アクエリアス期「蓮花のささやき」

暗闇を照らすー弥勒・魂・宇宙意識への誘い

自分の真実を生きる 第三章

2015-12-18 10:40:27 | メッセージ
このところ行き詰まりや停滞感を感じていて、昔なじみの影を落とす感傷ぎみになったり、これからどうしていくか次の展開や気力が立たない人が多かったかと思います。
今みんな「楽観視」の練習に取組中です。 私もこの前「楽観」という言葉がスッと出てこなくて、まるで新しい漢字の覚えたてという感じみたいに自分になじんでない、、、(ヘヘッ)。

で、感傷ぎみに意識が寄る(ナビゲートする)と、昔の現象や人を呼び寄せ、とりあえず復習の時間がやってきます。(これは今だけに限らず思考が影へ入った時はそうですね)
そんなときはその状況での自分への「感謝と許し」の学習を思い出してください。
ここでお話しさせていただいてるのはいつも対人にではなく、まずはいつも自分に対してが先です。
自分を認め受け入れずして、愛し愛されるという真の相互受容は成り立ちません。
何度も言います。自分自身との信頼関係の確立(自分自身にくつろいでる状態)が先です!!

今、正しい人か間違った人かという見方は終わり、自分自身との信頼関係をつないでる人か忘れた人か、の二極に分岐されてますね。

「こうしなきゃ」「なんでこうじゃないんだろ」「またこれだいやだな」「まだできない」などの意固地や見栄からの義務心や、自分の手に負えてないほどの責任感、比較や劣等感からくる嫌悪や、過去に生き続ける罪悪感といった、自分や外に戦争を引き寄せる思考を、「遊び(楽観)」に変換していきますよ。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自分の真実を生きる 第二章

2015-12-14 10:46:10 | メッセージ
第二章は第一章も並行しながら、置き去りにしてきた子供時代が蘇っていますね。
自由になったエネルギー(空気感)の中で自分回復の今、地球上の全ての人がこの自分の質の一部分、子供っぽい部分/幼さが顔を出してきています。

自分自身の本当の美と穏やかさへ向かう過程で、大半の苦しみ(陰)にしていた「本当の気持ち」の部分は、自分のありのまま(幼い子供っぽい部分と分別ある大人の部分と滑稽でユニークな個性の部分)を表面化しています。
これは自分の中にある全ての質の統合を意味しています。

私たちの幼さ・良識ある大人の部分・強情さや優しさ・激しさや冷静な部分・ズッコケやお調子者さなど、持っている質の現れで、結果を考えず途中経過も判断しないで出るがままにしていると「(自分が自分に)認めてくれてありがとう」と、自分への信頼を回復したあなたの質(内側)は落ち着きを取り戻していきます。
これが本物の自信で、人間の生命力です。
自信は誰かや承認や経験や知識が与えてくれるのではなく、自分自身との信頼関係です。 人間不信は自分への不信です。 自己不信のほとんどが周りからの評判と評価です。 それは真実ではありません。

自分との信頼関係を築き、自分のくつろぎ場へ落ち着きを取り戻したあなたの部分(子供と大人とあなたにしかない個性)は統合し、安心してそれらが連携しながら創造を楽しみ始めます=自然と湧き出てきます。
「出るがまま」はすべてを肯定し楽観(陽)しています。

自分の本当・本物・本心を使い、子供/大人/個性という三位一体と、自分の陰と陽とを混ぜ合わせた全質を回復し、自分の真実に戻りましょう。



コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自分の真実を生きる 第一章

2015-12-14 10:04:12 | メッセージ
もう精神性を人に教わったり習う時代じゃないのを多くの人が感じていますね。

自分の真実を生きる第一章は、自分の中にあったものの確認と整理をしながら、すべてを肯定し自分自身を受け入れるものでした。
自分の中にあったもの、、、時には硬くなに、時には快活にと、自分の子供っぽい部分/幼さに塀を作ったり、背伸びをしたり、感じないで済むように気を紛らわしたり、何かに依存的になったり、他を非難できる方法を使ったり、違う仮面をつけ色んな場面で色んな自分を創り上げることで、世間をどう生き抜くかを学んできたんだという確認。
「これは自分の真実じゃない」「この恐れを溶かしたい」などの、もう疲れたと感じている数々の自分の中の面々。。。

子供時代の途中から今の今まで、自分を信じる/愛するとか、自分を頼りにするとか、自分の気持ちと幸せに自立し責任を持つことを置き去りにしてきたんだと思い出す時間だった第一章。
ここでは何故そうなったか、なんの為にこんな大きなリスクをほとんどの人が背負うことになったか、という理由探しはしません。 そんな自分や自分以外の間違い探しはもう終わっていますね。
動揺や痛みの原因の追従をやめたとき、「真実への目覚め」という体験を受け入れることができます。

最も深いと思っている悲しみや虚無感や失望は、パートナーを変えても・場所を変えても・新しいことを始めても・励ましをもらっても・嬉しいことがあっても・いっとき気が晴れても、気休めになるだけのエネルギーと時間に労力を使うだけです。

関係性を通して自分の外側でしか癒やせないと思うのは真実ではありません。

関係性は何かのきっかけにはなりますが、そこから先は自分の意志です。

陰極まって陽となるです。
ゲームクリアと同じで、自分の陰の一つ一つを陽に転じるまで、それは陰を強調したままずっと緊張を保持し続けることになります。この緊張状態が外にも現れます。

気持ちに一寸の偽りもない自分自身を回復させることが全体を修復に向かわせます。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

セラピー2

2015-12-11 14:04:11 | メッセージ
サプリメントでも薬効のあるものでも、なんでも摂れば摂るだけ効き目があるというものではありませんね。
摂りすぎれば効果の感覚は麻痺して気休めに続けることになります。

この麻痺した感覚が自己不信です。
気力が湧いてやる気になっても、自己不信であれば自分に自信がないので勢い任せは続きません。精を尽くし天明を委ねるのとは違いますね。
本来、自分に最も必要な効果は自分が分かるものです。
その自分指標を外指標に起き、相手の出方次第、薬効任せ、判断も人任せにし自分をお留守にしていると、魂は自分をあてにしなくなり、次第に悩みや不信・不調の多い自分が創り上がっていきます。
「魂」と表現するときは自己治癒力や意志・感覚・潜在力・奇跡・インスピレーションなど、本来生命に自然に備わっている「知ってる」叡智の部分で、全体(個・自然物・地球・宇宙)を成り立たせている統括した部分です。
自分を取り戻すとか自分を見つめるとか自分らしくとか自然に還るというのは、みんな自己信頼のことです。
今みんなその自己信頼回復のさなかです。

治癒力(精神力)はリラックスした状態の時発動します。
今自分のリラックスの妨げになっている恐れはどれですか?
罪悪感・恥・劣等感・義務心・緊張・硬直...。
その感じは体のどの部分にありますか?
義務を考えたときどこがギュッとしますか? あなたの劣等感はどこで孤独をひそめてますか?
お腹や首や肩などは実感しやすいところですが、眼球やお尻や臓器やリンパ・あご・ほっぺ・脳みそなど、普段あまり意識されない部分に溜まっているりきみも緩めてみてくださいね。 想像で虹色の光を送るのもお勧めです。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする