わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

NY在住アーティスト夫妻の破天荒な愛と闘いの記録「キューティー&ボクサー」

2013-12-19 18:44:30 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img041 篠原有司男は、ボクシング・ペインティングで知られる現代芸術家です。通称ギュウチャン。1960年代、前衛的パフォーマンスやジャンク・アートのグループの一員として注目を集め、日本で初めてモヒカン刈りにして反骨精神を現す。1969年に渡米、以後ニューヨークに在住し、独特のアクション・アートを展開。1972年に、美術を学びにニューヨークにやって来た21歳年下の乃り子と出会って結婚した。この夫婦の40年間にわたる波乱に満ちた結婚生活をありのままに写しとったアメリカ映画が「キューティー&ボクサー」(12月21日公開)です。監督・撮影・プロデュースを手がけたのは、ブルックリンを拠点にするドキュメンタリー専門のザッカリー・ハインザーリングで、彼の長編デビュー作となる。
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 80歳を超えた有司男は、自分が創り出した絵画と彫刻を旺盛に探求し続け、自作を確立させ、売れるチャンスをつかもうと創作活動に励む日々を送っている。一方、乃り子は、結婚を機会に学業の道を捨て、妻・母であり、ときにアシスタントであることに甘んじてきた。だが、息子も成長したいま、ついに自分を表現する方法を見つける。それは、夫婦のカオスに満ちた40年の歴史を、自らの分身であるヒロイン“キューティー”に託してドローイングでつづること。女性のパワーが奔放に噴出する、この“キューティー”シリーズは、これまでの二人の生活を皮肉に描き出し、それは現実の有司男への対抗勢力ともなる。かくして、夫婦による二人展が企画され、映画は彼らの創作の現場と日常を追う。
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 ハインザーリング監督は、この異色アーティスト夫妻の愛と闘いの日々を冷静に見据えていく。お金の問題、アルコール依存症で喧嘩っ早い夫、息子の成長、ニューヨークに於ける切迫した生活。40年間に及ぶ愛と忍従と闘いの日々。だが、その裏には笑いとユーモアが隠れ潜み、底抜けに明るく、楽観的な営みが提示されていて快い。乃り子が展覧会場の壁に描いていくアニメーション“キューティー”シリーズが面白い。夫婦のこれまでの人生を皮肉り、自らをキューティーに仮託して、ファンタジーとして己の鬱屈と怒りをはじき出す。それは、夫のボクサー絵画と対峙する存在ともなる。乃り子は言う。「苦しい過去があったからこそ、互いを高めていけたんだろうね。後悔はしていない」と。
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「二人が抱える葛藤は、きわめてパーソナルであり、なおかつ普遍的なもの。キャリアへの失望、男女の役割、結婚、老いること、これらはすべて共感できるものだ」とハインザーリング監督は語る。そして、いつしか映画は、ドキュメンタリーの形を乗り越えて、ニューヨーク在住アーティスト夫妻のドラマへと変貌していく。一見、奇矯に思える彼らの行動と攻防。だが、そこに潜む、未来を客観的に見据える姿が、見ていて羨ましくなるほどだ。若い頃のギラギラの闘いが、いつしか年を経て自己を露わにしていく表現に変わる過程が印象的だ。29歳のハインザーリング監督は、篠原夫妻に魅了され、4年間彼らに密着、サンダンス映画祭でドキュメンタリー部門監督賞を受賞した。(★★★★+★半分)


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