徒然日記

街の小児科医のつれづれ日記です。

インフルエンザ情報2019:2-3インフルエンザの薬剤耐性化

2019年09月23日 07時26分27秒 | 小児科診療
 ゾフルーザ®の耐性化率が高いことが問題視されている今日この頃ですが、抗インフルエンザ薬とインフルエンザウイルスのイタチごっこはこれが初めてではありません。
 古くはシンメトレル®、記憶に新しいタミフル®&ラピアクタ®、そして現在問題になっているゾフルーザ®。
 その歴史を簡単に紐解いてみましょう。
 シンメトレル®はもはや過去の薬なので、あまり調べていません。
 ノイラミニダーゼ阻害薬であるタミフル®とゾフルーザ®の耐性化は、ともにインフルエンザウイルスの遺伝子変異によるもの(前者はH275Y変異、後者は)と説明されています。

 耐性ウイルスの出現には2つのパターンがあるようです。

1.薬の使いすぎで顕在化(薬剤選択圧と呼びます)
 抗インフルエンザ薬をたくさん使えば使うほど、変異株がそれをかいくぐって増えて目立つ現象。抗菌薬(=抗生物質)の薬剤耐性もこのパターン。耐性株は一般株比較して、感染力が劣る。

2.自然発生
 自然界で発生したウイルスの遺伝子変異が、たまたま薬剤耐性であった場合。2008年のアフリカでのタミフル®耐性化はこのパターン(アフリカではほとんどタミフル®が使用されていなかった)。

 発生の仕方で、感染力が異なるのですね。

1.シンメトリル®(一般名:アマンタジン)
 この薬剤はA型インフルエンザにのみ有効で、B型には元々効きません。
 アマンタジンの耐性株は、03~04年ごろから中国を中心に広がり、そこから2シーズン後には、ほぼ全世界に広がりました。現在はA(H1N1)、A(H3N2)ともに100%耐性です。そのため抗インフルエンザ薬として臨床的に使用されることはありません。
 現在はパーキンソン病の治療薬として用いられています。

2.タミフル®(一般名:オセルタミビル)
 タミフル®は2001年に発売された、画期的な薬剤でした。2007/8シーズンに薬剤耐性のA(H1N1)ソ連型ウイルスがヨーロッパで検出され、翌2008/9シーズンに全世界へ広がりました。耐性株は感受性株と比較して、症状が異なるとか、重症化する現象は認めませんでした。
 薬剤耐性株は増殖力・感染力に劣るため、流行は拡大しないとされていますが、この変異株は全世界へ広がりました。その理由として、感染力低下をを代償する遺伝子変異(※)を獲得したためと説明されています。
ノイラミニダーゼ遺伝子 222番(アルギニンからグルタミン) 234番(バリンからメチオニン)
 翌2009/10シーズンに新型インフルエンザA(H1N1)pdmのパンデミックが起こり、選手交代と言わんばかりにAソ連型は姿を消し去り、耐性ウイルスもなくなりました。


2008/09インフルエンザシーズンにおけるインフルエンザ(A/H1N1)オセルタミビル耐性株(H275Y)の国内発生状況 [第2報]
(Vol. 30 p. 101-106: 2009年4月号)
・・・2007/8シーズンの後半から、ノイラミニダーゼ(NA)蛋白の275番目のアミノ酸がヒスチジンからチロシン(H275Y)に置換し、オセルタミビルに対して耐性となるA/H1N1亜型ウイルスが、世界各地で高頻度に検出されるようになり、医療機関における抗インフルエンザ薬の選択に大きな影響が出ている。これまでの世界各国における耐性株の発生頻度は、2007年後半~2008年3月期は16%、2008年4月~9月期は44%、2008年10月~12月期は92%と、耐性株が急速に世界中に広がっている 1)。現時点では、オセルタミビル耐性のA/H1N1ウイルスは、米国で97%、EU諸国で98%、豪州、中米、アフリカ諸国で80~100%となっている。日本周辺では、韓国で99%、台湾で100%である。
・・・昨シーズン(2007/08)に国内で分離されたオセルタミビル耐性A/H1N1株の発生頻度は、わずか2.6%(1,734株中45株)だったのに対し、今シーズン(2008/09)は42都道府県から耐性株が分離され、発生頻度は99.6%(1,239株中1,234株)となった。すなわち、わずか半年あまりで国内においてもA/H1N1耐性株が劇的に増加していることが明らかとなった。今シーズンに分離されたA/H1N1国内耐性株も、昨シーズンと同様に今季向けワクチン株であるA/ブリスベン/59/2007に遺伝的にも抗原的にも類似しているため、今季ワクチンは有効であると考えられる。これに加えて、耐性株はもう一つの抗インフルエンザ薬であるザナミビルに対しては感受性であることから、ザナミビルによる治療も有効であると考えられる。一方、A/H3N2亜型およびB型インフルエンザウイルスでは、わずかながら感受性低下を示すA/H3N2亜型 1株を除いては、両薬剤に対して明確な耐性を示す株は確認されていない。
 今回、世界中で検出されている耐性株の大半は、オセルタミビルを使用していない国で分離されていることから、今回の耐性株は、オセルタミビルの頻用によって耐性ウイルスが出現したり、耐性ウイルスが選択されて流行しているわけではない。また、病原性は通常のA/H1N1株と大きく変わらず、特に重篤な症状を引き起こすとの報告はない。
 一方、過去に報告された耐性ウイルスは、野生株に比べて伝播力や感染力が低下した「欠陥ウイルス」であり、自然に淘汰されてきた。これに対して、今回の耐性ウイルスは、オセルタミビル耐性の性状とともに、別の遺伝子変異によって、野生株よりも強い伝播力を獲得しているものと考えられる。A/H1N1ウイルスが2シーズン連続して流行の主流となることは通常経験されておらず、これも今回の耐性ウイルスの伝播力の強さを反映したものかもしれない。



