西洋で「サソリ」と言うと西洋占星術、キリスト教関係が浮かびます。
キリスト教で「七つの大罪」と言うものがあります。
1589年、ドイツのペーター・ビンスフェルド(Peter Binsfeld)は、罪と悪魔の関係を記した著作を著したが、その中で七つの大罪も特定の悪魔と関連付けました。
このような七つの大罪と悪魔との関連づけはキリスト教の本質的な部分と無関係だとされますが、通俗的なグリモワール(悪魔学)において引用されることになりました。
七つの大罪とそれに比肩する悪魔
悪魔 |
英語名 |
大罪 |
ルシファー |
Lucifer |
傲慢、高慢 |
レヴィアタン |
Leviathan |
嫉妬 |
サタン |
Satan |
憤怒 |
ペルフェゴール |
Belphegor |
怠惰 |
マモン |
Mammon |
貪欲、強欲 |
ベルゼブブ |
Beelzebub |
暴食、食欲 |
アスモデウス |
Asmodeus |
色欲 |
また、中世には悪魔でなくを動物の姿で表しているものも見られます。
これは中央に孔雀の羽を備えた悪魔を置き、傲慢は獅子、嫉妬は蛇、暴食は豚、色欲はサソリ、怠惰は熊、貪欲は狐、憤怒は一角獣の姿で現されことが多いようです。
エリックがクリスティーヌに肉欲を感じている事は原作を読めば一目瞭然です。
クリスティーヌの意思に関わりなく、「自分の欲望を遂げる=結婚する」の成就のための合図が「蠍」です。
その悪しき意思は「七つの大罪」として十分なのではないでしょうか?
「蠍・サソリ」の象徴する「色欲」を司るのは「アスモデウス」と言う悪魔です。
つまり「蠍」は「悪魔、アスモデウスに支配された願い、支配」を表わしているのではないでしょうか?
「悪しき・・・」と言うのは、もう愛されていないことを完全に十分に知っているのに、その敗北にまみれるかのような、自他を苦しめる選択だからです。自分も他人も愛していない状態に陥ってる。
「Pitiful creature of darkness」という感じでしょうか?
蠍を選んで結婚しても「敗北」を噛み締めるだけかもしれないし、拷問部屋での悪鬼のごとき醜い姿(精神的)を見られているので、その自分が天使のようなラウルに代わって愛されると思っているとはこの時点ではもう考えにくいのではないでしょうか?
アスモデウス(Asmodeus)はユダヤ教とキリスト教の悪魔のひとつ。旧約聖書外典のトビト記などに登場する。
※ 語源はゾロアスター教の悪魔アエーシュマ
※ ゾロアスター教はペルシャの宗教。「トビト記」はイラン・ペルシャ地帯の影響下にあると言われる。
・・・・余談・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・グリモワール(悪魔学)のアスモデウス・
悪魔学によると、彼は元が激怒と情欲の魔神のためか、キリスト教の七つの大罪では色欲を司る。悪魔になる前は智天使だったとされる。
姿かたちは牛・人・羊の頭とガチョウの足を持ち、手には軍旗と槍を持って地獄の竜に跨り、口から火を噴くという。 丁寧に応対すれば指輪やガチョウの肉をくれたり、幾何学や天文学などの秘術を教えてくれるといいます。
・智天使・
「ちてんし」と読みます。ヘブライ語でケルブ כרוב、複数形ケルビム כרובים)。
このケルブの起源をアッシリアの有翼人面獣身の守護者「クリーブ(kurību)」とする説があります。
アッシリアは、メソポタミア、つまりチグリス川とユーフラテス川の間の沖積平野であり、過去のペルシャの一部、現在のイラクにあたるようです。
そしてアッシリアの文化的偉業は、ペルシャ帝国に受け継がれていきました。
で、「有翼人面獣身」と『オペラの怪人』の関わりとは?
