社長つれづれ日記

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生きるということ

2006年01月18日 | 経営研究会
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*この日記は日々の行動を小説風に書き留めたものです。


平成18年1月18日(水曜)晴れ、東京出張中

 村尾靖子が少し語調の強い、そして、訴えるような声で、蜂谷彌三郎のクラウディアに宛てた手紙を朗読する。

 つづいて、その蜂谷に返したクラウディアの手紙が朗読される。

 そして、蜂谷彌三郎本人が、「極限状態の中で人はどこまで戦えるのか」というテーマで、 終戦後、スパイ容疑という いわれ無き罪で50年以上もソ連に抑留され、強制労働と、寒さと、極限の栄養失調で生死をさまよい、その最悪の環境の中にあっても日本人としてのプライドを捨てなかった、蜂谷自身の人生を語った。

 蜂谷はソ連抑留中、一人の女性、クラウディアと知り合い、一緒に生活する。そして、このクラウディアから励まされ、生きる勇気を与えられる。

 ソ連での生活が50年以上たった時、出征する時に結婚していた日本人の妻、久子の消息が確認される。

 「他人の不幸の上に、私だけの幸福を築きあげることはできません。」

 そう言って、クラウディアは蜂谷を日本に送り帰す。先の手紙のやりとりは、日本に蜂谷を返した後、十年以上時間が経過しての、互いを思い合う手紙である。現在の蜂谷は85歳をこえる年齢になっている。

 栄一は涙が止まらない。そして、会場の中でも、目を熱くする参加者が多くいる。

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 昨日に引き続き、1000人を超える経営者が学んでいる。ほとんど退席者無く、真剣なまなざしの経営者たちが、ここにいる。

 学びはさらに三日目へと続く

つづく

*村尾靖子 ノンフィクション作家

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