私の家がただいま差し障りのある状態なので、麻布十番の田村写真にて飯沢耕太郎さんの取材を受ける。大正時代でさえ手がけた人が少なかった、このいささか冴えないネーミングのオイルプリント法が、活字になること自体が珍しい。『芸術写真とその時代』の著者の前でプリントするのは少々緊張したが、どちらかというと縁日で怪しい実演をするオジサンと、それに見入る少年という趣であった。 このあいだの個展のDMに村山槐多を使ったが、私がオイルプリントを手がけるきっかけになった野島康三は、数えるほどしか画廊が存在しなかった時代に『兜屋画堂』を作った。そこで村山槐多の遺作展を開催していたことを伺って驚いた。
作者名を伏せて読んでも、誰が書いた文章なのかわかる。それが文体だ。と『虚無への供物』を書いた中井英夫はいった。写真の場合も同様であろう。文体さえあれば、書いた文字が例えたどたどしく下手糞であろうとかまうことはない、と私は考えている。もっとも最近は道具が便利になり、最低限の文字は誰にでも書ける。より文体にこだわれる時代になったということになろう。
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