フランク:ヴァイオリンソナタ
ドビュッシー:ヴァイオリンソナタ
ラヴェル:フォーレの名による子守歌
ハバネラ形式の小品
ツィガーヌ
ヴァイオリン:オーギュスタン・デュメイ
ピアノ:マリア・ジョアン・ピリス
CD:ユニバーサルミュージック UCCG 4851
このCDは、フランス人のヴァイオリニストのオーギュスタン・デュメイ(1949年生まれ)が、マリア・ジョアン・ピリスのピアノ伴奏で、フランスの室内楽の名曲の6曲を演奏した録音である。デュメイは、ピリスとコンビを組んでの室内楽の録音の前に、ジャン=フィリップ・コラールとのコンビで同様な曲の録音を一度果たしており、ピリスとのコンビの録音は2回目ということになる。ピリスとは、既にモーツァルト、ブラームス、グリーグのヴァイオリンソナタのCDをリリースしており、今回は4枚目となるもの。オーギュスタン・デュメイは、フランス・パリ生まれ。10歳でパリ音楽院に入学し、13歳で卒業したというから、若くからその才能を開花させたようだ。ナタン・ミルシテインとアルテュール・グリュミオーに師事する。一般的に一流の演奏家は、国際的な音楽コンクールで1位になり、楽壇に華々しく登場するのが常であるが、デュメイだけは、そのような国際的音楽コンクールの受賞歴はなく、現在、世界屈指のヴァイオリニストの一人に数えられている稀な演奏家である。優雅で美しい演奏に徹するフランコ・ベルギー派の正統的後継者として認められている。2003年からベルギーのワロニー王立室内管弦楽団首席指揮者、2008年9月から関西フィルハーモニー管弦楽団の首席客演指揮者、2011年から同楽団の音楽監督に就任するなど、最近では指揮者としての活動にも力を入れている。
このCDの最初の曲目は、フランク:ヴァイオリンソナタ。フランクが64歳の時に、同郷の名ヴァイオリニストのイザイの結婚記念日のお祝いとして献呈された曲で、19世紀後半を代表する名曲として知られている。全部で4つの楽章からなり、自作の交響曲ニ短調でも用い成功させた、循環形式で作曲されている。フランスのヴァイオリンソナタというと、幽玄で情緒的な曲想を思い浮かべるが、このフランクのヴァイオリンソナタは、これといささか異なり、我々が聴き慣れているドイツ・オーストリア系のヴァイオンソナタにも似た雰囲気を持った曲で、我々日本人としては聴きやすいフランス系のヴァイオリンソナタである。ヴァイオリンが主役で、ピアノが脇役という従来からのヴァイオリンソナタとは異なり、ヴァイオリンとピアノが対等に扱われている。このため、このヴァイオリンソナタを演奏するには、優れたピアニストが欠かせないが、このCDでは、デュメイのもつ音楽性と同じ延長線上にある名ピアニストのピリスが演奏しているところが重要なポイントとなる。この曲はピアノの柔らかな伴奏で始まるが、ピリスの演奏は、実に緻密で優雅に歌うように奏でられる。そしてデュメイの如何にもフランス風な抒情身に富んだヴァイオリン演奏を聴くと、二人の音楽性の共通点が自然に浮かび上がってくる。全曲を通して、天上の音楽を聴くように夢心地の気分をリスナーに存分に味あわせてくれる。フランス人のヴァイオリニストしか表現できないところが、随所に表れ、この録音の存在意義が強く感じられる。
次の曲のドビュッシー:ヴァイオリンソナタは、ドビュッシーの最後の作品となった曲。作曲は、1916年から1917年にかけて行われた。初演は、ガストン・プーレのヴァイオリンとドビュッシー自身のピアノにより行われたが、これがドビュッシーが公に姿を現した最後になったという。この頃、第一次世界大戦が勃発し、フランスとドイツは敵国同士となっていた。フランス人であるドビュッシーとしては、ソナタ形式などドイツ音楽から影響を受けたものの、戦争という時代背景もあり、意識的にフランス風な印象を与える曲の作曲に腐心していたようである。このドビュッシー:ヴァイオリンソナタの前には、「フルート、ヴィオラ、ハープのためのソナタ」と「チェロとピアノのためのソナタ」の2曲が完成していた。そしてヴァイオリンソナタの後に、「オーボエ、ホルン、クラヴサンのためのソナタ」「ファゴット、ピアノのためのソナタ」「コントラバスを含む編成のソナタ」の3曲が続くはずであったが、残念なことにドビュッシーは癌のために作曲を続けられなくなってしまった。これら6曲全体に対し、ドビュッシーは“さまざまな楽器のための6つのソナタ、フランス人音楽家クロード・ドビュッシー作曲”とわざわざ書き添えた。「自分はフランス人作曲家なのだ」ということをことさら強調したかったのであろう。ここでのデュメイの演奏は、フランク:ヴァイオリンソナタ以上に、フランス的な幽玄たっぷりな演奏を見せる。しかし、ピリスの伴奏にも言えるが、清冽で知的な形式美に貫かれた演奏となっているため、聴き終わった感じは、逆にすっきりした印象を持つ。どちらかというと、ドビュッシーが苦手というリスナーにも勧められる演奏内容だ。
ラヴェル:「フォーレの名による子守歌」「ハバネラ形式の小品」「ツィガーヌ」の3曲は、ラヴェルの小品としてお馴染みの曲。「フォーレの名による子守歌」は、ラヴェルの師であるフォーレが亡くなった時、代表的な音楽雑誌「ラ・ルブュ・ミュジカル」が、フォーレを追悼する特集号を刊行した。ここでは、フォーレをたたえる作品を、代表的な作曲家に依頼し、その一つがラヴェルの「フォーレの名による子守歌」である。タイトル通り、Gabriel Faureの名前の12文字が音名に読み変えられ、そのテーマをもとにして作曲されている。ヴァイオリンは終始弱音器をつけて演奏される。「ハバネラ形式の小品」は、もともと声楽のための練習曲で、現在では、ヴァイオリンをはじめチェロ、フルートなどで演奏される。ハバネラのリズムに乗せてスペイン風の旋律が奏でられる。「ツィガーヌ」は、“ロマ”を意味するフランス語で、“ジプシー”のこと。ラヴェルの生まれたバスク地方一帯は、スペイン系ロマが生活する地域。この曲は、ハンガリーの民族舞曲チャールダッシュの形式が取り入られている。これらの3曲の小品を演奏するデュメイとピリスの息はぴたりと合い、絶妙な効果を生み出している。いずれの曲も、華美にならず、ある意味では地味な演奏内容だ。だから、技巧に重点を置いた演奏を期待すると見事に裏切られる。2人の演奏は、いずれもそれらの曲の内面をじっと見つめるような、精神性の高まりに身を置いている。小品にもかかわらず、深い内容の演奏だと言える。(蔵 志津久)