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●クラシック音楽CDレビュー●グレン・グールド/レナード・バーンスタインとジュリアード弦楽四重奏団によるシューマン:ピアノ四重奏曲/ピアノ五重奏曲

2023-03-07 09:35:39 | 室内楽曲



<クラシック音楽CDレビュー>



グレン・グールド/レナード・バーンスタインとジュリアード弦楽四重奏団によるシューマン:ピアノ四重奏曲/ピアノ五重奏曲



①シューマン:ピアノ四重奏曲 変ホ長調 作品47

  ピアノ:グレン・グールド

  弦楽三重奏:ジュリアード弦楽四重奏団員

          ロバート・マン (第1ヴァイオリン)
          ラファエル・ヒリヤー (ヴィオラ)
          クラウス・アダム (チェロ)

②シューマン:ピアノ五重奏曲 変ホ長調 作品44

  ピアノ:レナード・バーンスタイン

  弦楽四重奏:ジュリアード弦楽四重奏団

          ロバート・マン (第1ヴァイオリン)
          イシドア・コーエン (第2ヴァイオリン)
          ラファエル・ヒリヤー (ヴィオラ)
          クラウス・アダム (チェロ)

録音:ニューヨーク、コロンビア30丁目スタジオ、1968年5月9日&10日(ピアノ四重奏曲)、1964年4月28日(ピアノ五重奏曲)

CD:ソニーミュージック SICC-30649(Blu-spec CD2)

 このCDは、グレン・グールド唯一のシューマン作品の録音であると同時に、大指揮者だったバーンスタインがピアノを弾くという、一瞬”?”と感じざるを得ない録音なのだが、実際聴いてみるといずれも曲の核心を突いた名演で、それぞれの曲のNo.1録音であると言ってもよいほどの演奏を聴かせてくれる。2人の名匠に寄り添い、これを見事に成し遂げたジュリアード弦楽四重奏団の実力には脱帽させられる。音質も十分に鑑賞に堪えうる。


 ジュリアード弦楽四重奏団は、1946年に、ニューヨークのジュリアード音楽院の校長だった作曲家、ウィリアム・シューマンの提唱により、ジュリアード音楽院の教授らによって結成されたアメリカの弦楽四重奏団。ヨーロッパ出身の弦楽四重奏団のような民族色はないが、完璧なアンサンブル、緻密で明快な音楽解釈、高度な統一感のもたらす音楽表現の広さにより、現代の弦楽四重奏団の最高峰の一つとされている。バルトーク以降の現代音楽について積極的に演奏を行うほか、モーツァルトやベートーヴェンなどの古典においても優れた演奏を行っている。またバルトークやヒンデミット、エリオット・カーターなど、近現代の作曲家の全集を録音するなどレパートリーは広く、20世紀後半以降の音楽界への貢献は大きい。バルトーク、シェーンベルク、ドビュッシー、ラヴェル、ベートーヴェンの録音はそれぞれ「グラミー賞」を受賞。各メンバーは教師としても優れており、世界ツアー中もマスタークラスや公開リハーサルを実施。レジデンスであるジュリアード音楽院では弦楽および室内楽の教授を務めており、受講を希望する者が後を絶たない。毎年5月に開催している5日間に及ぶセミナーは国際的にも注目を集めている。また夏には、タングルウッド音楽祭では弦楽四重奏のための集中講座を行っている。

 グレン・グールド(1932年—1982年)は、カナダ、トロント出身。1940年に7歳にしてトロントの王立音楽院に入学。1944年地元トロントでのピアノ演奏のコンペティションで優勝。1946年トロント交響楽団とベートーヴェン「ピアノ協奏曲第4番」で共演し、ピアニストとして正式デビュー。1955年アメリカでの初演奏を行い、ワシントン・ポスト誌に「いかなる時代においても彼のようなピアニストを知らない」と高い評価が掲載された。ニューヨークでの公演の翌日には、終身録音契約が結ばれたほど。デビュー盤として、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」を録音し、1956年に初のアルバムとして発表されるやチャート第1位を獲得し、グールドは一躍時の人となる。口コミで瞬く間に演奏会場が満員になり、”バッハの再来”と賞賛を浴びた。その後、ヨーロッパでは、ヘルベルト・フォン・カラヤン、レオポルド・ストコフスキーらとも共演。1959年には、ザルツブルク音楽祭にも出演し、世界的なピアニストとしての地位を確立した。しかし、かねてより、演奏の一回性へ疑問を呈し、演奏者と聴衆の平等な関係を志向して、その結果、演奏会からの引退を宣言し、1964年のシカゴ・リサイタルを最後にコンサート活動からは一切手を引いた。これ以降、没年までレコード録音及びラジオ、テレビなどの放送媒体のみを音楽活動の場とした。

