飯田哲也 [環境エネルギー政策研究所所長] 【第1回】 2011年6月2日ダイヤモンド社
東京電力・福島第一原子力発電所の事故は、私たちに様々な問題を提起した。夏場の電力不足への対応という短期的課題だけでなく、原発存続の是非や、電力の供給体制のあり方といった中長期的な政策に及ぶ議論が一気に噴出している。環境エネルギー政策の第一人者として知られる飯田哲也・環境エネルギー政策研究所所長が、問題の本質をひもとき、合理的な解決策を探求する。連載第1回はその総論を提示する。
遅れる事故対応と情報開示に
G8では世界の見方も冷ややか
3.11東日本大震災から約3ヵ月が経つ。損傷した東京電力・福島第一原子力発電所の復旧作業は依然続いているものの、安定化のメドは未だ立たない。
世界の見方も厳しさを増している。
G8サミットで異例の冒頭発言の機会を得た菅直人首相だが、「原発事故の現況や情報開示」の意見表明には具体性がなく、「2020年代に自然エネルギー電力20%」というメッセージも冷ややかに受け止められた。それどころか、事故調査に訪れているIAEA(国際原子力機関)から、事故対応の責任の所在が官邸・政府・東電の間で混乱している、と指摘され、日本の対応能力に疑いの眼差しが向けられている状況だ。
3.11以前に掲げられていた「2030年までに発電量の50%を原子力発電でまかなう」という、昨年策定されたエネルギー基本計画は、ほとんど根拠もない妄想的な計画であり、白紙として見直しが始まったことは当然であろう。
私はこの際、エネルギーの軸足を原発から自然エネルギーに移す、大胆な“エネルギーシフト”を目指すべきと考える。その要諦は大きく二つ、「自然エネルギーの飛躍的な拡大」と、無理のない「省エネルギー・節電の深化」だ。
今回を初回とする連載で各論に踏み込んでいく。第1回は、そもそもエネルギーシフトを目指すべき背景を明らかにしたい。
今夏の電力は足りる!
腰を据えたエネルギー計画を
最初に、今夏の電力需給について言えば、関東圏の供給力や過去の需要量を検証する限り、電力不足は回避できる。つまり、目先の対策に振り回される必要はない。10年、いや50年の計で、エネルギー計画を考えるべきだ。
まず、エネルギー計画の大前提は「原発がどうなるか」である。
福島第一の事故があった以上、安全審査・安全基準はいったん無効の状況と言える。損害賠償の枠組みも、原子炉1基あたり1200億円、しかも天災の場合は免責になる点を考えれば、いわゆる“保険”の意味をなさない。
今の原発はいわば、自動車を無車検・無保険運行しているようなものだ。「陸運局」すら存在しない状態である。早急に、安全基準や規制、それを取り巻く組織と人を総入れ替えしなくては、原発の安全性は担保できない。
特に安全基準については、基準をつくる人と体制も抜本的に見直して、その新体制・新基準のもとで、初めて原子力施設の審査ができるようになる。保安院も安全委員も「原発は安全だ」という思い込みがあるうえ、そもそも専門性に乏しい。仲間同士で緊張感もなく馴れ合ったまま、チェック機能のまったく働かないデタラメな安全審査体制だったことが、誰の目にも明らかとなった。
損害賠償の枠組みも、抜本的な見直しが必要だ。50年前に法が定められて以来、今日まで利用されることがまったく「想定外」の、「ホコリを被った竹光」に過ぎなかった。
今後は、具体的な適用指針を定めることはもちろん、特にいざという時に国民に迷惑をかけることがないよう、原則として天災等の免責のない、青天井の損害賠償保険に入ることを義務づけるべきだ。これは、地震保険と同じ仕組み(カタストロフィ・ボンド)で原理的には可能となる。こうした「国民に負担を押し付けない新しい損害賠償の枠組み」の策定は必須だ。
「体制と人の見直し」、「基準の見直し」、「国民に負担を押し付けない新しい損害賠償の枠組み」――この3つが整うまでは、原発の新増設と核燃料サイクルは直ちに凍結すべきである。
既存の原発の運転を担保する
安全基準の策定は急務
その上で既存の原子炉はどうするか。
もっとも厳しい立場に立てば、全原発の即時停止となる。それを避けたいのであれば、地域の首長や住民の合意を得ることのできる最低限の「仮免許的」な判定基準と、ある程度の損害賠償の枠組みを大急ぎでつくらねばならない。それをもとに、既存の原発に対して、バックチェック(ストレステスト)をしっかりと実施し、それぞれの原発を動かすか否か判定する必要がある。
5月14日に菅首相が中部電力に対して浜岡原発(静岡県御前崎市)の停止要請をした。3月15日に7基の古い原発停止命令を出したメルケル独首相に比べてあまりに遅すぎる上に、「要請」という中途半端な姿勢、他の原発を止めないという「冷や水」をかけるメッセージは、大きなマイナス点だった。とはいえ、私自身も国民も高く評価している。
しかし、これはあくまで、そうしたバックチェックの第一号として、停止要請したということにしなければ道理が合わない。その基準をほかの全ての既存炉にも適用しないと、逆に不安をあおる。そればかりか、今後1年以内にすべての原発が定期検査で停止した後に、地方自治体の同意が得られないために、一基も動かせない事態を招くに違いない。
