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クラシック音楽研究者 蔵 志津久によるCD/DVDの名曲・名盤の紹介および最新コンサート情報/新刊書のブログ

◇クラシック音楽CD◇シゲティとバルトークのライヴ録音盤 ベートーヴェン:「クロイツェルソナタ」他

2011-05-27 11:24:46 | 室内楽曲(ヴァイオリン)

ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ第9番「クロイツェル」
バルトーク:ヴァイオリンとピアノのためのラプソディ第1番
ドビュッシー:ヴァイオリンソナタ
バルトーク:ヴァイオリンソナタ第2番

ヴァイオリン:ヨゼフ・シゲティ

ピアノ:ベラ・バルトーク

CD:VANGUARD CLASSICS 08 8008 71

 今回のCDは、ヴァイオリン:ヨゼフ・シゲティとピアノ:ベラ・バルトークの夢の競演による歴史的録音の1枚である。少々オーバーかもしれないが、この歴史的名盤を聴くとクラシック音楽とは何かということが自ずと分ってくるような奥深い表現に釘付けになるし、同時に聴いていて自然に曲の本質に迫ることもできる分り易い表現に思わず引き付けられる。このためこの1枚のCDの全ての曲を聴き終えても、ほんの一瞬といった感じだ。これはバルトークがアメリカに移住(亡命)した年の、歓迎演奏会といった意味を合いを持つもので、1940年にワシントンの国立図書館でアセテート盤(78rpm)にライヴ録音されたものをマスターとしているため、音質は現在のレベルとは比較にならないが、それでも決して聴きづらいというほどでもない。この音質を考えるとクラシック音楽リスナーのビギナー層に勧めるには少々気が引けるが、意欲的なジュニア層には聴いてほしいし、シニア層でまだ聴いておられない方がいれば是非聴いてほしい名盤なのだ。特に「クロイツェルソナタ」は傑出した演奏で、シゲティ&バルトークのこのライヴ録音を聴かずしてベートーヴェンの「クロイツェルソナタ」を語るべからず、とすら思えてくるほど。

 ヴァイオリンのヨゼフ・シゲティ(1892年―1973年)は、ハンガリー出身の世界的な名ヴァイオリニスト。ブタペストのユダヤ系家系に生まれ、ブタペスト音楽院に学ぶ。1913年にはヨーロッパツアーを行い、その名声はヨーロッパ中に広まり、1917年には、ジュネーヴ音楽院で後進の指導にも当っている。シゲティのヴァイオリン演奏は、例えばグリュミオーなどのような華麗な奏法とは一線を画し、表面的な表現には無頓着のようにも見える、ある意味では無骨とさえ思えるような表現に終始する。私なども最初は、そんなシゲティのヴァイオリン奏法に抵抗を感じたが、よく聴いてみると、その無骨とも思える表現の奥には、その曲の持つ本質的な要素が如何なく発揮されており、聴き終えた後は充実感に酔いしれることができる。要するにシゲティのヴァイオリンの演奏は、表面的な音の美感を追求するよりも、その曲が根源的に持っている美しさや力強さを聴くものに強く印象付けるのである。だから、一度シゲティのヴァイオリン演奏の魅力に嵌るとなかなか抜け出せないし、シゲティに代わり得るヴァイオリニストも見当たらない。このことがシゲティが現在でも評価されている根源、と言っても過言ではなかろう。

  ベラ・バルトーク(1881年―1945年)は、ハンガリー出身の作曲家で特に民俗音楽の研究者としても名高い。同時にフランツ・リストの弟子から教えを受けたピアニストでもあった。このCDでは、シゲティの伴奏者として、そのピアニストとしての確かな腕を披露しているのに驚かされる。この技量を持ってすれば、ピアニストとしても充分に独立していけるし、多分ピアニストとしての道を歩んでいたなら世界的なピアニストとしての道も開けたのではなかろうか。このCDでは、そんな思いにさせられるほどの卓越したピアノ伴奏を聴かせてくれている。バルトークは、第二次大戦が勃発すると、ナチの影響で次第に政治的に硬直化していくハンガリーに失望し、1940年、米国への移住(亡命)を実行する。しかし、1943年白血病を発病し、このため1945年9月26日に64歳で帰らぬ人となる。このCDは、1940年にバルトークが米国に移住直後に行われたもので、ワシントンの国立図書館で行われた演奏会をライヴ録音した貴重なもの。そこには、シゲティとバルトークの二人の並々ならぬ才能がしっかりと記録されていたのである。

 このCDでの白眉は何といってもベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ第9番「クロイツェルソナタ」である。シゲティの激しく曲の核心をつく弓の動きは、録音の古さを超えて、現在聴いても他に比肩するものがないほどの高みに達している。そして、バルトークがシゲティに一歩も譲らないほどの意気込みのピアノ伴奏を聴かせる。何か米国という新天地に移住して、新たな希望が目の前に浮かんでいたのではなかろうか。第1楽章から第3楽章まで全てが緊張感ある演奏に終始しているので、聴き応えは充分すぎるほどある。これはライヴ演奏の醍醐味ということに尽きよう。第2楽章のアンダンテも単なる安らぎというより、新しい希望に向かってのエネルギーが内包されているようで、誠にテンションが高いことが実感できる。この頃は多分、バルトークも自身の白血病の予兆はなかったのではなかろうか。このCDに収められた録音の中で、次に特筆されるのは、バルトーク:ヴァイオリンソナタ第2番だ。曲は2つの楽章からなる20分に満たない短いソナタではあるが、凝縮度はかなりのもので、バルトークの作曲のエキスがぎゅっと濃縮された感じがして、説得力に満ちたその曲想には圧倒されるものがある。そんな曲をシゲティとバルトークが、しっとりとした感覚で実に緻密に演奏しており、聴いた後の充実感は相当なものだ。(蔵 志津久)


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