先日、小学生高学年の子どもが、
「クラスに鼻出しマスクやあごマスクをしている子がいるから、
感染するんじゃないかと心配で怖くて教室には入れない」
と訴えて困っているという家族から相談を受けました。
マスクは感染対策の頂点に君臨しているアイテムです。
しかしその効果は100%ではなく、限界もあります。
教室内というリアルワールドでは、
どのくらいの感染リスクがあると認識すべきなのか、
それを知ると不安が減るのではないかと考え、
今一度整理してみたいと思い、トライしました。
ここで確認しておきたいのは、
メディアが報道する内容は、以下の2つがあること;
・マスク単体の性能
・感染リスク低下効果
これを混同すると、訳がわからなくなってしまいがちです。
マスクの有効率は飛沫透過性や捕集率で単純にシミュレーションできますが、
感染リスク低下効果はそこに距離や換気、そして時間の概念も入ってきて複雑になります。
また、いわゆる“飛沫”の定義もファジーな部分が残っています。
従来は、“飛沫”と“飛沫核”という二つの概念のみでしたが、
それでは新型コロナウイルスの感染性を十分説明できないため、
“マイクロ飛沫”とか“エアロゾル”とか表現される概念が自然発生的に登場しました。
科学的な定義はまだなされていないようですが、
イメージとしては“飛沫”と“飛沫核”の中間と捉えて良さそうです。
前置きはこのくらいにして、本論に入ります。
新型コロナ感染対策においてマスクの効果を評価する際、
いくつかの要素が影響します。
1.着用の有無
2.素材
3.吐き出しと吸い込み
そして実際の生活場面を想定して感染リスクを評価する際は、
以下の要素が加わります。
4.感染者との距離
5.接触時間
6.室内換気の程度
すでに一般化している知識としては、
1 → マスク着用が有利
2 → N95>サージカル>綿>ウレタンの順
3 → 吐き出しと吸い込みで飛沫捕集率が異なる
4 → ソーシャル・ディスタンス(1m? 2m?)でリスク減少
5 → 15分を目安にしているが、オミクロン株ではもっと短い
6 → 二酸化炭素濃度モニターで1000ppm未満でリスク減少
といったところ。
さて、マスクの効果と感染リスクをどこまで数字で表すことができるでしょうか。
メディアでは豊橋技術科学大学や、理化学研究所(理研)などによるスーパーコンピューター「富岳」によるシミュレーションが紹介されています。
※ ここで用語確認;
・不織布マスク:サージカルマスクとも呼ばれ、医療現場でも使用されています。
・N95マスク:医療用マスクで一般には出回らないプロ用です。装着していると息が苦しくなるほど密閉性が高いのが特徴です。
データの数字を見るとき、もう一つ注意点があります。
それは「減らす%」か「残りの%」のどちらかを要確認。
例えば、上の表で、
「マスクなし → 0%」
は「減らす%」を表示していますが、
表によってはここを、
「マスクなし → 100%」
と「残りの%」を表示しているものも散見されますので。
では表を読み込んでいきましょう。
まず気がつくのが、
飛沫捕集率(カット率)は(吐き出し)>(吸い込み)
が基本だということ。つまり、
非感染者がマスクをするより感染者がマスクをした方が効率がよい
ことになります。
(吐き出し)での飛沫カット率を高い順から並べると、
99%:N95(医療用)
86%:不織布+綿(二重マスク)
82%:不織布
72%:綿
52%:ウレタン
となります。
装着感からいうと「苦しいほど有効」ですね。
“鼻出しマスク”ではどうでしょうか。
