アクエリアス期「蓮花のささやき」

暗闇を照らすー弥勒・魂・宇宙意識への誘い

戦いません

2018-08-26 15:21:08 | メッセージ
「病魔と闘う」「自分に勝つ」とかいう言葉がありますが、戦うとか勝ち負け基準には、必ずそれが対象になる「敵」を作ります。
この思考は「敵」がいることが前提なのです、、、。
なので、私たちの中にこの思考がある限り、世界の戦争はなくなりません。  
戦争は、一人一人の思考の中から敵がなくなった率が、「敵を作る心」をはるかに超えた時、世界から争いという意識がなくなります。

「敵」というのは怒りと同様、その波動の密度がとても濃いので、薄めないと濃いまま存在します。
「戦争反対」とか、「仲良くしようよ」とか、「平和運動」とかする前に、まず自分の中のジャッジする心を見つけ、見つけて「これがいけない」とまたジャッジにジャッジをかぶせるのじゃなく、ただ、「今までの時代お世話になりました、ありがとう、さようなら」するのです。  
このことに何か手を加える必要はありません。 ただ見つけるだけでも十分なのですが、それで気が済まない人は、自分の中で思わずジャッジで反応している事柄や人を思い浮かべ、それがどれくらいの密度か、自分の中で何パーセント許せないと思っているか割合を出して、「ジャッジよ、さよならー、ジャッジよ、さよならー」とスッキリするまで言い続けてみてください。  その後、自分の中でさっき出した割合が何パーセントになったか、出してみて下さい。
この割合がスッキリしてくるまで、思い立った時でいいので、何度か試してみて下さい。
あなたの見方が変わってきたのを感じるか、いつの間にかそんなことすら気にならなくなっているでしょう。
「戦争という、こんなあっちゃいけないことに何がありがとうなのか」と、また怒りが沸く人もいると思います。
あっちゃいけないものというのはありません。
波動が創る現実は無制限に創れますから、その産物に善し悪しがあるのではありません。  それをどう扱うかという、また新たな産物がうまれるのです。

あなたは戦って、更に抵抗という圧力を増やしたい気持ちになりますか?
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0波動

2018-08-26 09:04:29 | メッセージ
愛想を使ったり・気遣い・頑張り・こだわり・笑顔・奉仕・仕事・食量などなどの、自分の「ここまで」に無理なく、自然にできるという、自分の適切な量の加減。。。
行き過ぎると、疲れやストレスやフラストレーションや、引きこもりや何らかの症状となって「お知らせ」がきます。
自分の自然な力の出し惜しみも、イライラや腑抜けや、悶悶とした鬱積という「お知らせ」が起きます。
さっき自分の度を越してたな、など自分の状態の確認ができるようになっていると、ある瞬間に「あっ、これ違う」と、自分のエネルギーじゃないものを、出た瞬間に察知するようになります。
そしてそんな察知を幾通りかの分野で経験し、あなたがあなたのままの、自然に行える状態にと、更に素のままのあなた自身を取り戻していきます。

ここでちょっとけんかの話し。。。
以前番組でしたが、あるお笑いの二人が喧嘩して、「このまま眠りにつくのはよくないから」と、相方に「チューして寝よう」と提案し、相方も「なんでだ」と思いながら結局「チュー」します。
その瞬間、今の喧嘩がその場で元通りになります。 
「ごめん」を言わなくても、そのけんかについて話し合わなくても、この「ちゅー」はそれを越える力がありました。
これが本当の力の使い方です。
「力」という言葉を使うと、ねじ伏せるようなイメージが付く感じがありますが、そうではなく、ニュートラルな打開。
元々はみんなけんかしたくてけんかするのではありません。  けんかを仕掛けていく人にも、なんらかの、そのエネルギーに育てた元が存在します。