 2013/14シーズンに札幌市でタミフル®/ラピアクタ®耐性のA(H1N1)pdm09ウイルスの地域的流行が推定されましたが、全国規模の流行にはなりませんでした。
 タミフル®耐性ウイルスは、同時にラピアクタ®にも耐性を示し、一方でリレンザ®とイナビル®には耐性を示さないという特徴があります。また、A(H3N2)香港型には耐性化していません。
 A/H1N1pdm09ウイルスにおける耐性化は、H275Y変異(NA遺伝子の275番目のヒスチジンがチロシンに変異)によるものです。WHOの耐性ウイルス判定基準では、ノイラミニダーゼ阻害薬はH275Y変異をもつN1ウイルスはオセルタミビル耐性とし、それ以外はIC50値を感受性基準と比較して判定します。
 ノイラミニダーゼ阻害薬耐性化には以下の現象が観察され、その一部に私は不思議な印象を受けます。

・A(H1N1)ソ連型でもA(H1N1)pdm09でも耐性化した遺伝子はH275Y変異で同じ、しかし前者は全世界に拡大し、後者は一部の小流行で終わった(不思議)。
・ノイラミニダーゼ阻害薬はB型インフルエンザウイルスに耐性を示したことはない。
・タミフルとラピアクタは同時に耐性化する。
※ この理由は、ウイルスのノイラミニダーゼ構造の薬剤に結合する部位が類似 しているため、タミフル®に薬剤耐性を獲得すると、ラピアクタ®にも耐性化する、と説明されています。
・リレンザとイナビルに耐性化したインフルエンザウイルスは存在しない。

 不思議ですね。


札幌市でタミフル耐性A/H1N1pdm09ウイルスを検出〜リレンザとイナビルに対する感受性は低下していない
2014/1/6:日経メディカル
 国立感染症研究所は1月6日、札幌市でタミフル耐性A/H1N1pdm09ウイルスが検出されたと発表した。2013/14シーズンに、札幌市の患者から分離されたA(H1N1)pdm09ウイルス5株について、札幌市衛生研究所が遺伝子解析による薬剤耐性マーカーの1次スクリーニングを行ったところ、5株すべてがH275Y変異を持っていることが明らかになった。
 さらに国立感染症研究所で、抗インフルエンザ薬であるタミフル、ラピアクタ、リレンザ、イナビルに対する薬剤感受性試験を行った結果、H275Y変異が確認された5株は、いずれもタミフルとラピアクタに対して耐性を示すことが確認された。一方、リレンザおよびイナビルに対しては感受性を保持していた。
 また、この5株とは別に、2013年11月中旬に札幌市内の病院で、健康成人の重症インフルエンザ症例が確認され、国立病院機構仙台医療センターで検体を検査したところ、さきの5株と同様にH275Y変異をもつことが明らかになった。
 これらの6株は、4例が10歳以下の小児、2例が成人から検出されたものだった。いずれも散発例で、個々の患者の間で直接的な感染伝播はなかったと判断されたという。しかしながら、6株のウイルスのHA遺伝子およびNA遺伝子の塩基配列はほぼ同じであることから、「同一の耐性ウイルスが札幌市内で伝播されている可能性が高い」としている。
 6例の患者は検体採取前に抗インフルエンザ薬の投与を受けていなかったことから、薬剤により患者の体内で耐性ウイルスが選択された可能性は否定される、としている。
 今回札幌市で確認された耐性ウイルスは、タミフルとラピアクタに対する感受性は500倍以上低下していたことが分かっている。一方、リレンザとイナビルに対する感受性は低下していなかった。このことから感染研では、「地域における耐性ウイルスの検出状況を考慮し、臨床経過から薬剤耐性が疑われる場合には、交叉耐性を示さない薬剤を使用することを考慮すべきであろう」との見解を示している。


<参考文献>
<速報>2013/14シーズンに札幌市で検出された抗インフルエンザ薬耐性A(H1N1)pdm09ウイルス



 耐性株でも臨床経過に差がない、というのも不思議です。
 この点に関しては、日本のノイラミニダーゼ阻害薬の血中濃度は、耐性株でも有効なレベルまで上昇すると説明されています(⇩)。


2015.1.15:感染症TODAY:タミフル耐性ウイルスに対する臨床効果:富良野病院副院長 角谷富士男

3.ゾフルーザ®(一般名:バロキサビル)
 ゾフルーザ®では、自然界では存在しないPAI38T(PA蛋白質の38番目のアミノ酸)変異が、ゾフルーザ®使用後に発生することが判明しています。すると、ゾフルーザ®の効果が半減どころか、1/100まで落ちてしまうのです。
 さらに問題なのは、耐性化率の高さです。
 現時点では、タミフル耐性は数%と一ケタレベルですが、ゾフルーザ®耐性は約10%と高く、さらに小児に限ると20%を越えるデータもあります。
 また、これまでの歴史では「薬剤耐性株は感染力が低下するので流行して問題になることはない」という現象が普通でした。しかし今回、このPAI38T変異株がゾフルーザ®未使用患者からも検出されており、専門家は問題視しています。この意味することは「変異株も増殖性・感染性を保っている」すなわち「耐性株が流行する可能性がある」ということ。
 注視していく必要があります。

