アクエリアス期「蓮花のささやき」

弥勒エネルギー&自分和合のアチューンメント(同期/伝授)
音叉セラピー・恩寵メッセージ

マンダラ・幾何学模様

2020-02-03 20:08:11 | メッセージ
見るだけで美しく、惹かれるようなこれらの模様が目に留まりませんか?
塗り絵なども流行りましたが、これらを見たり書いたり作ったり、多く(毎日)携わることが、自身の波動を豊かにしていく助けになるから沢山触れるように、意識がそちらに向くよう、更に今宇宙がサポートを向けています。
ネガティブさだったり、悲観さだったり、自分に無意識的にかけてる戒律(こうしないと、、、というような思考プログラム)や罪悪感や執着観といった、重たいエネルギーに意識が向くことを遠ざけてくれます。 そしてよりあなたの望む方向へ注力できるよう、意識へ拡がりをもたらします。
模様だけじゃなく、いつも着る服は紺や茶や黒だったりというような、単色や暖色系に偏ることなく、様々な色合いや色彩を見る・着る・取り入れることも意識に入れてみて下さい。
見る角度も多角化(多次元)にし、柔軟さをもたせ、それが想像(創造)力を豊かにします。
是非これらの模様・色彩と遊んでみて下さい。

パラレル世界

2020-01-30 14:18:11 | メッセージ
今、私たちははっきりとパラレル(並行次元)を知覚できる状態にあり、そして無限時代を生きています。
自分が選んだ思考によってもたらされる、目の前の現実。
無限時代ということは、可能性が360度の中にいるということです。
可能性というのは思考に乗っ取っているため、自分の理解の許容範囲内ということになります。
なので知識や経験の幅が広く、理解が多いほど、その許容範囲は広がっていきます。(思考に制限がなければ実際は無尽蔵です)
自分の興味のないことや苦手な経験・未知の体験などは、その可能性/無限の幅を広げるチャンスでもあります。
その可能性/許容範囲というのは、シナプス(脳細胞)形成範囲とも言えます。
脳を活性化させる(刺激する)と、シナプス細胞がどんどん増幅されていきます。
子供の頃は訳も分からず学校に通い、自分に必要かどうかも分からない科目の授業を受け、子供からしたら「なんのこっちゃ(?_?)」ですが、ここで家庭の中や、安泰で小さな世界の経験だけでは得られないシナプスが、子供の柔らかい知能によって、無意識の内に無尽に形成されていくことも起きるわけです。
健康志向の人が健康を害する話はよくありますが、知識や経験・意識世界が限られていると、可能性/無限の範囲が限られるということが言えます。
パラレルというのは、いくつもの鏡が何枚も重なったような、可能性の世界です。
自分が思考によって選んだ可能性の広がっている世界です。
自分がどんな思考を選ぼうとしているかに意識的で、ハッキリしているほど、その結果のパラレルを垣間見ることもできます。

二極化統合に向けての動きは続きます

2019-11-05 12:54:33 | メッセージ
9月から転居に向けて大移動をしていました。
2015年春分に以前の家へ引っ越し、「ここは5年(4~6年)」とインスピレーションが来ていて、今年1月、引っ越しを示唆する兆候があり、3月にカードで引っ越しがいつかを聞くと「5か月後」と出て、5月に大家さんが変わり、何やら状況にも大きな変化が表れ始め、8月も終わろうかという30日、引っ越しGOサインの電話が来ました。
三者(旧大家さん・新大家さん・うち)の望みと意識とタイミングの足並みが揃いました。
今度は秋分からの心機一転になりました。

2013年少しだけキャンプ生活をした時、遊び以外でアウトドア的なことをすることはもうないだろうと思っていたのも束の間、転居したおうちは山の中の二階建ての立派なお宅ですが、電気と水が通っておらず、川で洗濯と水風呂と水汲み、雨水を貯め、電気は懐中電灯とミニ卓上ソーラーライトとろうそく、火はカセットコンロと焚き火という、雨風がしのげるアウトドアになってまた逆行した気分ですが、宇宙世紀に相応しい使い方とニーズ確認のチャンスを頂きました。
光熱費がない生活のなんて身軽で自由なこと!その分労力がかかりますが、身体が怠けず老化防止にいい!天然で質の良い資源を使い、体を使ってる人達はみんな元気です。 とはいえそう思いながら頑張ってキャパオーバーしていた昔のキャンプ時代の体験があります、自分達が納得できる方法をあれこれ試しながら、自然の理に沿った、ここでの私達に心地よい快適な暮らし方をまた見つけていきます!
少し不便で少し不都合な位が、対応力のキャリアアップになります。

