徒然日記

街の小児科医のつれづれ日記です。

遅ればせながら、「サル痘」(Monkeypox)について調べてみました。

2022年08月11日 07時35分56秒 | 小児科診療
「サル痘」というワードがマスコミを賑わしてからしばらく経ちました。
「新型コロナがまだ終わっていないのに次のパンデミック?」
と一時期は戦々恐々となるも、どうやらパンデミックのようには広がらないようです。
しかしWHOは注意喚起をしています(2022.7.23に「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言)。

一体どういう感染症なのでしょう。
我々はどのようなスタンスで向き合うべきでしょうか。
メディア(TV、ネット)情報から垣間見えることは・・・

・“サル痘”と呼ばれているがサル固有の感染症ではないらしい。
・ヒトの感染例はほとんどが男性で、いわゆるLGBTQの“ゲイ”。
・男性同士の性交渉(?)で感染しやすい。
・症状は天然痘に似ている。
・種痘(天然痘に対するワクチン)が有効らしい。

等々。

ちょっと知識を整理したいと思い、調べてみました。



【概要】
・新たな感染症ではない。
・サル痘ウイルス(Monkeypox virus, ポックスウイルス科オルソポックスウイルス属(※1)のDNAウイルス、長径300nmとウイルスの中では大きい)による感染症、感染症法第4類(※2)指定感染症。
・ウイルスの分類としては水痘(ヘルペスウイルス科の水痘帯状疱疹ウイルス)とは異なる。
・元々の宿主はげっ歯類(ネズミの仲間)で、ラット、リス、サル、チンパンジー、プレーリードッグ、ウサギなどに感染する。サルも感染することもあるくらいなので“サル痘”というネーミングは適切ではない。
・感染した動物に噛まれたり、体液などに直接触れたりすることでヒトに対する感染が成立する。
・類似疾患である天然痘と比較すると感染率は低く、重症度も軽症であるが、時に重症化して死亡することもある。

※1)オルソポックスウイルス属:天然痘ウイルス、牛痘ウイルス、ワクチニアウイルスも同属。
※2)感染症法第4類:おもに動物を介して人に感染する感染症

【疫学】

<従来のサル痘>
・1970年にアフリカのザイール(現在のコンゴ民主共和国)で初めて報告され、アフリカ大陸で地域的発生・散発的流行をしていた。WHOによると1981-1986年のサル痘患者発生数は338名、1996-1997年のコンゴ民主共和国での流行では患者発生数511名。それ以外の地域ではアフリカへの渡航歴やペットとして輸入された動物などに関連した例に限られていた。
・患者からの二次感染率は数%。
・ウイルスにはいくつかの株・系統が知られており、重症化率や致死率が異なる。強毒なコンゴ盆地型とやや弱毒な西アフリカ型が代表的で、今回の流行は西アフリカ型系。
・小児や妊婦、免疫不全者で重症となる場合あり。

<今回流行のサル痘>
・2022年5月以降、欧米中心に感染拡大して問題視されるようになった(2022.7.22時点、世界で16836例)。特にスペイン、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランス。
・日本では2022.7.25に初めてサル痘患者が報告された。
・今回の流行は9割以上が男性で発症しており、少なくとも60%が男性間で性交渉を行う者(MSM;Men who have sex with men)。

【感染経路】
・元々は動物由来感染症であり、サル痘ウイルスを持つ動物に噛まれる、引っかかれる、血液・体液・皮膚病変に接触しても感染する。
・今回のヒト-ヒト感染流行では接触感染・飛沫感染とされるが、2022年5月以降の患者は男性間での性交渉による接触感染がほとんどで20代から40代の比較的若い世代に多い。
・サル痘では人から人へ感染する頻度は天然痘より低い。

(接触感染)感染者の体液・皮膚病変(発疹部位)などとの接触、感染者が使用した寝具を介する感染
(飛沫感染)感染したヒトの飛沫(唾液など)を浴びて感染
(性的接触)男性間での性交渉(※)

※ )医学誌「The Lancet Infectious Diseases」(2022.8.2)に発表された研究では、サル痘患者の精液が感染拡大の源となる可能性が示唆されている。