新規抗インフルエンザ薬バロキサビル未投与患者からのバロキサビル耐性変異ウイルスの検出
IASR Vol. 40 p67-69: 2019年4月号)より一部抜粋
・・・インフルエンザウイルスPA蛋白質の38番目のアミノ酸I38はA型およびB型ウイルス間で高度に保存されており、A(H3N2)ウイルスのPA I38T変異は遺伝子データベースに登録された17,227件のPAシークエンス中に1件も含まれていない。また、日本ならびに米国で実施されている流行株の耐性株サーベイランスにおいてもPA I38T変異は1例も検出されていない。一方、バロキサビルの臨床試験では、バロキサビル投与によりPA I38T変異が検出され、ウイルスのバロキサビル感受性低下に関与することが明らかになっている。したがって、PA I38T耐性変異はバロキサビル投与に起因する変異であると考えられている。実際に2018年12月には横浜市でバロキサビル投与後の小児から、PA I38T耐性変異を持ち、バロキサビルに対する感受性が約80~120倍低下したバロキサビル耐性変異A(H3N2)ウイルスが2株検出された。本稿では、2018年11月~2019年2月にかけて採取されたA(H3N2)ウイルスの解析により、バロキサビル未投与患者3名からバロキサビル耐性変異ウイルス3株を検出した。
・・・PA I38T耐性変異はバロキサビル投与に起因する変異であると考えられているため、上記3名のバロキサビル未投与患者から検出された3株のPA I38T耐性変異ウイルス(A/三重/41/2018、A/横浜/88/2018およびA/神奈川/IC18141/2019)は、バロキサビル投与患者から感染伝播した可能性が示唆される。次世代シークエンサーを用いた遺伝子解析により、今シーズンに日本国内で検出された11例のPA I38T耐性変異A(H3N2)ウイルス感染患者のうち、8例では患者の体内でPA I38T耐性変異ウイルスと変異を持たない感受性ウイルスが混在していたことが分かった。一方、ヒト上気道上皮細胞のウイルスレセプター発現パターンを模したヒト化MDCK細胞(hCK細胞)で分離したウイルスの遺伝子解析から、8例中3例ではウイルス分離後に感受性ウイルスが消失しPA I38T耐性変異ウイルスに完全に置き換わったことが確認された。したがってhCK細胞におけるPA I38T耐性変異ウイルスの増殖能は、感受性ウイルスと比べて十分保持されていることが明らかになった。これまでに、実験室株A/Victoria/3/75(H3N2)のPA蛋白質にI38T変異を導入した人工ウイルスを用いた実験から、培養細胞におけるPA I38T耐性変異ウイルスの増殖能は変異を持たない野生型ウイルスと比べて低下することが報告されているが、現在の流行株には適用されない可能性がある。
 2018年10月~2019年1月の間に、日本国内の医療機関に供給されたバロキサビルは約550.9万人分と報告されており、昨シーズンの約40万人分から急増している。日本国内の耐性株サーベイランスにおいて、昨シーズンはバロキサビル耐性変異ウイルスの検出率は0%であったが、今シーズンは増加傾向にある。日本国内で報告されたバロキサビル耐性変異ウイルスは、生後8か月から14歳までの患者から検出されており、ほとんどが12歳未満の小児である。バロキサビルの第Ⅲ相臨床試験において、耐性変異ウイルスの検出率は12歳以上で9.7%、12歳未満では23.4%と高く、また耐性変異ウイルスが検出された患者ではウイルス力価の再上昇が認められ、感受性ウイルスが検出された患者と比べて罹病期間が延長することが報告されている。米国では2018年10月に12歳以上のインフルエンザ感染患者を対象としてバロキサビルが承認されたが、12歳未満の小児に関しては現在第Ⅲ相臨床試験が進行中で、未承認である。


 2018/19シーズンの抗インフルエンザ薬の中でゾフルーザ®処方率が第一位となったそうです。
 しかし、耐性化率の高さとコストを考慮し、あえて採用しなかった病院もあり、話題になりました。

ゾフルーザ採用見送り
2018年11月11日:亀田総合病院HPより
 すでにバロキサビル(商品名:ゾフルーザ)が、抗インフルエンザ薬の市場第1位になったようです。1回投与という簡便さが受けたのでしょうか?
 先に結論を述べますが、当科では今シーズンはゾフルーザを使用する予定はありません。

産経新聞:インフル薬「ゾフルーザ」シェア1位に 負担軽く人気

 ウイルスの排泄がday 2-3がタミフルより少ない状態となることが利点とされていますが、本当にそれによって感染性が落ちることは示されていません(飛沫予防策の期間は変わりません)。また、インフルエンザウイルスA/H3N2で、治療中に約10%が耐性化する可能性が指摘されており、その場合、ウイルス排泄はタミフル群より多いため、むしろそのような株が大勢を占めた場合、感染伝播拡大の危険性もあります。また、コストは、4789円(40mg)で、タミフルの2720円(5日分)の1.76倍です。タミフルのジェネリックはさらに安く1360円(ゾフルーザはこれの3.52倍)となっており、もし1000万人を治療するとした場合、タミフルのジェネリックとゾフルーザを比較すると、前者のほうが342億9000万円もお安くなります。また、将来的に、タミフル耐性ウイルスがでた場合の治療薬となる可能性もあり、今から使用して、耐性ウイルスを増やしてしまってもよいのか、という問題もあります。

(利点)
・1回投与でよい
・耐性化しない場合は、ウイルス排泄量が早く減少


(欠点)
・耐性化のリスク
・コスト(税金と健康保険と自己負担)
・未知の副作用があるかも


 今のところ論文として発表されたものは、12-64歳の結果であり、小児に対するdataは十分ではありません(保険は通っています。国内で第III相試験が、単一armで実施されたようであり、添付文書に記載あります。社内資料とのこと。詳細は不明です。18/77例で、耐性化の懸念あり、非常に高率です)。
 以上から、適応を慎重に検討する必要があると思われます。当科では、今年度の採用は見送っています。依然として、今までの実績・文献的根拠から、タミフル(一般名:オセルタミビル)が第1選択であると考えています。

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インフルエンザ情報2019:2-2インフルエンザと麻黄湯

2019年09月22日 15時33分23秒 | 小児科診療
 私は小児科医ですが、診療に漢方を多用しています(約3割の患者さんに処方)。
 インフルエンザに適応のある漢方薬は3つ(麻黄湯、柴胡桂枝湯、竹茹温胆湯)あり、その代表である麻黄湯の記事を見つけたので紹介します。

 麻黄湯の証(=適応)は「悪寒、発熱、頭痛、腰痛があり発汗がない人」で、インフルエンザ急性期の「熱はあるが比較的元気で汗がまだ出ておらず、水分が摂取可能な状態」です。ですから、インフルエンザと診断されてもこれを満たさない場合(悪寒がなく熱っぽいだけ、発汗多量、ぐったりしている、嘔気がある)の場合は使ってはいけません。
 「インフルエンザの適応があるのに使っていけないのはなぜ?」
 という疑問が湧いてきますね・・・下記の記事の中に回答がありました;

「ノイラミニダーゼ阻害薬やバロキサビルマルボキシル(ゾフルーザ)など、抗インフルエンザ薬の治療対象はインフルエンザウイルスという“実体”である」
「漢方薬はインフルエンザ症状という”現象”に対する治療であり、その治療対象はインフルエンザウイルスではない」

