The Phantom of the Opera / Gaston Leroux

ガストン・ルルー原作「オペラ座の怪人」

  夜を行く    scarlet様より

2007年05月06日 | 「オペラ座の怪人」








夜の旅に出よう

終わらない空を駆けて
星で綴った歌を奏でて

月の横で眠ろう

そして僕だけの夢を見る


―――もう暗闇を恐ろしいとは思わないから










<<夜を行く>>










ある夜。


ガサ…ッ…

淡い月明かりの下、背の高い木から一つの影が舞い降りた。

小さく、頼りないほどか細い影。
しかしそれは儚く美しくもある。


影に向けて、犬の鳴き声が響いた。
だがそれはけして警戒では無い。


過敏になっている影は素早く振り返る。



―――仮面。




山羊革のそれは、影にもう一つの翳を落として。

影はアンティークのような指を口元にあてた。



「しっ、吠えないで、サシャ。ママが起きちゃうよ。」


毛足と足の長さが反比例したその犬は、聴いているのかいないのか、嬉しそうにエリックの足下へ寄って来る。
エリックはいつものように一通り毛並みを整えてやると、思いついたように話しかけた。


「そうだ……サシャも一緒に“お出掛け”するかい?」


尋ねられたサシャは、とぼけたような表情で小刻みに息を吐いている。


「これから僕は“お出掛け”するんだ。ママは良いけど僕だけ駄目なんて不公平だろ?サシャも最近散歩させてもらってないし、行こうよ。」


そしてサシャを繋ぐ縄を器用に解いて歩き出したエリックに、サシャは躊躇いもなく従って家を出た。







眠っている村。
灯りも何も無い道。

一人と一匹を導くのは、空で輝く明かりだけ。



「……こんなに空って広かったんだ。」



ふと漏れたエリックの呟きは、静かに夜の星空へと吸い込まれていく。

いつも見ていたのは小さな窓からのぞく、切り取られた空。
カーテンでさえ、あの人の機嫌如何で開けさせてはもらえなかった。



「ねぇサシャ。お前はこの広い空の下で、いつも走り回っているの?」


そう言って一歩後を歩くサシャに問いかけてみれば、きょとんと首を傾けるという答が返ってきた。

それでもエリックは構わない。
あの人の拒絶の返答よりは、余程。



しばらく歩くと、先の尖った屋根が見えてきた。
近づくにつれ、ロマネスク様式の美しい佇まいが姿を現す。



「教会だ、サシャ。教会だよ。」


仮面に隠されて表情は分からない。
けれど彼が纏う空気が一気に華やいだことくらいは、サシャにも分かった。

足を運ぶ速度を早めたエリックを、サシャは追うようにして駆け出した。






窓から射し込む月明かり。
陰を帯びる神聖な石彫り。
柔らかに反射するステンドグラス。



―――夜は全てを美しくさせる。



感受性を全面に押し出し、全ての神経と感覚器を研ぎ澄ましたエリックは、もう美の探求者のそれだった。
おそらくサシャの姿も、今自分が言いつけを破って危険を犯しているということさえも、彼の意識には無くなっているのだろう。

しばらく取り憑かれたように徘徊するエリックの後をついて回っていたサシャは、彼がオルガンに繋がる階段を登り始めると、諦めたようにその下に座り込んだ。


エリックは吹い寄せられるようにパイプオルガンに近づく。
神父が鍵をかけ忘れたのか、蓋は易々と開いた。



la……



片手でそっと鍵盤に触れ、一つ音を出してみる。
小さく鳴ったそれは、何重にもなって教会に響き、微かなピアニッシモを残した。



la……la…fa…si……



躊躇いがちに奏でられた単音。
それは小さなさざ波を生み、そしてエリックは身を震わせる。


導かれるように残った片手が鍵盤に差し出されると、増えた音は重なり合い豊かに響きだした。


止まらない、止められない。


エリックは歓喜に戦慄いた。


込み上げる衝動。
そして、恍惚。



奏でられる憐れみの賛歌。


Kyrie eleison……



繰り返される祈りは途方もなく、遠い。


彼が紡ぐ音楽は、限りなく神ではないものの為にあった。





一度陰った月の光が再び射し込む。


月光を浴びて音楽に没頭した少年の姿は、神秘にして恐怖だった。


そして白と黒の鍵盤が照らし出された時、エリックはそれに気がついた。



―――化け物。





恐怖に目を見開いたエリックは、危険から身を引くためにオルガンの椅子を突き飛ばした。

無造作に響いた物音に、サシャが警戒したように立ち上がる。



「…っ…はっ……はぁ…っ……」



触れた床が冷たい。
舌が乾き、汗が吹き出していた。



パイプオルガンには普通、小さな鏡が取り付けられている。
エリックの身長では今は届かないが、脚鍵盤を映して操作するためのものだ。

……どうやら旋律に夢中になる内に、もどかしい仮面を剥ぎ取っていたらしい。

月明かりに照らされた自分の顔は、この世の何よりも醜悪で―――




頬にざらりとしたものが触れ、エリックはびくりと肩を震わせた。
横を見ると、サシャが窪んだ瞳から滴った涙を優しく舐めてくれていた。



「サシャ……、帰ろう。」



立ち上がるエリックにサシャはくわえた仮面を差し出す。
そして彼らは神聖な音楽堂を後にした。






「ねぇ、サシャ。」



闇に包まれた道。



「いつか二人で旅をしようよ。」



灯りも無く。
ランプも無く。



「ギゾ先生が言ってたんだ。あの教会よりももっと美しいものが、世界にはきっとたくさんある。」



月明かりだけを頼りに。



「僕は、全部、欲しいんだ……」





静かに彼らを包む、夜の帳。

音もなくついてくる、真白な月。



サシャはけして返事はしない。

……それでいい。



拒絶でさえなければ、それで。





朝は希望と共にやって来るけど。



―――今日も、僕は夜を行く。













贈り物

2007年05月06日 | 「オペラ座の怪人」
サイト一周年という事で素晴らしいスーザン・ケイ版を基にした短編を頂いてしまいました。

作者はscarlet様です。


なんと言ったらいいんでしょうか?私の描いた絵をイメージしていただいたとのことですが、描写された美しい情景、少年エリックの悲しみ、美への身を切られるような憧憬と言い、サシャとの会話といい素晴らしいです。ため息。


本当に、本当にありがとうございます。こんな素敵な短編を読んだら、ルルーもケイ女史も喜ばれるでしょう。


皆様にも読んでいただきたいのですぐにUPしますね。



イメージしていただいた絵も載せてみました。
scarlet様の作品に比べると恥ずかしいです゜・゜(ノД`)゜・゜

お誕生日おめでとう♪

2007年05月06日 | ルルー原作「オペラ座の怪人」

 

って言葉だけですが。

誰の誕生日って「オペラ座の怪人」の作者のガストン・ルルー氏のですよ。

 

 「原作絵のリクエスト受付中♪」と掲示しても全然リクエストがないのですが一応募集中・・・。 もの凄くお待たせするかと思いますが、もしございましたら「拍手・メルフォ」からどうぞ。 と一応HPに載せてみました。

まだ舞台リクも終わっていないのに。汗(^^; 自分としては描こうとは思わなかった場面をリクエストで挑戦するのも楽しい事なのです。

・・・がないだろうなぁ、原作絵だし、私の絵柄じゃ。