【潜伏期間】
・7〜14日間(1〜3週間)(平均12日)

【症状】
天然痘に似ており、症状だけでは区別できない(天然痘は1980年に世界から根絶されているが)。初期には水痘とも区別できない。

・発熱
・疲労感
・頭痛
・発疹
・リンパ節の腫れ(首の後ろが多い)(頚部・鼡径部)・・・天然痘では腫れない。

【経過】
・発熱、頭痛、リンパ節の腫れなどが5日ほど続く。
・発熱1〜3日後に発疹出現。赤い発疹 → 水ぶくれ(0.5-1cmで後に膿疱化) → かさぶたという経過を取る。発疹は顔面から出現し全身へ拡大していく。水痘の皮疹は新旧混在するが、サル痘(天然痘も)ではすべての皮疹が同一段階の状態という特徴がある。
・2〜4週間で自然回復。
・死亡率は1〜10%(※1)、アメリカで起きたアウトブレイク(※2)では死亡例ゼロ。免疫不全状態では重症化しやすい。

※1)天然痘の死亡率は20~50%なので、重症度は天然痘より低い。
※2)アメリカでのアウトブレイク:2003年にガーナから輸入されたサル痘ウイルス感染愛玩用げっ歯類(サバンナオニネズミ、アフリカヤマネ)からプレーリードッグに感染が広がり、これを感染源とする流行により71名のサル痘患者が発生。病原ウイルスが弱毒な西アフリカ型だった。

<今回流行例の特徴>
・今回の流行では上記典型例とは特徴が異なるとの報告あり。
・16カ国528例の検討で、潜伏期約7日間、発熱・頭痛・リンパ節の腫れなど先行症状がない例が半数、また皮疹の状態もそれぞれの部位で進み具合が異なる事例も報告されている。
・皮疹の部位が生殖器に多い、というのが今回の流行における大きな特徴。
・症状の頻度;
(皮疹)95% ・・・肛門/生殖器(73%)、体幹・四肢(55%)、顔(25%)、手掌/足底(10%)
(発熱)62%
(リンパ節腫脹)56%
(疲労感)41%
(筋肉痛)31%
(咽頭炎)21%
(頭痛)21%
(直腸炎/肛門の傷み)14%
(気分の落ち込み)10%

【検査・診断】
・サル痘ウイルス感染症に特異的検査所見はない。
・診断にはサル痘ウイルスの存在を証明する;皮膚病変(水疱や膿疱などの内容物)、血液、リンパ節生検を検体とし、サル痘ウイルスの分離、電子顕微鏡によるサル痘ウイルスの確認、PCR法・LAMP(Loop-Mediated Isothermal Amplification)法を用いたサルとウイルス特異遺伝子の検出。
・血液検査でサル痘ウイルスに対する抗体検出(※)。

※ オルソポックスウイルス属間では抗原性の交叉が非常に強く、血清診断による感染ウイルス種の同定はできない。

【治療】
・特効薬はない。対症療法のみ。
・海外(アメリカやイギリス)では天然痘に対する治療薬(シドフォビル、Tecovirimat、Brincidofovirなど)が承認されており実際に投与も行われているが、現時点では日本では未承認(国立国際医療センターでTecovirimatの臨床研究が開始されたところ)。

【予防】
・天然痘に対するワクチン(種痘)が有効。
・日本でも天然痘ワクチンのサル痘への適用拡大が厚生労働省により承認され、接触リスクの高いヒトへの接種が可能となった。
・患者看護の際は、接触飛沫感染対策(手袋、マスク、ガウン、手洗い)を行う。水痘と区別できない初期は空気感染対策も必要。

<天然痘ワクチンの歴史>
・18世紀末イギリス人医師ジェンナーにより牛痘(牛の天然痘)ウイルスから開発され、種痘と呼ばれた。
・日本では江戸時代末期に導入され、明治時代以降定期接種化。
・日本では1968年以前の出生者は2-3回の種痘歴があり、1969-1975年の出生者では1回の種痘対象となっていた。種痘の免疫持続期間は不明であるが、日本人約1000人の抗体検査では、2回以上の種痘歴がある場合、種痘後30年以上経過しても効率に抗体が維持されていたという報告あり。さらに、ウイルス特異的メモリーT細胞は種痘後数十年後でも効率に維持されていた
・1956年以降日本では天然痘が報告されておらず、1976年に国内定期接種は終了した(昭和50年以降に生まれた人は接種していない)。