 ですから、「悪寒、発熱、頭痛、腰痛があり発汗がない人」なら、インフルエンザが陰性でも効くのです。

インフルエンザに対する漢方薬の効果は?
2019/2/12:日経DI
・・・医療用として用いられている麻黄湯は、キョウニン、マオウ、ケイヒ、カンゾウから構成される漢方薬であり、インフルエンザ感染初期の症状緩和に保険適用を有する。麻黄湯には基礎的研究において抗ウイルス作用が示唆されており5,6)、インフルエンザ治療における有望な選択肢となる可能性を秘めている。
 PubMed、J-STAGEおよびGoogleを用いて、インフルエンザ症状に対する麻黄湯の有効性を検討した臨床試験を検索したところ、5つの研究が見付かった。その概要を表1にまとめた。


表1 インフルエンザ感染症に対する麻黄湯の有効性を検討した臨床試験

 小児を対象に発熱に対する有効性を検討した2研究では、オセルタミビルリン酸塩(商品名タミフル他)と比較して、いずれも発熱持続時間が有意に短縮していた。また、成人を対象に発熱に対する有効性を検討した3研究中2研究では、オセルタミビルと統計学的な有意差は認めなかった。他方、1件の非盲検化ランダム化比較試験では、発熱期間中央値がオセルタミビルと比較して麻黄湯で17時間ほど短いことが示されている。
 しかしながら、上気道症状に対する有効性を検討した研究は、小児、成人いずれにおいても報告されていなかった。
 麻黄湯が対照群と比較して優れた解熱効果を示した研究も存在するが、いずれも小規模の非盲検試験であり、また対照群はプラセボ比較ではなく、全てノイラミニダーゼ阻害薬である。麻黄湯そのものの厳密な効能(efficacy)を、これらの研究結果から評価することは困難であろう。
 とはいえ、ノイラミニダーゼ阻害薬と比較して有効性(effectiveness)に有意な差を認めないということは、これらの抗ウイルス薬と麻黄湯がほぼ同等の効果を持つとも考えられる。また、インフルエンザ感染症に対するアセトアミノフェン(カロナール他)の効果は限定的であり、早期に解熱を期待するのであれば、麻黄湯は有望な治療薬となり得るかもしれない。

・・・漢方薬の適正使用において、しばしば指摘されるのが「証」の考慮である。例えば麻黄湯は、全てのインフルエンザ患者に用いられるべきではなく、悪寒、発熱、頭痛、腰痛があり発汗がない人に限られるというわけだ。
 日本東洋医学会の「インフルエンザに対する麻黄湯使用上の注意」でも、「麻黄湯の主薬である麻黄にはエフェドリン類が含まれており、交感神経刺激作用がありますので、その薬理作用を十分に承知の上、証に随って適性に使用してください」と記載されている。もちろん、エフェドリンによる薬物有害事象には注意が必要であるが、証に随った適切な漢方処方によって臨床的にどのような影響があるのか、ほとんど検証されていないのが現状である。

・・・ ノイラミニダーゼ阻害薬やバロキサビルマルボキシル(ゾフルーザ)など、抗インフルエンザ薬の治療対象はインフルエンザウイルスという“実体”である。故に迅速診断キットによって、インフルエンザウイルスに感染しているか否か、白黒をつける必要性に駆られるわけだ。
 しかし、漢方薬はインフルエンザ症状という”現象”に対する治療であり、その治療対象はインフルエンザウイルスではない。もちろん、基礎的研究において抗ウイルス作用が示唆されている生薬成分もあろうが、それが臨床症状の改善をもたらすかどうかについての因果は証明されていない。
 そして、“現象”に対する治療であれば、インフルエンザウイスルが存在するかどうかはどうでもよい問題である。このどうでもよさが、「白黒つけろ」、という半ば強迫じみた心情から医療者や患者を解放し、必要性の低い検査や不適切な抗ウイルス薬投与を減らす可能性があるのではないかと思う。



 次の記事は麻黄湯の論文を集めて解析した内容です。
 ノイラミニダーゼ阻害薬と同等の効果があるという報告が多い一方で、「証」を導入した大規模な比較研究はほとんどみられず、臨床研究としての質は低い点を指摘しています。
 それでもコストや診断の煩雑さを考慮すると、麻黄湯単独で処方する選択肢もあり得る、との結論。


「麻黄湯」2019年こそのメタ解析?!を読む
2019年5月9日:m3.com)福家良太(東北医科薬科大学病院)
・・・麻黄湯には、ウイルス感染に対する濃度依存性の抑制効果として桂皮が、サイトカインの産生抑制の効果として桂皮と麻黄が、免疫賦活作用として杏仁と甘草が含まれており、特に感冒やインフルエンザ急性期の使用に向いている。

・・・今回紹介する論文は、インフルエンザに対する「麻黄湯とNAIsの併用 vs. NAIs単独」あるいは「麻黄湯単独 vs. NAIs単独」を比較した臨床研究のシステマティックレビューおよびメタ解析です。主要評価項目(有効性)は投薬開始からインフルエンザ症状(発熱、頭痛、倦怠感、筋肉痛、悪寒)の改善までの期間とウイルス検出期間、副次評価項目(安全性)は(1)悪心、異常行動、症状による治療中断といった、副作用または有害事象、(2)有病率(インフルエンザ感染による合併症)または死亡率、(3)あらゆる理由での入院――としています。
 文献検索の結果、2つのランダム化比較試験(RCT)を含む12の研究がメタ解析に組み入れられました。なお、麻黄湯とプラセボを比較したRCTはありませんでした。また、ほとんどの研究で、使用された麻黄湯は日本のツムラのものでした。

