徒然日記

街の小児科医のつれづれ日記です。

インフルエンザ情報 2019:2-1抗インフルエンザ薬

2019年09月22日 11時16分39秒 | 小児科診療
 ワクチンに引きつづき、抗インフルエンザ薬(以降、略して「抗インフル薬」)について情報を整理しておきたいと思います。
 現時点(2019年9月)で使用可能な抗インフル薬を表にまとめました。



 作用機序から、大きく2つに分類されます。
 一つは「ノイラミニダーゼ阻害薬」で、ヒトの細胞内で作られたインフルエンザウイルスのコピーが細胞外に出ようとするときに妨害することで増えるのを阻止する薬です。タミフル®、リレンザ®、イナビル®など馴染みの処方薬はこの仲間です。点滴剤のラピアクタ®も同じです。作用メカニズムが同じなので、併用しても効果はあまり変わりません。
 一方、2018年3月に登場したゾフルーザ®は細胞内で増える途中でストップをかける薬です。実質的には2018/19シーズンにはじめて広く使われました。

※ 実は上記2つ以外にも作用機序の異なる抗インフル薬は存在します。
・M2蛋白阻害薬:アマンタジン(商品名シンメトレル他)。A型インフルエンザにしか効果がない上、既に耐性ウイルスが多くを占めているため、現在使用されていません。
・RNAポリメラーゼ阻害薬:ファビピラビル(アビガン®)。「新型又は再興型インフルエンザウイルス感染症(ただし、他の抗インフルエンザウイルス薬が無効又は効果不十分なものに限る)」を効能・効果として承認されています。H7N9のR292K変異株が流行した際には、国による使用についての迅速な判断を期待するとされています。薬事承認されていますが、催奇形性があるため、国が使用を判断したときのみに投与が認められており、日常診療で使うことは現時点ではありません。


※ 2018年6月から、タミフル®のジェネリックの販売が解禁となりました。オセルタミビル®「〇〇〇」という名前で処方されます〇〇〇には製薬会社の名前が入ります。

 小児への抗インフル薬の適応に関しては、2018年10月に日本小児科学会から「2018/2019 シーズンのインフルエンザ治療指針」が出されています。



 新薬のゾフルーザ®については「同薬の使用については当委員会では十分なデータを持たず、現時点では検討中である」との記述だけで、推奨も制限もしていません(今シーズン版の公表が待たれるところ)。

 さて、小児への適用について私の方針を元に表にまとめました。

<抗インフルエンザ薬、年齢別小児への適応>


※ 当院ではほとんど使用していないラピアクタ®は省略しました。ちなみにラピアクタ®の小児適応は、添付文書の「低出生体重児、新生児、腎機能障害を有する小児等を対象とした 臨床試験は実施していない」という記載から判断すると、「腎機能が正常な生後2ヶ月以降の小児」となります(明らかな年齢制限はないと考える医師もいます)。

 乳幼児に使用できるのはタミフル®のみです(2017年3月に公知申請で承認:生後2週間かつ体重2500gから可能)。タミフルは体重が37.5kg未満ではドライシロップ(溶かして飲む粉)、それ以上はカプセルになります。
 5歳以降では内服/吸入にかかわらずすべての抗インフル薬が使用可能になります。

※ タミフル®の副作用として「異常行動」が問題になり、一時期「10歳台には使用禁忌」とされてましたが、その後疑いが晴れた(分析により異常行動はインフルエンザ感染症の症状であり、タミフルの影響は乏しいと判断された)ため、2018年から10歳台への使用も再開されました。

 ただし、吸入薬はうまく吸い込めることが条件になりますので、当院では小学生以上にお勧めしています。さらに、1回吸入で終了ののイナビル®は失敗が許されないため、吸入初心者にはお勧めしていません。まず5日間使用のリレンザ®を使ってもらい、吸入手技に慣れたら次回からはイナビル®も選択肢に入れるよう指導しています。

