徒然日記

街の小児科医のつれづれ日記です。

“副反応あり”でも定期接種化されたロタウイルスワクチン

2020年09月22日 06時41分06秒 | 小児科診療
毎年冬になると嘔吐下痢症が流行します。
子どもで多い原因がロタウイルスによる胃腸炎です。
吐き気/おう吐と下痢が約1週間続き、便の色が薄く白っぽくなるのが特徴です。
中には脱水症に陥り入院が必要になることもあります。
途上国の子どもたちの大きな死亡原因でもあります。

恥ずかしながら、私の子どもたちも入院経験があります。
父親が小児科医でも、脱水の進行を止めることはできませんでした。

このロタウイルス胃腸炎をなんとか征圧できないものか、と
世界の研究者達はワクチン開発に注力してきました。

初期に開発されアメリカで認可されたワクチン(ロタシールド®)は、
副反応である“腸重積”が想定外に多く発生し、中止に追い込まれました。
その後も開発が続けられ、現在日本では2種類のワクチンが認可されています。

そしてこの秋(2020年10月)、定期接種化されました。
赤ちゃんのすべてが費用補助されて接種(実際には注射ではなく内服)できるようになるのです。

しかし“全く安全”なワクチンではなく、
小児科医の中でも「定期接種にするには時期尚早ではないか?」
という議論がくすぶっているのが現状です。

ワクチンは複数回内服するのですが、
初回内服してから1週間後までに、明らかに“腸重積”が多く発生するのです。
その頻度は10万人当たり1〜5人。
製薬会社に安全性を問うと、
「乳児期を通しての腸重積発生は、ロタウイルスワクチン接種の有無で差がない」
と説明しています。
つまり、
「ロタウイルスワクチン接種後に明らかに腸重積発生頻度が上がるが、
1年を通しての数は接種しない場合と差がないから問題ない」
という説明。
私自身、なんだか腑に落ちません。

つまりこのワクチンは、
「副反応がないから安全ですよ」
ではなく、
「副反応はあるけど想定内だから気をつけて接種しましょう」
というレベルであることを認識して望むワクチンなのです。

この点が今までのワクチンと異なるので、
日本人に受け入れられるかどうか心配です。

「腸重積」とは小腸と大腸のつなぎ目に起こる病気で、
小腸が大腸の内側に反転して潜り込んでしまいます。
すると血流が悪くなり、腸粘膜組織が痛んで出血し、
“いちごゼリー状”と表現される血便が出てきます。
当然、ガマンできないほどお腹が痛みますので、
赤ちゃんはずっとぐずっています。

この“グズリ”の時点で医師に相談する必要があります。
「なんだかいつもと違う、哺乳後もグズリが止まらない」
と母親の第六感が働いたら、迷わず医療機関を受診していただきたい。
血便が出るまで様子を見ると、重症化してしまう危険があります。

腸重積はロタウイルス胃腸炎の合併症です。
ロタウイルスワクチンは生ワクチンであり、
自然界にあるロタウイルスを弱毒化した物を、
あえて内服してヒトに軽く感染させ、
症状が出ないけど免疫を獲得しようとする薬です。

なので、合併症としての腸重積が、
副反応として発生するリスクを排除できないのですね。

私は勤務医時代、年間10人前後の腸重積患者さんを診療してきました。
しかし1歳前後が中心で、3ヶ月未満の赤ちゃんの経験は記憶にありません。
ロタワクチン定期接種後、まれながらそのような患者さんが発生するということです。

下記記事とは数字が異なりますが、先日の聴講したWEBセミナーでは、
・ロタウイルス胃腸炎の下痢便1gの中には1000万個のロタウイルス粒子が含まれている。
・ロタウイルス粒子10〜18個が口に入るとヒトは感染してしまう。
という説明でした。
ですから、口の中に少しでも入れば感染は成立し、感染力が強い理由です。
ワクチンを飲んだ後に吐いてしまっても、口の中に入れば追加は必要ないという理由でもあります。