・・・このシステマティックレビューの結果を簡単にまとめると、以下の通りです。
(1) NAIsに麻黄湯を併用することで発熱期間が短縮した(異質性は低い)
(2) 麻黄湯単独とNAIs単独の比較ではあらゆるアウトカムに差はない
(3) 全体としてエビデンスの質は低い
 全て日本からの報告であり、本邦での実臨床に適用はできる結果ではありますが、やはりより大きな質の高いRCTがほしいところです。現時点では小規模RCTが2つのみですが、こちらの結果に触れておきます。
 一つはKuboら(Phytomedicine 2007; 14: 96-101)の報告で、オセルタミビル群、オセルタミビル+麻黄湯併用群、麻黄湯単独群の3群を比較した60例の非盲検単施設RCTです。患者の平均年齢は約5歳、発熱から投薬までの時間は11時間程度、インフルエンザワクチン接種患者はほとんどいなかった、という患者集団です。オセルタミビル群と比較して、麻黄湯併用群(中央値差9時間)、麻黄湯単独群(中央値差6時間)のいずれも投薬後の発熱期間を有意に短縮した、という結果になっています。呼吸器症状改善までの期間には差を認めていません。
 もう一つはNabeshimaら(J Infect Chemother 2012; 18: 534-543)の報告で、麻黄湯群、オセルタミビル群、ザナミビル群の3群を比較した41例の非盲検単施設RCTです。平均年齢は28.7歳(全員が20歳以上)、発症から研究登録までの期間は1日程度、全体の半数近くがインフルエンザワクチンを接種、という患者集団でした。発熱期間は麻黄湯群(29時間)がオセルタミビル群(46時間)よりも有意に短いものの、ザナミビル群(27時間)とは有意差は見られませんでした。また、全症状改善までの期間には3群間で有意差は見られませんでした(83時間 vs. 87時間 vs. 94時間)。
 これらを見ても分かる通り、少なくとも麻黄湯はオセルタミビルより発熱期間が短縮する可能性はありそうですが、他のNAIsやバロキサビルとの比較に関しては現時点では不明です。

・・・麻黄湯を処方するなら、単独で使用するかNAIsに併用するかですが、今回のメタ解析結果を見るに、併用する方がメリットはあるかもしれません。ただ、効果量からしてそのメリットは微々たるものとも言えます。また、3000円以上するNAIsに比して麻黄湯は1日当たり173円と非常に安価で、その効果効能から5日間も内服しません。麻黄湯の作用機序から、ウイルスに対する直接作用ではなく、われわれの免疫に作用することから耐性ウイルスの懸念もありません。副作用リスクも当然、NAIsに併用するより麻黄湯単剤の方が低くなります。これらのことから、総合的には麻黄湯単独がよいと考えます。

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インフルエンザ情報 2019:2-1抗インフルエンザ薬

2019年09月22日 11時16分39秒 | 小児科診療
 ワクチンに引きつづき、抗インフルエンザ薬(以降、略して「抗インフル薬」)について情報を整理しておきたいと思います。
 現時点(2019年9月)で使用可能な抗インフル薬を表にまとめました。



 作用機序から、大きく2つに分類されます。
 一つは「ノイラミニダーゼ阻害薬」で、ヒトの細胞内で作られたインフルエンザウイルスのコピーが細胞外に出ようとするときに妨害することで増えるのを阻止する薬です。タミフル®、リレンザ®、イナビル®など馴染みの処方薬はこの仲間です。点滴剤のラピアクタ®も同じです。作用メカニズムが同じなので、併用しても効果はあまり変わりません。
 一方、2018年3月に登場したゾフルーザ®は細胞内で増える途中でストップをかける薬です。実質的には2018/19シーズンにはじめて広く使われました。

※ 実は上記2つ以外にも作用機序の異なる抗インフル薬は存在します。
・M2蛋白阻害薬:アマンタジン(商品名シンメトレル他)。A型インフルエンザにしか効果がない上、既に耐性ウイルスが多くを占めているため、現在使用されていません。
・RNAポリメラーゼ阻害薬:ファビピラビル(アビガン®)。「新型又は再興型インフルエンザウイルス感染症(ただし、他の抗インフルエンザウイルス薬が無効又は効果不十分なものに限る)」を効能・効果として承認されています。H7N9のR292K変異株が流行した際には、国による使用についての迅速な判断を期待するとされています。薬事承認されていますが、催奇形性があるため、国が使用を判断したときのみに投与が認められており、日常診療で使うことは現時点ではありません。


※ 2018年6月から、タミフル®のジェネリックの販売が解禁となりました。オセルタミビル®「〇〇〇」という名前で処方されます〇〇〇には製薬会社の名前が入ります。

 小児への抗インフル薬の適応に関しては、2018年10月に日本小児科学会から「2018/2019 シーズンのインフルエンザ治療指針」が出されています。



 新薬のゾフルーザ®については「同薬の使用については当委員会では十分なデータを持たず、現時点では検討中である」との記述だけで、推奨も制限もしていません(今シーズン版の公表が待たれるところ)。

 さて、小児への適用について私の方針を元に表にまとめました。

<抗インフルエンザ薬、年齢別小児への適応>


※ 当院ではほとんど使用していないラピアクタ®は省略しました。ちなみにラピアクタ®の小児適応は、添付文書の「低出生体重児、新生児、腎機能障害を有する小児等を対象とした 臨床試験は実施していない」という記載から判断すると、「腎機能が正常な生後2ヶ月以降の小児」となります(明らかな年齢制限はないと考える医師もいます)。

 乳幼児に使用できるのはタミフル®のみです(2017年3月に公知申請で承認:生後2週間かつ体重2500gから可能)。タミフルは体重が37.5kg未満ではドライシロップ(溶かして飲む粉)、それ以上はカプセルになります。
 5歳以降では内服/吸入にかかわらずすべての抗インフル薬が使用可能になります。

※ タミフル®の副作用として「異常行動」が問題になり、一時期「10歳台には使用禁忌」とされてましたが、その後疑いが晴れた(分析により異常行動はインフルエンザ感染症の症状であり、タミフルの影響は乏しいと判断された)ため、2018年から10歳台への使用も再開されました。

 ただし、吸入薬はうまく吸い込めることが条件になりますので、当院では小学生以上にお勧めしています。さらに、1回吸入で終了ののイナビル®は失敗が許されないため、吸入初心者にはお勧めしていません。まず5日間使用のリレンザ®を使ってもらい、吸入手技に慣れたら次回からはイナビル®も選択肢に入れるよう指導しています。

 さて、これらの抗インフル薬、2018/19シーズンではどの薬がどれくらい使用されたのか、興味のあるところ。
 日経メディカルがアンケート調査した円グラフを引用させていただきます。

