ベートーベン;バイオリン協奏曲
メンデルスゾーン:バイオリン協奏曲
ヴァイオリン:フリッツ・クライスラー
指揮:ジョン・バルビノーニ/レオ・ブレッヒ
管弦楽:ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団/Berlin State
Opera Orchestra
CD:伊CEDAR&WEISS(SiRiO) SO 5300-9
フリッツ・クライスラー(1875年-1962年)は、ウィーンに生まれ、1943年に米国籍を取得した名バイオにスト・作曲家である。7歳で特例としてウィーン高等音楽院に入学し、10歳で首席で卒業、さらに12歳でパリ高等音楽院を首席で卒業したという神童ぶりを発揮した。しかし、ウィーンフィルの入団試験には落ちたというから分からない。アインシュタインが大学受験に失敗したのと同じことなのかとも思うが、天才は皆との協調という点では欠けているということか、あるいは楽団員がクライスラーの能力に恐れを抱き落としたのか、多分いずれかなのであろう。イザイがクライスラーの演奏聴き激賞したという。イザイはフランコ・ベルギー楽派の大御所であり、細かなニュアンスおよび美しい音色を重んじる演奏スタイルをとっていた。クライスラーの演奏は、このようなスタイルが基本になっていたからこそイザイに評価されたのであろう。ただ、クライスラーの演奏は、優美であることに加え、あくまで自己のスタイルを拘り、内に秘めた激しさも持ち合わせていたように思う。
このCDはクライスラーが残した貴重な歴史的録音をCD化したものであるが、いわゆる歴史的名盤とは違い、豊かな音量を保っており、十分とはいえないまでも、現在でも鑑賞に堪え得るレベルを維持している。ベートーベンの協奏曲が1936年、メンデスゾーンが1927年の録音と70-80年前の録音にもかかわらず、ノイズがほとんど除去されており聴きやすいのがまことに嬉しい。ベートーベンの協奏曲は、バルビノーニの伴奏が実に威厳に満ちた正統派であるのに対し、クライスラーのバイオリンは、これには一向にお構えなく、優美で、美しい独自のベートーベン像を描いてみせる。ある意味では今まで聴いたことのないような、まろやかなベートーベンのバイオリン協奏曲が演じられている。これを聴くとクライスラーの自信といおうか、自分が肌で感じたベートーベンを弾き切るのだという並々ならぬ信念みたいなものを感じ取れる。ベートーベンのバイオリン協奏曲を論じるなら一度は聴いておかねばならない録音ではある。
一方、メンデルスゾーンの協奏曲は、ベートーベンの協奏曲の録音より古く、少々ノイズの音がするのが欠点ではあるが、それらを除けば鑑賞にそう支障はない。演奏内容はというと、メンデルスゾーンの曲の方がベートーベンの曲よりクライスラーの持つ資質にそのまま合うといった感じで、例えようもない優美なメンデルスゾーンのバイオリン協奏曲に仕上がっている。我々が日頃抱いているメンデルスゾーンのバイオリン協奏曲の質感と、これも我々が抱いているクライスラーのバイオリン演奏の端正で優美で愛らしいイメージとが、正に幸福な出会いを果たといっても過言なかろう。クライスラーの作曲したバイオリンの小品は今でも聴くものの心を奪うが、このバイオリン演奏の方も、これぞメンデルスゾーンのバイオリン協奏曲だと誰もが納得できる出来栄えなのだ。永久保存版的CDではある。(蔵 志津久)