■ 感染力の強い「ロタウイルス胃腸炎」 脳炎で後遺症のリスクも…10月定期接種化
2020/9/21 朝日新聞)より一部抜粋
世界で年間約20万人の乳幼児が死亡
 乳幼児期にかかる病気として、よくあるもののひとつが胃腸炎です。胃腸炎の原因には、ウイルスや細菌などがありますが、特に注意しなくてはいけないのがロタウイルスによる胃腸炎です。この胃腸炎は非常に感染力が強く、世界中の全ての子どもが一度はかかる感染症といわれています。ロタウイルス性胃腸炎は他の胃腸炎より重く、特に初めてかかった場合に重症化しやすい特徴があります。途上国では、5歳以下の子どもの主要な死亡原因のひとつで、年間に約20万人もの乳幼児が、ロタウイルス胃腸炎で死亡しているという報告もあります。 
 ロタウイルス胃腸炎とはどのような病気なのでしょうか。
 発症のピークは、生後6か月~2歳です。ほぼ全ての乳幼児が3~5歳までに感染し、発症するとされています。 この感染症は、1回かかっても、一生続く免疫を得ることができません。したがって、繰り返し感染します。ただし、何度もかかると次第に症状は軽くなっていきます。

脱水症、けいれんや脳炎に注意
 感染すると1~2日の潜伏期の後、下痢、嘔吐、発熱、腹痛などの症状が出現します。この病気は自然に回復しますが、ノロウイルスなど他の胃腸炎より症状が重いことが多く、治るまでに1週間くらいかかることも少なくありません。脱水症にもなりやすく、けいれんや脳炎などの合併症にも注意が必要です。よく白色便がみられると言われます。便が白っぽくなる理由は、肝臓から腸に排出されたビリルビン(便の色が黄色くなる原因です)が便に混じる暇もないくらい、下痢が多いためです。したがって、ロタウイルス以外のウイルスでも、下痢がひどい場合には白い便がみられることがあります。  特効薬はなく、下痢や嘔吐などに対する対症療法が中心です。ORSなどの経口補水液、点滴、整腸剤の内服などで治療します。なお、ウイルスですので、細菌を退治する抗菌薬は効果がなく、乳幼児は下痢止めも原則、投与すべきではないとされています。

通常の衛生管理で制御は困難
 ロタウイルス胃腸炎の問題は、様々な合併症があることです。 
けいれん:熱性けいれん、胃腸炎関連けいれんなどを起こしやすい。 
脳炎:意識障害や長引くけいれんを伴い、重い脳炎を起こすことがある。後遺症の出るケースが38%もあったという報告もある。 
腸重積:ロタウイルスの感染症が原因で腸重積を起こすこともある。 
症状が回復しても、1週間は便にウイルスが排泄(はいせつ)されます。オムツを適切に廃棄し、石けんでの手洗い、次亜塩素酸での衣類の消毒などを徹底する必要があります。しかし、ロタウイルスの粒子は非常に安定しており、感染力も非常に強いです。患者1人の下痢の中には、便1グラムあたり100億~1兆個ものウイルスが存在していますが、ヒトからヒトへは、わずか100個のウイルスがあれば感染してしまいます。したがって、先進国であっても、通常の衛生管理だけで、この感染症を制御することは困難です。

初回感染の代わりにワクチンを
 感染力が非常に強く、時に死亡や重症化をもたらすロタウイルス胃腸炎を予防する最も有効な手段がワクチンです。前に、ロタウイルスは複数回感染する可能性があり、初めての感染で重症化しやすいとお話ししました。逆に言えば、2回目以降は、1回目ほど重症化しません。この性質を利用し、初回感染の代わりに、ワクチンで同様の免疫を得ることができれば、その後、実際にロタウイルスに感染しても軽症ですむだろう、という狙いです。そうして、最も重くなりやすい初感染を軽くできれば、入院や死亡といった重い結果に至るのを防ぐことができます。
  ここまでの話でお分かりいただけるように、このワクチンを接種しても、感染そのものを防ぐことはできません。しかし、重症化の予防が期待できます。「ワクチンを打ってもかかったから意味がない」わけではないことを、知っていただければと思います。