<2018/19シーズンにおいて処方された抗インフルエンザ薬の種類>


(1位)タミフル:49.4%
(2位)イナビル:22.8%
(3位)ゾフルーザ:15.6%
(4位)リレンザ:9.1%
(5位)ラピアクタ:3.1%

 という結果でした。
 全年齢に使用可能なタミフル®が予想通り最多、1回吸入で済むイナビル®が次点は肯けますが、新顔のゾフルーザ®が3位に食い込んできました。「1回内服で終了」は手軽ですからね。

 では、ゾフルーザ®の効果はどうだったのか、気になります。
 実はこの新薬、当初より“耐性化”が懸念されていました。特に小児でその比率が高く、しかし臨床データでは症状が長引くほどではなかったので「問題ないだろう」と専門家は解説していました。

画期的新薬「ゾフルーザ」、外来で処方する前に高い耐性率の考慮を
2018年12月15日:日本医事新報社



(菅谷氏の話)
 ゾフルーザ投与患者におけるアミノ酸変異(耐性)の出現率は、ノイラミニダーゼ(NA)阻害薬に比べてかなり高い。A香港(H3N2亜型)では、成人の10人に1人、小児の4人に1人の割合で罹病期間が延び、小児では発熱期間も延びる。外来診療ではゾフルーザを安易に使用すべきでない。迅速診断でA型と分かった場合や、小児・高齢者・基礎疾患のある患者には避けるべきだ。B型における変異の報告はまだ1例しかないが、B型にはタミフルが効きにくいのでゾフルーザも選択肢になりうるだろう。
 一方で、ゾフルーザはNA阻害薬の耐性を抑制する働きがあり、in vitroではNA阻害薬との併用による相乗効果も報告されている。ゾフルーザはNA阻害薬との併用が前提と言える。入院の重症例では、ラピアクタ(ペラミビル)などにゾフルーザを加えてみてもよいだろう。NA阻害薬との併用療法の研究が進められ、配合剤が登場することに期待したい。


 実際に2018/19シーズンの使用成績でも確認され、やはり小児への使用で体制化率が高いと報告されています。
 国立感染症研究所のHPから「2018/19シーズン抗インフルエンザ薬耐性株検出情報」が発表されています。わかりやすく表にしてみました。

<2018/19シーズンにおける、抗インフルエンザ薬の薬剤耐性化率>


 バロキサビル®は、タミフル®やイナビル®、リレンザ®などのノイラミニダーゼ阻害薬と比較して、耐性化率が明らかに高いことが見て取れます。

 実際の臨床現場からの報告を見つけました。

□ ゾフルーザ低感受性、小児例で症状が長引く傾向(日経メディカルの記事から一部抜粋
 福島県立医科大学小児科の佐藤晶論氏らが小児を対象に行った観察研究によると、ゾフルーザ低感受性ウイルスが検出された群(ゾフルーザ使用18例のうち、内服後に変異ウイルスが検出されたのは39%にあたる7例)では、検出されなかった群に比べて解熱までの時間は同程度だが、臨床症状が長引く傾向が見られ、ウイルスの排泄期間が有意に長かったーことが判明した。


 というわけで、その評価がまだ定まっていない印象であり、様々な意見が飛び交っています。
 「無条件に処方すべき薬ではない」
 「小児には使用を制限すべきだ」
 「ノイラミニダーゼ阻害薬抵抗性の患者に対して併用すべきだ」
等々。

 例を挙げてみます。

□ 「ゾフルーザは、オセルタミビルに比べて有効性に有意差はなく、利便性は高いものの、薬価は5~10倍になり経済性は劣るため非推奨」(昭和大学病院附属東病院

□ 「ゾフルーザはノイラミニダーゼ阻害剤耐性ウイルスの流行時などに使う薬剤との見解。ゾフルーザによるインフルエンザ治療は、ノイラミニダーゼ阻害剤との併用が基本とし、2018/19シーズンのように季節性インフルエンザの外来でタミフルやイナビルの代わりに単独で使う薬ではない。(ゾフルーザ単独投与は)耐性を起こすだけであり、効果も全くタミフルと同じなので意味がない。特にA香港型に対してはゾフルーザ単独で治療すべきでない。」(菅谷憲夫Dr.:2019年4月日本感染症学会の教育講演にて)

 では、現場の医師達はどんな考えでいるのでしょう。日経メディカルのアンケート結果に、迷いが如実に表れています。
 「2019/20シーズンにゾフルーザ®を使うか?」という質問に対する回答を集計したものです。
 まず、すべての医師の統計では、

<2019/20シーズンの抗インフルエンザ薬使用方針>


 使用する方針は(積極的に使用する:11.7%)+(症例を絞って使用する:24.6%)=36.3%
 使用しない方針は(積極的には使用しない:18.8%)+(使用するつもりはない:17.8%)=36.5%
 と拮抗し、その他の医師27.0%は「方針を決めていない」という結果。
 これほど治療方針がバラバラな薬、珍しいです。

 各診療科別に集計すると以下の通り;



 小児科の項目を前述と同じように記述すると、
 使用する方針は(積極的に使用する:12.5%)+(症例を絞って使用する:24.1%)=36.6%
 使用しない方針は(積極的には使用しない:24.6%)+(使用するつもりはない:22.4%)=47.0%
 となります。全診療科の数字と比較すると、使用する方針は同程度、しかし使用しない方針は明らかに上回っています。

 やはり「小児は耐性化率が高い」ことの影響と言わざるを得ません。
 この件について質問した答えが下の円グラフです;



 つまり、「小児にゾフルーザを処方することに反対あるいは賛成できない」医師が63.8%と約2/3を占める結果でした。

 最後に、ゾフルーザ®を巡る現時点での状況を。

・ゾフルーザの治療上の位置付けについては現在、日本小児科学会や日本感染症学会などが検討を進めている(10月に公表?)。
・米国などでは、重症例に対し、ゾフルーザをオセルタミビルなどのノイラミニダーゼ阻害薬と併用する治療法の有効性について検討が始まっている。



 以上、抗インフルエンザ薬の現況について情報を集めてみました。
 これを踏まえると、2019/20年シーズンはどのような方針を採るべきでしょうか。
 私の中では、こんな感じです;

