<NHK・FM「ベストオブクラシック」レビュー>
~フォーレ四重奏団による3曲のピアノ四重奏曲演奏会~
マーラー:ピアノ四重奏曲
R.シュトラウス:ピアノ四重奏曲op.13
ブラームス:ピアノ四重奏曲op.25
演奏:フォーレ四重奏団
エリカ・ゲルトゼッツァー(ヴァイオリン)/サーシャ・フレンブリング(ヴィオラ)/
コンスタンティン・ハイドリッヒ(チェロ)/ディルク・モメルツ(ピアノ)
収録:2014年12月12日、東京・トッパンホール
放送:2015年3月12日(木) 午後7:30~午後9:10
今夜のNHK・FM「ベストオブクラシック」は、フォーレ四重奏団によるピアノ四重奏曲の3曲の演奏である。フォーレ四重奏団は、1995年、ドイツ・カールスルーエ音楽大学卒の4人によって結成された。世界的に見ても常設のピアノ四重奏団というのは珍しい存在である。それにもかかわらず、世界的に著名な室内楽団に成長を遂げたことの理由は、マルタ・アルゲリッチが「フォーレ・カルテットを聴いたら、誰でも、もう一度聴きたくなる」と言ったように、演奏内容の充実さにほかならない。不思議なことは、ドイツの大学で学んだ4人が、どうしてフランス音楽の作曲家の代表のようなフォーレの名を付けたかということだ。真相は分からないが、フォーレが「室内楽こそが最高の音楽」と書き残したことに共感したためだという。クラシック音楽の中でも、室内楽は特にお国柄が表れやすい。例えば、弦楽四重奏曲では、ドイツ、フランス、イタリアの楽団では、聴いた後、それぞれのお国柄が強く印象に残るものだ。もしかすると、フォーレ四重奏団は設立時から、国境を越えた音づくりを目指したのではあるまいか。これまで、ドイツ・シャルプラッテン賞、エコー・クラシック賞、イギリスのパークハウス賞などを受賞しており、現在では、世界でも屈指の室内楽団の一つに成長を遂げ、世界各国で演奏活動を展開している。
今夜の第1曲目は、マーラー:ピアノ四重奏曲。この曲は、マーラーが1876年に作曲した室内楽で、現存する唯一の学生時代(ウィーン音楽院に在籍中の16歳)の習作。単一楽章だけが完成したが、後の楽章は未完成に終わったか、もしくは紛失したようだ。マーラーは、本格的作曲活動に入ったときは、作品の多くは歌曲と交響曲である。初期の頃、ヴァイオリン・ソナタやピアノ五重奏曲なども作曲したようではあるが、それらの多くが中断されたか、紛失し、現在では残されてない。その意味で今夜のマーラー:ピアノ四重奏曲は聴き逃せない曲。聴いてみると、情緒豊かな、美しいメロディーに彩られた曲なのには驚いた。何も知らないで聴いたらシューマンの曲かな?と思ってしまうほど。マーラーが交響曲作品で見せる、大上段に振りかぶったところなどはどこにも見当たらない。フォーレ四重奏団の演奏は、伝統的な古典的室内楽の演奏に徹し、きわめて美しいものだ。しかも、正面からスケールを大きく取ったその演奏は、奥の深さを感じさせるものであり、マーラーの名を汚さないじつに堂々としたものに仕上がった。この第1曲目だけを聴いてだけで、“フォーレ四重奏団恐るべし”という印象を受けずにはいられない。
第2曲目は、R.シュトラウス:ピアノ四重奏曲op.13。この曲は、R.シュトラウスが20歳の1884年に作曲された。当時、R.シュトラウスは、ハンス・フォン・ビューローのアシスタントを務めており、まだ無名の頃の作品。ところが、この曲は30分を超える大作で、若書きにもかかわらず、既に習熟した内容を有してており、後の大作曲家R.シュトラウスの片鱗を既に覗かせているところが聴きどころである。この曲でのフォーレ四重奏団の演奏は、マーラー:ピアノ四重奏曲とはがらりと様子を変え、実に表情豊かな演奏内容に徹する。一つ一つの音が輝くように美しいうえ、優雅な曲線を描くような曲の流れは、あまりほかの演奏では聴くことができないものだ。第1楽章の緻密で内向的な傾向の曲想を、フォーレ四重奏団の演奏は、限りなくは重層的ではあるが、決して晦渋さに陥ることなく、明快に演奏する。ちょっとブラームスの室内楽を連想させる曲想を、室内楽の醍醐味を充分に盛り込んだ内容の深い表現に徹しており、なかなか好感が持てる演奏内容だ。第2楽章はスケルッツオ。軽快な曲想を、フォーレ四重奏団はその高度なテクニックにより、見事なアンサンブルをリスナーに披露してくれる。第3楽章は、あたかも歌曲を聴いているような美しいメロディーに魅了される曲想。フォーレ四重奏団の演奏にも、一層の美しさと輝きが加わったように聴こえる。第4楽章は、伝統的なドイツ音楽を連想させる構成の強固な楽章。そんな楽想を、フォーレ四重奏団は実に手堅くまとめる。この辺を聴いいていると、いい意味でのドイツ音楽出身者達だ、と感ぜざるを得ない。
最後の第3曲目は、ブラームス:ピアノ四重奏曲op.25。ブラームスは、ピアノ四重奏曲を3曲残しているが、この曲は第1番に当たり、4つの楽章からなる曲。作曲に着手したのが1855年で、完成が1861年でブラームス28歳の時。情熱的で躍動感あふれる内容が特徴の曲で、第4楽章はジプシー風ロンドのロマの音楽により、最後は熱狂的に締めくくられる。この曲に感銘を受けたシェーンベルクが管弦楽への編曲したことでもよく知らる。また、ブラームス自身も4手連弾用に編曲している。ここでのフォーレ四重奏団の演奏は、全く独自の道を行く的なものに昇華されている。ブラームスの3つのピアノ四重奏曲は、いずれもブラームスの室内楽らしく晦渋さを秘めた内向的な演奏スタイルを取るのが普通だ。ところが、フォーレ四重奏団の演奏は、そんな晦渋さとは一線を隔し、あくまで優雅に流れるように演奏を続ける。そのためリスナーは、肩が凝らずに最後まで自然に聴き通すことができる。私は、この演奏を聴きながら、フォーレ四重奏団の狙いは、これまでのドイツ音楽だ、フランス音楽だ、イタリア音楽だ、と分け隔てする演奏スタイルからきっぱりと縁を切り、新しい音楽世界の創造を目指しているように思えてならない。昨今のクラシック音楽コンクールでの、日本をはじめとして中国、韓国などアジア勢の進出には目を奪われるものがある。フォーレ四重奏団は、21世紀のクラシック音楽界は、国ごとの差異化から世界共通の演奏スタイルへと、もっと国際化されねば、生き残れないと考えているのではないのか。今夜のフォーレ四重奏団の演奏、特にブラームス:ピアノ四重奏曲を聴いて、21世紀のクラシック音楽の演奏スタイルの在り方について、大いに考えさせられた。(蔵 志津久)