The Phantom of the Opera / Gaston Leroux

ガストン・ルルー原作「オペラ座の怪人」

パルドン祭り p82-83

2007年11月07日 | ルルー原作「オペラ座の怪人」

ブルターニュ地方はなかなかユニークな土地で、ケルト文化の影響を受けた独自の文化・言語を持っています。

 土地的にもイギリスに最も近く、海沿いという事もあって商用・漁業などでこの地に来イギリス人も多かったようです。
「ブルターニュ」というのも「小さなブリテン(イギリス)」という意味もあったような・・・。

そんなこんなでクリスティーヌが「妖精」を見る、というのも土地柄的なものもあったかもしれません。

ペロス・ギレックもブルターニュ地方にあります。
この「ペロス・ギレック」も独特の奇観を持つ海岸です。

 管理人はこのブルターニュ地方の描写がとても好きです。

 

ブルターニュが舞台のフランス映画「灯台守の恋」
「ペロス・ギレック」ではないのですが北国の・・・クリスティーヌの父親の郷愁を誘った海は見られます。音楽も素敵です。

http://www.elephant-picture.jp/todai/index2.html

 

 

そしてルルーがエリックの故郷のノルマンディーの有名な海岸「エトルタ」でなく、「ペロス・ギレック」を物語に挿入したのは、モーリス・ルブランのルパン・シリーズ『奇岩城』で「エトルタ」が効果的な使われ方をされていて、被ってしまうからなのでは・・・なんて思ったりもします。

 

 

 

 HPに自分なりにきちんとまとめて書く時にはもっと丁寧に書きたいです。


パルドン祭り   一年分の歌声

2007年11月07日 | ルルー原作「オペラ座の怪人」

その昔、ウプサラ近郊の小さな村に一人の農民が住んでいた。

彼は家族と一緒に暮らし、ふだんの日は畑を耕し、日曜日になると教会で賛美歌を歌っていた。

彼は自分ではそうと気づいてはいなかったが、偉大な音楽家だった。

 彼はもともと身体の不自由な妻が死ぬと、娘を連れて成功を夢見てウプサラに移り住んだ。だが、そこで待っていたのは失敗と貧困だった。

そこで彼は農村へ戻り、縁日から縁日へ渡り歩いた。

娘はいつも父のそばにいて、父の演奏にうっとりと聞きほれたり、ヴァイオリンにあわせて歌ったりした。

ある日、ヴァレリウス教授がこの父子を見出し、フランスに連れて行った。

だが、彼は故郷を懐かしむあまり体調を崩してしまった。

 パリではまったく外出せず、ヴァイオリンを相手に、いわば夢の中で暮らしていた。彼は何時間も娘とふたりきりで部屋に閉じこもり、ヴァイオリンをそっと鳴らし、それはそれは小さな声で歌った。

 彼が元気を取り戻すのは、夏、家族でペロス・ギレックへ休暇に今時だけだった。

彼はこの地方の海の色がすっかり気に入り、故郷の海と同じ色だと言って、よく海辺へヴァイオリンを持って行って哀調を帯びた調べを奏で、その調べを聴くために海が沈黙すると言った。

それから彼はヴァレリウス夫人に頼み込んで、ある思いつきを実行に移させてもらった。

ブルターニュ地方の<パルドン>の祭りや民族舞踊の集まりが開かれる頃になると、彼は昔のようにヴァイオリンを持って出かけ、一週間だけ娘をつれていってもいいという許可をもらった。 二人はどこに行っても大評判で、津々浦々をまわって一年分の美しい響きを聞かせ、夜は宿屋に泊まらず、スウェーデンで貧乏のどん底にいた頃のように、農家の納屋の藁の上で体を寄せ合って眠った。

 

 

 

パルドン祭り   フランス、ブルターニュ地方の祭り。この祭りの日には聖堂内の十字架や聖像などを捧げて戸外で行列が行なわれ、一年の赦しを願う。

 

 

 

SANCTUAIRE SAINTE-ANNE D'AURAY
http://www.sainteanne-sanctuaire.com/

 ↑ にアクセスすると本物の「パルドン祭り」の歌声が聴けます。

これはブルターニュ、オーレイにある聖アンヌ大聖堂のものです。(サン・タンヌ・ドーレイとも言う)
※ パルドン祭は何種類もあり、開催日もまちまちです。でも、この教会は足の不自由なアンヌ・ド・ブルターニュに関係する教会なので、身体の不自由なお母さんを持っていたこの父子が来た可能性も高いような気がします。

 

「PARDON」   ①赦し  ②ブルターニュのパルドン祭

(現代キリスト教辞典 大修館書店)