そんなところでネット環境もなく、よそ様に借りてる状況でブログの更新もままなりませんが、秋分のジャンプアップはみなさんいかがお過ごしでしたでしょうか?
被害者的・否定的・批判的・自虐的な思考を使っている人は、そのことを証明づけるような状況であったと思います。
そのネガティブさがいけないということじゃなく、それを転じさせる力が自分にはあると気付き、好転させます。
この状況を自分がどうすることが好転になるのだろうと、知恵を絞るのです。こうして一つ一つ今の自分を超えていくクセを付けていきます。

統合されバランスの取れた調和された意識には、ありのままの正直な感情はあっても、良し悪しなどの判定・判断・レッテル・コメント・意見などはありません。
勝ち負けの生じる転じ方・自分だけが抜きんでる転じ方でもありません。ここは各々の勉強どころです。

統合意識もまた感情がナビゲーターです。
感情が教えてくれる「真実の望み」と「信号というサイン」を頼りに、軌道を描いていきましょう。
その感情はあなたに、何をどうしたらいいと教えてくれていますか?
例えば我慢と悲しみの現れが怒りです。 怒りはあなたを守ろうとし、可哀想だと思っています。
何を我慢しましたか?何が悲しかったのですか?そのことをありのまま相手に伝えましょう。
過去や未来のことという、「今」にない話を持ち出して真意に脚色するのは、物事を複雑にし、感情の持ち越しを長引かせます。
感情を受けとめ、使い方をマスターしていきましょう。 

楽しめや楽しめ!

2019-08-29 20:20:18 | メッセージ
恩寵メッセージが強く、感情や気持ち・直感という、中から来るものに注目し従い、大事にするようにとても強く伝えてきます。
それらは自分の核であり軸です。
私たちが感情や気持ち、直感やインスピレーションを信頼し、それをもう一人の自分として二人三脚で歩んでいる限り、そのコンパスに狂いは起きないといいます。
自分のコンパスが誤作動し狂いが生じたり方角が定まらないのは、それらを無視したり、後回しにしたり、気のせいだと気にかけなかったり、なかったことにした時。
中から来るもの(センタリング)がどんなものであれ、従い続けろ!という感じです。
時にそれは「えっ!?」と想像や思いと相反するもののように思えたり、驚いたり、そんなことなんてと思えるようなことだったりと、にわかに受け入れがたいものだったりすることもあるかもしれませんが、それらは実行してみてあとからその恩恵の意味を知ることとなるでしょう。
そして自分の波動を下げないように、ネガティブな感情や気持ちはその場で書き出して(誰もみてないからどんな汚い言葉で書いても大丈夫!その気持ちを表に出してあげることが目的、気が済むまで書き出して!)、その紙を丸めて燃やしたり、おトイレに流したり切って捨てる。 バイバイ~って。  そしてミッション完了の溜息をついて(表現されなかったネガティブは飲み込んでるのでそれを出す為に)リセットしてから現実に戻る。
紙を捨てる前にそれを光で包んでから捨てるとなお良し。 光で包めない時はまだ気持ちの書き出しが済んでいないかも、、、。

子供達のように、楽しかったこともそうじゃなかったことも、認識して受け止めたら手放す。 留まらせないで流すようにするイメージです。
「人生何があっても好転できる!楽しむんやで~」って感じです。
自分の感情直感を信頼して従うこと、意識して波動を高く持つこと、下がった時は認識したら手放すことの三教訓です!





それは何のためですか?

2019-08-27 12:41:06 | メッセージ
生命の為になるものかどうか、、、。
自分の内外環境は、何を起点にしているだろう?
今思ったこと・今考えたこと・今言ったこと・今やっていること・今使っているもの・今持っているもの・今いる自分の環境は、命(人間だけじゃない命が尊く営まれる)の為になるものか、、、。
自然の中で野生のように生きよということではありません。
全部でなくていいのです。
ここを起点にしていれば、大半の悩み・迷いは消えてしまうはず、と恩寵メッセージは伝えてきます。
だいたいはバランスのズレから成るものです。  それは「生きとし生けるものから外れるもの」
もし今分からなくても、一つでもいいのです。
付けている下着はどうだろう? 販売機を使わずに、自分で作った野菜ジュースを持っていこう。 大量生産の会社をやめて、自分に縁のあった人に、自分が「いい!」と思ったものを、自分のペースで作って使ってもらおう。 「なんで自分はこうなんだろう」って、誰の何の為に考えるようになったんだろう?もしこれを命の為の視点から考えると、どう変わるだろう?
あっちとこっちで悩んでることや、不安や迷い、決められないことに関して、その起点(起源)を見つけ、何かを考える時には、このことの命の起点ってなんだろう?と自分に問いかけていく。  
すぐに答えが来ない時は、欲深かったり勝ち気だったり、生命の起点からズレて独り相撲している時です。
出産経験のある人なら分かり易いでしょう。  赤ちゃんに、心地よいものを心地よいようにと、赤ちゃんという命の為に考えていた人が多いと思います。

自分の中には、自分を助けてくれる生命の起点(起源)があります。