1価と5価 2種類のワクチン
 ロタウイルスワクチンには、1価(ロタリックス®)と5価(ロタテック®)という2種類のワクチンがあります。これらはどう違うのでしょうか。
  ロタウイルスには、遺伝子の型によっていくつかの種類があります。1価ワクチンは、最も高頻度に存在する型(G1P[8])から作られたワクチンで、5価はヒトのロタウイルスの9割を占める5つの型から作られたワクチンです。つまり1価と5価は、成分として含まれているワクチン株の数を意味します。何となく、5価の方がカバー範囲が広く、効きそうな気がしますね。しかし実際は、大規模な臨床試験の結果、1価のワクチンであっても、ワクチンに含まれていない他の型のロタウイルス腸炎まで十分防御できることが分かっており、どちらを選んでも効果は同等と考えてよいでしょう。 
 これらのワクチンの実際の効果はどれくらいなのでしょうか。海外では、ロタウイルスワクチン導入後に、この感染症による死亡や重症下痢症が大きく減少しました。09年、世界保健機関(WHO)は、ロタウイルスワクチンを各国の定期接種に導入することを推奨しました。 
 現在では、世界130か国以上で承認され、100か国以上で定期接種になっています。日本でも11年から任意接種として導入され、ロタウイルス胃腸炎による入院率は85%減少するなど、多くの研究でワクチンの有効性が十分に認められています。

副反応で注意すべき「腸重積
 20年10月、ロタウイルスワクチンはついに、わが国でも定期接種になります。これまでも、任意接種で約60%以上の接種率とされていましたが 、定期接種化で100%近くになると予想され、さらなる患者減少が期待されています。接種スケジュールは、生後2か月(8週)からの初回接種となると考えられています。 
 ・・・初回接種が生後15週以降になると、副反応として、腸重積のリスクが上がるとされており、日本小児科学会は、生後8週~14週6日までに初回接種を行うことを推奨しています。 
 ワクチンの副反応には、下痢、嘔吐、胃腸炎、発熱などが1~5%ほど出るとされています。一番知っておいてほしいのは、この腸重積です。1回目の接種後1週間以内に、腸重積を発症することが稀(まれ)にあるのです(10万人あたり1~5人)。  腸重積とは腸の中に腸がもぐり込んで重なってしまう病気で、一般的に生後3か月以降で発症し、多くは1歳未満です。原因は不明ですが、胃腸炎や風邪などの後に多いとされています。もぐり込んだ腸が締め付けられるため、血液が十分に行かなくなったり、出血して血便が出たりすることもあります。放っておくとさらに締め付けられ、腸自体が腐った状態になってしまうため、できるだけ早く、もぐり込んでしまった腸を元に戻す必要があります。もぐり込んだ時間が24時間を超えると、開腹手術が必要になる可能性が高くなります。

 腸重積を疑う症状には、以下があります。 
(1)15~30分おきに不機嫌な様子を繰り返す 
(2)何度も嘔吐を繰り返す 
(3)イチゴゼリーのような血便が出る
 他には、ぐったりして顔色が悪いなども見逃してはいけない症状です。
 この病気は早く見つけて治療することが非常に大切です。前述したように、初回ワクチン接種が生後15週以降になるとリスクが高くなるとされていますが、14週6日より前に接種したから腸重積が起こらないわけでもありません。したがって、接種後(特に初回)7日以内は、腸重積を疑わせる症状が出現したら、速やかに医療機関を受診する必要があることを、保護者だけでなく、子どもを預かる家族、保育所などの関係者もしっかりと知っておくことが大事です。

定期接種の対象は20年8月以降生まれ
 なお、時々相談されることですが、ワクチンが口から多少こぼれても、赤ちゃんの飲み込みが確認できれば、再接種の必要はありません。ただし、大部分を嘔吐してしまった場合、1価については主治医の判断で再接種を考慮することがありますが、5価では、その回の接種を再び行うことはしないとされています。また、1価と5価のワクチンを交互に接種することはできません。 
 また、10月から始まる定期接種の対象者についても注意が必要です。定期接種の対象となるのは、20年8月以降に生まれたお子さんです。7月までに生まれたお子さんは任意接種となりますが、腸重積のリスクを考え、生後2か月になったら受けてください。

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飛行機内・新幹線内は “密閉” 空間?