 レナード・バーンスタイン(1918年—1990年)は、ウクライナ系ユダヤ人移民の2世として、米国マサチューセッツ州ローレンスに生まれる。アメリカが生んだ最初の国際的レベルの指揮者であり、20世紀後半のクラシック音楽界をリードしてきたスター指揮者であった。愛称はレニー。ハーバード大学・カーティス音楽院で学ぶ。指揮ではフリッツ・ライナーやセルゲイ・クーセヴィツキーに師事。カーティス音楽院を卒業後、1943年11月14日、病気のため指揮できなくなった大指揮者ブルーノ・ワルターの代役としてニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団(現ニューヨーク・フィルハーモニック)を指揮、この日のコンサートはラジオでも放送されていたこともあり、一大センセーションを巻き起こす。1958年には、アメリカ生まれの指揮者として史上初めてニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団の音楽監督に就任。その後、バーンスタインとニューヨーク・フィルのコンビは大成功を収め、同フィルの黄金時代をもたらした。1969年にニューヨーク・フィルの音楽監督を辞任した後は、常任指揮者等の特定のポストには就かず、ウィーン・フィル、イスラエル・フィル、バイエルン放送交響楽団、ロンドン交響楽団、フランス国立管弦楽団などに客演。1985年8月には広島を訪れ、被爆40周年を悼むための「広島平和コンサート」を開催した。


 シューマン:ピアノ四重奏曲 変ホ長調 作品47は、ピアノ五重奏曲の完成に引き続いて1842年に作曲された室内楽。これに先立ち、シューマンは1829年にハ短調のピアノ四重奏曲を作曲したが、この曲は若書きの作品で、ピアノパートを完結させず、欠落の多いまま、出版せずに終わった。作品47が書かれた時期は、シューマンの”室内楽の年”と呼ばれている。作曲は1842年11月7日から26日間で全曲を完成させたという。翌1843年6月に改訂した後、8月に出版された。公開初演は1844年12月8日にライプツィヒで、クララ・シューマン(ピアノ)、フェルディナント・ダヴィッド(ヴァイオリン)、ニルス・ゲーゼ(ヴィオラ)、カール・ヴィットマン(チェロ)の演奏で行われた。

 このシューマン:ピアノ四重奏曲のCDおいてピアノ独奏しているグレン・グールドは、中期、後期ロマン派の作曲家についてはともかく、シューマンのような初期ロマン派に属する作曲家に対しては、関心がないはずなのに、このCDが唯一となるのだが、シューマンの作品の演奏を遺している。そのため、聴く前から、今まで聴いたことのないようなシューマン像が出現するのではと、おそるおそるこのCDを聴いてみたが、予想はものの見事はずれ、そこに現れたのは我々が聴きなれたロマン派の巨匠シューマンそのもののの姿である。これほどシューマンの世界に没入した演奏もめったに聴けるものではない。この曲の第3楽章を聴くと、ジュリアード弦楽四重奏団のメンバーがまず道先案内役を務め、それに対してグレン・グールドがロマンの香りをたっぷりと含んだピアノ演奏で応える。そして、続く第4楽章では、やはりというか、如何にもグレン・グールドらしく、ぴりっと引き締まった演奏を披露する。この演奏も、ロマン派の音楽の懐かしさが込められた極上の味を聴かせてくれる。


 シューマン:ピアノ五重奏曲 変ホ長調 作品44は、ピアノと弦楽四重奏のために書かれたシューマンの代表的な室内楽作品で、”室内楽の年”として知られる1842年の9月から10月にかけてのわずか数週間で作曲された。妻のクララ・シューマンは「力と初々しさのみなぎった作品」「きわめて華やかで効果的」と評し、クララとの結婚で得られた幸福な生活を反映しているとされる作品。豊かなイメージと確かな構想を併せ持ち、入念に構成されていながらも親しみやすい作品で、バッハから学んだ対位法も巧みに用いられている。試演や手直しを経て、1843年9月に出版され、クララに献呈している。初演は1843年1月8日、ライプツィヒで行われ、クララ・シューマンがピアノを担当した。

 シューマン:ピアノ五重奏曲は、広く知られた室内楽曲だけに、録音の数も多い。そんな、クラシック音楽の定番中の定番の曲に、あの名指揮ぶりで一世を風靡したレナード・バーンスタインがピアノ独奏で挑戦するというから、聴く前から身構えざるを得なくなる。しかし、シューマン:ピアノ四重奏曲の時のグレン・グールドの演奏と同様に、その出来栄えの前には舌を巻かざるを得なくなってしまった。この音には、ピアニストを長年に渡って務めてきた者のような深い味わいが宿っている。とても指揮者の余芸というようなレベルのものではない。単独で演奏するピアノ独奏曲とは異なり、室内楽のピアノ演奏には、また別のスキルが求められる。このCDでは、レナード・バーンスタインがこの高度の技巧を巧みに使いこなし、ジュリアード弦楽四重奏団と密接に結び付いた演奏を披露する。そして、この録音で気付くのは、すべてが自然な流れの中に置かれた雰囲気でありながら、個々の奏者が生き生きと演奏していることだ。この演奏を聴くと、次第にジュリアード弦楽四重奏団の実力が、じわじわと身に染み込んでくるのである。(蔵 志津久)
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