・抗インフル薬は、インフルエンザ患者全員に必要はない。抗インフル薬は効果があるが、副作用もある。診断されても元気なら対症療法薬で様子観察し、つらそうなら薬の使用を考えるスタンスでよいのではないか。

・第一選択はタミフル。全年齢に使用可能で、エビデンスが豊富(作用も副作用も判明している)。

・希望により、小学生以上はリレンザ/イナビルなど吸入剤も選択可(ただしイナビルはタミフルより効きが悪いという報告あり)。

・ゾフルーザの位置づけが悩ましい。高い耐性化率が判明した現時点では第一選択にはなり得ない。希望者には「耐性化率が高く、5人に1人の割合で症状が長引く可能性がある」と説明し、同意を得られた患者さんのみに処方するべきか。


 2019年10月に、日本感染症学会と日本小児科学会から、それぞれゾフルーザを含めたインフルエンザ治療指針が発表されると思われます。できれば流行前に公表して欲しかった・・・。


<参考>
□ インフルエンザ委員会(statement)「キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬について」(2018年10月11日:日本感染症学会
□ 2018/2019 シーズンのインフルエンザ治療指針(2018年10月:日本小児科学会 新興・再興感染症対策小委員会 予防接種・感染症対策委員会
□ ゾフルーザ耐性株の検出率上昇で心配なこと(2019/2/20:日経メディカル
□ ゾフルーザの小児への適応について思うこと(2019/2/5:日経メディカル
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インフルエンザ情報 2019:1.ワクチン

2019年09月16日 07時00分46秒 | 小児科診療
 2019年も9月に入り、日本各地でインフルエンザ流行/学級閉鎖のニュースを耳にする季節になりました。
 さて、インフルエンザの現況を以下の順番で整理しておきたいと思います。
 
1.インフルエンザワクチン
2.インフルエンザ治療薬
3.インフルエンザ診療

 今回は「インフルエンザワクチン」情報です。
 まずは、2018/19シーズンのワクチンの有効性について。
 米国CDCの報告(下記論文)では、すべてのウイルス株に対して47%の効果が得られて“優秀なワクチン”との評価です。
 「え? 有効率47%で優秀?」
 とツッコミたくなりますね。
 その前年の2017/18シーズンのワクチン有効率は25%と低かったので、それと比べると約2倍の有効率ですから“優秀”となるようです。
 小児科医として喜ばしいことに、成人より子どもの方が有効率が高かったこと。生後6ヶ月〜17歳までに限定すると、47%が61%まで上がるそうです。それでも麻疹・風疹の95%には到底かないません。
 まあ、「発症」を基準にすると有効率は低いのですが、軽症化が望めるので接種する価値はあるとされています(私もそう説明しています)。

□ 「インフルエンザワクチンの有効性は昨シーズンを上回る、米調査」より一部抜粋
(2019/02/27:ケアネット)
 今シーズン(2018/2019)のインフルエンザワクチンの有効性は、ウイルス感染の拡大によって大きな打撃を受けた昨シーズン(2017/2018)をはるかに上回るという報告を、米疾病対策センター(CDC)が「Morbidity and Mortality Weekly Report(MMWR)」2月15日号に掲載した。
 この調査は、2018年11月~2019年2月に、インフルエンザワクチン有効性ネットワーク(Influenza Vaccine Effectiveness Network)に登録された計3,254人の成人および小児を対象としたもの。報告書によれば、インフルエンザA型(H3N2)が主として流行した昨シーズンのインフルエンザワクチンの有効性は25%に過ぎなかった。しかし、今回の調査から、今シーズンのワクチンの有効性は、全てのウイルス株に対して47%の効果を発揮していることが分かった。研究を率いたCDCインフルエンザ部門のJoshua Doyle氏らによれば、これは、今シーズンのインフルエンザワクチンを接種すると、重症インフルエンザに罹患する確率が半減することを意味するという。
 また、インフルエンザワクチンの効果は、成人よりも子どもの方が高いことも分かった。Doyle氏は「生後6カ月から17歳までの小児では、全体的なワクチンの有効性は61%に上っていた」と報告している。
 また、今シーズンは、依然としてA型(H1N1)が最も流行しているが、A型(H3N2)の流行も広がってきている。しかし、今シーズンには、いずれのインフルエンザ株もワクチンに含まれているという。
 CDCは、生後6カ月を過ぎたら、全員がインフルエンザワクチンの接種を受けることを推奨している。インフルエンザが猛威をふるい、ワクチン効果が比較的低かったときでも、ワクチンは多くの命を救ってきた。Doyle氏らによれば、昨シーズンには、ワクチン接種により710万人のインフルエンザ罹患と370万件の医療機関への受診、10万9,000件の入院、8,000人の死亡が予防できたと推定されるという。
 ワクチン接種の利点の一つは、インフルエンザに罹患してもワクチン接種を受けていれば、より軽症で済むことにある。インフルエンザの重症度が軽ければ、特に高齢者や子どもの肺炎などの合併症を防ぐことができる。さらに、同氏は、ワクチン接種を受けることは、自分自身だけでなく、家族や周囲の人々を守ることにもつながると強調している。
 Brammer氏は、これまでのところ、今シーズンはH3N2が優勢だった昨シーズンよりもはるかに流行レベルは低いとしている。なお、昨シーズンには、インフルエンザにより約100万人が病院を受診し、約8万人が死亡したと推計されている。

<原著論文>
Doyle JD, et al. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2019 ; 68: 135-139.



