荻上直子監督は、日本映画界の中でもユニークな存在です。1994年に渡米、南カリフォルニア大学大学院映画学科で学ぶ。2000年に帰国、デビュー作「バーバー吉野」(03年)以来、「かもめ食堂」(06年)、「めがね」(07年)、「トイレット」(10年)などの異色作を発表。具体的なテーマを土台に、緻密な日常描写で人間の営みを描いてきた。その荻上監督(兼脚本)の最新作が「レンタネコ」(5月12日公開)です。タイトルの意味は、“ネコ”を“レンタル”すること。ヒロインがリヤカーに猫を乗せて、「レンタ~ネコ、ネコ、ネコ、寂しいヒトに、猫、貸します」と拡声器で呼びかけながら川べりを行くシーンが傑作です。
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都会の一隅にある平屋の日本家屋。ここに沢山の猫と住んでいるサヨコ(市川実日子)は、亡き祖母の仏壇を守りつつ、謎の隣人(小林克也)にからかわれながら、心の寂しい人に猫を貸し出すレンタネコ屋を営んでいる。彼女から条件付きで猫を借りるのは、年齢も境遇も異なる人々。夫と愛猫に先立たれた老婦人・吉岡さん(草村礼子)、単身赴任中で家族から疎外されている中年男・吉田(光石研)、自分の存在意義に疑問を抱くレンタカー屋の受付嬢・吉川(山田真歩)、サヨコとワケありで、ある組織に追われる男・吉沢(田中圭)。そして、サヨコ自身の変わらぬ目標は「今年こそは、結婚するぞ~」ということです。
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なによりも“レンタネコ”というアイデアがバツグンだ。監督自らが“言葉に表せないくらい”の猫好きだそう。サヨコを演じる市川実日子のトボケ・キャラが愉快だし、彼女の家に住む17匹の猫たちもユニーク。サヨコの相棒的存在である歌丸師匠、老描のモモコ、子猫のマミコちゃんetc.…。この猫たちが、伸びやかな演技(!?)を披露。ときには堂々たるたたずまいで、また愛くるしく個性的な表情を見せます。カメラは、いかにも日本的な、懐かしい風景を映し出す。夏の風情を感じさせる風鈴や風車、庭やプランターに植えられた花々や野菜、悪戯っ子の声が絶えない河原の土手…、繊細な日常描写がみごとです。
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寂しい人間って、いっぱい居るんだな。まずは、人と猫との出会いを手伝うサヨコ自身が、一人住まいの結婚願望。どこか正体不明で、時にはパソコンに向かう株屋に、時には占い師などの陰の貌がユーモラスな幻想場面として挿入されます。また、息子が幼いころ好きだったゼリーを食べながら身の上話をする吉岡さん。わびしい中年男・吉田は、猫を貰い受けて実家に帰れば邪険にされる。受付嬢・吉川は「自分はCランクだ」と絶望的。サヨコと中学生時代に同級生だったという吉沢は、警察に追われる始末。ネコをレンタルしようとする登場人物すべての苗字に“吉”の字がついているのも、どこかオカシイ。
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ドラマは、過去のフラッシュバックをさりげなく織り込みながら、オムニバス風に淡々と進行していきます。そして、全編に漂うホンワカ、ノンビリした雰囲気に、見ているほうも思わず癒されてしまいます。エンディング音楽は、渡辺マリが歌ってヒットした昭和のリズム歌謡「東京ドドンパ娘」。更に、「くるねこ」のブログ掲載漫画で話題になった、くるねこ大和が書き下ろしたイラストがエンディングに登場し、余韻を残す。「自分自身、寂しいときに猫が傍にいてくれて救われたことが何度もあったので、猫を貸してくれる人がいたらいいのにと思ったことがありました」と荻上監督は語っています。(★★★★+★半分)