2020年09月20日 07時43分14秒 | 小児科診療
新型コロナ対策として有名になった三密(密集・密接・密閉)。
(公共)交通機関である飛行機・電車・バスなども気になります。
中でも、窓が開けられない飛行機と新幹線は“密閉”空間ではないか、と心配になりますね。

先日も、マスクを着用しない、大きな声で反抗して騒いだ乗客が飛行機から降ろされたことがニュースになりました。

では本当に、それらは密閉空間なのでしょうか?
扱った記事から一部を抜粋します;

■ 航空機内ではマスクを着用した方が良いのか?
・・・航空機では一般的に客室の空気は2-3分ごとに完全に入れ替わっています。空気を50%は機外に出し、50%再循環させていますが、再循環させる際にはHEPAフィルターを通過させています。

一般的な機内での空気の流れ(https://doi.org/10.1016/S0140-6736(05)71089-8)
ウイルスもこのHEPAフィルターで捕捉されると考えられており、機内での感染拡大は少ないとされています。
また、エアロゾル感染と考えられる座席の離れた乗客への感染もほとんど報告されていません。
厚生労働省のクラスター事例集でもバスツアーでのクラスターが紹介されており、海外では空気を再循環させたバスでの新型コロナ集団感染が報告されていますが、これはバスではHEPAフィルターが使用されていないことに起因している可能性があります。
というわけで、航空機内での感染はむしろ他の乗り物よりは少ないと言われています。

意外なことに、飛行機内は十分に換気されている事実! を知りました。
ただ、一部を再循環させているのでウイルスをも補足するHEPAフィルターの存在が必要とのこと。
では結局、飛行機内でマスクはした方がいいのでしょうか、しなくてもいいのでしょうか?
忽那先生のコメントは、

新型コロナでは、発症する前の症状がない時期にも感染性があることから、人が密集した場所や屋内では症状がない人も含めてマスクを装着する「ユニバーサルマスク」という考えが新型コロナ以降定着してきており、それを支持する科学的根拠も集まってきています。
機内で大声で喋るような方や咳が出ている方は、周辺に飛沫が飛ぶ可能性がありますので、マスクを装着した方が良いでしょう。
しかし、咳などの症状もなく、喋ることもないようであれば、理論的にはマスクを装着しなくても換気の良好な機内では感染拡大のリスクは低いと考えられます。
・・・
しかし「機内ではマスクを着用しなくて良い」というほどのエビデンスは現時点ではありませんので、特にマスク着用に抵抗のない方は着けておく、マスクを着けたくない事情のある方は添乗員さんに事情を説明し食事中以外はできるだけ喋らない、などの対応で良いのではないかと思います。

と、強制するレベルのものではないという結論でした。

次に新幹線について。
下記記事によると、こちらも「換気はされている」ようです。
ただ、飛行機と異なり「HEPAフィルター」に関する記載が無いのが気になりました。

■ コロナ直撃の東海道新幹線 消毒、換気に続くJR東海の対策は「薬師如来」
・・・窓が開かない新幹線は、対コロナの安全性は保たれているのだろうか?
 結論からいうと、新幹線は走行中・停車中に関わらず、空調や換気装置により、常に外気を取り入れる設計になっており「計算上では約6分~8分で車内の空気は入れ替わる(JR東海)」という。他の新幹線を有するJR各社にも確認をしたが、同様の設計で密閉空間ではないとのことだ。

 考えてみれば感染症は新型コロナウイルスだけではない。コロナ禍の前より、国では換気に関する基準をさまざまな場所に設けており、換気の車両設計基準も定められている。日本で運行する全ての新幹線車両は、その基準を十分満たすということなので、ひとまず安心していいだろう。


<参考>
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当院のインフルエンザワクチン方針(2020/2021シーズン)

2020年09月18日 09時43分03秒 | 小児科診療
新型コロナ関連でインフルエンザワクチンが例年になく推奨される雰囲気になっています。
当院でも準備を進め、毎年作成しているプリントを更新しましたので内容を提示します。

インフルエンザワクチンの有効率(発症予防効果)は約50%とされ、乳幼児ではさらに低いことが報告されています。
しかし、重症化予防率は約70%と、罹っても重くならないことが期待されます。

ですから、
「インフルエンザワクチンの接種目的は、“罹らない”ではなく軽く済ませること」
とお考えください。


<インフルエンザワクチン 2020/21>
                                                                        
■ 日本・WHO・アメリカの接種回数を比較してみると?
 実は、日本と外国では小児への接種回数が異なります。
 例として下表にWHOと アメリカにおける接種回数を示しました。日本では12歳までは2回接種ですが、 WHO/アメリカ方式では、より低年齢の9歳以上で1回接種、それ以下の年齢でも 過去の接種をカウントして回数を減らしています。 
 つまり、「乳幼児にも1回接種が導入されているのが世界標準」です。