角川p383
「・・・彼は、マザンダラン(ペルシャ)の宮殿の壁面を飾る人頭獣身の雄牛の石の口に歌を歌わせたことさえあった・・・」
「彼は私(ダロガ)が、それまで一度も聴いた事のないような雷神のような声で歌った・・・(オペラ座地下で)」
「私達のまわりで雷鳴が轟き、稲妻が閃いた(オペラ座地下で)」
ケルビムは炎の柱・雷に関わりがあるらしいです。怒り鎮魂ミサ曲を歌う「雷神」のように歌う姿はやはり「ケルブ」「アスモデウス」を連想させます。
有翼人面獣身の守護者「クリーブ(kurību)」≒ケルブ(天使)≒アスモデウス
(悪魔)のように歌った
とも解釈できるように書かれているのです。
↓ 有翼人面獣身の守護者
ケルブ、複数形ケルビムと呼ばれる智天使は、神殿前に配置される守護者めいた像のことを表し、守護者あるいは守護神として同じような役割の存在は中東に広く見られる。
有翼人面獣身・・・足を見ると「牛」「獅子」だと分ります。
「蠍」=「色欲」=「アスモデウス」≒「智天使、ケルブ(声だけ)」≒「有翼人面獣身の守護者クリーブ」
つまり「蠍」は「悪魔、アスモデウス」を象徴しているのではないでしょうか?
翻って、クリスティーヌの意思に関わりなく利己的な欲望で結婚すると言うのも「蠍=悪魔アスモデウスの勝利(p412)・成就」であり、「飛蝗=復讐」と言うのもエリックにとっては結局悪魔的行為=地獄、永遠の闇に他なりません。
クリスティーヌはエリックが真人間になるための処方箋、薬じゃありません。
どれほど切なく、強烈な渇望でもやはりそれはクリスティーヌを無視した自己愛。
でもエリックにしてみれば誰かにキスさせてもらいたかった、愛されたかったと言う途轍もない妄執に縛られ、悲しみを抱いたまま死ぬ事になるのである意味極限状態かもしれませんね。
結局クリスティーヌがたった一人でラウルと観客を救うために「贖う者、犠牲者」になります。
クリスティーヌが 「THE IMITATION OF CHRIST イミタチオ・クリステ」(「キリストにならいて」トマス・ア・ケンピス著)を読んでいる描写からも、その行いというものに作者が意図したものも表れているかもしれません。(名前自体とその表現するものの一致、をあらわしていると言うか・・・)
(また「愛徳修道女会のシスター」のように・・・という表現からは、エリックへの「忠誠の誓い」の再現と言うのも感じられなくもないです)
その後の展開は原作で読めば分りますので割愛いたします。
管理人、どうしても映画・舞台の
「暗闇に住む哀れな生き物よ
あなたは どんな人生を見てきたの?
神様が私に勇気を下さったわ
だから 教えてあげましょう
貴方が一人ではないことを」
あたりのクリスティーヌの心の変化・動きがよく分りません。怒っているとともに憐れんでいるのか・・・。(訳に関してはもっと素晴らしい訳を載せているサイト様もあって参考にさせていただいてます)
原作だと「キスさせてもらえた」それだけで泣いているエリックに激しく同情した、と言う一連の流れがあるのでわかりやすいと言えば分りやすいのですが・・・。
しかもラウルを監禁していた事も問いたださず、赦してくれたし・・・。
なんだか上手くまとまんないなぁ。ごめんね。日記だからゆるしてくださいな。
※ ケルビムの四つの顔、四枚の翼を備えた智天使の姿は、特にバビロニアで発展した占星術概念とも結びつく。すなわち、それは黄道十二宮における四つの不動宮を象徴したテトラモルフの図象であって、事実伝統的に智天使が支配権を持つ天体領域は黄道十二宮である。
らしい(占いとか占星術は苦手)・・・結局占星術とも薄く結びつくらしいですね(^^)。
聖母子と智天使
(聖母子と奏楽天使) 1508-1510年頃
(Madonna col Banbino, due angeli e cherubini)
20×16cm | Oil on panel | フィレンツェ, ウフィツィ美術館
楽器を持ってるのがケルビム?上のちっちゃいのがケルビム?分りません・・・。両方?
プット(putti)は、子供の姿をした天使達です。
プットは宗教画に良く見られる裸の子供が翼を生やした姿をした天使達です。
本来は智天使ケルビム( Cherubim )でしたが、最近ではクリスマスカードに見られる丸々とした赤ちゃん天使が銀のトランペットを持った姿になっています。
宗教画等に描かれる時には、プット単体ではなく何人かのプットが美女を中心にして描かれる事が多いようです。
プットは似た姿を持つキューピッド( Cupid )と間違われますが、そちらはギリシャ神話のエロスを元にしているとされています