのしくみを指導(タイトル『古いカメラで光を読む・世界を見る』)したり・・・という、自賛になりますが、他では見られないおもしろい指導展開ができました。ちなみに、指導前・指導後の文字が入った写真は、子どもたちに撮影指導した前後を比較した団員三人の作品です。
子どもたちにいちばん人気があった授業が「君は名ドライバー」でした。
これは、自動車学校の指導教官をしていた友人に依頼し、動員してもらった教習所の指導員たちに、実際の運転コースで子どもたちが自動車で周回できるまで運転指導してもらうというものです。子どもたちのよい体験になるから、ぜひ全員参加してもらいたい取り組みのひとつ。そのときに遭遇した「異星人パパ(!)」との貴重なコンタクトです。
…自然体験や外遊びで子どもたちが手にする学びの量と学びの質の深化の程度は、おそらくみなさんが考えている予想をはるかに超えます。団の子どもたちの成長のようすを日々間近で見ていて、そう断言できます。
次は、脳科学者の小泉英明氏の過保護や溺愛についての論考です。
・・・保護者が『溺愛』『過保護』『過干渉』だと、子供にとって大事な脳神経回路を作る時期に、刺激が入るのを阻害してしまっている可能性があります。赤ちゃんが口の中に指を入れてしゃぶるのは自分で刺激を身体に与えて脳神経回路をつくろうとしている働きともいえます。赤ちゃんが自分の手で食べ物を口に入れようとしているのを見て、無理にスプーンで食べさせるのも神経科学的に見れば大切な手の働きの神経の発達に対する妨害ともいえます。足が冷たいからと必要以上にソックスをはかせ続けるのも足の裏や足指への刺激の遮断です。赤ちゃんはまず自分で手を伸ばして、食べるときも自分で触って、その感覚や距離感もわかり、次第に上手になり口の中に食べ物を入れられるようになっていく、こうしたことがすべて学習過程(脳の発達過程)です。やってみた刺激の結果で『正しいやり方』だということがわかる。その正しいものが、それから生活していくときに役に立つ『アルゴリズム(問題を解くやり方)』です。
(「脳は出会いで育つ」小泉英明著 青灯社から抜粋/文責は南淵)
「脳は体験と失敗から学ぶ」、ということです。その経験を経て工夫や創造をするという段階に進めるのでしょう。「体験をさせない」ということは、言いかえれば「能力開発の可能性を狭め、能力の発達を阻む」方向になるということがよくわかると思います。
さらに忘れてならないことは、ぼくたちの身体を支配している「廃用性萎縮」というしくみです。スポーツをやめたり、加齢で身体を動かさなくなったり、頭を使わなくなったりすると、その能力が衰えてくるのは、みんな経験済み(見聞済み)だと思います。「使わない器官は、徐々に衰える」のです。
「さまざまな体験をさせて、『振幅の大きい日々』から豊かな実りを手に入れる手助けをすることこそ親の役目」です。その体験が「環覚」を育て、子どもたちのさらなる学びや好奇心の礎となっていくはずです。
「『たいせつに』『苦労させずに』子どもたちを育てようという思い」の多くが、逆に「成長や能力の発達を阻害する方向にはたらくことになってしまう」ことに、もっと注意をはらうべきではないでしょうか。大事な子どもたちのことを思うのであれば、「苦労をさせない方向ではなく、さまざまに『小さい旅』や『冒険』をさせ、自ら考えさせ、やりとげる習慣をつけること」こそ、心がけておくべきことです。それが「学体力」の基礎になります。
これが、現在にも通じている、団の子どもたちを指導するポリシーです。ところが(以下前述ブログより。なお内容を一部改変しています)。
考えることができない小学三年生
過保護な発想が子どもの学力に大きな影響を与えた例を紹介しておきます。
数年前すばらしく潜在能力の高い子が腕白ゼミ(三年生のクラス)に入団してくれました。団は二月が新学期で、左の成績表は彼(A君)が小学4年生になる直前のものです。A君は入って2~3ヶ月、同じく三年生のB君は入団後約一年を経過しています。ごらんのように、一学年上の受験にもかかわらず、表記の点数を獲得し、年上の子たちを圧倒していた彼の潜在能力は相当高かったであろうことはすぐわかっていただけるでしょう。
しかし、数ヶ月間彼を指導して、将来の学習の進み方・学力の伸長までを考えると、致命的なウィークポイントがあることがわかりました。新しい単元や初めて習うことは、すぐお手上げになるのです。取り組む前にギブアップです。ヒントを与え、考えるよう誘導しても「自ら考えはじめようとしません」。教えてもらうのを待っているのです。典型的な指示待ち・他者依存型に育っています。「分からん!」「これ。どうすんの?」と小さい声を繰り返すばかりで、問題を読み、問題に入っていくことができません。
入団面接の時、看護師だったというお母さんが誇らしげに、お父さんは「超一流の私立一貫校(OS学院)を卒業した(!)医者(大学は云いません)」だと、話してくれました。それならば、教育環境や学習に対する理解はそれなりに整っているだろうとぼくは予想しました。団の指導方針もきちんと説明し、理解してもらえただろうと期待していました。
ところが入団後、すぐ首をかしげるようなできごとがありました。