  その理由は、乳幼児でも1回接種で抗体がつくことがわかっているからです。
 当院では2015年からWHOやアメリカ方式を参考に、
3歳以上9歳未満は、 過去に2回接種してあれば1回でも可
という方針にしています。



 当院の方針は強制するものではありませんので、「1回でホントに大丈夫?」と悩んで決められない方は、従来通りの日本方式をお勧めします。
                                                               
3歳以上は1回接種でもよい理由
 1回接種と2回接種の抗体陽転率(=有効率)を調べてみると3歳以上13歳未満ではその差 があまりないことがわかります。  
 下の表はインフルエンザワクチン(ビケ ンHA)添付文書にある表です。
 ワクチ ンの効果は「HI抗体価」の「抗体陽転 率」で判定し、ヨーロッパのワクチン認可基準は70%以上です。さて、A型株の抗体陽転率(赤下線部)を見てみると・・・
        
               

<6ヶ月以上 3歳未満>
1回接種後は40%に達せず、 2回目の上乗せ効果は30%以上。                       
<3歳以上 13歳未満>
1回接種後に70%以上、 2回目の上乗せ効果は10%以内。
                       
以上より;

・生後6ヶ月〜3歳 :2回必要 
・3歳〜13歳未満 :1回でも十分

と判断しました。 
 ただし、3〜13歳未満でも2回接種後の上乗せ効果が少しあり「有効率を1% でも上げたい」と思う人は日本方式をお勧めします。
                       
※ 残念ながら、B型は2回接種でも 60%未満にとどまります。

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“フェイスシールド”や“マウスシールド”は新型コロナ対策に有効か?

2020年09月09日 08時03分01秒 | 小児科診療
顔面全体を透明なプラスチックで覆うフェイスシールド、最近よく見かけますね。

小児科医である私は5月頃から使用しています。
現在の診療の時のスタイルは、マスク+フェイスシールド+ガウンです。
それから、患者さんを診察する前後にはアルコールによる手指消毒も。

さて、感染対策グッズを評価する際、「誰を守るのか?」という視点を持つと理解しやすいです。

例えば、語り尽くされた感のあるマスク。
これは誰を感染から守るのでしょう?

市販されているふつうのマスクでは、答えは「他人を守る」(自分から他人への感染防御)です。残念ながら、「自分を守る」(他人から自分への感染防御)には不十分なのです。
もし「自分を守る」まで求めるなら医療用のN95マスクが必要です。
ただし、このマスクは苦しくなるほど密閉感があるので、連続使用は1時間が限度。
しかし新型コロナ感染患者を診療している病院スタッフは何時間も装着していますから、過酷な労働環境と言えます。

一般論として、N95マスクは「空気感染」対策として用いられます。
そして新型コロナウイルスでは「空気感染」は証明されていません。
よく耳にする「エアロゾル感染」「マイクロ飛沫感染」は、正式な学術用語ではなく、定義もはっきりしていません。
メディアでは飛沫感染と空気感染の中間、程度の意味で先走って用いられる傾向があります。

さて、フェイスシールドは誰を感染から守るのか?
なかなかデータが出てこなかったのですが、先日この記事が目にとまりました。

フェイスシールドやバルブ付きマスク、感染予防にはザルだったという研究

研究論文の結論は、
「フェイスシールドは、エアロゾル化した飛沫の拡散の制限において、通常のマスクほど効果的でない」
「したがって、こうした代替手段はより快適ではあるものの、しっかり作られたプレーンなマスクを使うほうが望ましいかもしれない」
とのことです。
内容からフェイスシールドの記載を抜粋すると、
「フェイスシールドは、せきの飛沫が直接他人にかかるのを防ぐ効果があり、とくに短時間の接触の場合は有効です。ですがエアロゾル化した飛沫はそこにとどまり、発生源からかなりの距離にまで拡散することもあります。」