・・・表の「不織布マスク」の「ルーズ」がそれに相当します。
(吐き出し)カット率が82%→ 76%(マイナス6%)へ低下し、
綿マスクに近くなりますが、意外にも小幅な低下。
(吸い込み)カット率は75%→ 55%(マイナス20%)と大幅に低下するので、
“鼻出しマスク”は自分が感染するリスクを上げている危険な行為となります。
“あごマスク”はマスクなしと同じと考えてよいでしょう。
会話をするときにマスクをアゴの下に下げるのもマスクなしと同じです。
“二重マスク”(不織布+綿)では、
82%→ 86%と思ったほど上乗せのカット率が稼げません。
(吸い込み)での飛沫カット率を高い順から並べると、
98%:N95
84%:不織布+綿
75%:不織布
52%:綿
18%:ウレタン
の順です。
これは「自分を守る」ための数字ですから気になります。
前述の通り、(吐き出し)より少しカット率が低下しています。
綿やウレタンは50%以下とあまり効果が期待できません。
二重マスク(不織布+綿)は、
カット率9%アップですからやる価値がありそうです。
それから、フェイスシールド、マウスシールドというアイテムもあります。
この表によると、飛沫カット率は、
(吐き出し)
20%:フェイスシールド
10%:マウスシールド
(吸い込み)
両方とも効果なし
というさみしい結果。
テレビを見ていると、
マウスシールドをしているタレントをときどき見かけますが、
まあ“建前”程度の意味しかありません。
ただ、私は診療中にフェイスシールドを装着しています。
これは、飛沫吸い込み防止目的ではなく、
飛沫による「目からの感染」を防止するためです。
エアロゾルは無理としても、会話や咳で飛ぶ飛沫はブロックしてくれます。
実は、子どもは遠慮なく咳をしたり泣き叫んだりするので、
マスクをしていても飛沫を浴びまくり、
たまに風邪をもらうことがありました。
しかし、フェイスシールドを使うようになってから、
この2年間、一度も風邪を引いていません。
“目からの感染ブロック”の効果を実感しています。
前述しましたが、データを見るときに、
残存率を表示している場合(⇧)
があるので混乱しがち、注意が必要です。
さて次は、マスクの飛沫カット効果から一歩進んで、
感染力低下度のデータを紹介します。
私は「富岳」によるシミュレーションのデータを見るたびに、
「でもこれって本物のウイルスを使っていないから、どこまで信用していいんだろう?」
と懐疑的になるひねくれ者です。
そこに登場したこの報告は、
リアルワールドの数字により近くなります。
ただしどこでもできる実験ではなく、
厳密な感染対策ができる限られた施設でのみ可能な特殊な実験です。
倫理上、生身の人間を使うわけには行かないので、
マネキンに装着したマスクを通過するウイルス量を測定した実験系。
河岡教授はときどき、
「えっ、それやっちゃうんですか?」
という想定外の発想で実験・研究し、周囲を「アッ!」と言わせるお方。
実験は、距離を50cmという日常会話に近い設定で行われました。
相談してきた子どもに説明できるデータです(
こちらに動画があります)。
相手(不織布):自分(不織布) → 感染率75%低下
相手(布) :自分(布) → 感染率70%低下
相手(不織布):自分(なし) → 感染率70%低下
相手(布) :自分(なし) → 感染率70%低下
相手(なし) :自分(不織布) → 感染率47%低下
相手(なし) :自分(布) → 感染率17%低下
となります。
驚いたことに、相手がマスクをしている場合、
自分がマスクをしてもしなくても数字はあまり変わりません!