予定の体験学習「君は名ドライバー」当日、彼が来ません。
欠席理由を尋ねると、電話口のお父さんの返事は「車の運転を覚えて勝手にひとりで運転したら困るから・・・」。
びっくり。発想がまったく逆です。子どもたちは「そんなことをしたらいけない、危ない」ということを覚えて帰るのです。
釣り竿や竹とんぼづくりで使う肥後守もそうですが、使ってみて、使い方や威力・怖さが分かれば、子どもたちは手出しをしません。使ってみて、「無闇に手を出してはいけない、遊び半分では危険だ」ということを覚えるのです。
「君は名ドライバー」は十年以上続けていた取り組みで、毎年、子どもたちはその気になれば、家にある車をひとりで運転できる知識を身につけて帰りました。参加した子の中には「やんちゃ坊主」も何人もいました。
しかし、帰ってから一人で運転をしたり、いたずらをした子は、ただの一人もいません。教習所のおじさんに教えてもらう交通ルール・車のスピード、実際にハンドルを通して自動車の「威力」がきちんとわかれば、隠れて自分で車を運転することなんかしません。それが「父性」の正しい視点です。
「石橋を叩いて壊す」パパ
参加を禁止したお父さんは、きっと外遊びや男の子らしい体験をあまりしないで育ってきた人なんだろう、と想像できました。小さいころ、自らもすぐ、「危険だからやめなさい」などと止められ、ママゴトかなんかで育ってきたのでしょう。
「危なくないように、失敗をしないように」と、いつもお母さんに付きまとわれ、「危ないこと(?!)」をしないように育てられてきた人なのでしょう。総べて「そこそこ」で、振幅も反復もない子ども時代、判断力が身につかなかった。そんな「おぼつかない」判断力で、生命のギリギリの判断を下さなければならない、他人の生命を預かる医師が務まるのでしょうか?
実際にたくさんの子どもたちを相手にして教える経験でもない限り、子育ての基準は個人の経験に頼るしかありません。しかし、そうであるからこそ、腕白体験や社会的経験が豊富であるお父さんの出番です。
ところが、最近のお父さんの多くは、「石橋を叩いて叩いて、ついには石橋を壊してしまって渡れなかったり」、「叩いたが、渡れるかどうかを判断できず、結局渡らせずに、自分が舟で送る」ような始末になっているような気がします。それは、どちらかといえば、お母さんやおばあちゃんの役目でしょう? そもそも豊富な経験と判断力があれば、木の橋でも丈夫なものがわかります。
よく「頭を切り換えて」といいますが、ぼくたちは生活と仕事を、それぞれ別の頭を用意してやっているわけではありません。発想のパターンや行動の指針は、どんなことをするときにも影響し合う関係になります。子どもたちも、遊びにしろ、体験学習にしろ、勉強にしろ、それぞれ別の頭を使ってやるわけではありません。逆に、それらの体験の数々が、彼らの判断能力や行動基準を養っていくのです。
必要以上に過保護にされ、ひとりで新しいことや経験のないことに立ち向かうことを知らない子たちは、難題に当たったときや難関に立ち向かう時、勇気を出して解決に向かう気概を、いつどこで身につけることができるのでしょうか。やがて彼が関わることになる「どんな問題」に対しても、その発想や姿勢は影響してくるはずです。その姿勢が学習にだけ影響しないというはずはありません。
「何事にも積極的にチャレンジしていく」という姿勢が身につかなければ、いつか大きな壁にぶつかる時期が来るでしょう。低学年の間は問題のシンプルさや本来の素質で乗り切れても、学年が進んでいくほど勉強はできなくなるはずです。「自学」できるようにはなりません。
みなさんの参考のために、団を退団し有名受験塾H学園に行ったA君と、3年生の時には相手にもならなかった団員B君の、その後の中学入試結果を、当時アップしたブログから紹介しておきます。
当然すぎる逆転劇
さて、指示待ちの彼のその後です。彼が全国的にも有名な中学受験塾「H学園」に入塾したという噂を聞きました。その頃、たまたま懇談で来られた同学年のB君(上記の二人の学コン成績表参照)のおとうさんと過保護の話題になったとき、「三年後の中学受験の時になれば、ふたりの学力の伸長のちがいがはっきりわかりますよ」と伝えました。
三年後、難関中学を受験してすべて不合格だったA君の進学先は私立中堅校S学園の標準コース。一方、三年前は彼のおよそ半分しか得点できなかったものの、団で指導を続けたB君は国立教育大附属天王寺中学(もう一校近県の教育大付属も合格)。やはり予想通りの結果で、それまでの過保護の児童のケースと同じです。
団では偏差値を子どもたちの学力の基準においてはいませんが、わかりやすく判断基準を提供するために偏差値を紹介すると、附属天王寺は65、S学園の標準は54です。その差11という大差です(平成23年度・I社偏差値)。A君の力をうまく伸ばせなかったのは誰の責任でしょうか。そして学力とは、指導力とは何でしょうか?
「父性」の役割を少し了解していただけたでしょうか。学体力の基盤を形作るお父さんの役目、視点や発想を変えなければ、それは「父性」ではなく、『負性』であり、『不性』に堕してしまうものだと思います。
次週はさらなる「父性の減退」がもたらした「不正」について考える予定です。