「フェイスシールドは、口から最初に出てくる飛沫の動きは止めるんですが、その後のエアロゾルはシールドの下とか横、そして後ろからもかなりの濃度で流れ出ているのがわかります。飛沫の濃度はマネキンの口から遠ざかるにつれ下がってはいきますが、条件がよければ(空気の動きの少ない屋内空間とか)かなり広範囲に広がっていきます。」
結局、楽なものはそれなりの効果しか無いということですね。

以上より、
フェイスシールドは、
・飛沫感染対策としては「自分→ 他人」「他人→ 自分」の双方向性に守る
・エアロゾル対策としては、つまり新型コロナウイルスには役立たない
ということになります。

従来の呼吸器感染症は麻疹・水痘・結核を除いて「飛沫感染>接触感染」ですが、新型コロナウイルスは「飛沫感染+エアロゾル感染>接触感染」というやっかいな病原体です。
エアロゾル対策として有効なのは、ソーシャルディスタンディングと換気ですね。

敵を知り、正しく対応し、正しく怖がりましょう。

医療機関のクラスター発生のニュースが後を絶ちませんが、実は新型コロナ患者さんをたくさん受け入れている自衛隊中央病院では、今まで1人も院内感染を発生させていません

一方で、上記記事で紹介されている論文(フロリダ・アトランティック大学の研究チームが、ジャーナル「Physics of Fluids」で発表)にはマスク着用が困難なヒトへの配慮も記されています。
「ただフェイスシールドは、病気や障害などでマスク着用が難しい人にとっては最善の策になることもあります。」
このような人たちが少ないながら存在することを認める寛容性が社会に望まれます。


<参考>
■ 「フェースシールドでは不十分」 神戸市がコロナ対策で公式見解 ECサイト対応に課題(2020.9.15 ITmediaNEWS

<追記>
芸能人やクラブのママが装着しているマウスシールド(口だけ覆う透明プラスチック)も見かけます。
このブログを読んだヒトはもうおわかりですよね。

<追記2>
TVでもお見かけする坂本史衣さんの解説記事から;
「フェイスシールドは病院で、自分が感染することを防ぐために使うものです。口から出る飛沫を抑える効果はマスクに比べて低いことが指摘されており、人に感染させないために使うものではありません。そのため、使う場合にはマスクと組み合わせて使います。単体で使う場面は病院ではありません」
「口元を覆う透明なマウスシールドはどのような効果が期待できるのだろうか。坂本さんは、マウスシールドはウイルスの排出を防ぐ上でも吸引を防ぐ上でも「心もとない」と評価する。」

<追記3>
この手の情報は毎日のように更新されています。
朝日新聞の記事から。

小さな飛沫は100%近い漏れ フェースシールドの実力
・・・フェースシールドは医療用防具として、血液や口からの飛沫(ひまつ)が目や鼻、口などに入るのを防ぐのに使われてきた。だが印象が大事な接客業や、口の動きを見せたい語学講師、合唱団、飲み会の場など、コロナ禍で感染予防策として広がりつつある。  理化学研究所や神戸大などは、世界最高レベルの性能をもつスーパーコンピューター「富岳」を使った実験結果を、8月下旬に発表した。不織布マスクをつけた場合と、フェースシールドをつけた場合で、人の飛沫がどう広がるかをシミュレーションした。 
 不織布マスクでは、5マイクロメートル以下のエアロゾルは約3割漏れたが、50マイクロメートル以上の大きな飛沫は、ほぼ捕まえることができた。一方、フェースシールドでは、エアロゾルは100%近くが漏れ、50マイクロメートルの飛沫でも半分が漏れた。理研チームリーダーの坪倉誠・神戸大教授は「飛沫を飛ばさないという効果を考えると、不織布マスクに軍配があがる」と話す。

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新型コロナの「ファクターX」を探せ!

