わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

ノルウェーを襲った連続テロ事件「ウトヤ島、7月22日」

2019-03-10 17:57:15 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

 2011年7月22日、治安が安定し、北欧の福祉国家として知られるノルウェー王国が、悪夢のような惨劇に見舞われた。午後3時17分、首都オスロの政府庁舎前で、駐車中の不審なワゴン車に積み込まれていた爆弾が爆発。凄まじい威力で周囲のビルのオフィスや店舗を破壊、8人が死亡した。更に午後5時過ぎ、オスロから40キロ離れたウトヤ島で銃乱射事件が発生。この第二のテロでは、ノルウェー労働党青年部のサマーキャンプに参加していた十代の若者など69人が殺害された。この後者のウトヤ島事件を題材にした作品が、エリック・ポッペ監督の「ウトヤ島、7月22日」(3月8日公開)です。事件発生から終息に要した同じ尺、つまりリアルタイムの72分間をワンカットで撮るという試みに挑み、プラス導入部&事件後の始末を加えたリアルな作品に仕上げた。ポッペ監督は、ヒリヒリするようなサスペンス・タッチで、犯人の姿を見せずに逃げ惑う若者たちの姿を追っていきます。
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 2011年7月22日、午後5時過ぎのウトヤ島。ここでは、恒例行事であるノルウェー労働党青年部のサマーキャンプが催されていた。参加した大勢の若者たちは、キャンプを楽しんでいた。だが、オスロ中心部の爆破事件の知らせが届き、かすかな動揺が広がる。そんななかで、誰かが「バーベキューはまだかな」とつぶやいた直後、遠くから何かが爆発したような音が聞こえてくる。すると、爆発があった方角から、数人の若者が猛然と走って来る。「逃げろ!」―少女カヤ(アンドレア・バーンツェン)は、慌てて仲間たちと建物に避難するが、誰ひとりとして事態を把握できていない。絶え間なく鳴り響く音は銃声のようであり、少しずつカヤたちがいる建物のほうに迫りつつある。「こっちに来る!」―その場に居合わせた全員が外に飛び出し、カヤは数人の仲間と森に逃げ込み、木陰に身を隠す。やがて、仲間は水辺に向かって走り出すが、カヤは妹エミリアを捜すためキャンプに戻る。だが、妹の姿はない。最初の銃声から30分近く経っているのに、警察が助けにやって来る気配はない。銃声と悲鳴が飛び交う悪夢のような極限状態のもと、カヤも水辺に追い詰められていく…。
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 ノルウェーでは政党ごとに青年部があり、夏になると若者たちを集めてサマーキャンプを開催する習慣があるという。彼らを襲った犯人は、当時32歳のノルウェー人、アンネシュ・ベーリング・ブレイビク。排他的な極右思想の持ち主で、積極的に移民を受け入れていた政府の方針に強い反感を抱き、用意周到に準備を整えた上で、おぞましい連続テロ計画を実行。これはノルウェーにおける戦後最大の大惨事となったが、日本での報道は限定的なものになった。キャンプでは政治に関心ある若者が集い、政治を学び、国の将来について語り合うそうだ。ブレイビクは、これに狙いを定め、オスロで爆破を実行したのちに車で移動し、警官に成りすましてボートで島に上陸。罪のない少年少女を、ライフルと小銃で手当たり次第に撃ちまくった。現地からの度重なる救助要請の通報にもかかわらず、警察の初動ミスに通信トラブルが重なったために、ブレイビクの冷酷な犯行は、実に72分間にも及んだ。映画では犯人はほとんど画面に映らず、「ドーン! ドーン!」という銃声だけが聞こえる。
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 絶え間ない銃声の轟き、若者たちの叫びと逃走…。カメラは少女カヤに寄り添って、彼女をはじめ若者たちが、極限の恐怖のなかでいかに行動していったかをワンテイクで、実際の生存者の証言に基づいて描き出す。若者たちは、絶望的な状況のなか携帯で警察や親に連絡を取り、互いに助け合って懸命に生きようとする。センチメンタルなドラマや音楽などの装飾を排除して、登場人物の心の葛藤と身体的な反応を生々しく伝えるのだ。エリック・ポッペ監督は言う―「若者たちは、突然襲ってきた圧倒的なほどの恐怖に、どう立ち向かったのか。絶望的な状況から、どうやって逃げ出そうとしたのか。これらを、目撃者の証言をもとに描いている。それは、われわれの理解を超えた底知れない暗闇のなかで、ひと筋の光を探すようなものだ。そんな状況下でも、若者たちは助け合い、ひとりひとりが持つ最大限の思いやりや、前向きな姿勢で乗り切ろうとする。これが、私が描きたかった大切な要素だ」と。
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 エリック・ポッペ監督はオスロ出身。ノルウェーの新聞社や通信社のカメラマンとしてキャリアをスタート。スウェーデン・ストックホルムの映画・ラジオ・TV・演劇大学で撮影を学んだ。そして、映画界に進出。代表作に「ヒトラーに屈しなかった国王」(16)がある。本作について、同監督は語る―「ヨーロッパではいま、外国人への嫌悪や他者に対する懐疑心、テロリズムへの恐怖が膨れ上がっている。われわれ、ひとりひとりが、この状況にどのように対処していくのかを考えることが大切なのだ。そして、それには一本芯の通った広い心を持つこと、仲間を信頼すること、そして共通の未来へ希望を抱くことが必要なのではないだろうか」と。そうしたテーマを、ワンカットのカメラで、ひとりの少女を追い続けながら映像に定着させた手法がユニークだ。いま北欧では、移民や亡命者への差別、他国の内乱がもたらす影響などを主題にした映画や小説などが目立つ。そんな現実に起こりつつある葛藤や矛盾を取り上げた作品が出てくること自体が素晴らしいと思います。(★★★★)



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