アクエリアス期「蓮花のささやき」

弥勒エネルギー&自分和合のアチューンメント(同期/伝授)
自己と光の拡大
音叉セラピー・恩寵メッセージ

感情(心)表現

2011-12-30 12:20:50 | メッセージ
最近、怒りでも悲しみでも喜びでも、押し殺さずまんま出している(当の本人は意識的に表現している訳ではないが)人を、素敵だなーと感じる。  これが私が感じている「人間というアート」かと思った。
喜怒哀楽を表現できるのは人間だから、、、。 ごくごく自然なこと。。。

日本人は感情を押し殺すのが美徳で、感情を表現するのは恥ずかしいこととしてきた歴史が長い。
私自身「押し殺し隠す」という大多数の在り方や、接する多くの人達の反応に習ってきた一人。 そしてそのうちその自然な表現方法を忘れてしまった一員。
そのことでいつも「誤解される」「誰も私のことなど分かってくれない」と感じるようになっていき、益々感情を一人きりで持て余し、少々のことではそんな感情を抱いていることすら分からなくなっていった。
実際は私が私を表現するのをやめてしまったからにすぎないのだったが、、、。

有形のアート作品って大抵は固定していて変化するものはそうないけれど、無形の人間の心や感情というアートは瞬時に変幻する。 その予期できない変動性にもふいを突かれ、自分の中の何かが広がりを感じる所に「人間アート」の魅力を感じるのかもしれない。

今朝はたまたま赤ちゃんの笑いころげる動画特集に出くわしたが、赤ちゃんこそそんな微細な広がりや閉塞を感じる反応器。
「赤ちゃんでさえ」という表現を聞くが、「赤ちゃんだから」こそごく自然な本来の機能と感覚を使いこなし、彼らは様々に大きな知識を提供してくれる。  赤ちゃんからしたら我々大人が話し・見ている世界は狭く、退屈に感じていることだろう。
大人があまりに子供を子供(何も知識のない幼く弱い者)扱いするのが目に余り、声を大にして伝えたくなってしまう。
彼らは確実に大人より事態を把握し、全体性としての解決作を編み出し提供できる貴重な存在。 それを押さえ込んでしまっている大人たち。
大人が自分の都合のいいように正当性を訴え、事態を運ぶその抑圧さに「この人たちに言っても時間の無駄だ」と的確な判断し、時にその正当性を訴えてくる無駄な時間に付き合い、ただただ耐え忍ぶ子供達。  彼らの可能性を引き出すどころか邪魔をして、その意識なく「お前の為」と自分の主張だけを貫く。

家族であれ部下であれ友達であれ幼児であれ、「相手の為」を思うより、「相手の可能性の邪魔にならない」方向を考え出すと、手も口も知識も出す必要がないことが分かる。 何故なら相手が自分で学べることだから(小さい子の場合は目で見守って)。
それを当人が自分で学ぶ前に大人は横取りしてしまう。 
本当に聞きたいこと・知りたいことがある時は、必ず相手からアクションがあるもの。 そしてそれは誰に聞くのが賢明かもみんな自分で嗅ぎ分けられる。
相手から求められて初めて自分が持ちうる情報を提供すればいい。 その情報も一つのサンプルに過ぎない(他にも方法や知識・選択はあるんだよ)という自覚を忘れないように。 これはどんな相手にも共通するルール。
このルールを守っていたら心配や不安や面倒なことはそう起きないし、起きてもその時考えうる知恵を絞ればいい。  それまでには何かトラブルがあってもその場で対処を編み出す知恵もついてくる。  幼い子いる親の場合は、周りの助けも求めながらその時の自分で考えうる知恵を絞ればいい。 それが積み重なって新たな知恵を生んでいくのだから。 その時芽生えた反省や後悔や失敗は、次への対処や埋め合わせの為の知恵につながってる。。。

 




エネルギーの享受

2011-12-27 11:13:57 | メッセージ
益々あらゆるエネルギーを受取りやすくなっています。

今までのような、人や自分の考え・在り方からの影響はもちろん、生物・鉱物・自然達や天体・光の存在達・エネルギーを放つあらゆるものからのエネルギーを受け取りやすく(接合しやすく)なっている。 ということは自分の選択次第で、自分がどの影響/情報を受け取るか、それを意識するしないに関わらず、自分のアンテナを向けただけで容易に受取りやすくなっています。

「この影響を受け取りたくない」という方向ではなく、「自分が望む方」へアンテナを向けてくださいね。
自分をどちらへナビゲイトするかで、受け取る影響は変わってきます。

今まで30%しか使われていなかったという人間の潜在力が、100%に近づいていくプロセスにあります。
これは競争ではありませんから、疑いより可能性に目を向け、安心して実現したい自分へアンテナを向け、まだ知れぬ自分の潜在力、本人にしか出せない潜在力を引き出していきましょう。


本来の自由さを取り戻す

2011-12-24 14:52:59 | メッセージ
自分のことを様々に批評する観客(親や世間・関わる人達)のことは無視して、自由になろう。
今、それをしないでいつそうすることができるというのだろう、、、。  いつまでまわりのせいにして、自分を不自由さの中に閉じ込めておくというのだろう、、、。  いつ自分を様々な不自由さから解放してあげれるというのだろう、、、。

そんな観客たちを無視してみる(ありのままの自分でいる)日を一日、それも苦しいというなら一時間だけ、自分にプレゼントする。  そんな時間を、そんな日を少しづつ増やしていって本当の自分を思い出していく…。
自分の奇跡に立ち会ってみて・・・。