2020年09月08日 09時45分41秒 | 小児科診療
アジア人は欧米人と比較して新型コロナウイルスに感染した場合の死亡率が低く、大きな謎とされています。
その原因を世界中の科学者が研究して色々な意見が飛び交っています。
日本ではノーベル賞学者である山中伸弥氏が「ファクターX」と呼んで話題になりました。
私は常々「マスク」という文化ではないかと考えてきたのですが、そんな単純なものではないらしい。

最近のNHK番組「くらし解説」でも取りあげていました。
2020年09月03日 (木) 矢島 ゆき子  解説委員

ファクターXの候補としてあげられた項目は以下の通り;
① ACE1遺伝子のタイプ
② 白血球のタイプ
③ カゼのウイルス感染で免疫ができている
④ BCG接種の影響
⑤ 医療体制
⑥ マスクや衛生観・生活文化

私の支持する「マスク」は、残念ながら第6位とあまり評価されていません。
この中で①のACE1遺伝子のタイプは恥ずかしながら初耳でした。
以下は番組の解説文から一部を抜粋;

「最近、ACE1(エース・ワン)遺伝子のタイプの違いが、“ファクターX”の候補ではないかという研究が、国立国際医療研究センターから出されました。世界各国のゲノム・疫学データから調べた研究をもとにした解析結果です。
 ACE1(エース・ワン)と呼ばれる遺伝子で、地域・人種によって、ACE1が「よく働くタイプ」と、「あまり働かないタイプ」にわかれます。
 調べてみると、スペイン・イギリス・イタリア・フランスなどはACE1が「よく働くタイプ」が多く、日本・中国・韓国・台湾など東アジアは ACE1が「あまり働かないタイプ」が多くいことがわかりました。
 そしてACE1が「よく働くタイプ」が多いヨーロッパでは死者の数が多く、ACE1が「あまり働かないタイプ」が多い東アジアでは死者の数が少ないことが確認できたのです。このタイプの違いが、重症化に関係しているかもしれないということなのです。
 ACE1は、一体、どんな働きをしているのでしょうか?
 ACE1は、血管などの細胞の表面で働いて、血圧を調整しています。ACE1が働くと、血管が収縮し、血圧が高くなるのです。
 実は、ACE1以外にもう一つ、ACE2も血圧の調整には欠かせません。血圧が高くなると、ACE2が働き、その結果 血管が拡張し、血圧が下がります。健康であれば、ACE1とACE2はバランスをとりながら働き、私たちの血圧はある程度、一定の状態を保つことができるのです。
 今回の新型コロナウイルスは感染する時にACE2を利用して細胞に入りこむと考えられています。そのため ACE2は十分に働くことができずACE1とACE2のバランスが崩れてしまい、時に「炎症」につながるかもしれないのです。特に、ヨーロッパで多かったACE1が「よく働くタイプ」は、この傾向が大きく、場合によっては、炎症がひどくなることで、臓器の障害などにつながり、そのことで重症化したり、時に死につながる場合もあるのではないかと考えられているのです
 また、Kanagawa RASI COVID-19研究が、先月、横浜市立大学・国立循環器病研究センター・量子科学技術研究開発機構 などから発表されました。新型コロナウイルスの重症化を予防するための治療につながるかもしれない研究です。
 新型コロナウイルスに感染した高齢者を調べたところ、ACE阻害薬などの高血圧の薬を、感染前から服用していた高齢者は、服用していなかった高齢者に比べ、意識障害を起こした 重症者が少なかった とのことです。
 今後、さらに研究が進めば、これらの薬を、新型コロナウイルスの重症化を予防する治療薬として使うということがあるかもしれません。」

ちょっと複雑でわかりにくいのですね。
私なりに整理すると・・・
・ヒトの細胞はACE(アンギオテンシン変換酵素)を持っている
・ACEには1と2の二種類が存在する
・ACE1とACE2は絶妙なバランスで血圧を調節している
・ACE2は新型コロナウイルスが感染(細胞に侵入)する際に使われる
・ACE2が消費されると相対的にACE1が優勢になりバランスが崩れる
・ACE1が優位になりすぎると暴走して血管に炎症を起こすことがあり、これが新型コロナ感染の重症化につながると考えられている
・ACE1の遺伝子には民族差があり、欧米人ではよく働き、アジア人ではあまり働かない傾向がある。
・ACE1遺伝子の差、活性の差が、新型コロナ重症化を左右する因子「ファクターX」の可能性がある
といったところでしょうか。

一方で「ファクターXは実在しない」と言う専門家もいます。

■ 【識者の眼】「ファクターXは実在しない
岩田健太郎 (神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)
日本医事新報No.5028 (2020年09月05日発行) P.57 

まだまだ結論は出ていない様子。
今後の研究に期待しましょう。

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