「許す」という波動は絶大な力を持ちます。 今のけんかが解決していなくても、この「チューをする」行為は、自分もあなたも許しますに匹敵し、その場の荒い波動が緩み変わります。
けんかという「怒り」エネルギーはとても荒く、元の状態からの振り切り幅がとても大きいため、簡単には誰とでもできない、心を開く「チュー」という、けんかエネルギーに匹敵する波動を使う。
二元性の原理はこうして使います。  これが陰陽合体の図です。
辞書を見れば必ず反対語を持つ言葉が載っています。  この反対語は、その言葉と同等のエネルギーを持つ同じ波動のものです。
これを見れば、どうしたらいいかを見つけるヒントになります。
こうやって二元性の原理を使い、あなたのアイディアでどんどん0波動を広げていきましょう。






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2018-08-24 19:34:16 | メッセージ
阿波踊りを見に、四国へ行ってきました。
人間って同じ行動をとるとすぐに共鳴して、異国人であろうと異年齢であろうと、無条件に和合するんですよね。
輪になって踊る盆踊りって、自然に和合の行い、祈りの儀式の様変わりなのだなーと、それがなくなっていない日本って、やっぱり和合が残ってる国なのだなあと思いました、、、。

阿波踊りの徳島へ入り、ある朝方山登りをして、汗を流したいけどこれからどうしようかと考えていたところ、夫の10年ぶりという友人に連絡が取れ、なんといる場所から車で1時間位のキャンプ場でバーベキューをしているとのこと、早速「行く行く」ということに、、、。
1年に1回、香川や徳島の仲間たちで、一泊バーベキューをするという時に遭遇。
独身や新婚さんや家族連れで海に入っていました。
私たちも着いて、挨拶やいきさつを話しながら、汗をかいた服のまま海へ、、、。
その友人一人以外みんな夫の知らない人たち、私はみんな初対面。。。   
車で自炊道具も持って寝泊まりしながらきたのだけど、私たちが着く前から、どこに泊めるかという話がされていたようで、、、移住者がほとんどな中、徳島の地の人で、一人農家をしているという若者の家へ泊まらせて頂くことに、、、。
いつも目的や計画や予定を持たないうちのだんなさん。 いつもその場で調達(呼び寄せ)しちゃうんです。
こんなご縁をありがたく頂き、四国や淡路島と、鳴門の2日と徳島4日間の阿波踊りも満喫してきました。
ここ四国も、海や山もあって、ショッピングも食事も不便なく、畑が盛んで地野菜も豊富、観光名所や歴史や、神社やパワースポットも多く、どこかほかの場所へ行かなくても、ここだけで完結してしまう場所でした。
この8月、またエネルギーが軽くなっていて、多くの所で心機一転始動しているのを感じました。

帰ってきて友人と話していて、以前はシンクロ任せでうまく成り行きが回っていたのが、「最近自分で意図しないといけない感じ、、」と。
その話の時はニュアンスがよく分からなかったけど、四国で感じたことを思い返すと、自分が純粋に(期待しないで)フォーカスしたものがすぐ現れる。
食べたいものや買いたいものや見たいもの。。。
したいこととなると、自分一人じゃなく相手がいることなので私の気が咎める、素直・純粋なエネルギーじゃない為、それが状況をストップさせる。 自分が納得済みなのでそれも良し。  
自分のしたいことは心置きなく一人きりで満喫したいですもの、旅行中は二人の時間を共有して楽しむこと。

友人の言った「意図しないと」とはこのフォーカスのことかな。 
どんな意図(フォーカス)であれ、自分が槍を向けた方向が自分の体験すること。
そして今みんな自分のキャパシティの調整中。。。
四国で知り合った人たちにも音叉を体験してもらったけど、みんな制約や制限の中に自分を閉まっていました。
どんな制約・制限を自分に課しているかに気づくには、まず自分のキャパシティに気づくことです。
行きつ戻りつを繰り返しながら、自分の最も心地よい加減を確認していきます。

そう、そして大なり小なり「期待」は全て裏切られますよ(すでにそのように動いていますが)。
新宇宙世紀では「期待」は自分にしかかけられないのです。


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