ところで、日本の原発の老朽化の問題は、震災前から指摘されていた。もともと30年の運転期間を認可され、その後は10年ごとに延期を判定することになっている。ところが、原子力ムラの人たちは、大した根拠もなく、まともな検査もないままに、60年、100年使えるなどといって通用してきた。福島第一の1号機が、ちょうど40年前に運転が開始された古い炉だ。
もちろん、今回の事故の原因は老朽化だけに求められない。しかし、過去に世界で閉鎖してきた130基の平均寿命がわずか22年と短いことや、経年に比例して事故トラブルが増えることを鑑みれば、今後は古くなる前に余裕をもって最長でも40年程度、できれば30年目には厳しい検査の上で閉鎖を判定すべきだろう。
仮に40年寿命とすると、日本原電・敦賀1号機(福井県敦賀市)、関西電力・美浜1、2号機(福井県三方郡)は閉鎖されることになる。加えて、震災で相当なダメージがあると想像しなければならない東電・福島第二1~4号機、東北電力・女川原発1~3号機(宮城県牡鹿郡)、同・東通1号機(青森県下北郡)、日本原電・東海2号機(茨城県那珂郡)は、上記で述べた「新しい安全審査体制」、「安全基準の抜本的な見直し」、「国民に負担を押し付けない新しい損害賠償の枠組み」が整った上で、きちんとした点検調査を行い、再起動するかどうかの判定が必要だろう。
これまで漠然とイメージされてきた「日本の基幹電源は原発だ」というのは、もはや過去の幻影に過ぎない。すでに震災直後で、日本の原発による発電量は、全体の10%台に落ちている。そして、前述の基準を当てはめると、今後10年で全体の発電量に対し10~0%の水準まで低下するだろう。
10%程度の供給量なら、他の電源などで補完できる。最終的に、原発を完全に止めるのか維持するのか、その選択は国民の意思に委ねられる。
原発と化石燃料から脱却し
自然エネルギーと省エネを拡大
一方で私たちは、残りの90~100%の発電量をいかに賄うか、真剣に考えなければならない。
短期的(10年程度)な電力需給をまかなうには、火力発電に依存せざるを得ないだろう。ただし天然ガスは別として、特に石油や石炭などの化石燃料に依存すると、2つの問題にぶち当たる。
一つは、コストの問題である。
化石燃料の輸入額は2008年で23.1兆円(GDPの4.6%)と非常に高い。しかも、その輸入額が増えれば増えるほど、貿易収支(2.1兆円、GDP比0.4%。太陽経済の会調べ)は悪化している。現に、今年度に入って、震災後の輸出の落ち込みに加え、原油等の高騰と輸入急増のために、貿易赤字が拡大する傾向がはっきりと現れている。これこそ国富の流出だ。
二つめは、温暖化への対応だ。
目下のところ忘れられがちだが、温暖化対策は消え去ったリスクではない。CO2排出量を考えれば、化石燃料を使い放題というわけにいかない。
ではどうするか。方策として、「自然エネルギーの拡大」と、「省エネルギー・節電の深化」にたどりつくのである。
大規模停電を起こしかねない
現体制で安定供給は確保できるか
まず、「原発を減らすと停電が起きる」、「自然エネルギーを増やすと停電の恐れがある」と、脅しのように繰り返される議論を見てみよう。これは、“電力の安定供給”とはなんぞや、という基本原則から改めて冷静に考える必要がある。
2003年に東電の原発17基が一斉に停止したときも、2007年に新潟県中越沖地震で柏崎刈羽原発が停止したときも、そして今回も電力需給が厳しくなった。歴史を踏まえて言えば、日本のような大規模集中型の電源体制が突然に一斉に止まるリスクは非常に高い。1999年には、関西電力で変電所のトラブルにより、京都で大停電が発生したこともあった。“安定供給”といったときに一番避けるべき停電が、一極集中の構造のために起きてきたのである。
なおかつ、今回の震災で実施された計画停電は、変電所単位でボツボツと止めるので、公共インフラである病院や信号など、本来は優先度が高いはずの設備もまとめて電気を止められるという、とんでもない事態が起きた。もっと小規模で分散型の電源体制にすることも、真剣に検討すべきである。
2011年3月11日、日本は明治維新、太平洋戦争敗戦に次ぐ“第三のリセット”の日を迎えた。震災による数多くの犠牲はもとより、福島第一原発の事故が私たちに与えた恐怖や放射能汚染という厄災を捨て石にしてはならない。
未来に希望を持てるエネルギー政策・原子力政策とは何か、今こそ見直すときである。
東京電力・福島第一原子力発電所の事故は、私たちに様々な問題を提起した。夏場の電力不足への対応という短期的課題だけでなく、原発存続の是非や、電力の供給体制のあり方といった中長期的な政策に及ぶ議論が一気に噴出している。エネルギー政策の第一人者として知られる飯田哲也・環境エネルギー政策研究所所長が、問題の本質をひもとき、合理的な解決策を探求する。