わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

貴重なエルジェ再発見ドキュメンタリー「タンタンと私」

2012-02-11 19:07:34 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Photo ベルギーのコミック作家エルジェ(本名ジョルジュ・レミ 1907~1983)の作品「タンタンの冒険」シリーズは、いまだに世界中の人々から愛されています。デンマークのドキュメンタリー監督、アンダース・オステルガルドが03年に発表したエルジェの伝記映画「タンタンと私」(2月4日公開)が、いま日本で上映されている。1971年、あるフランス人学生がエルジェにインタビューを申し込んだ。だが、インタビューを記録したカセットテープは、30年の間、人目につかない場所に保管されてきた。オステルガルドは、エルジェ財団からそのテープを借り受け、聞き取りにくい肉声をもとに映画化に乗り出したという。
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 第2次世界大戦中、ドイツ軍占領下でも仕事を続けたエルジェには、ナチスの協力者という批判がつきまとったとか。またカトリック信者の彼は、妻以外の女性と恋におち、激しい罪悪感で苦しんだそうです。タンタン・シリーズが、子供向けコミックにとどまらず、20世紀の苦悶の歴史の年代記になっているのも、そうしたエルジェの体験が元になっているようだ。映画では、内気そうなエルジェが淡々と物語るくだりが興味深い。音源はあっても映像がない1971年の会話を、クレヨン画で表現する手法もユニーク。また、彼が影響を受けたといわれる中国人留学生チャン・チョン・チェンとの再会シーンも感動的です。
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 先ごろ公開されたスティーブン・スピルバーグの「タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密」は、タンタン・シリーズのうち「なぞのユニコーン号」「レッド・ラッカムの宝」などを元に映画化されたものだ。でも、何といってもエルジェのコミック版のほうが、より映画的で面白い。不正や悪に対するタンタンの容赦ない行動力。目的を果たすため、少年記者タンタンは、愛犬スノーウィやハドック船長らとチベットやインカ帝国まで世界中を飛び回り、あげくに海底や月世界まで駆け巡る。こうしたスケールの大きさと同時に、コマ割りコミックの詳細な動きと、細かなカット割りは、むしろ映画以上の素晴らしさです。
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「タンタンと私」には、エルジェのポートレートを製作したカリスマ的ポップアーティスト、アンディ・ウォーホルらも登場。だが何といっても、エルジェのキャラクターの掘り下げが注目に値する。彼は非常に控えめで内気な人物で、エネルギッシュなアーティストというより事務員のような人だったそうです。上品で頭もよくて、ハンサム。1958年には、精神療法を受けながらも「タンタン チベットをゆく」を完成させた。本作では、映像資料が少ない中で、こうした彼の性格が浮きぼりにされる。会話が多く、やや不明な点も散見されるけれど、貴重なエルジェ再発見といっていいでしょう。五つ星採点で★★★★。


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