 次は日本の小中学生におけるインフルエンザワクチンの有効性に関する報告です。ただし、データはちょっと古く、2012/13シーズンと2014/15シーズンの比較です。


□ 「日本の小中学生におけるインフル予防接種の有効性」より一部抜粋
(2019/08/28:ケアネット)
 インフルエンザワクチンの接種は、インフルエンザの発症予防や発症後の重症化の予防に一定の効果があるとされている。今回、東北大学の國吉 保孝氏らが、地域の小中学生における季節性不活化インフルエンザワクチン接種(IIV)の有効性について2シーズンで評価した結果が報告された。Human Vaccines & Immunotherapeutics誌オンライン版2019年8月19日号に掲載。
 本研究は、公立小中学校の生徒における2012/13年および2014/15年シーズンのデータでの横断調査。調査地域における対象学年の全員にアンケートを配布し、得られた7,945人の回答を分析した。予防接種状況とインフルエンザ発症は、両親または保護者による自己申告式アンケートにより判断した。一般化線形混合モデルを用いて、学校および個人の共変量におけるクラスタリングを調整し、予防接種状況とインフルエンザ発症との関連についてオッズ比および95%信頼区間(CI)を計算した。
 主な結果は以下のとおり。
・予防接種率は2シーズンで同程度であったが、2015年のインフルエンザ発症率は2013年の調査よりも高かった(25% vs.17%)。
・未接種群に対する、1回もしくは2回の予防接種を受けた群におけるオッズ比は、2013年では0.77(95%CI:0.65~0.92)、2015年では0.88(95%CI:0.75~1.02)であった。
・必要な回数の接種を完了した群におけるオッズ比は、2013年では0.75(95%CI:0.62~0.89)、2015年では0.86(95%CI:0.74~1.00)であった。
 これらの結果から、地域社会のリアルワールドにおいて、季節性IIVが日本の小中学生のインフルエンザを予防したことが示された。なお、2シーズン間の臨床効果の差については、「おそらく流行株とワクチン株の抗原性のミスマッチが原因」と著者らは考察している。

<原著論文>
Kuniyoshi Y, et al. Hum Vaccin Immunother. 2019 Aug 19. [Epub ahead of print]



 読んでいて、「はて、有効率はどこで見るのかな?」と疑問が生じます。
 オッズ比の読み方を知らないとわかりませんね。
 「オッズ比」(薬学用語解説)を参考にすると、
 ワクチン有効率は、2013年では25%、2015年では14%ということになります。
 低いですね〜。

 細かいことは考えずにまことにざっくりとまとめますと、以下のようになります。

インフルエンザワクチン有効率
(2012/13シーズン)23%
(2014/15シーズン)12%
(2015/16シーズン) ー
(2017/18シーズン)25%
(2018/19シーズン)47%



 次に紹介する論文は、インフルエンザワクチンを毎年接種しなくてもよくなるかも知れない、万能(ユニバーサル)ワクチンへの期待が膨らむ内容です。
 現在のワクチンは“HAワクチン”と呼ばれていますが、これはウイルスのHA(赤血球凝集素)をターゲットとしたものです。さらに詳しくいうと、HAは頭部と茎領域からできていますが、頭部領域は年々変化(抗原連続変異)し、ワクチンといたちごっこをしています。開発中のワクチンは抗原連続変異が起こらない茎領域のみで構成されているので、より長期の効果が期待できる、というストーリーです。


□ 「新インフルワクチンで毎年の接種不要に? P1試験開始/NIH」より一部抜粋
(2019/05/15:ケアネット)
 インフルエンザワクチンは次シーズンの流行予測に基づき、ワクチン株を選定して毎年製造される。そのため、新たな変異株の出現と拡大によるパンデミックの可能性に、世界中がたえず直面している。米国国立衛生研究所(NIH)は4月3日、インフルエンザウイルスの複数サブタイプに長期的に対応する“万能(universal)”ワクチン候補の、ヒトを対象とした初の臨床試験を開始したことを発表した。
 この新たなワクチン候補は、菌株ごとにほとんど変化しない領域に免疫系を集中させることで、さまざまなサブタイプに対する防御反応を行うよう設計された。本試験は、米国国立アレルギー感染症研究所のワクチンリサーチセンター(VRC)が主導している。

複数サブタイプに長期的に有効となりうる理由は?
 インフルエンザウイルス表面には、ウイルスがヒト細胞に侵入することを可能にする赤血球凝集素(HA)と呼ばれる糖タンパク質があり、感染防御免疫の標的抗原となっている。新たなプロトタイプワクチンH1ssF_3928では、HAの一部を非ヒトフェリチンからなる微細なナノ粒子の表面に表示する。インフルエンザウイルスにおけるHAの組織を模倣するので、ワクチンプラットフォームとして有用だという。
 HAは、頭部領域および茎領域からなる。ヒトの体は両領域に免疫反応を起こすが、反応の多くは頭部領域に向けられている。しかし、頭部領域は抗原連続変異と呼ばれる現象が次々と起こるため、ワクチンは毎年の更新が必要となる。H1ssF_3928は、茎領域のみで構成された。茎領域は頭部領域よりも安定的であるため、季節ごとに更新する必要はなくなるのではないかと期待されている
 VRCの研究者らは、H1N1インフルエンザウイルスの茎領域を使ってこのワクチン候補を作成した。H1はウイルスのHAサブタイプを表し、N1はノイラミニダーゼ(NA、もう1つのインフルエンザウイルス表面糖タンパク質)サブタイプを表す。18のHAサブタイプと、11のNAサブタイプが知られているが、現在は主にH1N1とH3N2が季節的に流行している。しかし、H5N1やH7N9、および他のいくつかの株も、少数ながら致命的な発生を引き起こし、それらがより容易に伝染するようになればパンデミックを引き起こす可能性がある。
 H1ssF_3928は、動物実験において異なるサブタイプであるH5N1からも保護効果を示した。これは、このワクチンにより誘導された抗体がH1とH5を含む「グループ1」内の他のインフルエンザサブタイプからも保護可能なことを示す。VRCでは将来的な臨床試験として、H3とH7を含む「グループ2」サブタイプから保護するように設計されたワクチンも評価することを計画している。

<参考>
NIHニュースリリース
NCT 03814720(Clinical Trials.gov)



 ただ、ワクチンで獲得される免疫は、基本的に自然感染で獲得される免疫を上回ることができません。
 健康成人でも、一生のうちインフルエンザには何回も罹ります。ふつう“忘れた頃に罹る”イメージですから3〜5年ごとくらいのペースでしょうか。
 ですから、新ワクチンが開発されて長期効果が得られても、それを上回ることはできないと思われます。

 より極端に考えると、子どもは毎年のようにインフルエンザに罹りますよね。
 ワクチンの免疫は自然感染の免疫を上回ることができないと考えると、“ワクチンが効かない”とワクチンを非難するのはかわいそうな気がしてきました。

 というわけで、
インフルエンザワクチンは罹らないためではなく、軽く済ませるために接種する
 という説明は、今年も変わりません。
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