一方、相手がマスクなし(あるいは“あごマスク”)の場合、
自分だけマスクをしても、カット率は50%未満・・・
やはり相手にはマスクをして欲しいところです。
次にウイルス株(武漢株、デルタ株、オミクロン株)による感染力の違いのデータを提示します。
従来株(武漢株)とデルタ株の違いのイラスト解説を見つけました。
ここではマスクの有無は不問なので、マスクなしの設定と考えてください。
従来株の時期はソーシャル・ディスタンスが1m程度といわれていましたが、
デルタ株が登場した頃から、2mへ増えたのはこのようなデータに基づいているのでしょう。
では、マスク+ソーシャル・ディスタンスを変えた場合の効果はどうでしょう。
下のデータは、オミクロン株の感染力をデルタ株の1.5倍と設定したものです。
前述の東大のデータでは、
「両者が不織布マスクをして50cm間隔での会話で感染率75%低下」
という結果でしたが、上記「理研」(理化学研究所)のデータでは、
「両者が不織布マスクをして50cm間隔での会話で感染率90%低下」
となります。まあ、実験系(感染実験 vs シミュレーション)が違いますのでデータのばらつきは仕方ありません。
注目すべきは、テレビでも強調されていましたが、
「相手がマスクを着用し1m離れていれば15分間会話しても感染率0%」
という数字です。
これは前半の(マスクの性能)だけではなく、
(マスクの性能)+(ヒトとヒトとの距離)
を両方考慮した数字で、リアルワールドに応用できます。
以上をまとめると、
新型コロナの感染対策としてのマスクの効果は、
自分がマスクをするかしないの影響は少なく、
相手がマスクするかしないかの影響がとても大きい、
という結果になりました。
より具体的に、小学生の不安・心配に答えるために、
自分はマスクをしているけど、クラスメートの中には・・・
という状況を想定し、
飛沫カット率と感染低下率のデータを並べてみます;
「〇 〇 さんはアゴ出しマスク」ときの(50cm離れた)会話のリスク
=(相手がマスクなし/アゴだしマスク)+(自分が不織布マスク着用)
→ マスクによる飛沫カット効果:25〜30%へ減少
→ 感染リスク:47%へ減少
「クラスメートはみんな不織布マスクをしている」ときの(50cm離れた)会話のリスク
=(相手が不織布マスク着用)+(自分が不織布マスク着用)
→ マスクによる飛沫カット効果:20%×30%=6%へ減少
→ 感染リスク:30%へ減少(50cmの距離)
「クラスメートはみんな布マスクをしている」ときの(50cm離れた)会話のリスク
=(相手が布マスク着用)+(自分が布マスク着用)
→ マスクによる飛沫カット効果:26%×60% ≒ 16%へ減少
→ 感染リスク:75%へ減少(50cmの距離)
「クラスメートはみんなウレタンマスクをしている」ときの(50cm離れた)会話のリスク
=(相手がウレタンマスク着用)+(自分がウレタンマスク着用)
→ マスクによる飛沫カット効果:65%×50% ≒ 33%へ減少
→ 感染リスク:データなし
あえて、マスクの性能と、感染リスクの両方を表示しました。
なぜって、
「飛沫が半分に減る=感染率が半分に減る」
訳ではありませんから。
小学生の疑問に対するファイナル・アンサーとしては、
両者マスクなし状態での(50cm離れた)会話での感染リスクを100%とすると、
自分が不織布マスクをしていれば、
・アゴだしマスクをしている友達では、感染リスクは53%まで下がり
・不織布マスクをしている友達では、感染リスクは30%まで下がる
という説明になります。
リアルワールドでは、双方不織布マスクをしていても感染リスクは30%残り、ゼロ%にはならないことを認識すべし、という結論になりました。
※ 今回は「時間」と「換気」の要素は取り上げませんでした。また別の機会に(^^;)。
<参考>
■ 理研、スパコン富岳で不織布や手作りマスクの飛沫の差を解析
~オフィス内、イベントホールなどでのエアロゾル感染もシミュレーション
■ 国立大学法人豊橋技術科学大学 Press Release
■ スパコン富岳で電車/タクシー/航空機内などでのコロナ感染リスクを検証
~機内ではリクライニングでの咳がワーストケース
■ マスクの選び方は? ウレタンは性能劣る【素材別の比較結果】
■ 新型コロナウイルスに関する情報《マスク編2》「データから見るマスクの効果」
■ 50cmの距離で話すとマスク装着でも高リスク。オミクロン株を含めた富岳の飛沫感染分析
■ 新型コロナウイルスの空気伝播に対するマスクの防御効果