 さて、これらの抗インフル薬、2018/19シーズンではどの薬がどれくらい使用されたのか、興味のあるところ。
 日経メディカルがアンケート調査した円グラフを引用させていただきます。

<2018/19シーズンにおいて処方された抗インフルエンザ薬の種類>


(1位)タミフル:49.4%
(2位)イナビル:22.8%
(3位)ゾフルーザ:15.6%
(4位)リレンザ:9.1%
(5位)ラピアクタ:3.1%

 という結果でした。
 全年齢に使用可能なタミフル®が予想通り最多、1回吸入で済むイナビル®が次点は肯けますが、新顔のゾフルーザ®が3位に食い込んできました。「1回内服で終了」は手軽ですからね。

 では、ゾフルーザ®の効果はどうだったのか、気になります。
 実はこの新薬、当初より“耐性化”が懸念されていました。特に小児でその比率が高く、しかし臨床データでは症状が長引くほどではなかったので「問題ないだろう」と専門家は解説していました。

画期的新薬「ゾフルーザ」、外来で処方する前に高い耐性率の考慮を
2018年12月15日:日本医事新報社



(菅谷氏の話)
 ゾフルーザ投与患者におけるアミノ酸変異(耐性)の出現率は、ノイラミニダーゼ(NA)阻害薬に比べてかなり高い。A香港(H3N2亜型)では、成人の10人に1人、小児の4人に1人の割合で罹病期間が延び、小児では発熱期間も延びる。外来診療ではゾフルーザを安易に使用すべきでない。迅速診断でA型と分かった場合や、小児・高齢者・基礎疾患のある患者には避けるべきだ。B型における変異の報告はまだ1例しかないが、B型にはタミフルが効きにくいのでゾフルーザも選択肢になりうるだろう。
 一方で、ゾフルーザはNA阻害薬の耐性を抑制する働きがあり、in vitroではNA阻害薬との併用による相乗効果も報告されている。ゾフルーザはNA阻害薬との併用が前提と言える。入院の重症例では、ラピアクタ(ペラミビル)などにゾフルーザを加えてみてもよいだろう。NA阻害薬との併用療法の研究が進められ、配合剤が登場することに期待したい。


 実際に2018/19シーズンの使用成績でも確認され、やはり小児への使用で体制化率が高いと報告されています。
 国立感染症研究所のHPから「2018/19シーズン抗インフルエンザ薬耐性株検出情報」が発表されています。わかりやすく表にしてみました。

<2018/19シーズンにおける、抗インフルエンザ薬の薬剤耐性化率>


 バロキサビル®は、タミフル®やイナビル®、リレンザ®などのノイラミニダーゼ阻害薬と比較して、耐性化率が明らかに高いことが見て取れます。

 実際の臨床現場からの報告を見つけました。

□ ゾフルーザ低感受性、小児例で症状が長引く傾向(日経メディカルの記事から一部抜粋
 福島県立医科大学小児科の佐藤晶論氏らが小児を対象に行った観察研究によると、ゾフルーザ低感受性ウイルスが検出された群(ゾフルーザ使用18例のうち、内服後に変異ウイルスが検出されたのは39%にあたる7例)では、検出されなかった群に比べて解熱までの時間は同程度だが、臨床症状が長引く傾向が見られ、ウイルスの排泄期間が有意に長かったーことが判明した。


 というわけで、その評価がまだ定まっていない印象であり、様々な意見が飛び交っています。
 「無条件に処方すべき薬ではない」
 「小児には使用を制限すべきだ」
 「ノイラミニダーゼ阻害薬抵抗性の患者に対して併用すべきだ」
等々。

