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クラシック音楽研究者 蔵 志津久によるCD/DVDの名曲・名盤の紹介および最新コンサート情報/新刊書のブログ

◇クラシック音楽CD◇イングリット・へブラーのシューベルト:即興曲 作品90/作品142

2011-06-10 10:16:15 | 器楽曲(ピアノ)

シューベルト:即興曲 作品90
         即興曲 作品142

ピアノ:イングリット・へブラー

CD:日本フォノグラフ(PHILIPS) 17CD‐40

 シューベルトの8つの即興曲は、クラシック音楽の中でも特異な存在の曲だと私は考えている。それは、クラシック音楽リスナーのビギナー向けに最適な曲だけではなく、ジュニアさらにはシニアだって充分に聴き応えのあるピアノ作品に仕上がっているからだ。通常は、ビギナー向けの曲は、ジュニアやシニアになると退屈してしまう傾向がある。また、その逆にシニア向けのいわゆる“難しい曲”は、ビギナーが聴くと何がなにやら分らないうちに曲が終わってしまうこともしばしばだ。それに対し、この全部で8曲からなるシューベルトの即興曲集だけは、リスナーとして経験を積めば積むほど、その味わいが一層深みを増して感じることができるのである。シューベルトがこれらの曲を作曲したのが1827年、シューベルト30歳の時で、死の1年前のことでる。1827年というとベートヴェンが亡くなった年に当る。シューベルトは、この8つの即興曲のほかに、3つの即興曲を死の年である1828年に書いているが、やはり有名なのが作品90と作品142の8つの作品である。即興曲という名称は、シューベルト自身の発想ではない。一説には、ピアノソナタとして作曲しようとした、とも言われており、力の入った作品なのだ。

 そんな名曲だけに、ほとんどといってもいい程、多くのピアニストが録音をしており、名録音も少なくない。それらの中で今回はイングリット・へブラーが弾くシューベルト:即興曲集を聴いてみたい。イングリット・へブラーは1926年生まれのオーストリア出身のピアニスト。このCDが録音されたのが1963年であるのでへブラー37歳という、ピアニストとして脂の乗り切った時の録音だけに聴き応えのある充実した演奏内容となっている。へブラーという名前を聞くと私などは、直にモーツァルトのピアノソナタの演奏を思い起こしてしまう。ヘブラーのピアノ演奏は、実に円満で、素直で、安定した美しさに彩られている。決して誇張したりすることはなく、万人に愛されるような演奏スタイルだ。このためモーツァルトのピアノソナタを弾かせたら、右に出るものがいないくらい、モーツァルトらしい愛らしさを内包した演奏を聴かせてくれる。このシューベルト:即興曲集を聴いてみても、決して誇張したりすることなく、シューベルトの豊かな雰囲気をそのままリスナーに送り届けてくれる。だからといって、その演奏は平凡とは無縁だ。緻密な彩りに覆われた刺繍を感じさせるようなピアノ演奏は、聴くものに真の満足感を与えてくれる。何か、ルノワールの絵画を思い起こさせるような優美さは、ヘブラーでなくては到底聴くことはできまい。このCDのライナーノートで渡辺茂氏は「この世紀が生んだ女流ピアニストのベスト5をあげるとするならば、イングリット・ヘブラーはまちがいなくそこにはいる」と書いているが、若き日のヘブラーが録音したこのシューベルト:即興曲集のCDは、永久保存版的価値は充分にあろう。

 作品90の第1番は、静かに静かに始まるが、そんな曲をヘブラーはいとおしむようにゆっくりと弾き始める。そして、辺りの環境が、円形の孤をを描きながら広がっていくように、何とも優雅な彩りに全体が覆いつくされるのである。第2曲は、誠に軽妙洒脱なピアノ曲なわけであるが、ヘブラーの演奏は、あまり無理をせずに程よい速度で進むので、聴いていて誠に安定感があり、しかも、うっすらと陰影感を持たせた演奏内容となっており、好感の持って聴き進めることができる。第3曲の夢幻的な雰囲気は、ヘブラーの特徴が最大限に発揮された演奏内容となっており、何か1枚の風景画を見ているような感覚がする。全体にしっとりとした演奏内容は、ヘブラーだからこそ表現しうるものに仕上がっている。このCDの白眉の演奏といってもよかろう。第4曲は、どこか文学的な構成の曲である。そんな曲をヘブラーは、一言一言、物語を読み聞かせるように弾き進める。リスナーもそんなヘブラーの演奏に自然と身を委ね、シューベルトの世界を満喫することができる。

 作品142の第1曲は、普通おどろおどろしく弾き始めるのであるが、ヘブラーはそんな弾き方とは無縁のように淡々と演奏する。その演奏内容は、昔を思い起こさせるような懐かしさに溢れたものになっている。あくまで優美さを失わずに、シューベルトの夢の世界へとリスナーを誘ってくれる。第2曲は、落ち着いた曲想を持つ曲。ヘブラーは逆に力を込めて演奏するが、このことが平板さをから遠ざけてくれる効果を生み出している。さらに、ここでも、シューベルトが一人、これまでの人生を回顧するような静寂な世界へとリスナーを連れていく。第3曲は、「ロザムンデ」の間奏曲でも使われているシューベルトのお得意な曲。そんな曲を、ヘブラーは、いとおしむが如く、一音一音を噛み締めるように弾く。全体がゆっくりとした雰囲気につつまれ、天国的な音の世界へと彷徨い込んでしまったかのようだ。ヘブラーの真骨頂が発揮された名演の一曲といっていいだろう。そして最後の第4曲は、舞曲風の曲であり、あたかもスケルッツオのよう。ヘブラーはそれは軽快に演奏しており、リスナーは一時、ピアノの美しい音に酔いしれることができる。(蔵 志津久) 


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