凡そ、平凡。-ohyoso,heibon.

副業的サラリーマンの競馬バカが、そんなコトとは全く関係なく、日々のうつらうつらしたことをあーだこーだと語る、趣味の駄文。

「お前がやるって言うんなら、お前が本当にやりたいことなんだよな、アンク。」

2011年08月29日 | テレビドラマ
最後の変身に際しての、映司の台詞。

アンクが、自ら投げ出して…というより、映司と一体化して臨む最後の戦い。



てなわけで、劇中の名台詞シリーズと化した…

つうわけでもなく。

終わってしまいましたよ、
仮面ライダーオーズ

…終わってから三回観ました、今までで。

何て言うんでしょ、予想していた終わりではありましたが…

キましたね、結構。

惜しむらくは…

これ、電王の時にも、Wの時にも、そして、ライダーではなく「シンケンジャー」の時にも思ったんですけどね。

「最終回くらい、30分じゃなくて60分スペシャルとかにしても良いんじゃないの?」
てなことで。

もっとね、ワンシーンワンシーン、じっくり描ければね、もっと良くなるんじゃないかって。



映司やアンクに、本当に必要だったのは、「届く手」でも「掴む手」でもなく、
「繋がる手」
だった、と。


前回書きましたけど、ホントに「手」の物語、だったのですなぁ、靖子にゃん。

人と繋がることで、「生きて、その欲望を全うして死んでゆく」ことを知ったアンク。

「伸ばす手」が、「人を助ける為だけではなく、自分も誰かに支えられている絆」だということに、気づく映司。


世界の終末を止め、アンクが消え(亡くなり)、そして映司は再び旅に出ます。
仲間たちはそれぞれの日常に戻っていきますが…

それでも、映司は呟きます。
「いつか、もう一度」と。

いみじくも鴻上会長が劇中でこう言います。

「今日という日を明日にする。…それもまた『欲望』」。

この物語では、所謂「欲」も欲望ですが、「夢」「希望」もまた「欲望」という言葉で表してます。

というわけで、この物語の結末は、

「映司や仲間達(視聴者の皆様)がアンクという『仲間』を忘れない限り、また、もう一度、…」

ということでしょう。


まるで、
「今年もMOVIE大戦やりますよ」
みたいな纏めですいませんが。

つうかやるそうですし。