 例を挙げてみます。

□ 「ゾフルーザは、オセルタミビルに比べて有効性に有意差はなく、利便性は高いものの、薬価は5~10倍になり経済性は劣るため非推奨」(昭和大学病院附属東病院

□ 「ゾフルーザはノイラミニダーゼ阻害剤耐性ウイルスの流行時などに使う薬剤との見解。ゾフルーザによるインフルエンザ治療は、ノイラミニダーゼ阻害剤との併用が基本とし、2018/19シーズンのように季節性インフルエンザの外来でタミフルやイナビルの代わりに単独で使う薬ではない。(ゾフルーザ単独投与は)耐性を起こすだけであり、効果も全くタミフルと同じなので意味がない。特にA香港型に対してはゾフルーザ単独で治療すべきでない。」(菅谷憲夫Dr.:2019年4月日本感染症学会の教育講演にて)

 では、現場の医師達はどんな考えでいるのでしょう。日経メディカルのアンケート結果に、迷いが如実に表れています。
 「2019/20シーズンにゾフルーザ®を使うか?」という質問に対する回答を集計したものです。
 まず、すべての医師の統計では、

<2019/20シーズンの抗インフルエンザ薬使用方針>


 使用する方針は(積極的に使用する:11.7%)+(症例を絞って使用する:24.6%)=36.3%
 使用しない方針は(積極的には使用しない:18.8%)+(使用するつもりはない:17.8%)=36.5%
 と拮抗し、その他の医師27.0%は「方針を決めていない」という結果。
 これほど治療方針がバラバラな薬、珍しいです。

 各診療科別に集計すると以下の通り;



 小児科の項目を前述と同じように記述すると、
 使用する方針は(積極的に使用する:12.5%)+(症例を絞って使用する:24.1%)=36.6%
 使用しない方針は(積極的には使用しない:24.6%)+(使用するつもりはない:22.4%)=47.0%
 となります。全診療科の数字と比較すると、使用する方針は同程度、しかし使用しない方針は明らかに上回っています。

 やはり「小児は耐性化率が高い」ことの影響と言わざるを得ません。
 この件について質問した答えが下の円グラフです;



 つまり、「小児にゾフルーザを処方することに反対あるいは賛成できない」医師が63.8%と約2/3を占める結果でした。

 最後に、ゾフルーザ®を巡る現時点での状況を。

・ゾフルーザの治療上の位置付けについては現在、日本小児科学会や日本感染症学会などが検討を進めている(10月に公表?)。
・米国などでは、重症例に対し、ゾフルーザをオセルタミビルなどのノイラミニダーゼ阻害薬と併用する治療法の有効性について検討が始まっている。



 以上、抗インフルエンザ薬の現況について情報を集めてみました。
 これを踏まえると、2019/20年シーズンはどのような方針を採るべきでしょうか。
 私の中では、こんな感じです;

・抗インフル薬は、インフルエンザ患者全員に必要はない。抗インフル薬は効果があるが、副作用もある。診断されても元気なら対症療法薬で様子観察し、つらそうなら薬の使用を考えるスタンスでよいのではないか。

・第一選択はタミフル。全年齢に使用可能で、エビデンスが豊富(作用も副作用も判明している)。

・希望により、小学生以上はリレンザ/イナビルなど吸入剤も選択可(ただしイナビルはタミフルより効きが悪いという報告あり)。

・ゾフルーザの位置づけが悩ましい。高い耐性化率が判明した現時点では第一選択にはなり得ない。希望者には「耐性化率が高く、5人に1人の割合で症状が長引く可能性がある」と説明し、同意を得られた患者さんのみに処方するべきか。


 2019年10月に、日本感染症学会と日本小児科学会から、それぞれゾフルーザを含めたインフルエンザ治療指針が発表されると思われます。できれば流行前に公表して欲しかった・・・。


<参考>
□ インフルエンザ委員会(statement)「キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬について」(2018年10月11日:日本感染症学会
□ 2018/2019 シーズンのインフルエンザ治療指針(2018年10月:日本小児科学会 新興・再興感染症対策小委員会 予防接種・感染症対策委員会
□ ゾフルーザ耐性株の検出率上昇で心配なこと(2019/2/20:日経メディカル
□ ゾフルーザの小児への適応について思うこと(2019/2/5:日経メディカル
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