<サル痘予防に使われる天然痘ワクチン>
乾燥細胞培養痘そうワクチンLC16「KMB」:サル痘ウイルスと同属のワクチニアウイルスを弱毒化して作成した生ワクチン。
・接種対象者:サル痘暴露リスクのある医療従事者、サル痘と診断されているモノと濃厚接触して14日以内の者。
・接種回数:1回(他のワクチン接種とは27日間の期間を開ける)
★ まず東京、愛知、大阪、沖縄の4都道府県で投与可能となる予定
★ 日本では国内で生産・備蓄している天然痘ワクチンのサル痘予防への使用が承認されている。

<アメリカのワクチン事情>(参考5より)
米国でサル痘に使えるワクチンは2種類ある。
・ジンネオス(Jynneos):2回接種ワクチン。ウイルスに曝露した人や、感染リスクのある人に接種することができる。
・ACAM2000:1回接種ワクチン。天然痘用に承認されており、サル痘にも使えるものの、このワクチンには比較的有害な副作用が多く、特にHIV患者(※)のような免疫不全の人々は注意が必要だとCDCは警告している。
 しかし現在のところ、ワクチンの供給量は、対象となる人々(男性と性交渉を持つ男性、セックスワーカー、ウイルスにさらされた医療スタッフなどを含む)の需要にははるかに及ばない。
※ 米国、英国、欧州連合の調査データでは、HIVにも感染しているサル痘感染者の割合は28〜51%だった。


参考1の資料ではサル痘・新型コロナ・季節性インフルエンザを比較一覧表にしていてわかりやすいです;


参考2ではサル痘・天然痘・水痘(水ぼうそう)の比較表を提示しています;


<参考>
3.サル痘(Medical Note)
4.サル痘(厚生労働省研究班、バイオテロ対応ホームページ)
(2022.08.10:NATIONAL GEOGRAPHIC)
岡 秀昭:埼玉医科大学総合医療センター(2022/08/02:日経メディカル)


以上、結構なボリュームになってしまいました。
調べる前と後で以下のことがわかりました。

・私は1963年生まれなので種痘を2回接種した世代、そういえば肩に接種痕が残っています。すると今でも免疫が残っている可能性あり(^^)。

・1975年(昭和50年)以降に生まれた人(現在45-6歳)は種痘接種歴がないので免疫がありません。

・元々はアフリカの地域病であったが、男性同性愛者の性交渉で感染が広がったという“性感染症”という性質が浮かび上がってきました。未確認情報では、男性性愛者を斡旋する海外ツアーがあるらしいけどそれが根源?

・ウイルスの変異があったのか明言している文章は見当たらず、なぜ今のタイミングなのかは不明。サル痘ウイルスの感染力が強まった結果とは考えにくく、男性同性愛者の性的ネットワークが感染拡大しやすい環境をつくり出したという記述も目にしました。アメリカ大陸を発見したとされるコロンブスが梅毒をヨーロッパに持ち帰り、あっという間にヨーロッパ中に広がった史実を思い出しますね。

・性行為感染がメインなので新型コロナのような広がり方はしないでしょう。

・果たして日本人は種痘を再開するのか、興味深く見守りたいと思います。種痘は天然痘が撲滅されて終了したとの文章が多いのですが、実は副反応が強いワクチンで被害者が訴訟を起こし(種痘禍)、国が負け続けて中止に追い込まれたというダークな歴史があります。これが日本人に“ワクチンは怖いモノ”という考えを根付かせた原点なのです。ただし、現在使用されている、あるいは使用されようとしている天然痘ワクチンは安全、という記述も目にしました。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 新型コロナは「空気・飛沫・... | トップ | オミクロン株BA.5の特徴を確... »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

小児科診療」カテゴリの最新記事